討伐
翌朝、熊が襲撃してくる可能性をギルドに伝えるためイザベラを連れてギルドに入ると、そのまま受付に声をかける。
「おはよう、熊のことで気になることがあるんだが」
「おはようございます、ハヅキさん。それでしたら直接ギルドマスターにお願いします。ハヅキさんが来たら案内するように言われておりますので」
「分かった、それならイザベラを頼めるか?」
「昨日、仕事を手伝ってくれた子ですよね? 話は聞いていますので昨日と同じ倉庫に案内します。だれか、この子を倉庫まで案内してあげて」
「はーい」
「ではハヅキさん、こちらです」
イザベラを任せて、俺は受付の案内で2階に上がる。扉の前に立つと、受付がノックをして声をかける。
「ギルドマスター、ハヅキさんをお連れしました」
「入れ!」
許可が降りたので部屋に入ると、奥の机にはギルドマスターが座っていた。受付は失礼します、と言って1階に戻って行った。ギルドマスターが座っている机の前、部屋の中央には大きなテーブルが置かれている。しかし、積み上がった本や羊皮紙で散らかっている。
部屋の各所には無造作に荷物が纏められていて、お世辞にも綺麗な部屋とは言えなかった。
「おう、よく来たな。散らかっててすまんな、俺は片付けが苦手でな。もう1人呼んでるから椅子に座って待っててくれ」
ギルドマスターに言われてテーブルの周りに置かれた椅子に座ると扉がノックされるて、さっき案内してくれた受付の声が聞こえる。
「ギルドマスター、アキラさんをお連れしました」
「入れ」
受付が扉を開けるとアキラが入ってきて、そのまま椅子に座る。座る時にこちらを見て笑った気がした。
「さて、揃ったところで話を始めよう。まどろっこしいのは嫌いだから本題から行くぞ。ハヅキ、お前に熊を討伐してもらいたい」
「なんでそうなる……」
「アキラに聞いたが熊を相手に1人で立ち回ったんだろ? さらに右目を潰した。ここまで腕の立つ人間はそうそういない」
アキラを見ると澄ました顔で笑っていた。さっきのは気のせいではなかったようだ。
「腕の立つ奴は他にもいるだろ? そもそも俺は新入りの不審者だ、そんな奴に任せて良いのか」
「あの熊を相手に出来るのは今じゃアキラのチームだけだ。それに新入りでも腕が立つなら仕事を回すのが俺のポリシーでな」
「迷惑なポリシーだな」
「悪いがこれは緊急任務で強制参加だ。都市の有力者とも話をつけてある。断れば牢屋にぶち込むことになる」
「ほんとに迷惑だな。拒否権はなしか……、なら俺からも1つ話がある」
ギルドマスターとアキラに熊が都市を襲撃する可能性を話した。2人は深刻な顔で聞いている。
「昨日の夜に見回りに出ていたアキラたちが、襲われた村を発見した。ここから離れているが、これで周辺の村は全滅したことになる」
「幸いにも住民は都市に避難していたから人的被害はない。放置している畑が荒らされた程度だ」
「だが食料が確保できなかった以上、熊が都市に来る可能性は高いだろうな」
森の動物は熊が狩り尽くしただろうし、木の実が実る時期には早いとアキラは語る。他にも村や都市国家は存在するが距離が離れすぎている。1番近くで食料が確保できる場所が〈ワウドゥール〉だけだそうだ。
「今回の討伐作戦はハヅキを主力に置いて、他の狩人でサポートする形になる。武器や防具はできるだけ上質な物を用意しよう」
ギルドマスターやアキラと討伐作戦の詳細を詰めていく。討伐は3日後に決まった。必要な物資はギルドに集められるので3日間の間に確認と振り分けが行われる。
「……よし、今詰められるのはこんなところか。情報共有のため1日1回はギルドに寄ってくれ。以上だ、解散」
ギルドマスターの部屋を出るとアキラが声をかけてきた。
「すまんな、俺たちの力が足りないばかりに巻き込んでしまった。本来なら狩人だけで討伐しないといけないのだが……」
「……気にするな。お前たちに合わなければ1人森の中で熊と戦うことになっていただろう。あそこで会えたのは、結果的には運が良かったんだろう」
「……」
「押し付けられたとはいえ任された以上は手を抜いたりはしないよ」
「……感謝する」
アキラと別れて昨日作業した倉庫に向かうと、イザベラとギルド職員が作業をしている。水場で芋を洗っているイザベラに声をかける。
「おつかれ、戻ったぞ」
「あっ、おかえり……なさい」
「ただいま、ギルドの人はどこにいるか分かるか?」
イザベラを頭をなでながらギルド職員の居場所を聞く、少し照れたような顔で答えてくれた。
「洗い終わったお芋を運んで行ったよ」
ギルド職員は芋を持って厨房に行ったのだろう。行き違いも困るし厨房の場所も曖昧なので待つことにする。
「おっ、あんたギルドマスターとの話は終わったのか?」
「ああ、お陰で面倒ごとを押し付けられたよ」
「そりゃ災難だったな。もう直ぐ昼時だし、少し早いが休憩にしよう。嬢ちゃんとメシ食ってきな」
ギルド職員が休憩を告げたのでイザベラに声をかけてギルド内の酒場で昼食を取る。その後は倉庫に戻り整理と運搬の仕事をする。夕飯はギルドで済ませて、夜は馬小屋で眠る生活を送った。
◇
2日後、いつも通りギルドに来るとギルドマスターが迎えてくれた。熊の討伐に向けた準備の最中とのことだ。
「準備はあらかた終わった。あとは武器と防具の最終確認が終われば完了だ」
ギルドマスターと少し話をして情報を共有した後、受付に声をかけて倉庫に向かう。倉庫ではギルド職員が作業を始めていたので挨拶をする。
「おはよう」
「おはよう……ございます」
「おう、おはよう」
挨拶を終えて作業に入ろうとした時に、短く何度も打ち鳴らされた鐘の音が聞こえてくる。
「金の音? なにかトラブルか?」
「みたいだな」
「ハヅキさーん!!」
ギルドの受付が大声で呼びながら走ってくる。その顔には深刻そうな表情が浮かんでいた。
「緊急事態です! 熊が出ました!」
「マジかよ!?」
「状況はどうなっている?」
「都市の正門から続く街道脇の茂みから現れました。門番は直ぐに門を閉めたので被害は出ていません」
驚くギルド職員にイザベラを預けてギルド内に戻るとギルドマスターが大声で叫んでいた!
「警備隊と連携して住民を避難させろ! 正門から遠ざけるんだ! 都市に入られたら終わりだ、何としてでも追い払うぞ!!」
「はい!!」
ギルドマスターからの指示が飛び、ギルド内にいる若手の狩人たちが勢いよく外に出て行った。
「ハヅキ!」
名前を呼ばれて振り返ると装備を整えたアキラが歩いてくる。森で出会った時の軽装とは違い、鎧を着込んでいる。鎧は大きいサイズの金属板が何枚もつけられたスケイルメイルの様だ。
「アキラ! ハヅキも一緒か!」
セツナとゴヨウも集まってきた。2人ともアキラと同じ鎧を着ている。この世界の鎧はこんな感じなのかと関心しているとアキラが話し始めた。
「正門が熊の攻撃を受けている。セツナとゴヨウは別の門から外に出て熊の注意を引きつつ後退。都市から引き離す」
「はい!」
「おう!」
「ハヅキも一緒に来てくれ!」
セツナとゴヨウが返事を返すと正門に向かって走り出したのでついていく。途中、アキラから槍を渡された。正門に続く橋につくと血の臭いが漂っている。
「おい! 熊が中に入ってるぞ!!」
ゴヨウが叫ぶ。閉じたはずの正門は壊されており、橋の上で熊は立ち止まっており頭を足元に向けている。
「あれは……何をして……!?」
熊を観察していると、正門を守っていたはずの門番が地面に倒れているのを発見する。立ち止まっている熊と漂ってくる血の臭いが伝える答えは1つだ。
「門番を……食ってるのか!?」
打ち破った正門の側にいた門番は逃げる間も無く殺されて、いま食われている最中だ。
「このまま都市に入れば大惨事だな。どうする?」
「予定通り正門から引き離す。俺とハヅキが正面で食い止めるからセツナとゴヨウは援護してくれ!」
セツナとゴヨウは頷いたあと、武器を構える。
「応援に来たぞ!」
「状況はどうなってる?!」
他の狩人たちも集まってきたので、熊に視線を固定したまま説明する。
「ひぃ!」
血に塗れた熊を見て、誰かが短く悲鳴を上げたが気にしてる余裕はない。熊がこちらを向きゆっくりと歩き始めた。
「行くぞ」
アキラが短く言うと熊に向かって走り始めたので後を追って橋の上を走っていく。熊は立ち止まり、こちらを迎え打つ構えのようだ。
走る勢いそのままに熊の胴体を構えた槍で突きにいく。橋は馬車が2台、余裕を持って通れる幅があるものの複数人で立ち回るには狭い。
迫る槍の先を右斜め前に動いて躱すと、振り向きざまにアキラに向かって右前足の爪が振り抜かれる。それを後ろに飛んで避けるが、空を切った爪が橋に叩きつけられ床板が弾ける。
「!!」
熊はゆっくりと床板に食い込んだ前足を抜くと前に半歩進みながら体勢を直すと真っ直ぐにこちらを見ている。
「なぁ、前より大きくなってないか? それに……光ってる?」
アキラが驚きながら聞いてくる。
(警告! 身体強化魔法を確認しました。【促進の紋章】の影響による自力習得と思われます)
ブリュンヒルデが出した警告は予想外の事実を含んでいた。目の前の熊は魔法を習得したのた。アキラが言うように熊の体は一回り大きくなっているように見える。だが、問題は習得した身体強化魔法だ。
魔法のない世界で魔法を習得した。強化の割合が低くても元の身体能力が高い分、大きく強化されるだろう。このまま放置すれば大惨事では済まない。
熊がこちらに向けて突進し始めた。床板を踏み砕きながら迫ってくる巨大を俺とアキラは左右に飛んで躱す。
すれ違いざまに槍を振るうが毛皮が硬くて刃が通らない。もともとの強度に加えて魔法で強化されているから以前よりも硬い。
突進を躱された熊は気にすることもなく突き進む。橋の先で集まる人たちに向かって速度を上げて走っていく。
「!!」
このまま渡り切られて都市に入られたら手当たり次第に襲われる。住民の避難も始まったばかりでパニックが起きるだろう。必死に追うが熊の方が速く追いつけない。
「に、逃げろ!!」
「死にたくねー!!」
「おい! まて、お前ら!!」
パニックを起こした若手の狩人たちが、叫び声を上げながら散り散りに走っていく。ギルドマスターの静止も聞かずに逃げ出していく狩人たち。
その光景を見た住人たちにもパニックは伝播する。集団行動ができなければ襲われるだけだ。もはや逃げるどころの話ではない。
橋を渡り切った熊はギルドマスターと対面する。その後ろには、逃げずに残った狩人と警備兵が数人いる。
「来るぞ!! 構えろ!!」
ギルドマスターは腰にある剣を引き抜くと左手で構えた。熊はギルドマスターを見据えながらゆっくりと近づいていく。
熊が姿勢を低くした瞬間、牙を剥き出しにして飛びついてきた。ギルドマスターは横に大きく飛んで躱わし熊と距離を取る。
そこに数本の矢が熊に向けて飛んでくる。残った狩人や警備兵が放ったのだ。矢は熊に命中するも硬い毛皮に阻まれて刺さることなくその場に落ちる。
「うぉりゃー!」
立ち止まった熊の背後からギルドマスターが振りかぶった剣で切りつけるが硬い毛皮と厚い筋肉に受け止められて数本の体毛を切るだけで終わる。
「ぐっ!?」
熊は身震い1つで受け止めた剣を弾く。飛んでくる矢を気にかけることはなく都市の中央に顔を向ける。そこに熊の後ろから2人が現れた。
「アキラ! ハヅキ!」
ギルドマスターたちが戦っていた事で熊に追いついた2人が槍を振るう。関節を狙ったのに攻撃は通らなかった。
「さて、どうするか」
「何か手はないのか?」
アキラが聞いてくる。手が無いわけではない。魔法を使えば倒せるだろう。しかし、熊を倒せるだけの魔法は周りにも被害が出る可能性が高い。
それにこの世界には魔法がない以上、極力魔法は使わずに納めたい。ブリュンヒルデに倒す手段を相談する。
(体内で魔法を炸裂させるのは如何でしょうか? 爆炎系の魔法なら爆薬を使用したと誤魔化せます)
(よし、それで行こう)
ブリュンヒルデと短い会話で方針を決める。
「爆薬を飲ませる。隙を作ってくれ!」
「そんなものまで持ってるのか!?」
「わかった。見逃すなよ」
ギルドマスターとアキラが武器を構え直すと視線を熊に固定したままゆっくりと左右に広がった。