3.いやがらせをせずにすむのではないか?
次の日学園に行くと、マーサとこの王国の王太子であるエイオス様が隣り合って笑いながら歩くのが一番に目に入ってきた。
マーサがエイオス王子と一緒にいるところを見るのは今回の人生が初めてであるため、おそらくエイオス王子が今回の攻略対象なのだろう。
王太子も攻略対象だとは知らなかったが、乙女ゲームのセオリーからすれば当然かもしれない。
それにしても、気になるのはマーサの名前だ。
茉麻ちゃんと同じ名前なのは、偶然だろうか?
しかし、今この世界にいるマーサと、前世の茉麻ちゃんの性格は似ても似つかない。
マーサは天真爛漫で素直な明るい女の子だが、茉麻ちゃんは笑ったところをほとんど見たことがないほど静かで控えめな性格だった。
だから、おそらくただの偶然なのだろう。
ここで私は、あることに気が付きはっとした。
主人公のマーサと今回の攻略対象であるエイオス王子の二人をできるだけ避けるのはもちろんのこと、万が一イベントが始まってしまっても、ここが乙女ゲームの世界だと気づけた今なら主人公であるマーサにいやがらせをせずにすむのではないか?
過去3回の人生で、私はたしかに主人公にいやがらせをした。
幸せそうな主人公を見ているとなぜか悔しい気持ちが抑えきれなくなり、暴言を吐いたり暴力をふるったりしなくてはならないような気がして、それを実際に行動に移してしまっていたのだ。
でも、そういう気持ちになってしまう原因がわかった今なら…冷静に主人公たちと相対できるかもしれない。
これまでの経験上、マーサもエイオス王子も同じクラスで、授業は一度でもさぼれば退学になってしまうため、どこかで二人と関わりを持つことは避けきれない。
そんな中でかすかな希望の光を見つけたような気がして、私は少しだけ前向きな気持ちで自分の教室へと足を向けた。
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「おはようございます。今年度このクラスの担任となりました、サラ・バートンです。担当科目は世界史です。1年間よろしくお願いします」
眼鏡をかけた茶髪の比較的若い女の先生の挨拶で、4度目の学園一日目が始まる。
バートン先生は愛想はあまり良くないが授業が非常にわかりやすく、過去3回の人生でテスト前などに何度かお世話になった。
また会えたことを少し嬉しく思いながら、教室をこっそり見渡す。
20人ほどのこのクラスは比較的爵位の高い生徒が集められていて、伯爵令嬢であるマーサと、王太子であるエイオスも案の定そこにいた。
前世を思い出す前は、マーサを見張っていなければいけないような気がして毎回マーサの近くの席を選んでいたが、今回の私の席は一番窓際の後ろから2番目で、マーサとエイオス王子の二人は廊下側の一番前で隣り合って座っている。
初めてマーサから離れて座ったが、その行為を簡単にできたことに私は安堵の息を吐いた。
「失礼しますわ。アマリリア・オーレアン様ですよね?」
突然後ろの席の女の子に話しかけられて、私は内心びっくりしつつ後ろを向き、話しかけてきた人物を確認する。
「リリーでいいわ。そちらは……シャロン伯爵家のアンネ様?二年前のお茶会以来かしら」
本当は過去3回のループでクラスメイトのことは全員しっかり把握しているが、わざと思い出したようなそぶりをしながら返事をする。
私の後ろに座っていたのは、伯爵令嬢であるアンネ・シャロンだった。
ウェーブのかかった豊かな黒髪と緑の目を持つ彼女は、猫を思わせる表情でにっこりと笑った。
「覚えていていただけて光栄ですわ。わたくしのことはアンネと」
「アンネ、あなたもこの学園に入学していたのね。また会えて嬉しいわ」
「お勉強、がんばりましたの。リリー様は当然ですわね。昔から才女で有名でしたもの」
そうだったのか。初めて聞く自分の評価に私は素直に驚いた。
今までアンネとは近くの席になったことがなかったため、きちんと話したことがなかったが、彼女の気持ちの良い話し方と笑顔に、緊張がさらにほぐれていくのを感じる。
「敬語はいらないわ。クラスメイトだもの」
「嬉しい。わたくし、リリーとはもっと仲良くなりたいと思っていたの」
学園で友人ができるのは初めてではないが、一度目の人生でできた友人は、私のマーサへの当たりのきつさのせいもあってか友人というより取り巻きのような令嬢ばかりだったので、今回初めて純粋な友人ができそうな予感に私は浮足立った。