7.茉麻
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ずっといおくんが好きだった。なのに、あの日、あの女がいおくんの隣で笑っていた。
この世界に来てどれくらいの時間が経っただろうか。
前世でのことは、自分の名前が茉麻だったこと、そしていおくんのことしか覚えていない。興味がなかった。
あの日あのとき、あたしは嫉妬で気が狂いそうだった。
大好きないおくんが、ノーマークだった女と二人で歩いていた。それだけではない、その女を見つめる表情が、完全に特別な人を見るときのそれだった。
だから、トラックがこっちへ向かって突っ込んできたとき、チャンスだと思った。
あの女をこの世から消すチャンス。あたしは迷うことなくあの女をトラックの方へ押した。
結局自分も巻き込まれて死んでしまったけれど。
トラックにひかれたあと目覚めると、そこは何もない真っ白な空間だった。
上も下もわからない、まるで深い霧の中にいるかのような場所。
でも不思議と少し離れたところで倒れるいおくんとあの女は見えていた。
寄り添って倒れる二人にイラついて引き離しに行こうとすると、ふいに後ろから声をかけられた。
「あー、申し訳ないけど後にしてもらっていいかな?いそがしいんだ」
いつの間にか現れた、机に向かってペンを走らせる無精ひげでぼさぼさ髪のおっさん。
しかしなぜかそのおっさんの背中には翼が生えていた。
あまりにちぐはぐな光景に眉をひそめていると、そのおっさんはさらに言い募る。
「俺こんな見た目だけど、仕事人だからさ。やることいっぱいあんのよ。とりあえず俺のことは天使か何かだと認識してくれたらいいから」
およそ天使には見えないその見た目と話し方に、あたしは思わず警戒して後ずさる。
羽が生えているだけで天使だと信じ込むほど、あたしはバカではないつもりだった。
しかしおっさんの次の言葉に、私はおっさんの話に一気に夢中になった。
「簡単に言うと、きみら手違いで死んじゃったのね。だからお詫びに次の人生好きなように選ばせてあげるって話なんだけど、どうする?ぶっちゃけそっちの二人が起きるの待ってる暇ないから、君に決めてほしいんだけど。決めないなら俺が勝手に決めるし」
めんどくさそうに話す彼を横目に、あたしは自分のテンションが一気にあがっていくのを感じた。
こんなこと言われて急に信じるのもどうかと思うけど、この不思議な空間にいること自体が異常だ。
これは、きっと神様からのプレゼントなのだ。いおくんと、あたしが結ばれるための。
このおっさんを疑っている暇があったら、次に生まれるいおくんとあたしのための世界のことを考えたい。
あたしは次をどんな人生にしようか考えた、が、それも一瞬だった。
答えはほとんど決まっていた。
「このゲームの世界に転生したい」
そう言って、おっさんにスマホの画面を見せる。
死んだときのままなのか、あたしの手にはスマホがあって、そこにはちょうど二人に会う直前までやっていた乙女ゲームのログイン画面が映し出されていた。
「ああ、今流行りの乙女ゲーム転生モノね」
ろくに画面を見もしないでペンで頭をかくおっさんにかまわず、あたしは話を続ける。
「よくある悪役令嬢の話みたいに、ざまあされたら困るの。だから絶対シナリオはぶらさないで。あと、ゲーム途中で死んじゃって続きが気になるから、攻略対象全員分の人生が欲しいんだけど、できる?」
「できるけどさ。ヌルゲーすぎてつまんなくない?」
おっさんの言い草がうざくて、あたしは無視をすることにした。時間も惜しいのでさらに続ける。
「キャラは、もちろんあたしが主人公で、いおくん……そこの彼は王子」
「王子ぃ?」
うろんげな声をあげるおっさんに若干いらいらしながら、あたしは答えた。
「そう、一番イケメンなキャラ。それで、そこの女は悪役令嬢」
「ふーん……」
おっさんは手元の資料のようなものをパラパラめくりながら、生返事をした。
「あたしの記憶はなくさないでほしいの。でもこの二人の記憶は消してほしい」
さらに要望を出すあたしに、おっさんはうんざりしたように言う。
「きみ、ずいぶん欲張りだね。ぶっちゃけ記憶に関しては、異世界に転生する場合、記憶をなくすほうが難しいっていうか……まあそこの二人の記憶を消せるようにがんばってみるけどあまり期待しないで。……あとこれ主人公名前決まってないみたいだけどどうすんの?適当でいい?」
おっさんが適当につけた名前がどうなるか、考えるだけでおそろしい。あたしは首を横に振った。
「マーサにして」
今の名前と同じ名前だと記憶を思い出されたときに面倒だけど、まあこの二人はゲーム内容を知らないだろうしなんとかなるだろう。
話がまとまると、おっさんは「じゃ、次目覚めたら新しい生だから」と言ってあっさり去っていった。
その後すぐまた気を失って、今に至る。
もともと乙女ゲームは大好きで、特に気に入ったキャラは最後に取っておく派だった。
だからあえてこの人生でエイオス王子は最後に取っておいた。
あのゲームを選んだ理由は、エイオスと仲良くなると呼ばせてもらえるようになる愛称がイオで、私が勝手に心の中で呼んでいる伊織の愛称と同じだったから。
本当は、あの女だけ別の世界で生まれ変わらせようかとも思った。
しかし、自分の目であの女が転落していくところを見ないとどうしても気が済まなかった。それくらいあの女にむかついていたのだ。
だが、過去3回の断罪であの女へのうっぷんも晴らした。そろそろこのゲームの世界にも飽きてきたし、この最後の人生でやっとイオ、いおくんと結ばれることができると思うとあたしはうれしくてたまらない。
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