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4.流れが変えられないようになっている


 そのまま何事もなく一日が終わるかと思ったが、事は昼休憩の時間に起こった。


「リリー、あなたは食堂?それともお弁当?」


 午前の授業に使った道具を片付け、アンネが尋ねてくる。


「私は寮から通っているから、ずっと食堂を使う予定よ。アンネは?」

「わたくしも今日は食堂を利用しようと思っていたの。一緒に行きましょう」


 笑顔でうなずきつつ、立ち上がる。

 そのままアンネと連れ立って教室を出たところで、アンネがあ、と言って立ち止まった。


「いけない、婚約者に渡すものがあったことを忘れていたわ。リリー、先に行っていてくださる?」

「ええ、大丈夫よ。アンネは婚約者がいらっしゃるのね」

「ギルバートよ。ロシュメール伯爵家の。リリーには一度夜会でお会いしたことがあると言っていたわ」


 私は記憶を辿り、栗色のくせ毛の甘い顔立ちをした男性を思い出した。


「ああ、彼あなたの婚約者だったのね!とてもお似合いだわ」

「ありがとう」


 アンネは少しはにかんだように笑ったあと、じゃあまた後で、と言い残してギルバートのいるクラスの方へと歩いて行った。

 私はその姿を見送り、食堂の方向を振り返る。すると、その瞬間誰かがきゃっと声をあげて私にぶつかり、転んだ。


「ごめんなさい、お怪我は……」


 そう言いながら手を差し伸べようとして、私は青ざめた。

 ぶつかってきた人物がマーサだったのだ。


 彼女は周りに自分のお弁当をぶちまけて、目に涙を浮かべていた。

 彼女のそんな様子を見て、私のなかに勝手に黒い気持ちが沸き起こる。

 

 何か言ってやらなくてはならない、彼女が悪い、彼女をいじめなケレバナラナイ―――


 しかし、そんなどす黒い感情に思考を支配されそうになったところで、私ははっと我に返った。

 そうだ、これは私が“悪役令嬢だから”勝手にわいた感情であって、私自身のものではない。

 そんなものに自分を失ってたまるものか。


 私は頭を強く二度振ると、彼女の方へもう一度向き直った。よかった、私は私を保てている。

 きっと今回はマーサをいじめることなく、国外追放されずに済む―――


 私は安堵しながら、口を開いた。


「何なのあなた、どんくさいわね。私の制服が汚れてしまったじゃない。どうしてくれるの」



 私は自分で自分の言葉に驚き、一歩後ずさった。


 確かに「大丈夫?」と声をかけたつもりだったのだ。だが、口が勝手に動いて止まらない。


「あなたどこの家のかた?私より格上なのかしら」

「申し訳ございません!マーサ・マリアンヌと申します、アマリリア様」

「まあ、マリアンヌ家なんて格下のおうちの方が、私に無礼を働いたのね。許せないわ」


 心とは裏腹に、言葉が勝手に口から流れ出ていく。

 自分がひどく醜悪な表情をしていることも、私は客観的に感じていた。

 どうしよう、どうしたらいいのだろう――なんとかここを離れられればいいのだが、足も縫い付けられたようにこの場から動けない。


 私の言葉に、マーサは涙を一筋こぼして首を垂れた。


「本当に申し訳ございません。どうかお許しください」

「あら、もっとはいつくばってお詫びなさいよ」


 不穏な私たちの様子に、少しずつ野次馬が集まってくる。

 中には私を見て明らかに引いている人もいた。


 すると、突然人垣をかきわけて、とある人物が颯爽と現れた。


「なんの騒ぎだ」


 エイオス王子。

 輝くような金髪に、エメラルドのような緑の瞳とりりしい眉。すっと高い鼻に、意思の強そうな唇。

 長い金髪を後ろでひとつにくくり、その髪をなびかせながら歩いてくる様はまさに物語の中の王子様だった。


「エイオス様……」


 エイオス王子は、涙を流すマーサを見て、私をいぶかしげに見た。


「あら、エイオス王子、ごきげんよう。お目にかかれて嬉しいですわ。実は、そこのマーサが私に無体を働いたのですけれど、許して差し上げようとしていたところでしたの」


 悪役令嬢の私はエイオス王子に嫌われたくないのか、そんなことをのたまった。

 だがもちろんエイオス王子はそれを信じる様子もなく、私に言葉を投げかける。


「それにしてはマーサの様子が……。まあいい、とりあえずこの場は私に免じてもう終わりにしてやってくれないか」

「もちろんですわ」


 偉そうにそう返す私を後目に、エイオス王子はマーサを抱えて立ち去る。彼らが見えなくなった瞬間、私は糸が切れたようにその場にしゃがみこんだ。


 駄目だった。


 周りの人々がぎょっとしたように私を見るが、それでも私は動けなかった。


……どうやっても、だめなのだ。私がこの世界のことに気づいたところで何も変わらない。心と裏腹に動く自分が気持ち悪くてたまらない。


 きっと、イベントが起こっている間は流れが変えられないようになっているのだ。


 いつまでそうしていたのだろう。私は自分の肩に触れる感触に、はっと我に返った。

 私の肩をたたいたのは、アンネだった。


「リリー、いったいどうしたの?食堂に行ってもいないから捜してしまったわ。具合が悪いの?」

「アンネ……」


 私を見つめる心配そうな瞳に、こわばっていた心が一気にほどけた。


 私はアンネにすがりついて泣きたい気分をぐっとこらえ、強く手を握りしめたあと立ち上がる。


「いいえ、大丈夫。少しめまいがしてしまっただけよ。捜させてしまってごめんなさい。まだお昼に間に合うかしら」

「あと30分あるから平気よ。でも本当に大丈夫?」

「ええ、大丈夫」


 私はアンネとの会話で自分を取り戻すのを感じながら、アンネと連れ立って食堂へと向かった。


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