海を目指して
マルヴァスに伝わる伝承を聞かせてくれたアキラ達に礼を言って別れるとギルドの受付に戻る。受付にはまだギルドマスターが居たので声をかける。
「どうした? なんか忘れもんか?」
「次の目的が決まったから、ここを出ようと思ってな」
ギルドマスターにマルヴァスへ向かう事を伝えると残念そうな表情を浮かべる。
「お前は腕が良いから残って欲しかったんだがな」
謝ると「気にするな」と返され、出発の時期を聞かれた。
「早い方が良いが今の仕事が一段落するまでは残ってるよ」
「その嬢ちゃんはどうすんだ?」
「置いて行こうと思ってる。ギルドで面倒を見てもらえないか?」
「難しいな。仕事の手伝いは出来てるから働く分には問題ないだろうが、それ以外がな」
人手が欲しいギルドとしては、簡単な仕事内容でも働いてくれる人は大歓迎だ。しかし、仕事以外の事で面倒を見られる人がいない。現状では一人で暮らして行かなければならない。
「一緒に連れて行けないのか?」
「危険な旅だからな。命の保証が出来ないから難しい」
「街道を使って移動すれば危険は減るだろう。必要なら貰った報酬で馬車に乗ればいい」
「報酬にも限りがある。進む方角によっては馬車に乗れるとは限らない」
魔法を使って世界を渡り【オーパーツ】を集める旅だ。未知の世界でどんな問題に巻き込まれるか分からない状況でイザベラを連れて回す訳にはいかない。
何かと理由を付けてギルドで引き取って貰おうとするが上手く行かない。俺が交渉下手なのもあるがギルドマスターが食い下がってくる。
「お前の腕ならマルヴァスでも仕事は見つかるだろう。他の都市国家に行っても仕事に困る事は無い。それでも難しいのか?」
「難しいな」
「……詮索はマナー違反なのは分かってる。けどよ、お前は何か隠してるよな?」
ギルドマスターと睨み合っていると、横から小さな声が聞こえた。
「いや! 私も一緒に行く」
絞り出すように言葉を発するイザベラを見て、ギルドマスターが驚く。
「……旅はイザベラが思っている以上に厳しいものだ。何も飲めない、食べられない日もある。いつ、誰に襲われるか分からない。明日には死ぬかもしれない」
「っ!? そっ、それでも!!」
涙を浮かべて同行を求めるイザベラと、諦めろと肩を叩いてくるギルドマスター。こちらが反論するより早くギルドマスターが押し込んでくる。
「子供とはいえ決意と覚悟を決めたんだ。無駄にするもんじゃないぜ!」
「……分かった。連れて行こう」
ため息混じりに了承するが、先を思うと頭が痛くなる。
「仕事の方はこちらでも調整しておく」
「頼む。俺たちは倉庫に行ってギルド職員に事情を話してくる」
ギルドマスターと別れて倉庫へ向かうとギルド職員が既に作業を始めていた。
「今日は遅いな」
「すまない。ギルドマスターと話ていてな」
「なんかあったか?」
「トラブルは無いが、ここを離れることにしてな」
ギルド職員にマルヴァスへ向かう事を伝える。出発の時期を聞かれたので倉庫の仕事が一段落したら出発すると答える。
「なら、こっちはいつでも大丈夫だ。2人のお陰で想定より早く進んでる。熊を討伐した事で殺気立ってたギルドも落ち着いたからな」
「それなら仕事は今日で終わりにさせてもらおう。出発するなら早い方が良いし準備もある」
「了解した」
ギルド職員との話が終わると仕事に取り掛かる。昼食を挟んで夕方になると仕事を切り上げる。
「今まで助かったよ。また〈ワウドゥール〉に来たら顔を見せてくれ」
「ありがとう、世話になった」
「あの……ありがとうございます」
「おう、嬢ちゃんも元気でな」
ギルド職員に挨拶をして別れると、仕事を終えた報告のため受付に寄る。
「今日もおつかれ様です。聞きましたよ、〈マルヴァス〉へ向かわれるんですね」
「あぁ、今まで世話になったな」
「構いませんよ、お仕事ですから」
「なら、仕事ついでに聞きたいことがある。旅の支度を整えたいんだが、良い店を知らないか?」
「それでしたらギルドで揃えられますよ」
なんでも、都市国家間の移動時の護衛任務などで使う備品を流用出来るとの事だ。当然費用は掛かるか下手な店で揃えるよりは信用出来るだろう。受付に必要な物を伝えて用意してもらう。
「熊が討伐された事で滞ってた仕事が動き始めました。その影響で人手が足りなくなってますので時間が掛かるかもしれません。準備が出来たら連絡しますので1日1回はギルドに立ち寄って貰えますか?」
「分かった。それじゃ、お願いするよ」
「承りました」
受付を離れて酒場へ向かい夕食を済ませる。食事が終わると馬小屋に戻って眠りにつく。
◇
翌日、ギルドの受付に声を掛けるとギルドマスターの部屋に案内されたのでイザベラを連れて部屋に入る。
「来たか、旅の準備は整ってるぞ」
「早いな。受付では時間が掛かると言われたが」
「ギルドの備品から用意したからな。確認してくれ」
机の上と足元に纏められた荷物を指してギルドマスターが説明してくれた。こちらが要望した物品以外にも傷薬や解毒剤などの薬品も揃えてくれていた。
荷物を確認しながら旅装を整えていく。普段は着古した服に穴の開いた靴を履いていたイザベラも新しい服と靴に顔を綻ばしている。
「サイズも問題ないようだ」
自分の旅装を整えながらイザベラの確認も行う。こちらの確認が終わった頃合いを見てギルドマスター尋ねて来た。
「で、どうする? もう出るのか?」
「そうだな。このまま出ようと思う」
「そうか、世話になったな。近くまで来たら寄ってくれ。歓迎するからよ」
ギルドマスターと軽く別れの挨拶を済ませて部屋を出るとアキラ達が待っていた。
「今から出発か?」
「あぁ。もしかして見送りに来てくれたのか?」
「熊の件では世話になったからな、見送りくらいさせてくれ」
アキラ達と軽く雑談を交わしてから別れると、ギルドを出て〈ワウドゥール〉の東門へ向かった。
東門の外は馬車の待機場になっていた。馬車の周りには多くの人が集まっており、荷物の積み下ろしが行われていた。周りを見回すと警備隊の隊員が見えたので近寄って声を掛ける。
「ちょっと聞きたい事がある。〈マルヴァス〉へ行きたいんだが馬車は出てるのか?」
「いや出てない。滞っていた物流が動いたせいで旅客用の馬車は今は走ってない。全て荷物の運搬に回された」
「歩いて行くなら道に沿って歩けば良いのか?」
「ああ。途中に分かれ道が3つある。大きい街道を選んで東に進んでいれば遅かれ早かれマルヴァスに辿り着く」
「事故なんかで通れない道はあるか?」
「今の所、報告は届いていない。しかし、3つの分かれ道のうち真ん中は渓谷を通るルートだ。もしかしたら落石や道が崩れて通れなくなったる場所があるかも知れない」
警備隊の人が言うには南に下って平野部を通るルートが安全だと教えてくれた。
「分かった、ありがとう」
隊員から離れると、周りの邪魔にならないように端に寄って地図を確認する。地図はギルドマスターが用意してくれた物でギルドで使ってる詳細な地図を持たせてくれた。
地図には警備隊の人が教えてくれた通り、東の海に続く太い道が3本書かれていた。その太い道から何本も別れた細い道がそれぞれの集落に続いている。
1本は北側の山を超えるルート、1本は中央の渓谷を抜けるルート、1本は南側の平野部を通るルートだ。
北側のルートには狩人の待機所があり、山を越える必要がある。南側のルートは比較的安全で多くの集落とも繋がっている。
中央のルートは道が険しく、崖崩れも多いので人通りが少ないとギルドマスターが教えてくれていた。
魔法を使って飛んで行けば時間の短縮になるが人に見られて騒がれるのは困る。中央のルートなら、そのリスクも少ないだろう。
「俺たちは中央の渓谷を抜ける道を使おう」
イザベラに地図を見せながら進む道を指で指して伝える。イザベラは無言で頷く。地図を片付けると、馬車の邪魔にならない様に道の端を歩き始める。
しばらく歩いていると3本に分かれた道が見えてきたので真ん中の道を進んでいく。背の高い木が並んでおり、足元の道も踏み固まった土から小石が混じった硬い道に変わっていった。
木々の間からは切り立った崖と、崖の底を流れる川が見える。
探索魔法を使って周りに人がいないか確認する。人がいなかったので、イザベラを抱え上げて魔法を使って飛び上がる。
上昇している間、イザベラが無言で目を閉じてしがみついてくる。木々より高く飛んだところでイザベラに声を掛ける。
「ほら、見てみろ」
イザベラは恐る恐る目を開けると、無言のまま周りの景色を見つめていた。
「動くぞ」
声をかけて東に向かって飛び始める。イザベラは流れる景色に夢中になっている。
飛んでいると視界の奥で森が開けて海が見えて来た。日暮も近いので手近な場所に降りる。魔法で周囲に人がいない事は確認済みだが、念のため木の影になるように隠れながら地面に降りる。
イザベラを下ろすとフラフラと歩き始めたが、数歩歩いた所でその場に座り込んだ。
「夕食の準備をするから休んでろ」
「うん」
周囲から枯れ枝を集めて魔法で火をつける。火が安定したらパンとチーズを出していく。
枯れ枝をナイフで削いでチーズを刺したら火にかける。その間にパンにナイフを入れて半分に割る。火に当てられて溶けかけのチーズをパンに挟んでイザベラに渡す。
受け取ったイザベラは少しの間パンを見つめていたが食べ始めた。イザベラが食べ始めたのを見て、こちらも食べ始める。
食事が終わるとイザベラがウトウトと眠たそうにしているのでマントを体に巻いて眠らせる。
◇
翌朝、パンを1個ずつ食べたあと荷物を整えて歩き始めた。半日ほど歩くと街が見えて来た。海の都市国家マルヴァスだ。
門番に入国税を払って都市内に入ると流れる風に乗って潮の香りが漂ってきた。
門から続く大通りには海産物を使った食べ物屋が多く並んでいた。他にも貝殻を使ったアクセサリーや工芸品も売られている。
興味を惹かれつつも伝承に出て来た船の事を調べるため、真っ直ぐ港を目指す事にした。
大通りでは多くの人が行き交い、馬車や荷車も走っていた。途中、屋台で港への道を尋ねると大通りに沿って進めば港に出ると教えてくれた。情報料の代わりとして商品を購入し、軽い昼食にした。
港に着くと人はまばらで漁は終わっているようだった。近くで談笑している漁師の集団に話しかける。
「すまない、今日の漁は終わったのか?」
「あぁ、とっくに終わってるぞ。あんたは……商人じゃねぇな?」
「旅人だよ。〈ワウドゥール〉で巨大な魚の噂を聞いてやってきた」
「物好きだな。確かにデカい魚を見たって奴は何人かいるが、そいつらが見たのは夜中だったり酒に酔ってる時だ。何かと見間違えたんだろうよ」
漁師の話を聞く限り巨大な魚の目撃情報の信憑性は低そうだ。漁師たちに礼を言ってその場を離れる。
海岸沿いには何本もの桟橋が伸びていて、それぞれに船が停まっている。海沿いを端まで歩いてきたが特に異変は見当たらない。
「一度戻って宿を取ろう」
大通りに戻って宿を探すしていると通りの中程で見つける。中に入って部屋が空いているか確認する。
「2人泊まりたいが部屋は空いているか?」
「空いてますよ。相部屋でしたら1人銀貨5枚、個別でしたら銀貨8枚になります」
「相部屋で頼む。支払いは金貨で良いか?」
「大丈夫ですよ」
宿の受付にお金を渡して部屋の鍵を受け取る。食事が付かない素泊まりの宿との事だ。
部屋に入るとベッドが2台置いてある簡素な部屋だった。大きめの窓は付いているが奥の部屋なので見晴らしは良くない。
「観光に来たわけじゃないから問題ないか」
振り返るとイザベラが眠そうに頭を振っていたので、ベッドに上げて眠らせた。朝から歩き通しで疲れたのだろう。部屋の鍵を掛けて、俺も空いてるベッドに入った。
◇
目を覚ますと日が暮れて星が出ていた。イザベラに声を掛けて体をゆすると、眠そうに起き上がった。
「おはよう」
「おはよう……ございます」
宿を出て大通りの店で夕食を済ませると、もう一度港に向かう。夜の港は静まり返っていた。人の姿もない。
桟橋から海を眺めて見ても昼間と同じで異変は感じられない。イザベラは桟橋から海面を覗いている。
「どうした?」
「海が、光ってる?!」
海面が波に揺られる度に光っていた。この世界にも海ホタルのような生物がいるようだ。
(ブリュンヒルデ、探索魔法を使うからジオラマに起こしてくれ)
(了解)
広域の探索魔法で周囲の状況を確認する。魔法で集められた情報はブリュンヒルデによって組み立てられていく。
即座に海岸周辺のジオラマが出来る。海岸から50m程離れると崖のようになっていて急に水深が深くなる。小さな魚の群れは泳いでいる様だが、噂に聞く様な巨大な魚は確認出来なかった。
「イザベラ、今から海に潜るけど一緒に来るか?」
「うん」
イザベラを抱えて上げて海に飛び込む。海に入った瞬間に魔法で巨大な泡を作って自身を包む。海中は月の光が差し込んで神秘的な雰囲気を出していた。
そのまま海底を目指して移動を始める。なだらかな砂底を這う様に進んでいると崖に到達する。崖の底まで月の光は届いてないので暗いままだ。
少しずつ崖を降りて海底を目指す。水圧が強くなるごとに魔法の維持にも負担が掛かる。
ブリュンヒルデが水深1000mを告げた頃、海底が見えてきた。