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8.折り入って頼みたい事がある


 イオルウェルス王子――もとい、ウェルスが図書館から去った後、私は再度書棚に向かった。

 が、背表紙の情報が全く入ってこない。目は並んだ本の背表紙を追いながら、頭の中はさっきまでここにいたウェルスのことでいっぱいだった。


 実は、前回の人生で前世を思い出した後も、どうしてもイオルウェルス王子に会いたくて、国外追放後セントリアル王国へ向かった。

 しかし、前々回はとにかく必死だったために、どの道を通って何日目にセントリアル王国へ着いたかまったく覚えていなかったため、道に迷ってしまい王子には結局会えなかった。

 そして会えないまま、たまたま迷い込んだ森の中で野犬に襲われ、死んでしまったのだ。


 大国の王子など、もともと話すことはおろか会うことすらできたら奇跡のような存在だ。

 それでもあの出会いは鮮烈で、私はどうしてももう一度会うことをあきらめられなかった。なんなら遥か遠い昔の出来事となってしまった伊織くんとの毎日よりも覚えているくらいだ。

 

 これが恋なのかはわからないが、彼、ウェルスに強い憧れがあることは紛れもない事実だった。


 そんな彼と、短い時間とはいえ二人きりで話すことができた。

 それも今回は、前々回のようなやつれた姿ではなくきちんとした格好の自分を見てもらえた。

 そのことが嬉しくてたまらず、叫びだしたいような気持ちになってくる。


 これ以上ここにいても何も手に付かないと判断した私は、今日はおとなしく寮に帰ることにした。



******



 とはいえ、今まで接点のなかった雲の上の人物だ。

 また話せることなど期待していなかったのだが――私は目の前に立つ人物を、恐る恐る見上げた。


「昨日はどうも、アマリリア」

「ウェルス様」


 午前の授業が終わって休み時間になり、教室を出てすぐのところで彼は私に声をかけてきた。

 私はというと、まさかこんなすぐにまた会えると思っていなかったので理解が追い付かず、目を白黒させるばかりである。


 彼は私の言葉に目を細めると、小さく笑って言った。


「覚えてもらえたようで何より。少し話があるんだけど、いいかな?」

「え、ええ、もちろんですわ」


 私はお昼を一緒に食べに行こうと連れ立っていたアンネに断りを入れ、彼のあとについて歩き出した。


 ウェルスは、人気のない中庭まで来ると私に向き直った。


「時間を取らせてごめん。実は、折り入って頼みたい事があるんだ」


単刀直入に切り出す彼に、私は首をかしげる。


「頼みたい事……ですか?」

「ああ。アマリリアはどこで生まれ育った?」

「ここ、王都ですわ」


 質問の意図がわからないながらも、私は端的に答えた。

 叔父夫婦は私のことを疎ましく思っているため、オーレアン領にはあまり近づかせてもらえない。

 そのため、私は両親が死んでからはずっと王都の屋敷で暮らしてきたのだ。


 私の返事に、ウェルスは安心したように笑った。


「よかった、それならなおさら都合が良い。頼みというのは……アマリリアが暇なときで構わないから、この国の王都を案内してもらえないか?」


 思わぬ申し出に、私は驚いて口に手を当てた。それってもしかして、一緒に王都巡りをするということだろうか?王子の言葉の意味するところがわからず、私は慎重に聞き返す。


「え……えっと、案内というのは、直接……ですか?王都を歩くようなかたちで?」

「もちろんそうなる。せっかく留学にきたのに、本の情報だけで実際に見ないのはもったいないと、ずっと考えてたんだ」

「でも、なぜ私に……?」


 私は前々回の人生から彼を知っていたが、彼からすれば昨日出会ったばかりだ。

 一緒にお出かけができるほど信用されているとは思えず、私は眉をひそめながら尋ねる。するとウェルスは頬をかいて答えた。


「俺が王子である以上、どこかに出かけるとなると、護衛がついてくることになるんだが……昨日も言った通り、この学園で俺が王子だと知っている生徒は君だけなんだ。つまり、君なら俺が王子と知っているから、常に護衛の影があっても不審に思うことはないだろ?」


 聞いてみれば納得の答えに、私は黙ってうなずく。彼はさらに言葉を続けた。


「それに、外国の人間の俺や護衛と違って、アマリリアはここの国の人間だから王都のこともよく知っている。君の貴重な時間を奪うのは申し訳ないけれど、どうか引き受けてもらえないか?」


 うかがうような彼の視線に、私は頬が熱くなるのを感じながら返事をした。


「……そういうことでしたら、ご案内させていただきますわ。お役に立てるかわかりませんが」


 もちろん私には時間がない。空いた時間があるなら、国外のことを学んだり手に職をつけたりするべきだ。

 しかし、ウェルスにはいつか恩返しをしたいと思っていた。それがこういう形でかなうなら、引き受けない理由はなかった。

 命を助けてくれたお礼が王都の案内だけなんて、足りないくらいだ。

 しかも……ウェルスにとっては後学のためとはいえ、まるでデートみたいではないか。

 もしかしたら了承した理由のほとんどはこの不純な動機からかもしれなかった。


 私の言葉に、ウェルスは嬉しそうに笑ってくれた。


「ありがとう。この恩は必ず返す」


 恩返しにさらに恩を返されてはたまらない。私は慌てて首を振った。


「いえ、それには及びません。その代わりと言ってはなんですが……ひとつお願いが」

「なんだ?」

「私のことはリリーと呼んでくださいませんか?」


 少し気恥ずかしく思いながらも、ウェルスの目を見てそう言うと、彼は一瞬目を見張ったあと目を細めてうなずいた。


「そんなことでいいなら喜んで。リリー、さっそくだが今週末は空いてるか?」


 急なお誘いだが、何もなかったはずだ。私は少しだけ頭の中で予定を確認し、返事をした。


「ええ、空いております」

「じゃあ、今週末の真ん中の休みに出かけよう。お昼後に寮の前まで迎えに行く」


 この世界では、人々は4日勤労して3日休む。その3日の中日を指定され、私はうなずいた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「こちらこそ。休み時間を潰してしまって悪かった。じゃあまたな、リリー」


 私はそう言って去っていく彼の背中を見つめながら、しばらくそのままぼーっとしていた。

 気が付けばお昼休みは終わっていて、その後の授業も手に付かなかったことは言うまでもない。


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