悪しきフェティシズム
「怪獣は攻撃されると鳴くんだよな。それで悲しくなって怪獣を応援するんだよ。でも、最後は結局人類が勝ってしまう」
世界の三割を壊滅させた怪獣を殺した女は、ひとり、そうつぶやいた。彼女の名は、佐座代 エイミ。人類最強の兵器にして、生体兵器界の最高傑作。単刀直入に言ってしまえば、怪獣に滅ぼされつつある人類の希望そのものである。
「おまえも、本当によく鳴いたよな」
巨大な死骸を前に、エイミは独り言を続ける。この華奢な英雄をヘリが迎えに来るまでには――――もうしばらくの――――時間がある。
「ガンマニアが趣味で動物殺してるのと、なにが違うのかねぇ。まぁ、私ら人間も怪獣にさんざ殺されてるけど――ッ!」
なにかを察知して、エイミは後ろに飛び退いた。
「マジかよ。これは新しいパターンだな」
怪獣の死骸から、仔が産まれたのである。その姿は、まるで人間。年のころで言えば十歳前後、一見無害そうな少女に見える――――が――――その瞳の色は怪獣独特の――――人類にはありえない――――あの色。
「へぇ、気味悪いと思ってたけど、人の大きさの身体につくと綺麗なもんだな」
巨大な怪獣の目は人類にとって恐怖の象徴である。だが、人類のような大きさの少女の瞳は、美しい宝石のように見えた。
「オマエ、タクサンカイジュウコロシテル」
「へぇ、喋れるのか」
怪獣と暴力以外でコミュニケーションをとるのは、はじめてのことである。そしてエイミは理解する。怪獣が、カイジュウと呼ばれていることを理解していることを。
「ジンルイハカテナイ」
「だろうね」
「オマエ、サイゴニノコッテ、サビシクテ、イヤナオモイシナガラシヌ」
「怪獣キラーの私が怪獣に気をつかわれるとはね。ああ、そうだ。ひとつ聞いていいかな」
エイミには、もし怪獣と話すことができたら、ぜひ、聞いてみたいことがあった。はじめて怪獣を殺してから、ずっとずっと聞きたかったことが。
「ヨイ」
「ありがと。じゃあさ、怪獣って、なに?」
それはとても、とても単純な疑問。
「ニンゲンガチキュウニウチコンダチカラノハンテン」
「難しいね。すまないが、私はあんまり頭が良くない。もう少しかみ砕いて説明できるか?」
「ニンゲンハバクダンヲタクサンツカッタ、ソノチカラハカナラズハンテンスル。チカラガタマレバ、カタチニナル。ソレガカイジュウダ」
「親切な説明ありがとう。つまりなんだろう? 私は、爆薬を使い過ぎた先輩のしりぬぐいをさせられているわけだ」
少し離れた位置にいた少女が歩き出し、エイミの前で立ち止まってその顔を見上げた。
美しい、二つの瞳。
エイミはそれを、よく知った天体のようだと思った。
「オマエ、カイジュウトタタカウノヲヤメロ。ソウスレバカイジュウハオマエトナカヨクデキル、サイゴニヒトリニナラナイ」
「たしかに、君のほうが私の上よりよほど常識的だし、まともな神経をしていそうだね」
「オマエハマモルタメニタタカッテイル、ダカラ、カイジュウハコノム」
「へぇ。本質を理解しようと努力してくれるだなんて、ありがたい話だ。最近は批判も多くてさ。もっと早く助けろだとか、佐座代 エイミが敵になったらどうするとか、めちゃくちゃ言われてるんだよ」
「シッテイル、ダカラワタシハ、エイミガスキダ」
少女が、自分はエイミに会うために産まれてきたとでも言いたげな表情で、両手を広げた。
「ハグしていいのかな?」
「イイゾ」
エイミは怪獣を殺す兵器となってからは一度も見せたことがない、柔らかで穏やかな笑顔を見せた。そして、怪獣の少女の顔を掴むようにして、両目に深く親指を突き入れた。
「ギャッアアアアア」
「はは、小さいと目って簡単にとれるんだねぇ」
「アアアアアア」
「そうそう、怪獣は攻撃されると鳴くんだよ。それが可哀想だって、ずっとずっと思ってたよ。だから私はヒーローじゃなく怪獣のファンだったんだ」
少女の右膝を正面から蹴り折って倒した後、頭を、何度も踏みつける。
「もちろん、テレビ番組の話だ。おまえら怪獣がこの世にあらわれる前のね」
「ガッ! ゴッ! ヤメロエイミ、カイジュウトタタカエバ……ギャッ! オマエハ、ヒトリボッチニ! ガアッ!」
「私はさ、今も怪獣が大好きなんだよ。だから、こうしてる。だから、こうしてるんだよ。わかるか? まぁ、怪獣にはわからねぇか」
「ヤメロエイミ、ヤメロエイミ…………」
ゴツンゴツンと何度も頭を踏みつけられ続けた少女の声は、だんだんと小さくなっていった。
「…………ヤメロ、エイミ」
「怪獣が私の名前を呼ぶんじゃあねぇよ。鳴き声は泣き声であっちゃいけないんだ」
今まで以上に大きく足を振り上げて、硬いブーツの底で思いっきり踏みつけると――――小さな頭が――――湿度を帯びた音とともに変形した。
「ふぅ」
また、怪獣を殺したエイミはポケットから取り出したシガレットで静かに一服する。
「良かったよ、実は怪獣は元々人間でしたなんていう話じゃなくて」
煙が、濃いブルーの空へと昇っていった。
「だってそうだろう、そんなこと言われたら私も怪獣ってことになっちまう」
人類の盾――。
人類の剣――。
人類の希望、佐座代 エイミ。
彼女はどうしようもなく、人間が好きなのだ。