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私と落語を  作者: 衣
1/14

プロローグ

本編は軽いです。

【プロローグ】


 ショッピングモールに設えられた会場に三味線・太鼓・笛の音色が響き渡る。

 観客の万来の拍手が鳴る。鼠色の着物の上から黒い羽織を纏った落語家は、仮設された高座に上がり紫色の座布団に腰を据える。それから三つ指をついて頭を下げる。一寸沈みかけていた拍手の音が次第にまた大きくなっていき、ついには会場全体を呑み込んだ。

 出囃子はいつの間にか止んでいる。


 ――えー、本日はお足元の悪い中お集まりくださいまして誠に御礼申し上げます


 『待ってたよ!』と何処から声援が飛んでくるが、落語家は意に介することなく噺を続ける。


 ――人には必ず好き嫌いというものが御座います。貴方には貴方なりの好きなもの嫌いなもの、アタシにはアタシなりの好きなもの嫌いなものが御座います


 落語家の『枕噺』が、独特のテンポをもって始まった。観客席からはときおり、短く笑い声が漏れている。決して大きな会場ではないが、特設された観客席は全て埋まっており、立ち見している者すらいた。そしてそれら大勢の観客の目と耳は、高座の落語家の一挙手一投足に向けられている。


 ――鶏上戸なんてものもあるんだそうです。どういうのかと言いますとね


 言ってから途端に、落語家の佇まいが次の人物像へと移り変わる。


 ――あぁ、あっ、こりゃどうも、ええ、はい、あはは・・・・・・ってこぼれちゃいますって、こぼれちゃいますよっとっとっとトットットット、うぅ~ん、ケッコー!


 会場が笑い声に包まれる。腕を組み深く頷いている者もいた。皆が皆、自分なりの落語の受け方をしていた。

 小ネタをいくつか披露したのちに、『本題』に入る。江戸時代の町人同士のかけあいを、巧な所作とセリフでその場に再現させていく。扇子や手ぬぐいがキセルや財布に化けていく。


 ――ちょいとお前さん、起きとくれよ、商いに行っておくれよお前さん

 ――ンああ・・・・・・? あんだい、邪険な起こし方しやがんなぁ、ったくこんちくしょう


 それを見つめる一人の少女がいた。歳の頃なら十一、二。近くに少女の保護者と思える人影は無く、観客席の隅から呆然と落語を観ていた。その目は落語家を捉え、放すことはなかった。

 高座に上がってから三十分は過ぎた頃だろうか、落語家は『サゲ』のセリフを言い終え、始まりと同じように三つ指をついた。額からはかなりの量の汗が滴っていた。これもまた始めと同じように大勢の拍手に包まれながら、そそくさと高座を降りた。

 

 少女の目は、未だ高座の上に向いていた。

次回から軽いです。

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