英雄"戦花"
第一話 二つの渇望
水月零。17歳。高校二年生。
冷静で感情を表に出すのが苦手な性格で自己主張はあまりしない大人しい性格。
そんな彼女は運動部から誘われるほど身体能力が極めて高かった。
しかし、零はそれら全ての誘いを断りどの部活に属することなく高校生活も二年目を迎えた。
さな(友人)「零は部活入らないの?」
さなはずっと気になっていたことを零に質問する。
零「うん、興味ないから」
みお(友人)「もったいないなぁ、こんなに運動神経いいのにそれを活かさないなんて!」
さな「まぁ、本人がやりたくないなら無理にやらなくてもいいと私は思うけどね」
零「そうね、気が向いたらやるかも」
さな「あ、これやらないやつね」
みお「ねぇ、学校が終わったらカラオケに行かない?」
さな「いいね行こう‼︎零も行くでしょ?」
零「うん、いいよ」
みお「じゃあ決まり!行こう!」
零は基本的に友人達に付いていくタイプだ。
私は中学生の頃、クラスで孤立していた。
それ以来、ずっと居場所が欲しかった。
何でも良かった。家族でも友人でも恋人でも。
家族は両親が早くに亡くなり、親戚の家で育てられた。
でも、そこに私の居場所はなかった。
高校に入り、私を友人と呼ぶ人達ができた。
さなとみおは何故か私を気に入り、何かと話しかけてきたり遊びに誘ってきた。
私はそれを嫌だとは感じてはおらず、流されるままに受けていた。
いつしか二人から友達と呼ばれるようになった。
それなのに居場所を得られた実感はほとんどなかった。
親戚の家だって私が居場所がないと感じているだけで充分良くしてくれている。
ここまで来ると周りの人達ではなく、自分に問題があるのだと思う。
それでも、平和で退屈な毎日を過ごすことがそこまで苦ではなかった。
友人と話したり遊んだりするのはそれなりに楽しいと感じていた。
私はどこにいてもきっと同じ事を思う。
居場所が欲しいと。
私の中で何かが崩れ始めたのはあの日。
雨が降る火曜日の午後だった。
この日は雨だったので、友人達と遊びに行くのは辞めて真っ直ぐ家に帰ろうという話になった。
家の方向がバラバラな私達は校門で別れた。
私は傘を差しながら一人で帰宅している最中だった。
歩いていると、近くで男の人の話声が聞こえた。
声のする方へ目を向ける。細い路地。
壁際に追い込まれているサラリーマン風のスーツを着た男性と、ジーンズに黒いスニーカー、黒いパーカーのフードを深く被って顔が見えない男性の二人。
そして地面に落ちている一本の青い傘。
一人がパーカーのポケットからナイフを取り出す。
雨粒に打たれギラリと光るナイフ。
人が人を刺す瞬間。
周りの音が聞こえなくなり、周りの動きさえも止まったように感じた。
映像は鮮明に私の目に焼き付いた。
幸い、二人の男は私に気付かないまま反対の道を走っていった。
その光景は生きてきた中で一番衝撃的なものだった。
いや、人が刺されたことへの衝撃よりも驚いたのは自分自身に対してだ。
私は、人が刺された現場を見て気分が高揚していたのだ。
血を流して倒れている男の姿を見て好奇心が駆り立てられていた。
私は警察に行かなかった。
通報すれば犯人達が私を見つけ出し、襲ってくると瞬時に思った。
何より命を狙われるのを避ける為に。
その日以来、私は人を殺してみたいという漠然とした願望を抱くようになった。
おそらく、あの時私が警察に行かなかったのは犯人に目をつけられるとかそういった理由ではなかったのだろう。
そんな感情を抱いた自分を警察官に見透かされる気がしたのだ。
居場所が欲しい、そして漠然とした殺意。
正直、殺すだけならこの身体能力を使い、相手が男であっても容易く刺せる自信がある。
腕力こそ劣るが、素早さや身軽さでは負けないはずだ。
人を殺したら居場所は永遠に手に入らなくなる。
でも、居場所を手に入れようとすれば人を殺せない。
それはまるで強力なバネを抑え込んでいる状態のようだ。
押さえている間はいいが、少しでも力を抜けば反動で跳ね返る。
このまま感情を抑えたまま生活をすればいずれ自分自身をセーブできなくなり、私はある日突然殺人鬼になるかもしれない。
殺意が向けられる相手は通りすがりのサラリーマンかもしれない。
親戚の人間かもしれない。
あるいは高校でできた友人かもしれない。
居場所と殺意、そんな相反する感情が私の心の中を支配していた。
もし、この二つの願いが叶えられる場所があるなら行ってみたい。
でも、どちらの願いも叶えるなんて不可能。
きっと私が産まれてきたこと自体が間違いだった。
そんな二つの渇望の中、私は高校三年になった。
第二話 タイムスリップ
私はある日、車の交通事故に合った。
飲酒運転らしい。
冷たい道路の上に投げ出された私の身体は横たわっている。
身体中の骨が折れている。激しい痛みだ。
身を捩り、痛む部分を庇い、身体を抱え込みたくなった。
しかし、自由が効かず身体は動かせないし声を出す力さえない。
薄れゆく意識の中で私はあることを思った。
"ああ、これでもう居場所が欲しいと望むことも正体不明の殺意に翻弄されることもなくなる。
私が死んでそれで終わり。
これで良かったんだ・・・"
しかし、運命とは時に通常では考えられないような力を起こし、人を生かそうとする。
何故なら、死の淵を彷徨った末に私がたどり着いたのは病院でも地獄でもなく戦国時代だったから。
私はいつの間にかタイムスリップしていたのだ。
不思議なことに怪我は全て完治していた。
まるで令和にいた記憶が全て夢だったかのように。
更に、目の前には侍の格好をした男が三人立っていた。
零「ここは・・・」
私は、目が覚めると広い草原の上に横たわっていた。
弦「おー、起きたか」
赤也「怪我はしてないみたいだな」
仙「随分と変わった格好をしているな、お前、何者だ?」
零「私は・・・」
赤也「仙、そんな初手から硬いこと言うなって!話しづらいだろう」
弦「そうだぜ、細かいことはいいじゃねぇか!」
零「あの、ここはどこ?」
弦「ここは明月城のすぐ近くだ」
零「メイゲツ城・・・?」
弦「このあたりにいたのに明月城を知らないなんて変わった女だな」
零「あの、今って何年ですか?年号」
仙「天正二年だろう、本当に何も知らないんだな、ひょっとして記憶喪失か?」
弦「まーまずは自己紹介からだな、俺は弦、こっちの頭硬そうなのが仙、そんでこっちのいかにも何も考えてなさそうなのが赤也」
仙「おい、今のは聞き捨てならないな」
弦「でも事実だろ」
赤也「ひっどーい!俺だって考えことくらいするよ!」
弦「お前はいつも晩飯のことしか考えてないだろ」
赤也「まぁ大体そうだけどさ〜‼︎」
弦「んで、あんた名前は?」
零「水月零」
弦「変わった名前だな?よし、ここで会ったのも何かの縁だ!家まで送ってやる、場所の案内頼むぞ!」
零「たぶん探してもないと思う」
仙「無いって・・・じゃあ零は一体どこから来たんだ?」
零「今から500年後の令和って言う時代から」
30分後、零は三人の侍と共に城の中へ入った。
龍宗(殿様)「ほう、零とやら、お前は500年後の時代から来たのか」
零「はい」
龍宗「ふむ、確かに見たことのない衣服を着ているし名前も聞いたことがないものだ
あり得ない話では無いな」
仙「龍宗様、本気でおっしゃっているんですか?」
赤也「まぁまぁ!」
弦「龍宗様がそう言ってるんだからそれでいいじゃねーか、まぁ、俺はその話が嘘でも本当でもどっちでも構わねーけどな!」
仙「第一、素性の分からない者を城に入れること自体、俺は反対です、何かあったらどうするんですか?」
龍宗「まぁまぁ、落ち着きなさい仙、零、何故ここへ来たか分かるか?」
零「いえ、交通事故に合い、病院に搬送されて、気付いたらここに来ていました」
龍宗「交通事故??ふむ、よく分からんが・・・何かに巻き込まれてここへ来たのだろうな、ふむふむ」
龍宗は数秒考えた後。
龍宗「よし!それならこの城に零の部屋を一部屋作ろう」
零「え?」
仙「龍宗様!私は反対です!!」
赤也「仙、龍宗様がいいって言ってるんだからいいだろうが」
弦「俺もいいと思う!!なーんかこれから面白くなりそうな予感がするしな!」
仙「お前達、少しは城を守る自覚を持ったらどうだ?」
仙は二人をギロリと睨んだが、当の二人は少しも動揺する気配はない。
龍宗「まぁまぁ、そう怒るな仙、お前の気持ちも分かるが零は違う時代に飛ばされ一人きりなのだ、
それに何より帰る家がない女を追い出し、野垂れ死させるのはさすがに酷ではないか?」
仙「そ、それは・・・」
零「仙さん、その事なら問題ないわ」
仙「え?」
零「殿様、今すぐ私を殺して下さい」
仙「な・・・」
さすがの零の提案に仙も動揺している様子だ。
赤也「え!?ちょっと何でそうなるの!?」
弦「・・・」
弦は黙ったまま零の顔を真っ直ぐに見ている。
龍宗「・・・理由は?」
零「私は・・・生きていてはいけない人間なんです」
零は自分のことを全て話した。
第三話 仲間
赤也「え、そんだけ?」
零「え?」
弦「なーんだ、全然大したことねーじゃん!」
仙「殺してくれと言うからには相当な事をしてきたのかと思っていたが」
龍宗「実際には誰も手にかけずここまで来たのだろう?それなら零は悪いことは何もしていないのだから問題ない」
凄い、私の異常さなんて誰も気にも止めてない。
どうしてこの人達微塵も動揺しないの?
私、人を殺してみたいって言ったのよ?
今まではそんな私の好奇心が大部分を占めていたのが今は霞んで見える。
これも時代の差なの?
零は四人の顔をチラッと見る。
いいえ、この人達が異常なだけね。
そんな零に対し、ずっと黙っていた弦が口を開いた。
弦「零、俺の命ならいつ狙っても構わねーぜ?」
仙「またお前は相手を挑発するような真似を・・・やけに静かにしていると思っていたら・・・はぁ」
仙は呆れたように弦を見た。
赤也「なぁ、だったら俺達と一緒に戦う道を選んだら話は早いんじゃないか?」
戦う道、その言葉を聞いた零の目に光りが産まれた。
弦「おー‼︎それいいじゃん‼︎修行仲間が一人増えるのは大歓迎だぜ‼︎」
仙「お、おい、お前達、女を戦わせる気か?」
明月城では女の剣士は一人もいないらしい。
中には女の剣士を先に行かせ、敵の攻撃の盾にしている
城もあるそうだ。
赤也「あれ、さっきまで零に対して敵意剥き出しだったのに零の心配してるのか?」
仙「違う!女の力などたかが知れていると言いたいんだ」
弦「俺は賛成だぞ、強くなって俺の命取りに来いよ零」
弦はそう言って自分の心臓の部分を人差し指でトントンと軽く叩いた。
零「!」
俺の命を取りに来いなんて聞いた事のない台詞を聞いた
零はさすがに驚いたらしく、目を丸くして弦を見つめていた。
仙「おい、勝手に決めるな弦、決めるのは龍宗様だ」
弦「へいへい」
龍宗「零はどうしたい?」
龍宗様は優しく零に質問をする。
零「私、やってみたいです」
龍宗「よし、決まりだな、零、お前の好きなようにやってみなさい」
零「ありがとうございます」
殿様の懐の深さを知る。
正体不明の私を城の門まで出迎え、中に招き入れてくれたのは他ならぬこの人だ。
最初、三人は門の所まで私を連れて行き、仙さんが「龍宗様を呼んで来る」と言って中へ入り、その後を赤也さんが付いて行った。
弦さんは私の見張り役のような形で一緒に待っていた。
その間、弦さんは仙さんと赤也さんの話をしてくれていた。
龍宗「仙、それでよいか?」
仙「本人と・・何より龍宗様がそうおっしゃるなら俺はもう口出ししません」
龍宗「ありがとう」
その日から私は戦国時代で女剣士として戦う日々を選んだ。
弦「零!今日から俺たちは仲間だ!」
弦が手を差し出し、零の手を握った。次に赤也も零と握手をする。
赤也「よろしくな!ほら、仙も何か言ってやれよ」
仙「俺はいい」
赤也「ごめんなー、こいつこんなだけど根はいい奴なんだ、許してやって」
零「うん」
仙「こんな奴は余計だ」
弦「んなわけで俺らのことは呼び捨てでいいぜ‼︎」
赤也「うんうん、龍宗様だけは別だけどね」
零「分かったわ」
この時代に来ることで永遠に手に入らないと思っていたもの。
仲間と人を殺してみたいという二つの願望を私はあっさり叶えた。
身体能力は高かったが、剣を使うのは初めてだったので一から基礎を教わった。
体力向上の為の訓練も同時に行うことですぐに上達した。
元々、飲み込みの早い零はどんどん力をつけていく。
戦えば戦うほど強くなる。人を殺せば殺した分だけ賞賛される。
戦国時代こそ私の生きるべき時代だと思った。
零が初めて人を殺した時、真っ先に話しかけてきたのは弦だ。
弦「どうだ?人生で初めて人を斬った感想は?」
零「正直、罪悪感を感じると思っていたの」
弦「で?感じたのか?」
弦は片方の眉毛を上げながら聞いてきた。
零「ううん、何も感じなかった」
弦「そっかそっかー!何も感じなかったかぁ!ははは!」
零「ねぇ、弦」
弦「んー?」
弦は両腕を頭の後ろで組んで眠たげに答える。
零「弦は人を殺して罪悪感とか後悔とかしたことないの?」
弦「そんなこと考えた事もなかったなぁ・・・罪悪感が少しもないかと問われたら少しはあるかもな
けど、今まで後悔はした事ねーな
まぁ、俺は人を殺すのが好きなんじゃなくて戦うのか好きなだけだからな」
零「戦うのが好き・・・」
弦「そ‼︎だから、どーせやるんなら弱い奴らを相手にするんじゃなくて自分より強そうな奴とやり合いてーわけよ!
まー、戦に関してはそういうわけにもいかねーけどな」
零「それは少し分かるかも」
弦「へぇ、意外な反応だな」
零「そう?」
弦「俺さ、城を守る為に命懸けで戦って、龍宗様に褒めてもらえて、仙や赤也と零と美味い飯が食えて
これが俺に合った生き方なんだと思うし、この生活、結構気に入ってんだよね」
零「弦は今が楽しいの?」
弦「ああ、すっげー楽しいぜ!今までも楽しかったが、零が来てからはもっと楽しい!」
零「え、私、何もしてないけど・・・」
弦「なーに言ってんだよ!最初からずーっと面白いぜ?
変な服着て現れたり、帰る家がなかったり、はたまた500年後から来たと言いやがる
こーんな面白ぇ女見たことねーよ」
零「違う時代から来た人を見たらそう思うのも無理ないわね」
弦「それだけじゃねーよ?
零、俺らの前で殺してくれって頼んだだろ?
理由を聞いたら人を殺してみたいと思っている自分は危険人物だからって
人を殺したいと思ってんのに俺らの心配してるとこ見ると根はいい奴なんだろうなーと思ってな!」
零「いい奴、ではないと思うけど・・・」
弦「あーいいのいいの、ぜーんぶ俺基準だから!」
弦はパタパタと手を上下に振った。
弦「零の好奇心が強いとこ、俺結構気に入ってんだよね
人を殺してみたいって言うのも、経験した事がないものを見たからで
たまたまその対象が人を殺す事だっただけだろ」
零「それが問題なんだけど」
弦「零の場合、俺と同じで目覚めたのは殺す方じゃなくて闘争本能だったのかもしれねーぜ?」
零「闘争本能・・・なんかしっくりくるかも」
俺と同じ。不意に言われたその言葉がなんだか嬉しく感じた。今まで感じた事のない気持ちだ。
残酷で安心感のある不思議な人。
弦「だろ?いやー、俺も昔はどうやったら最速で相手を斬れるか研究してたっけなぁ
あいつらと何人斬ったか競争してた事もあったしな」
零「そ、そう」(ちょっと呆れてる)
この人と話してると自分がまともに見えてくる。
弦「ま、俺の戦闘好きが知れ渡ってからは俺に近寄ろうとする物好きな奴は仙と赤也くらいなもんだ
最近では零も含まれてるけどな」
零「弦が一番熱心に稽古付けてくれるのはどうしてなの?」
弦「だって零、どんどん強くなってくんだもん、面白れーじゃん」
零「いつか私に刺されるかもって怖くないの?まぁ、あなたなら私より強いままでしょうけど・・・」
弦「全然!俺はいつでも大歓迎だぜ?まぁ、零は俺らを刺したりしねーけどな」
零「分からないじゃないそんなの」
弦「だって、零がもし俺らより強くなったとしても殺したくなったとしても、最初の時みたいに自分を殺せって言うだろ?」
零「それは・・・」
確かにそうだ。
弦「俺が零の立場だったら、好奇心の赴くまま、とっくにやってるぜ?自分が死ねばなんて微塵も思わねぇ」
零「弦って変な人ね」
弦「よく言われるが俺は褒め言葉だと思ってる」
弦は腕を組んでふんぞりかえっている。
零「ふふ、ほんとおかしな人」
弦「あ、笑った!」
零「え?」
弦「俺、零が笑うとこ初めて見た!すっげー可愛いじゃん!」
零「え・・・」
弦の口から可愛い、なんて出てくると思っていなかったから不意を突かれたようにぽかんとしてしまった。
何より、可愛いなんて男の人に言われたの初めてだったから。
弦「どした?顔赤いぞ大丈夫か?」
零「何でもない」
ちゃんと笑ったのこれが初めてかもしれない。
弦「風邪かもしれねーから診てもらった方がいいぞ?」
零「大丈夫だってば」
弦は鈍感なタイプなのね。
私がこんな子どもじみたやり取りをするなんて・・・
不思議ね、この人と話してると何も知らなかった子どもの頃に戻ったみたい。
この人のそばにいると開放的になれる。自由になれる気がする。
どこまででも飛んで行けそうな錯覚に陥った。
まるで私の背中に真っ白な羽が生えたみたいだ。
第四話 英雄"戦花"
4年の月日が流れた頃。
零は戦の終わり頃、ついに重傷を負ってしまった。
弦「零!!」
戦が終わり、弦が馬から降りて零の元へ駆け付ける。
しかし、もう遅かった。
零「弦、来てくれたのね」
弦「零!すぐに手当てを」
零「だめ、もう助からない」
弦「馬鹿なこと・・・くそっ!!」
弦は零の傷の深さから助からないと瞬時に分かった。
零の体から流れた血が地面に滲んでいく。
零「もういいの、あなたが来てくれたから」
弦「零・・・」
零「私は沢山の人間を殺した、最初は好奇心から・・許されない事をした
でも、あなたが私を否定せず受け入れてくれた
殺意のその先の真実に気付かせてくれた
仙も赤也も龍宗様もこんな私を仲間だと言ってくれた
私、それが嬉しかったの」
弦「零、頼む、死なないでくれ・・俺はお前が好きだ、だから・・・」
零「ふふ、あなたってそういう顔で泣くのね・・・」
弦「零、れい・・・」
零「弦、私、あなたに会えて良かった、ありがとう・・・・」
弦「・・・・」
その後すぐに赤也と仙が二人の元へ馬に乗って駆けてきた。
赤也「え!?零の遺体が無いってどういう事だよ弦!」
仙「お前、最期までそばにいたんだろう?」
弦は草むらの上にあぐらをかいて座った。
弦「俺にも分からねぇ」
赤也「分からねぇって・・・」
弦「正確に言うと零は俺の目の前で消えた」
赤也「消えた・・・?」
仙「・・・」
弦「信じてくれとは言わねーよ、けど、事実だ」
仙「嘘、じゃないんだな」
仙は弦の声色や表情からそれが嘘でないと知る。
弦「ああ」
赤也「マジかよ・・・人が突然消えるなんて・・」
弦「零は戻っちまったのかもな」
赤也「戻ったってどこにだよ?」
仙「500年後の世界に、か?」
弦「ああ、零には悪いが俺はその話を全部信じていたわけじゃない
だが実際、人が一人、突然目の前で消えたんだ、有り得ない話じゃないだろ」
仙「それで、その話が全て事実だとして、お前はこれからどうするんだ?」
弦「さあな」
赤也「さあなって・・・仙?」
仙は赤也の肩に手を置いて首を左右に振った。
仙「しばらく、一人にしてやれ」
赤也「・・・分かった」
弦はあぐらをかいたまま空を見上げた。
弦「零、お前は500年後の世界に行っちまったのか?
なぁ、英雄"戦花"」
数日後。
仙「少しは落ち着いたか?」
弦「なぁ、仙、赤也」
仙「何だ?」
赤也「どうしたよ?」
弦「零がさ、仙や赤也と仲間になれた事、すげー喜んでたんだ」
仙「俺は仲間だとは一言も言ってないがな」
赤也「またまたぁ、そんな事言って、いっつも零が怪我しないように戦場で立ち回ってたくせに〜」
仙「そ、そんな事はしていない」
赤也「全く素直じゃないんだから」
弦「大丈夫だ、言葉にしなくてもちゃーんと伝わってたと思うぜ?」
仙「ふん・・・」
赤也は照れ臭そうに鼻を鳴らした仙を肘で仙をつついた。
仙「俺をつつくな赤也・・・それにしても、まさか女である零が俺たちと互角に戦えるようになるまで成長するとは思わなかったな、大したものだ」
赤也「俺もだよ、マジでびっくりしたっけな、この城の中で一番強い三人なのにさ」
仙「弦、お前よく零に戦いを挑まなかったな」
赤也「あー、だめだめ、零は弦の前だとただの女になっちゃうからさ」
仙「ああ、そうだったな」
弦「え、何言ってんだお前ら、零は最初から女だろ?」
赤也「はー、弦はほんっと戦い以外の事はてんでダメだな」
弦「だから何の話だよ」
仙「零はお前に惚れてたんだよ、気付かなかったのか?」
弦「全然」
仙「やれやれ・・・」
赤也「零が気の毒だな」
仙「惚れた相手が悪過ぎる」
弦「うるせーよ」
ばーか。気付くっつーの。他の奴の前では笑わないくせに俺の前ではあんな可愛い顔で笑うんだから。
零、誰が何と言おうと俺らはお前の仲間で、そして居場所だ。
お前のおかげでここまで来れた。
お前のおかげで随分楽しめた。
ありがとな。
・・・。
現代。病院。
零「う、ん・・・」
さな「零!」
みお「零、良かった!意識が戻ったのね!」
ああ、私、戻って来たのね・・・。
さな「良かったぁ!死んじゃったかと思ったよ!」
みお「心配したんだから!」
零「ごめん」
さな「でもこれで一安心だね、私、お医者さん呼んで来る!」
親戚のおばあちゃん「零ちゃん、良かった・・・」
親戚のおじいちゃん「心配したよ、生きてて良かった・・・」
皆んな、私のこと心配してくれてる。私が生きてること喜んでくれてるんだ・・・。
話によると、交通事故に遭ってから私はすぐに病院に運ばれ、ずっと眠ったままだったそうだ。
何故体が消えていなかったのかは不思議だ。
一年後。零はすっかり傷が治り、今までと同じ生活ができるようになっていた。
病院に勉強道具や差し入れを持って来てくれた二人には感謝している。
おかげで私は高校を卒業することができたのだから。
公園のベンチで友人達と話していた時、零は急に泣き始めてしまう。
さな「え!?零?どうしたの?」
みお「何かあったの?」
泣いてる零に二人はそっと寄り添った。
しばらくして零が落ち着きを取り戻した。
零「ごめん、急に泣いたりして」
さな「ううん、いいんだよ!」
みお「それにしても、相手がどこの誰だか知らないけど零を泣かせるなんて許せない!」
さな「ほんとだよね!で、誰なの?零を泣かせた張本人は」
零「ちょっと待って、私、泣かされたわけじゃないの」
さな「え?そうなの?」
みお「じゃあ・・・あ!!」
みおは何かを思いついたように声を出した。
さな「ちょっと、何よ急に?」
みお「ははーん、零?さては恋だな?」
みおは人差し指と親指を顎に当てながらそう言った。
さな「何言ってんの、零が恋なんてするわけ・・・ってあれ?当たりなの?」
零はこの日、初めて二人の前で泣き、初めて顔を赤く染めた。
みお「何よー!そうならそうと早く言ってよ!」
さな「零を泣かせるなんて相当な奴ね」
零「恋かは分からないけど・・・」
さな「その人のこと考えて顔赤くなってるんだから好きでしょ?」
みお「で?どんな人なの?」
零「そうね、破天荒で細かいことは気にしない楽天的な人?・・・口が悪くて野蛮?」
さな「零・・・」
みお「聞いといて言うのもあれなんだけど、そいつ結構ヤバいよ」
さな「ま、まさかヤクザとかじゃないよね??」
零「違うよ」
戦国時代の侍だなんてとても言えない。
さな「な、ならいいんだけど・・・暴力とか振るわれてないよね?」
零「それも大丈夫、あ、でも俺を刺しても構わないって言ってた」
さな「え、まさかのドM?」
みお「なんかますますヤバそう・・・」
零「とにかく、ヤバい奴に変わりはないけど大丈夫な人だから」
さな「そ、そう?まぁ零がそう言うなら・・・」
みお「でも、何かあったらすぐ私達に言うんだよ?」
零「うん、分かった」
さな「ところで、その人とは結構会ってるの?」
零「ううん」
零は首を横に振った。
零「その人、遠くにいて簡単には会えないから」
さな「遠距離恋愛?」
零「付き合ってるわけじゃないから恋愛ではないけど」
さな「じゃあまだ友達って感じ?」
零「うん」
友達っていうか戦闘仲間なんだけど。
みお「そっかぁ、それで会いたくて泣いてたんだ」
零「会いたい?」
みお「え、違うの?」
零「分からない」
みお「でも、会えなくて泣いてるってことは会いたいってことだよね?」
さな「それはもう恋なんじゃない?」
零「そうなのかな」
さな「そんな泣くほど会いたいんなら会いに行ってみたら?」
零「でも、行っても会えないかもしれないし・・・」
みお「やってみなきゃ分からないじゃない!もし、その人も零に会いたいと思ってたらきっと会えるよ!」
さな「そうよねー、ダメだったら諦めもつくしね!」
みお「意外とあっさり会えちゃうかもよ?」
さな「会いたいんでしょ?その人に」
さなは優しく零を諭した。
零「・・・うん」
さな「だったら会いに行ってきなよ」
みお「零なら大丈夫だって!もしダメでも、私らが付いてるんだから!」
零「私・・・行かなくちゃ」
零は何かに駆り立てられるように立ち上がった。
さなとみおも立ち上がると零の背中をポンっと押した。
さな「行ってらっしゃい!」
みお「零!ファイト!」
さなとみおはガッツポーズをした。
零「二人ともありがとう」
零は二人に見送られ、ある場所へと走り出した。
さな「・・・」
さなは遠くなっていく零の背中を見つめていた。
みお「さな、どうしたの?」
さな「なんだか、零が遠くへ行っちゃうような気がして・・・」
みお「ちょっと縁起でもないこと言わないでよ〜!」
さな「ごめん、気のせいだねきっと」
零は図書館に行き、城について調べ始めた。
戦国時代のコーナーから城の名前が記されていそうなものを抜選し、一枚一枚指でめくる。
あの城の名前・・・明月城。あった‼︎現在の場所の名前は・・・ーー市、ーー町。改装を重ねてはいるものの、今もあるらしい。最寄駅から電車で1時間だ。
ずっと、心のどこかでやって会えなかったらと怖くて諦めてた。
城に行ったからといって戦国時代に行けるかどうかも分からない。
仮に会えたとしても、1年経ってるし私のことなんて忘れられてるかもしれない。
でも、私行かなきゃ。例え行けなかったとしても忘れられていたとしても。
零「着いた」
あの時見た城のままだ。所々、改装はされているけど。
城の門の中へ入り、駆け足で長い階段を登っていく。
城の中で弦と会話した場所、一緒に修行した場所。
・・・あそこだ‼︎
城の中にある縁側。
ほんの少しの間しかいなかったのにどこか懐かしく感じる。
零はその場にしゃがみ込んだ。
バカね、こんなことしたって会えるわけないじゃない・・・。会いたい・・弦・・・。
弦「零?」
零は聞き覚えのある声にパッと顔を上げた。
そこには心配そうにこちらを覗き込んでいる弦の姿があった。
零「え・・・弦?どうしてここに・・」
弦「それはこっちの台詞だっての」
弦は頭をガシガシっと掻いた。
零「まさか本当に会えるなんて・・・私のこと、覚えてたのね、忘れられてるかと思ってた」
弦「バーカ、惚れてる女を忘れるわけねーだろ」
そう言いながら私の腕を優しく引っ張り、立ち上がらせてくれる。
零「え・・・」
弦「零、俺はお前がす」
赤也「零!!戻って来てたのか!」
仙「零、怪我は大丈夫なのか?」
弦「はー・・・」
間が悪すぎると言いたげに弦は二人に視線を送るが、そんな弦を無視して会話が続けられた。
零「赤也、仙・・・うん、怪我はもう大丈夫」
タイムスリップした時、戦国時代で負った怪我は無くなっていた。
もし無くなっていなければ私はあのまま死んでいた。
タイムスリップをすると怪我が治る法則でもあるのだろうか。
赤也「ったく心配してたんだぞ!戦でぶっ倒れた後、いきなり零が消えたって弦から聞いてさー!」
赤也は両手を腰に当ててプンプン怒ってはいるが、怒りより嬉しさが勝っているのか頬は緩みまくっていて迫力のカケラもない。
仙「500年後に行っていたのか?」
相変わらず仙は冷静だ。
零「うん」
赤也「でも良かったな弦!零が戻ってきてさ!大変だったんだぞあれから!弦の奴・・・」
弦「赤也、零に余計なこと言うな」
零「ねぇ、一体何の話?」
弦「零、お前は知らなくていい」
零はチラッと仙の方を見た。仙に助け舟を求めているらしい。
その零の様子に仙はニヤリと笑った。
仙「フッ、零にも見せたかったな、あの時の弦の落ち込みよう・・・まるで抜け殻だった、今思い出しても笑える」
仙は弦の破天荒振りにいつも振り回されているので仕返しと言わんばかりに弦を攻撃した。
最初こそ零を敵視していたものの、修行の中でどんどん強くなっていく零に感心を受け、最終的にはその存在を認めていた。
弦「おい」
そんな仙に続くように赤也も言葉を繋げる。
赤也「零、零ってブツブツ空に向かって話しかけてたよなぁ」
赤也も弦をからかう機会なんて滅多にないのでここぞとばかりに弦に攻撃をする。
零「そんなに?弦のそんな姿、想像できないけど・・・」
弦「しなくていい、つーか、俺は抜け殻にもなってねーし、空に話しかけてなんかねーぞ、お前ら勝手に話を盛るんじゃねーよ」
赤也「あれー?そうだっけ?」
仙「俺達は見たものをそのまま話しただけだ」
弦「零、今の話は全部忘れろ、いいな?」
弦は心なしか顔がいつもより赤い。少し照れている様子だ。
という事はさっき二人が言ったことは事実らしい。
零「嫌よ、忘れないわ絶対」
零は不敵な笑みを浮かべ、はっきりと言った。
弦「ぐっ・・・零、お前、言うようになったじゃねぇか」
さすがの弦も零には敵わないようだ。
赤也「まぁ、細かいことはいいじゃん!零がこうして無事に戻って来たんだしさ!」
仙「だな」
仙は腕を組んだままうんうんと頷いた。
弦「ああ、そうだな・・・零、お帰り」
赤也「お帰り!」
仙「お帰り」
零「皆んな・・・ただいま」
零はそう言うとふわっと微笑んだ。
赤也「あ!零が笑った!」
仙「そういえば初めて見たな」
赤也「笑顔の零!めっちゃいいじゃん!なぁ仙!」
仙「あ、ああ・・・」
弦「おい零、俺以外の前で笑うなよ」
弦は抗議するが如く零を指差す。
零「そんなこと言われても・・・」
赤也「弦、独占欲強すぎ!」
仙「嫉妬深い男は嫌われるぞ?」
弦「うるせぇ」
ああ、私、戻って来たのね。
三人の顔を見て私はこれからこの時代で生きていくのだと知る。
それと同時に私はもう二度と令和には戻ることはないだろうという予感がした。
私はもう祖父母、友人達とは会えないのだ。
寂しさが全くないわけではないけれど、弦に会えないまま過ごした日々の事を思えばダメージは少なかった。
戦国時代。
その身体能力を活かして戦い続けた零のことを弦達はあだ名として"戦花"と呼んだ。
名付け親は弦。
零「ねぇ弦、ずっと気になっていたんだけどどうして私のこと戦花って呼ぶの?」
弦「んー?笑うと花がパッて咲いたみたいにすげー可愛いのに
いつも俺達と一緒に厳しいを修行をこなして、一緒に戦い続けてる
だから零のあだ名は戦う花って書いて"戦花"だ!」
零「そう・・・」
弦「嫌だったか?」
弦は首を傾げながら言った。
こうやって時々無邪気な子どもみたいな表情になるのはずるいと思う。
零「ううん、嫌じゃない」
弦「そりゃ良かった」
女ながらに倒した敵兵の数はずば抜けていた。
水月零。戦場でのあだ名は"戦花"。
そして、一部の人達の間でこうも呼ばれるようになった。
英雄"戦花"。