6.私の運命を変える鍵
私がずっと黙っていることをいぶかしく思った王子が、私をそっとのぞき込む。
私は近くなった距離にびっくりして我に返った。
「す、すみません!ええと、家族でセントリアル王国を旅行したときにお見かけしました」
それはとっさに考えた嘘だったが、もうこれで通すしかないと腹をくくる。
しかし王子はなぜか私の返事など聞いていないかのように私を観察して、おもむろに声をあげた。
「ああ、思い出した。そうか」
「えっ!?」
今考えたばかりの嘘のエピソードを肯定するような返事をされ、私は思わず驚いて聞き返してしまった。
すると王子もはっとなって気まずそうに私から目をそらす。
「あ、いや……すまない。別のことを考えてた」
質問をしておいて上の空になるなんてかなり失礼だが、嘘をついた自分に言える義理はないので、ありがたく話をそらさせてもらうことにする。
「あの、なぜあなたはこの学園にいらっしゃるのですか…?」
それは、“偶然知っている有名人に会ってしまった一生徒”として当然の質問に聞こえただろう。
だが私の場合、彼の今までとこれからを知っている。
つまり、前々回の人生での王子の動向を考えれば彼はこの国に来たことがないので、本来だったら今この国にいることはあり得ない。
あり得ないからこその、『なぜループ前と違う行動をとることができているのか』という意味の質問だった。
しかしそんな私の真意など知る由もない王子は、あっけらかんと答える。
「見聞を広めたくてね。国外の学園の様子を知りたいと思ったんだ」
「そうなんですね……」
期待していたのとは違った意味の答えに、私はこっそり息を吐いた。
今までの三度の人生で大きく異なる行動をとるのは主人公のマーサと攻略対象だけだった。
もちろんそれに合わせて周りは違った行動をとるものの、それはほんの些細な違いで、生活する場所が変わったりするようなものではない。
そのため、私は期待したのだ。
イオルウェルス王子はイレギュラーな存在で、何か私の運命を変える鍵を持っているのではないか、と。
しかし彼の様子をみるかぎり、そんな可能性はみじんも感じられない。
きっと、今回の攻略対象であるエイオス王子に何か関わってくるためこの学園に来たのだろう。
私は勝手にそう結論付けた。
しかし、例えそうであっても、嬉しさは隠しきれない。
だって、ずっともう一度会いたいと思っていた。しかもこの学園にいるのなら、盗賊の討伐にも行かないし、その盗賊の残党に暗殺されることもない。つまり生きていてくれるのだ。
最初の彼を見たときの驚きが収まってくると、今度は喜びでいっぱいになる。
嬉しくて思わず顔がほころぶ私を見て王子は眉をあげたが、私の表情には触れることなくこう言った。
「とにかく、この学園に俺がイオルウェルスだと気づいている生徒は他にいないんだ。ここではウェルスで通しているから、そう呼んでもらえるか?」
これから先も関わってくれるかのようなその言葉に、私はびっくりして彼を見上げる。
驚きすぎて彼の一人称が『私』から『俺』に変わったことにも気が付かなかった。
私と目が合うと、彼は笑顔を浮かべてさらに言った。
「そういえば、名前は?」
「あ……!名乗りもせず、申し訳ありません。アマリリア・オーレアンと申します」
「アマリリア。……きみは、昨日どうして泣いてたんだ?」
突然言われた言葉に一瞬なんのことだかわからなかったが、すぐに入学式の会場から寮へ向かう帰り道のことを思い出して赤面した。
「見ていらしたのですか」
「ああ、あまりにも早歩きの女子がいたから、つい。……もう大丈夫なのか?」
なるほど、さっきの彼の“思い出した”はこのことだったのだろう。
本当のことを言うなら、まったく大丈夫にはなっていない。
しかし、茶化すような声音でありながら、王子の顔は真剣だ。
そのことがとても嬉しくて、私は微笑んでうなずいた。
「ええ、大丈夫ですわ。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「ならよかった。…………すまない、待たせた」
突然私の後方に目線をやる彼につられるように振り向くと、私の後ろにはいつの間にか二度目の人生でも会った王子の護衛が立っていた。
眼鏡をかけたその護衛はあからさまにため息をつくと、私のことは無視して王子に言った。
「いくつかお話したいことがございます。来ていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ。じゃあな、アマリリア」
イオルウェルス王子は片手をあげてそう言い、本を片付けて図書館から出て行った。