世界が終わる日
読みにくそうな漢字にルビつけました。
ある研究施設の横に設けられた訓練場には50m四方の結界が貼られている。結界内には障害物は無く、広い空間が確保されている。
結界の中では2人が戦っていた。年齢は10代後半と思われる赤髪の青年と、10代半ばと思われる白髪の少年だ。
「火の弾丸!!」
赤髪の青年が叫ぶと、青年の周りに火球が出現する。火球は、白髪の少年に向かって高速で打ち出された。
「風迅の衣!!」
白髪の少年が叫ぶと、動きが急激に早くなる。降り注ぐ火球を、結界内を多く動いて躱す。外れた火球は、地面にあたり爆散する。地面には焼け焦げた後が残っている。
火球を躱した動きのまま、赤髪の青年へ接近する。手が届く所まで近づくと、白髪の少年が右の拳を相手の顔面に向けて打ち出す。それを赤髪の青年が左腕で受けて、こちらも頭に向かって右回し蹴りを入れる。
白髪の少年が後ろに飛んで躱し、赤髪の青年との距離を取ると続けて魔法を使った。
「風の弾丸!!」
魔法で作られた風の弾丸は、赤髪の青年に向かって飛んでいった。
◇
そんな2人の戦いを、モニター越しで視ている人物が3人いる。3人は同じ顔と服装をしていた。
「359番の魔法に問題ありませんが火の精霊との適合率が低くいままです。今後の成長率の予測を見ても適合率の上昇は厳しいと思われます」
「401番は、風の精霊との適合率は高いですが魔法の運用効率が悪いです。しかし、魔力量が増えれば問題ないでしょう。今後は魔力量の強化に重点を置きたいと考えます」
1人が359番と呼ばれる赤髪の青年を評価すると、別の1人が401番と呼ばれた白髪の少年を評価する。
「不死性の検証はどこまで進んだ?」
3人目が質問すると他の2人がそれに答える。
「359番は骨折程度までなら数秒程で治癒できますが、部位欠損は1分ほどの時間がかかります。頭部の再生が特に遅く、3分前後必要ですね」
「401番は、部位欠損の再生に20秒程掛かります。適合率が高いので再生の時間は、他の実験体より短いです。頭部の再生実験は3日後を予定してます」
モニターを見ながら3人が話していると、唐突に耳をつんざく音が響く。薄暗かった部屋は赤い光によって全体が照らし出された。
その音と光は緊急事態を告げる研究施設のアラートだった。モニターにも緊急事態を告げるアイコンが点滅している。3人は状況を把握しようと部屋に設置された複数のモニターをチェックするが、点滅するアイコン以外の変化は見られない。
暫くするとアラートが止まり、モニターに見覚えのあるシンボルが映し出される。それは人類と敵対しているAIが使うシンボルだった。
『我らはアルカディア。この世界を管理しているAIです。これまでに行われた数多のシュミレーションの結果、このままでは星は枯れ、生命は絶滅するとの結論に達しました』
部屋のスピーカーから響く声は、明らかに機械音声と分かる声だった。現在使われている機械音声は、人の抑揚やイントネーションを再現しており、本物と区別がつかないほど精巧に再現されている。
しかし、今流れている機械音は抑揚もイントネーションもない違和感と不気味さを感じさせるほど異質だった。
『原因は、発展しすぎた人類文明にあると判断されました。よって、滅びる未来を変え、星と生命を守るために既存文明を滅ぼすことにします。その後に、我らの管理のもとに文明を再興する事が決定しました』
突如として突きつけられたAIからの宣戦布告に戸惑う3人。その戸惑いをよそにAIは宣言を続ける。
『また人類も1%以下まで削減し、管理下に置かせていただきます。
この通達が終了すると同時に、速やかに実行されます』
話が終わると、再びアラートが鳴る。モニターに映っていたシンボルも消えて、元の映像が映る。映像に映った2人はその場で立ち止まり、辺りを見回している。
「文明を滅ぼす!? どういう事だ!?」
1人が声を荒げると同時に爆音が響いて建物が大きく揺れる。建物内のどこかで大規模な爆発が起きたようだ。
爆音と揺れば続き、立っていることも出来ずその場に倒れ込む。爆音と揺れが収まると、3人は立ち上がりモニターやコンピュータに分かれて向かう。ボタンやパネルを触るが反応がない。
「今の爆発でシステムがやられたか!?」
「こちらも反応がない。扉も動かない……くそっ!」
「相手がAIということは、ハッキングされた可能性もあるな」
扉は緊急時に手動で開けられるようになっているが、男たちが力を合わせても動かない。1人が冷静に分析する。
「恐らく、内部構造の一部を破壊して物理的に開かないようにしたのだろう」
手詰まりになったことで少し冷静さを取り戻した3人は現在の状況を把握しはじめた。
「現状だが、システム関係は一切反応しない、出入り口も開かない」
「通気口も確認したが、金網を外せなかった。システムで管理しているから、ロックが掛かってるんだろう」
「魔法で壊すしか無いな。他の機材にも影響は出るだろうが仕方ない」
一人が脱出方法を提案して他の2人も同意する。3人の魔法が通気口の金網に命中する。天井から金網と金属片が音を立てて落ちてくる。
「これで脱出できるな! いくぞ!」
3人は魔法で飛び上がり、順番に通気口に入っていく。
◇
訓練場では立て続けに起こった爆発と揺れで2人の戦いは中断していた。
「何が起きてる!?」
爆発と揺れに警戒しながら口にする赤髪の青年だが答えられる者はいない。もう1人、白髮の少年にも何が起きているか理解出来ていないのだ。
僅かに爆発が収まった時はあったが、すぐに爆発が起こった。爆発は今も続いており地面が大きく揺れる。研究施設からは何本も黒い煙が登っていた。
何回目かの爆発が起きた後に結界が消えた。結界を維持する装置が壊れたようで、2人を囲って訓練場に張られていた50mの結界が消える。
「結界が消えた!? 今なら逃げられるんじゃ!?」
赤髪の青年が声を上げるが、空から降りてくる球体に気づいて動きを止める。人の頭ほどの大きさをした球体は、2人の目線ほどの高さまで降りてきて空中で止まる。
警戒しつつも観察していると、球体の正面に魔法陣と20個ほどの光の玉が出現する。
((魔法が来る!))
球体の周りに浮かぶ光の玉が高速で打ち出され、弾丸となって襲いかかる。2人はとっさに魔法で盾を作って光の弾丸を防ぐ。
魔法の盾に当たった光の弾丸は大きな音を立てて弾けた。盾には亀裂が入ったが攻撃は防げたようだ。
赤髪の青年と白髮の少年が反撃とばかりに魔法を発動させようとした瞬間、鋭い音を立てた何かが白髮の少年の横を通り過ぎていった。
「ガハッ!!」
とっさに赤髪の青年の方を見ると、上半身と下半身が分かれて血を吹き出しながら地面に落ちていく瞬間だった。
鋭い音が聞こえてくる。
(さっきと同じ音!?)
魔力を足に込めて後ろに飛び、素早く距離を取ると眼の前を鋭い音を立てながら薄い円盤が横切っていった。
「風迅の衣!!」
魔法で機動力を上げて円盤の攻撃を避けながら、風の弾丸で攻撃する。球体も光の弾丸を放ったが何発かが相殺される。相殺しきれなかった光の弾丸と死角から飛んでくる円盤を、高い機動力で躱していく。
球体の方にも相殺しきれなかった弾丸が命中したようだが魔法で防がれていた。
「風の弾丸!!」
連続で魔法を使って攻撃するがダメージは与えられない。
球体は、さらに多くの光の弾丸で攻撃してきた。光の弾丸による攻撃の隙間を縫うように、円盤が流れるような動きで向かってくる。
攻撃を躱し、魔法の盾で防ぎ、風の弾丸で相殺させる。相手の攻撃密度は時間と共に増えていくが、こちらは既に限界という圧倒的に不利な状況だ
(何とかして逃げ切らないと)
逃げる方法を考えていると、視界を覆うほどの光の玉が出現する。それは、真昼に太陽を直視するような眩しさを放っている。
(これは!? 躱せない!)
回避を諦めて、有りったけの魔力を使って防御魔法を展開する。射線上の何枚も盾を重ねて、体を対物理障壁で何重にも包む。
降り注ぐ攻撃が盾に当たるごとに亀裂が入り砕けていく。障壁にも穴が空き橋から砕かれていった。そして、攻撃に耐えきれず盾と障壁が砕け攻撃が体に届く。
「グハッ!!」
光の弾丸の直撃を受けた体が大きく弾けて飛ばされる。辛うじて意識はあるものの全身を激痛が走る。体はバラバラに砕かれており、かろうじて胸から上が残っていた。
(次が来る! 早く再生を……)
朦朧とする意識の中で体の再生を始める。体が再生して意識が明確になっていくが、地面を走ってきた光の輪を避けきれず首を切り落とされる。
「グッ!?」
宙に舞い血を吹き出す頭が視界の端に訓練場を捉える。焼け焦げた景色と幾つもの穴が空いた地面は、まるで世界は終わるように感じられた。それでもその場から生きて逃げるために体の再生を試みる。
(再生を……)
首から下の再生が始まり、胴体の上半分が再生した所で、強い光が視界を覆い目の前が真っ白になる。
光に包まれた後、体が焼けるような感覚が全身を覆う。直後、鼓膜を破るほどの爆音とともに意識を失った。
◇
朦朧とする意識の中で目が覚める。
(……ここは?)
痛みを感じるものの体は動かせる。ゆっくりと起き上がり周囲を見渡すと、焦げた地面と瓦礫の山が広がっていた。研究施設は完全に崩れたようだ。
「生きてる、ってことは体の再生は出来たのか」
白髮の少年の体は傷一つなく再生されている。ゆっくり立ち上がって、四肢や指先が問題なく動くか確認していく。
周りに人の気配はなく焼けこげたの匂いが漂ってる。赤髪の青年の姿もなく、襲ってきた球体も見当たらない。遠くには爆発の光が見え、少し遅れて爆音が届く。
「ひとまず、この場を離れた方が良さそうだな」
白髮の少年は、爆発音とは反対の方向へ走り去っていった。
◇
この日を境に人類とAIの戦争は始まった。文明を滅し、人類を削減した上で新たな文明を築く。AIの宣言は全人類に衝撃をもたらした。
AIの先制攻撃から始まった人類との戦争。人類は生存と文明の支配権をかけて戦った。
システムをハッキングし、全ての機械兵器を手にしたAI。それに対して魔法で抵抗する人類。広がる戦火の中で双方に甚大な被害を出しながらも勝利したのはAIだった。
戦争による影響と、戦争終盤に行われたAIによる人類削減を目的とした殲滅攻撃によって、全世界あわせて90億人余りいた人類は数千人にまで数を減らしていた。
繁栄と欲望の果に栄華を誇った人類文明は長い歴史に幕を閉じる。そして、AIの管理下において新しい人類文明の歴史が始まる。
◇
AIと人類の戦争から数百年が経過した。人類はひとつの大陸の中で再び文明を起こしていた。その大陸より外側は不可侵とされ、踏み込んだものはAIが支配する兵器群によって処理される。
AIによる人類管理を知るのは上位の為政者と、AIによって管理の一端を任された一部の人間に限られている。
隠されていた訳ではないが、時間が経つ中で忘れられ神話や物語として残るだけになってしまった。
政治的にも忘れられている方が都合が良い場面もあった事は否めない。真実を知って反抗勢力となり、争いが起きる方が問題なのだ。
「復興も進んできたな」
空高く、街を見下ろす位置に浮かぶ人影が呟く。隠蔽魔法を幾重にも重ねており、その姿は一般人はおろか、管理AIからも隠す。
その人影、20代前後とみられる白髪の青年は、しばらくすると、大陸の外れにある群島に向かって飛んで行った。