討伐を終えて
ギルドマスターが熊の右側から仕掛ける。手に持った剣で右前足に切り掛かるが毛皮に防がれて剣が止まる。
熊が右に向いたタイミングを狙って、アキラが左側から槍を振り下ろす。傷ついた左目側からの攻撃に反応が僅かに遅れた。槍が熊の体を撫でるがダメージは通らない。しかし、意識は左に向く。
アキラに向かって噛みつこうと口を開けた瞬間、飛び込んできたハヅキの右腕が熊の口に入り、喉の奥まで突き刺していく。喉の奥まで入れられた右手が1つの魔法を起動する。
(〈爆裂機雷〉!)
魔法のない世界なので、声に出さずに起動させる。熊が体を大きく、勢い良く動かしてハヅキを振り払った。しがみつこうとしたが、勢いに耐えきれず放り出されて堀の中に落ちた。
大きな水しぶきが上がり、水底に体が付いたので勢いの程がよく分かる。
「ハヅキ!?」
水中で体制を立て直すと、起動させた魔法に意識を向ける。熊の体内で使ったのは設置型の爆発魔法で、本来は地雷として罠に使う魔法だ。
これなら時間差で発動でき、魔法を知らない者達からすれば爆薬を飲ませたと思ってくれるだろう。
(〈爆裂機雷〉起爆!)
「グガァッ!? ガハッ!!」
くぐもった爆発音とうめき声が聞こえた後、熊は大量の血を吐いてその場に倒れ込んだ。口からは血が流れ続けている。
熊は立ちあがろうと手足を動かそうとするが力が入らないのか、少し体を起こしては直ぐに崩れる。呼吸はしているが血を吐き出し続けている。
救助に飛び込んだゴヨウに支えられながら堀から上がっると、状況に戸惑ってる2人に合流する。アキラが聞いてきた。
「爆薬……だよな?」
予想通り爆薬と思ってくれている。威力が高い事を怪しまれているが押し通す。
「あぁ、特別強力なやつだ。今ならトドメをさせるんじゃないか?」
「……そうだな。まずは熊を仕留めてからだ」
その場にいる狩人たちは警戒しながら少しずつ熊に近づいていく。熊の体を覆っていた光は消えており、魔法による強化は失われている。
アキラが手に持った槍を熊の心臓目掛けて突き刺す。大きく1回、体が動いたが以降は動かなくなった。
「完全に死んでるな」
ギルドマスターが熊の死を確認した後、その場で大声で討伐を宣言する。状況を見守っていた警備隊や狩人たちから歓声が上がる。
「ウオォォーー!!」
「あの熊を仕留めた!? スゲェ!!」
「お前ら! 熊をギルドに運ぶぞ! 手伝え!」
熊はギルドマスターの指揮の元、ギルドの解体場へ運び込まれる。解体場の中央にある頑丈なテーブルに、熊を総出でなんとか乗せた。
テーブルのサイズが合わないので熊の手足や頭がはみ出ている。テーブルの横では解体師達が道具の準備と確認を行なっていた。これから直ぐに解体するようだ。ギルドマスターが解体師達の準備が整ったのを確認すると声を上げる。
「よし、解体を始めるぞ!!」
「おぉー!!」
ギルドマスターの掛け声に解体師たちが声を上げて応える。
「これは……時間がかかりそうだな」
「検分もありますし、すぐには終わらないでしょうね」
「なら、先にメシにするか」
アキラ達は解体している間に食事をとるようだ。俺も誘われたが今回は遠慮しておこう。
「イザベラの様子を見に行くよ」
「わかった、いつもの倉庫だろ? 解体が終わったら連絡するよ」
「助かる」
アキラ達と別れてイザベラがいるであろう倉庫へ向かう。倉庫に着いたが誰もいなかった。熊の騒動で避難したのだろう。
下手に動いてすれ違いになると困るので倉庫の入口辺りに座り込んで休憩をとる。
◇
「……キ……ハヅキ!」
声を掛けられて目が覚める。どうやら寝ていた様だ。意識と視界が明確になっていくと、眼の前にはアキラ達がいた。
「疲れてるなら部屋を取れば良いだろう」
「すれ違いは困るからな」
「だっからギルド職員に声を掛けておけ。……解体、終わったぞ」
アキラがため息混じりに言う。
「わかった」
アキラ達と一緒に解体場に向った。解体場には解体されて部位ごとに分けられた熊の肉や毛皮などが置かれていた。
「ハヅキが爆薬を使ったから内臓はグチャグチャだったぞ。まぁ食う所じゃないから問題はないが」
解体された熊の部位を確認していると手の平サイズの丸い金属製の板を見つけた。その板の表面には細かな紋様が彫られていた。
「それは熊の体内から出てきたもんだ。間違って食ったんだろうとは思うが……」
間違って食べる大きさではないので疑問に感じてるんだろう。
(ブリュンヒルデ、あの金属板が【促進の紋章】で合ってるか?)
(はい。紋様の形状も【促進の紋章】と一致します。ただ、魔力は完全に消失しています)
残っていた魔力も熊が身体強化魔法で使い切ったのだろう。目的のものが見つかったので討伐報酬として譲ってもらえないかギルドマスターと交渉しよう。
「ギルドマスター、熊の討伐で報酬は出るのか?」
「出るぞ。ギルドと都市の両方から参加者に討伐報酬が出る。詳細はこれから詰めるから支払いは時間がかかるが……」
「なら、俺の報酬はこれでいい」
こちらが報酬として提示したのは【促進の紋章】だ。
「それは構わんが、装飾は施されているがただの金属板だぞ?」
「問題ない」
「お前が良いと言うならこちらも問題はない、持っていってくれ」
「ありがとう」
アキラ達が不思議そうな顔で覗き込んで来た。【促進の紋章】に込められた魔力も無いので、彼らにはただの金属板に見えるだろう。
「ギルドマスター、避難していた職員たちが戻ってきました」
「わかった」
ギルド職員が解体場に来て、避難していた人たちが戻ってきた事をキルドマスターに伝えた。ギルドマスターは連絡を持ってきた職員と一緒に解体場を出ていった。
イザベラも避難していたなら戻ってきているだろう。
「これ以上は邪魔だろうし倉庫に戻るよ。イザベラも戻って来てるかも知れないし」
「そうか、俺たちは部屋に戻って休むことにする。何かあったら声を掛けてくれ」
そう言ってアキラ達は解体場を出ていった。アキラ達を見送ってから解体場を出て倉庫に向かう。倉庫に着くとイザベラとギルド職員が戻っていたので声を掛ける。
「そっちは無事のようだな」
「お陰様でな。聞いたぜ、熊を討伐したんだってな」
「アキラ達がいたからな」
「それでも大したもんだ」
ギルド職員は驚きつつも労ってくれた。イザベラが何か言いたそうにしている。
「どうした?」
「あの……おつかれさま……です」
「ありがとう」
イザベラ渾身の労いにお礼を言って答える。
「で、お前さんはここにいて良いのか?」
「熊の解体は終わったし報酬も貰った。事後処理はギルドがするだろうし、手が空いたのでここに来た」
「そうか、なら倉庫の仕事に戻るか」
ギルド内では職員たちが慌ただしく動いているが俺に出来ることは無い。イザベラやギルド職員と共に倉庫整理の仕事を進める。
「よし、今日はこの辺で切り上げるか。俺は日報書いてから上がるから、先に上がってくれ」
「おつかれまさ」
「おつかれさま……です」
「それじゃ、俺たちは夕食にするか」
イザベラを連れてギルド内の酒場に行くと人で溢れていた。大声で叫んでいる人もいて、イザベラが驚いて後ろに隠れる。通りかかった酒場の給仕に事情を尋ねる。
「熊討伐の報酬とは別に盟主様からお酒が振舞われたんです。質の良いお酒が大量に振舞われたので関係ない人たちまで押し寄せて……」
給仕は困った顔で答えてくれた。押し寄せた人たちが騒いでる様子を見てイザベラは怯えているし、食事が出来る状況ではない。酒場での食事を諦めてギルドを出る。
都市内を散策していると1件の酒場が目に留まる。店に入ると閑散としていた。
「いらっしゃい」
「2人だが構わないか?」
「ああ、見ての通りガラガラだからね。好きなとこに座っておくれ」
店に入って空いてる席に座ると店員が注文を聞きにきた。
「パンとスープ、あと串焼きがあれば頼む」
「あいよ」
店員は注文を聞くと調理場に入って作業をし始めた。他に客のいない店内には店員の作業音だけが響く。しばらくすると注文していた料理が届いた。店員が料理を並べ終わると声を掛けてきた。
「あんたはギルドに行かなくて良いのか? 美味い酒が出るんだろ?」
「うるさくて食事を取れる状況じゃないから逃てきた。席が空いていて助かったよ」
「そうかい。まっ、ゆっくりしていってくれ」
会話が終わると店員は調理場に戻っていった。
途中に何度か注文を追加しながら食事を進める。店を出る頃には完全に日が沈んでおり、夜空には星が輝いてた。
眠そうに目をこするイザベラを連れて寝床として借りている馬小屋へ戻る。馬小屋に着くとイザベラはすぐに眠ってしまった。寝息を立てるイザベラが起きないように遮音の結界を張る。
「ブリュンヒルデ、オーディンに連絡は取れるか?」
『可能です。少々お待ち下さい』
『おぉ、ハヅキか。何か問題でもあったかな?』
「問題はあったがひとまず解決した」
オーディンに熊の件と【促進の紋章】を回収した件を報告する。
『なるほど、報告感謝する。ブリュンヒルデ、後ほど関連データを転送してくれるか?』
『了解しました』
「それじゃ、また何かあったら報告する」
『承知した』
オーディンへの報告を終えると藁の山に体を預ける。
「ブリュンヒルデ、【オーパーツ】はまだこの世界に残ってるのか?」
『残っている可能性があると予測します』
「そうか……。しかし、しらみつぶしに探すのは効率が悪いな」
『航行艦が起動していれば探知できますが、今のところ反応はありません。数百年前の出来事なので物語や伝承に手掛かりがあるかもしれません』
「なるほど、明日聞いてみるか」
ブリュンヒルデとのやりとりを終えるとイザベラに張った結界を解くと、そのまま眠りに落ちる。
◇
翌朝、ギルドを尋ねると受付の中にいるギルドマスターに声を掛けられた。
「おっ! 来たか、ハヅキ!」
「おはよう」
「おはよう……ございます」
イザベラはギルドマスターに気負されたのか隠れながら挨拶をする。
「おう、おはようさん」
「今日は下で仕事なのか?」
前は2階の部屋で仕事をしていたが今日は1階にいるので尋ねてみる。
「熊討伐のギルド報酬を振り分けてるんだ。お前の分もあるぞ」
「報酬なら貰ったが……」
「あれだけだとギルドが報酬を出してないと思われる。ハヅキが良くてもギルドが困るからな。キッチリと貰ってくれ」
「……そういう事なら遠慮なく受け取るよ」
ギルドマスターに言われて受付の職員が皮袋を取り出して置いた。
「討伐報酬の金額200枚だ」
「200枚か……価値がイマイチわからんな」
「ハヅキは金を使った方はないのか?」
「縁遠い生活を送っていたのは確かだ。まともに使ったのはこの都市に来てからだ」
元いた世界でも基本は自給自足だったからお金を使う事は稀だった。まともにお金を使ったのはいつ以来だろう、と考えているとギルドマスターが説明してくれた。
「通貨には鉄貨、銅貨、銀貨、金貨がある。店での支払いは基本的に銅貨か銀貨だ。金貨が10枚もあれば家族4人が働かずに1ヶ月暮らしていける額になる」
「なるほど。なら金貨200枚はかなりの額という事だな」
その後、ギルドマスターとしばらく話をしてから受付を離れる。伝承や神話の話を振ってみたが「そっちには疎い」との事だった。
倉庫へ向かうために酒場を通りかかるとアキラ達を見つける。声を掛けようと近づいたら、向こうから声を掛けて来た。
「ハヅキか、今日も倉庫の仕事か?」
「これから向かう所だ。なぁ、アキラ達は伝承や神話には詳しいか?」
「いくつか知ってますが、どうしたんですか?」
「珍しいものに興味があってな」
事情を話しながら【促進の紋章】を見せる。
「……なるほど」
「伝承や神話にはいろんな道具が出てくるが実在するかは怪しいぞ? 実在したとしても特別な効果が付いるはずもないし」
「そうですね。ただ、海の都市国家に伝わる伝承に興味深い話がありますよ」
「海のって言うと……〈マルヴァス〉か」
詳しく話を聞くと、街道に沿って東に5日ほど歩くと海に出るらしい。その海沿いにある都市国家の名前がマルヴァスとの事だ。
「随分と詳しいものだな」
ゴヨウが驚きながらも関心しているようだ。
「商人と話した時に教えて貰ったのです。500年程前の話らしいのですが、あの都市国家は元々小さな漁村だったそうです」
セツナがマルヴァスの伝承について話し始めた。当時は小さく貧しい漁村だったそうだ。日々生きるために働いていたある日、空を裂いて巨大な船が降りて来た。
その船から出て来た人達は不思議な力を使って海を豊かにした。それ以来、豊富な海産物を求めて人が集まるようになり今の都市国家が出来た、という話だ。
「空から船か……」
空を裂いて降りて来た船はおそらく航行艦だろう。海を豊かにしたのは【促進の紋章】を使った可能性がある。
「それで? 船はどうなったんだ?」
「海の中に沈んだそうよ」
「でも人が出て来たんだろ?」
「光の玉に包まれて陸と海を移動していたらしいわ」
アキラとセツナが船とそこから出て来たという人達について話している。
「その船はまだ沈んだままなのか?」
「伝承の通りなら沈んだままだと思います。ただ、海底に何かが沈んでいるのを見たとか、巨大な魚を見たとか今も奇妙な目撃情報が時折上がっていると商人は言っていました」
「……」
「どうしたハヅキ? 黙り込んで」
「すまない」
「参考になりましたか?」
「あぁ参考になったよ。ありがとう」
海の都市国家〈マルヴァス〉にある、沈んだ船か。調べてみる価値はありそうだな。