作戦会議:後編
「これより『ドナウ』作戦の概要について説明します」
陸軍参謀総長ルイーゼが差し棒を持ち、我が国とその周辺が描かれた地図が表示されているスクリーンの前に立つ。
「こちらが現在の陸軍の配置状況となります。作戦は3段階に分けられ、第1段階は軍の再編成と防衛線の構築です。ハンガリー、チェコ、クロアチア方面を担当していた北部および南部軍管区の部隊をゲルマニアおよび教皇国方面に配置転換します」
スクリーンに表示された味方を示す青色の駒が右から左に移動していく。右側がハンガリー、左上がゲルマニアで左下が教皇国方面だ。教皇国にも配備するのは、ゲルマニアとヒト族派光神教で繋がっており参戦してくる可能性があるからだ。
「山脈と川を利用し防衛線を構築、6ヶ月間防衛します」
「6ヶ月も?」
「はい、6ヶ月の間に軍を増強します。具体的に陸軍は歩兵師団5個、快速師団1個を増設し、山岳猟兵旅団を師団に増強します。また郷土軍を新たに設立し、各州に郷土師団を1個ずつ配備を「ちょ、ちょっと待って」どうされましたか閣下?」
ちょっと頭痛くなってきた。軍の増強は理解できるけどあまりに数が多すぎる。1個師団1万人と考えても単純計算で17万人、支援部隊や後方部隊を含めると更に多くなるのは目に見えてる。
根拠があって言ってるんだろうけども、それだけの人数や装備、予算は一体どこから出てくるんだ?
「ご安心ください。関係省庁と協議のうえで決めた立案したものとなります」
それぞれの担当部門と協議せて決めたことなのか。なら大丈夫かな。ゲームだと人的資源が許す限り何十何百万人と徴兵して戦争していたけど、現実でやるととんでもない事だって実感するよ。
「ごめんね止めちゃって」
「いえ、閣下の疑問を少しでも解決するのが目的ですから。では続けます。空軍は爆撃、攻撃部隊を中心に増強します。しかし、次に説明する第2段階の作戦にパイロット育成が間に合わない可能性が高いです」
航空戦力が重要なのはこの世界でも変わらない、いささか過剰な気もするけど。
「続いて第2段階は敵野戦軍の撃滅です。敵の突出部を利用し、包囲殲滅することでゲルマニアと教皇国の脅威を排除する狙いがあります」
快速師団を表す駒が敵軍を包囲するように動き、それに合わせて歩兵師団の駒も前進していく。敵軍の規模は不明だが、相手は中世レベルであるため何十万もの軍を動員できるとは考えにくい。そんなことが出来るのは戦国時代の中国ぐらいだ。あいつらは規模がおかしい。
「最後に第3段階は資源と戦略縦深の確保です」
「資源はわかるけど戦略縦深って?」
「それについては私が説明しますわ」
大人のお姉さん枠こと空軍参謀総長エミーリエが説明する。
「国境付近にはザルツブルク、インスブルック、ブレゲンツ、トリエステなど重要な都市がいくつもありますわ。国境に近すぎるがゆえに敵の航空戦力、ワイバーンの攻撃を察知してからでは要撃が間に合わない可能性があるの。もちろん陸上戦力が浸透してきた場合も同様よ」
なるほど。敵の攻撃を察知してから部隊を出しても間に合わない可能性があるのか。空からの攻撃なら常に戦闘機を空中哨戒させる手もあるが、それは石油事情が許さないのだ。
「戦略縦深として国境線より200kmほど必要と見積もっております。占領地はスクリーンに映した通りで、右斜め線が攻勢第1段階、左斜め線が攻勢第2段階での占領予定地となります」
最高司令官アレクシアの言葉に疑問が生じる。かなり広い地域を占領するだろうし、それを維持できるだろうか?
「算段はついていますわ」
外務大臣モニカが答える。
「原典主義派と呼ばれる光神教の派閥がありますわ。これは初めにルパさんが説明してくださった光神教の理念である平等を重んじる派閥で、ヒト族派以外は全てこの原典主義と呼ばれていますの」
なるほど……わかったぞ。ヒト族派と対立していて、尚且つこちらの目的に合う人たちで占領地の管理を任せようということか。
「その通りですわ。加えて教皇国の旧ウェネティ共和国地域は独立を望むグループもいるとの情報なので、これらを使えば縦深確保も容易になると考えますわ」
占領後の動きが希望的観測なのは若干不安だが仕方ない。この世界に来てまだ1ヶ月、外交的なパイプも諜報網も構築できていないんだから。
「作戦開始から終了までは9ヶ月を予定しております」
「なるほど……勝算はどれぐらいあるの?」
「100%、我々が勝ちます」
アレクシアがそう断言した。魔術があるとは言え中世の軍に負けても困るけれども。
「そういえば海軍と空軍の作戦は?」
「空軍は陸軍の支援に徹する予定よ」
「海軍は海上優勢を確保し、沿岸域における陸軍の支援を行います。また可能であれば通商破壊も行います」
空海軍は陸軍の支援と言う訳だ。そういえばオーストリアの有名人に潜水艦エースがいたな。二重帝国海軍は水上艦の活動は低調だったけど潜水艦は活発に動いていた。フランス海軍の潜水艦キュリーを鹵獲しU-14の名前で運用するほどの熱の入れようだ。
さて、作戦の概要について理解した。僕の返事一つで何人の命が消えるのかと考えると億劫になる。でもこのままではいずれジリ貧になって自分たちが死んでしまうし、打って出なければこの世界で迫害されている人たちを差すケルという使命も果たせない。ふぅ、と一息ついてから決断した。
「作戦内容は理解しました。……作戦を許可します。ただし、なるべく双方の被害は抑えてください」
「承知しました。では作戦を発動します」
作戦発動を受けて控えていた兵士たちが各所に伝達するため動きだす。さてと、これから忙しくなるぞ。……なにがどう忙しくなるかはわからないけど。
「なぁ、ちょっといいか?」
ルパが手を挙げる。
「こんだけ侵攻すると皇帝も黙っちゃいねぇと思うんだけどよ」
「えぇ、おそらく動員できる限りの戦力を出してくるでしょう」
ルイーゼが答える。現時点で分かっているゲルマニア側の戦力は5000人。今後どれほど増員されるかは未知数だ。
「てこたぁ皇帝直属の騎士団が出てくるかもしれねぇってことだ」
「直属の騎士団?」
オウム返しのように聞き返してしまった。そういえばこの世界は中世のような時代だったし、騎士団なんてものも当然いるんだろうな。
「あぁ、何回か戦でかち合ったことあるけどよ、あいつらとんでもなく強えぇ。あいつらが出るだけで戦場の優劣が決まっちまう」
その皇帝直属騎士団っていうのはそれほどまでに強いのか。
「しかし、いくら騎士の衝撃力と練度が高いとは言え、我が軍の装備に対してそれほど脅威になりうるでしょうか?」
海軍参謀総長ヘドヴィグの疑問は最もだった。職業軍人が騎士か傭兵しかいない近世までは、無理やり集められた数の上では主力の歩兵に対してとてつもなく強い存在だ。しかし農民の反乱でもない限りは双方とも騎士や傭兵を出すだろうし、そんなに強いんだろうか。
「あいつらは魔術の使い手でもあるし、高位魔術師を何人も抱え込んで騎士団全体を強化してやがる。矢除けの結界で守られた突撃を受けて無事だった奴を今まで見たことねぇな」
「矢除けの結界?」
また新しい言葉が出てきた。ファンタジーでよくありそうな防衛系の魔術なんだろうか。
「文字通り矢を跳ねのける結界だ。ドワーフの雷筒もものともしなかったから、お前らが使ってる銃も効かねぇかもしれねぇな」
「ふむ、厄介ですね……敵の部隊がそういった魔術を一般的に行使できるとなれば、こちら損耗が増えるかもしれません」
「先日攻撃してきたゲルマニアの部隊に魔術を行使した形跡は?」
「航空技術に転用できないか」
「敵のワイバーンが使ってきたら対処は難しいぞ」
「海軍にも欲しいな。魔術師を一定数捕らえられないか」
「おい何勝手なこと言ってやがる。矢除け結界張れる魔術師は貴重なんだぞ」
「矢除けのほかに何ができるんだ」
「身体能力を強化できないか」
「傷口を塞ぐことは」
「一度に聞くんじゃねぇ!」
次第に魔術についてルパに質問攻め大会となった。ひとしきり質問攻めされた後に魔術研究用として魔術師を複数人確保することも作戦目標に加えられ会議は終了した。
トランスネベルニエン平定軍陣地
周囲を見渡せる小高い丘の上に設営された複数の天幕。その中にはかがり火に照らされ煌めく鎧を身に纏う老練な騎士がいた。ヴェルク侯爵ルドルフ。普段は装飾が施された貴族の正装を着ている彼は、神が与えし新天地の平定という聖なる偉業のために騎士として参加していた。無論、聖なる偉業というのは建前で自身の領地拡大と派閥の強化を意図していた。
「報告通りやつらの兵士は女性だけで、鎧は無く奇妙な短い槍で武装していた。しかし手痛い反撃だったな」
まともに陣形を組まずに穴や物陰に隠れる臆病者たち。容易く蹴散らせると意気込み10人の騎士が突撃していったが、奇妙な網に引っかかり次々と転倒した。そして大きな音が連続したと思うと転倒した騎士が血しぶきを上げた。あの音は聞き覚えがある。ロスルム王国での戦役でドワーフが使っていた雷筒と同じ音だ。
あの大きな音は厄介だ。馬があの音に驚き最悪の場合落馬する。それに矢より早く小さな石の粒が飛んでくるのもまた厄介だ。弓矢ほど遠くまで飛ばないが、鎧がないところに当たれば体に穴が開き、鎧にあたれば大きくへこむ。
……だがやつらが使っていた雷筒はなんだ。ドワーフの雷筒はあんなに放つことは出来なかったはずだ。一度放てば再び放つのに時間がかかる。その隙に突撃すれば成す術もなく瓦解するはずだった。奇妙な網があったとは言え盾を足場にして乗り越えようとした。だがやつらは間髪入れずに雷筒を放った。おかげで突撃した騎士の半分がその場で死に、残りは皆重傷。前に出ていた傭兵や歩兵も多くが死んで逃げ惑った。
「やつらの武器はいったいなんなのだ! 祈る慈悲も与えずに一方的に嬲り殺しとは、神に対する冒涜だ!」
運よく生き残ったヨハン大司教の叫びはさて置き、あの武器をなんとかせねばならない。ドワーフの雷筒のように、やつらの雷筒も必ず隙があるはず。その隙に懐に潜り込めれば勝利は確実だ。そのためにも軍を再編し部隊をより多く集めなければ。女が兵士をやり雷筒に頼る軍だ。こちらが優勢ならいずれ士気が下がり崩れるだろう。
「よし決まりだ。大司教殿」
「な、なんだ」
「敬虔な信徒を集めてもらいたい。この戦、いや聖なる戦いは勝てますぞ」
「おぉ、侯爵がそう言うなら心強い。その代わり、神への捧げものはいただきますぞ」
「あぁ、わかっておる。だが皇帝陛下に献上する分も残しておかねばな」
ハハハッと2人の笑い声が天幕の中に響いた。この先2人に待ち受けるものがどれほどのものかも知らずに、夜はふけっていった。