2.あのログイン画面以外何も知らない
そうか、私はあのとき死んでしまったのか。
伊織くんと茉麻ちゃんは無事だったのだろうか。
今となっては遠い昔となってしまったあの日の出来事が、鮮烈に私の脳裏に流れ込んでくる。
感情の持っていき場がわからなくて、私はうずくまったままうつむき強く唇を噛み締めた。
「今更悔いても遅い。マーサに謝罪の言葉があれば、聞かせてもらおう」
私の様子に何か勘違いをしたのだか、アンバーがそんなことを尊大な態度で話す。
だが、私はそれどころではなかった。
前世、お話を読むのが――とりわけ、悪役令嬢ものを読むのが好きだった私は、今のこのテンプレな状況にすぐ気が付いた。
私は、俗にいう、悪役令嬢になっていたようだ。
前世を思い返してみれば、この世界は乙女ゲームそのものである。
毎回私は断罪を受けるが、断罪を行なう人物は毎回変わっていて、その傍らにはいつも同じ女の子、マーサが寄り添っている。
そして、私が断罪を受けた後、流れてきた噂でその人物とマーサが結婚したことを知るのだ。
この断罪イベントは3回目。
前世の記憶が戻ったのは初めての出来事だが、過去3回のこの世界での記憶はすべて忘れることなく覚えていた。この後何が起こるかも。
つまり、ここから逆転は起こり得ない。
今更すべてがわかったところで、もうどうにもならないのだ。
「謝罪は口にできないか。とことんプライドの高い……おい、連れていけ」
近くに立っていた警備にアンバーは指示を出し、私は茫然としたまま引きずられるように外へ連れ出された。
この後私は国外追放の判決を受け、身一つで放り出されることになる。
そのことも過去の経験から痛いほどわかっていた。
*****
……ということを、4回目となる学園の入学式で突然思い出した。
いつもこうだ。この世に生を受けてからこの学園に入学するまではすべてを忘れていて、入学式で突然ループしていることに気が付く。
だが今回はいつもと少し違う。今回、ループしていることに加え、前世の記憶のことも一緒に思い出したからだ。
思い出すことに慣れてきたからか、汗をかきつつも比較的私は落ち着いてすべての記憶をのみこんだ。
前回断罪を受けたこの大広間の壇上では、攻略対象の一人である生徒会長が入学を祝って言葉を紡いでいる。
そして、前世を思い出したことで気づいたことがある。
ここは、死ぬ間際に一瞬見えた、茉麻ちゃんがやっていたゲームの中の世界のようだ。
赤い髪の生徒会長も、ななめ前の席に座って生徒会長の話に耳を傾けるマーサも、茉麻ちゃんのスマホにうつっていた絵のなかのキャラクターにそっくりである。
これには私はがっくりした。
もし私がやっていた乙女ゲームの世界に転生したのなら、何かしら対策を練ることができたのかもしれない。
でもこのゲームのことは、あのログイン画面以外何も知らない。
何度もループをしているけれど、マーサの攻略対象は毎回変わるため、ストーリーも必然と変わってくる。そのため、対策を練りようがない。
変わらないのは私が断罪を受けることだけだ。
だが、ひとつだけ、嬉しいことがある。スマホにうつっていた男の子は4人。そしてこのループは4回目。
つまり、これで最後かもしれないのだ。
国外追放を受けたあとは、毎回幸せとはいいきれない人生だった。
私の生家は侯爵家だが、両親は私が幼いころに命を落とし、叔父夫婦が侯爵家を継いだ。
私は叔父夫婦に引き取られたものの、叔父夫婦にはすでに息子がいて、その息子が次の侯爵になることも決まっているため、私は傍目にもわかりやすいお荷物だった。
そのため私が国外追放の命を受けてもかばってくれる身内はおらず、一度目は住むところを見つけられずに冬の寒さで息絶え、二度目は流行り病に罹って死に、三度目は森の中で野犬に襲われて命を落とした。
ループしていることに気が付くのが生まれたときなら、何か手に職をつけるために動くこともできるのかもしれないが、思い出すのが入学式で断罪を受けるのが秋はじめのパーティーだと、何をするにも時間が足りない。
でも、今回で終わってくれるなら……次は別の全く違う世界で違う人生を歩めるのだろうか?
そうなったら、また日本に生まれたい。そしてできることなら両親や友達、伊織くんにもう一度会いたい。
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そんなことを考えているうちに気づくと入学式は終わっていて、皆両親や友達とおしゃべりを始めていた。
私はというと、入学式に来てくれる身内もいなければ、仲の良い友達もいない。
一度目の人生では積極的に周りに話しかけていたが、二度目からはどうせ秋には退学となるのだから……、と友達を作ることさえ諦めていた。
ため息をつき、寮へ帰るために立ち上がる。
このまま学園を出ることも考えたが、この学園を出たところでそれこそ行く当てがない。
学園に入れなかったら30も歳上の伯爵と結婚させられるところだったのだ。
前世を思い出す前は家族のことも割り切れたのだが、前世の優しい両親を思い出してしまうとどうしても堪えきらない涙が頬を伝って、私は足早に自分に与えられた部屋へ向かった。