会議
異世界に来てからもう1ヶ月が経った。国境周辺の村や街、あるいは森や鉱山などありとあらゆる場所に調査隊を派遣し、この世界について出来る限りの情報収集を行っている最中で、情報収集、分析は科学顧問ローゼ率いる教育科学省が担当し魔術の研究や資源の調査にも乗り出していた。何度か向こう側からの接触もあり、外交顧問モニカが率いる外務省がそれを一手に引き受け対処していた。
僕はと言うと、いつの間にか国家評議会議長なる地位に就いていて、調査の同行から帰ってきたらありとあらゆる仕事が舞い込んできた。国家ごと召喚してすぐ国が動き出しており、国のトップとしてやらねばならない仕事が大量に発生していた。いきなり国のトップになって自覚もないまま書類仕事に忙殺される日々が続いた。右見ても書類、左見ても書類、書類書類書類。まるで書類で出来た要塞だ。数日前までただの会社員で仕事にも慣れてきた頃だったのに、異世界に来てまで仕事だなんて。エリカを始めとして助けてくれる人がたくさんいるから以前よりは大分マシなんだけども。それにしても国家評議会ってクーデター起こした後の政府組織みたいな響きだよね。
そんな僕を助けてくれる人には変わった人がいる。灰色の長い髪をポニーテールにまとめ、クラシカルなメイド服を着た1人の美少女。しかしただの美女ではない。頭からはピンと立った三角形のケモ耳が生えており、同様に尾てい骨あたりからは髪色と同じフサフサの尻尾が生えていて、時折揺れている。この世界で初めて出会った狼獣人のルパだ。僕たちがこの世界にやってきたときの混乱に乗じて脱走した奴隷で、この世界について教えてもらう代わりに奴隷から解放するという約束をした。そして奴隷から解放したはいいものの行く当てが無かったため、戦いたいという本人の希望により軍で雇うことにした。元々カピトリス族という戦士階級の出身ということもあり戦闘技術は申し分ない。戦士階級というのは騎士のようなもので、主君と主従契約を結び兵役義務を負う代わりに装備や兵を整えるための徴税権や領地を持つ階級だ。つまり戦うことに特化した貴族のようなもので、失礼ながら粗野な第一印象とは異なりルパはとても教養があり礼儀作法も身につけていた。そんなルパを農作業用の奴隷として使役していたのは屈辱を与えるためか、それとも能力を知らなかっただけなのか。
ともあれ奴隷から解放された恩を戦うことで報いたいルパと、僕の護衛部隊である武装メイド中隊を増強したいエリカの思惑が一致し、武装メイド中隊で僕の専属メイドとして配属されることになった。初めて着るメイド服に恥ずかしがるルパを見てエリカがほくそ笑んでいるように見えたのは気のせいだろうか。エリカって意外にSっ気があるのかも。まぁ僕もオレっ娘が可愛いフリフリの服を着せられて恥ずかしがってるのを見るのは好きだから「似合ってるよ」とだけ言っておく。この1ヶ月でメイドの作法や銃の扱い方などを訓練しつつ、僕の仕事の手伝いや護衛をしている。しかし本人の希望とは言え奴隷から解放できたのは他のみんなのおかげなんだから、専属メイドなんてやらなくてもいいのに。そんなこと考えてたら手が止まっていた。いけないいけない、仕事しなきゃ。
「なあなあそろs「ご主人様」……ゴシュジンサマ、マモナク会議ノオ時間デス」
「はぁ……ルパさんメイドとしての自覚を持つようにと言っているではないですか」
メイドになったはいいものの、やっぱり口調はすぐには変えれないみたいだ。
「まあまあ、ここは3人しかいないんだしさ」
「常にメイドとして働けなければ、いざ公の場に出た時に失態を晒すことになります。それとご主人様も上に立つ者としての自覚を持つべきです。優しさは美徳ですが優しくすることと甘やかすことは違います」
「……はい」
2人してエリカにお説教された。ルパのケモ耳がペタンと倒れ尻尾が垂れ下がってる。始めエリカがルパをお説教しているのを見たときはルパが反発すると思ってたけど、意外にも素直に従っていた。ルパ曰く
「生きるか死ぬかの船上で一々上に突っかかってたら命がいくつあっても足りねぇ。だが無茶な命令や八つ当たりの忠告なら抵抗するぜ。上下の信頼関係を作ろうとしない奴の命令なんざ聞く価値なんかないからな」
だそうだ。僕はルパに、みんなに信頼されるトップになれているだろうか。いや、考え込んでる場合じゃなかった。今から会議なんだった。エリカの案内で会議室へと向かう。すれ違うメイドや職員に挨拶しつつ地下の厳重に警備された場所へとたどり着く。Steyr MP34を持った2人の兵士が入り口を守っていて、身分証の提示と会議参加者の照合、ボディーチェックをして中に通される。どれか一つでもダメだと、たとえ国のトップでも中に入れないようだ。ちゃんとしたセキュリティでむしろ安心するよ。核シェルターを思わせる重厚なドアが開けられ中に入ると、冷戦期のアメリカ軍の作戦会議室を思わせる環状テーブルが鎮座し、正面には巨大なスクリーンが前世の世界地図を投影している。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
軍人顧問改めて国防大臣となったローレの案内で、スクリーンがよく見える席に座る。一緒に座ろうとしたルパがエリカに咎められたり、あれは何だこれは何だと小声で聞いてるのを見て少し微笑ましいと思いつつ、全体をぐるりと見回す。エリカとルパは僕の後ろで控えており、国防大臣ローレ、外務大臣モニカ、教育科学大臣ローゼ、そして新たに内務大臣イレーネ、経済・財務大臣リリーエン、総務大臣マリーが加わった6人の大臣が座っている。顧問として色々と提案や助言をしてくれていた彼女たちだったが、国が動き出してからは各担当ごとの省庁のトップに任命してそれぞれの問題に対処してもらうようにした。
「これより国家評議会第1回定例会議を始めますわ」
会議の音頭を取るのはモニカ。彼女がリモコンのスイッチを押すとスクリーンに映し出された画面が国内の地図に切り替わり、イレーネが資料を持って立ち上がる。ブラウンのロングヘアーにおっとりとした優しいお姉さんのようなイレーネ。ゲームでは諜報関係のアドバイザーだった彼女を、警察と諜報機関を掌握し治安を担当する内務省の大臣に任命した。治安を乱す者は絶対に許さないと公言する、怒らせたらいけないタイプだ。
「初めに国内の状況についてまとまったので、ご説明しますね。我が国はオーストリア、スロベニア、イタリアの南チロル自治州、クロアチアのイストラ郡とリエカ、クルク島、ツレス島、ロシーニ島を合わせた面積と人口になっています。人口およそ1000万人、面積およそ12000平方キロメートルです」
1000万人……日本に比べたら1/10以下だけど、それでもとても多い。1000万人の、まだ見ぬ迫害され助けを求める幾多の人々の命運が僕の双肩にかかってる。そう思うと、あまりにも大きい責任に押し潰されそうになる。
「閣下? お顔が優れませんが?」
「大丈夫、続けて」
大丈夫じゃない。本当はよくある異世界転生モノみたいに冒険したりのんびり暮らしたい。でもみんなの期待に応えないといけない。迫害されている人たちを助けないといけない。それがあの神が僕に与えた使命なんだから。使命なんて要らないものまで与えやがって。
「おい」
「え?」
唐突に声を掛けられ振り向くとルパに手を両頬にムニュっと添えられ、見つめ合う状態で顔が固定される。
「ど、どうしたの?」
「……はぁ~、どう見ても大丈夫じゃねぇだろ。さっきまで初めて戦場に来た新米士官みたいな顔してたぞ。1000万の命自分で全部背負っていこうと思ってたろ。全く、ここには仕事が出来る奴が大勢いるんだからお前が全部抱え込まなくてもいいだよ」
「そ、そうだね、うん。……少し楽になったよ。ありがとう」
「やれやれ、面倒なゴシュジンサマだぜ」
「そこまでにしておきなさい」
エリカが綺麗な脳天チョップを食らわしてルパを下げた。でもルパのおかげで精神的に楽になった気がする。さて会議の続きをしないと。
「ごめんね、続きやろうか」
「はい。ですがその前に……いつでも私たちを頼ってくださいね、閣下」
「うん……頼りにしてるよ」
「うふふっ、閣下が調査に同行した旧ドイツ国境だけでなく旧イタリア国境にも国家を確認しました。詳細はモニカ外務大臣からお話があると思います。クロアチア、ハンガリー、チェコ方面は霧に覆われていて、そこから先には進めない状態になっています。内務省としては異世界に来たため食料、石油等の不足から治安が悪化する懸念があります」
こっちの世界の人たちが言っていた霧が移動した形になるのかな。渡された資料にはドイツとオーストリアの国境を流れるイン川は、向こうの世界では霧で対岸が見えなかったから海だと思われてたみたいで、ネベルゼー、霧の海と言われてるみたいだ。そして僕たちの事はトランスネベルニエン、霧の向こう側と呼ばれているらしい。食料や戦略物資については僕も気になっていたと事だから、これについては早期に解決しておきたい。後で対策案を考えることとし、続いてモニカが席を立ち報告を始める。
「外務省からは国境を接している北の神聖ゲルマニア帝国と南の教皇国についてですわ。教皇国はルパさんが所属していた国家、ロスルム王国がヒト族至上主義派……以後ヒト族派と呼称します。このヒト族派光神教の教皇が治める国家となった国ですわ。神聖ゲルマニア帝国は光神教の守護者を宣言する皇帝が治める国家で、皇帝は帝国を構成する王国や諸侯から選挙で選ばれるようですわ。現在の神聖ゲルマニア帝国皇帝フリードリヒ3世がヒト族派の光神教を信仰しており、ロスルム王国のヒト族派を支援して王国を倒し、教皇国を建国させたようですわね」
「あぁ、オレが聞いてる限りの話じゃその通りだ」
戦争の当事者であるルパもそう言ってるってことは事実なんだろうな。という事は将来的に敵となるであろう国家に南北に挟まれた形となる。二正面となれば戦力が不安だ。外交的に解決する道を模索しつつ、軍事面で優位に立つために必要な事項について検討するようモニカとローレに話した。続いては教育科学大臣となったローゼだ。
「ボクからは1ヶ月の間に調査でわかったことを簡単に報告する。魔術についてはこの世界なら魔力とそれを生成する臓器を誰でも持っている。ただし種族によってこの魔力と魔力を生成する臓器、魔力臓器の大きさは異なる。魔術に関しては引き続き調査するけど、ボクたちの世界とは全く異なる技術体系だから協力者が欲しい。魔術以外の技術については地球で言うところの14世紀の水準、現状この世界がボクたちに追いつくことはないと考える。資源については銅と鉄の鉱山が複数ある程度で、更に調査が必要。以上だ」
そう言えばルパが銃火器らしきものをドワーフが作ってると言っていたし、地球で言うところの中世後期あたりぐらいの水準かな。魔術については異世界モノでは定番だけど作品によって性質は異なるし、この世界においてはどんなものかまだわかっていない。もしかしたら軍隊を一瞬で消し去ったり、転移させたりととんでもない魔術とかあるかもしれないので、慎重に調べて対策を練る必要がある。外務省と協力して魔術研究の協力者を確保するようにした。
次は経済と財政を担当するリリーエン。緑色の髪色とポニーテール、泣き黒子が特徴の女性で、ゲーム内では国家財政や交易についてアドバイスをしていたため経済大臣と財務大臣に任命した。
「次は私からです。この世界ではかつてロスルム王国が大半の国を支配下においていたため、貨幣や計量法において多少の違いはあれど統一された単位を使用しているようです。細かい単位については資料に記載しましたので、後で目を通しておいてください」
資料には貨幣や計量法について色々と書いてあった。
1ペクーニャ=1000ヌムス=1000円
1ヌムス=1円
1小銅貨=1円、1銅貨=10円、1大銅貨=100円、1小銀貨=1000円、1銀貨=1万円、1大銀貨=10万円、金貨=100万円
長さ
1ミレ=1000m=1km
1ペス=1000mm=1m
1ポレクス=1mm
面積
1サルトゥス=1km^2
1クリマ=1m^2
1ウンキア=1cm^2
体積
1クレス=1000L
1コンギス=1000cm^3=1L
1リグラ=1cm^3
質量
1リビラ=1000kg=1t
1トリヌス=1000g=1kg
1ウニカ=1g
なんというか、ものすごくメートル法だね。単位換算がやりやすくて助かるけれども、この辺りの単位が一番使いやすくなるのはどの世界でも共通だったりするのかな。
「先ほどイレーネさんからも話があった通り、食料と石油不足による経済の混乱を避ける必要があります。早急な資源確保と戦略物資の統制、配給制への移行を検討する必要があります」
経済面でも治安面でも軍事面でも食料と石油が1番の懸念材料のようだ。かつてのドイツ帝国や二重帝国は食料不足で革命が起きたし、大日本帝国は石油不足で戦争を始め、そして石油不足で負けた。この問題を解決するために特別委員会を設置して対策に乗り出すことにした。自国も養えないのに迫害されてる人たちを救えるはずがないしね。
そして最後に総務大臣マリーが立つ。シスター服に身を包んだ金髪の、一見病気ではないかと疑うほどの色白の美少女ことマリー。ゲームでは宗教に関するアドバイザーだった。古代から現代まで国を発展させていくゲームなので、時代が古いほど宗教の重要性は大きく序盤から中盤までお世話になることが多い。こちらの世界では宗教以外の様々な問題に対応すべく総務大臣として働いてもらっている。光神教のこともあるので今後重要になるだろう。
「光神教について、お話いたします。本来の光神教とヒト族派光神教は教義こそ異なりますが、教会の様式や聖職者の呼び方、見た目はあまり変わりません。ですが、本来は平等で質素の教義から教会も聖職者も質素なものでしたが、近年はヒト族派はより装飾品を用いた豪華なものになっているようです。汚職などの告発で権威を失墜させるのに使えるかもしれません」
なるほど、ヒト族派の聖職者は汚職や横領で私服を肥やし、財産を隠すのではなく教会の装飾に使って「神への捧げもの」「神の意志を体現した」と言って追及を逃れている可能性があると。それに物理的に教会を攻撃すれば住人から反発されるし、何より本来のとヒト族派とで区別がつかない場合があるから間違って攻撃すれば相手のいい宣伝材料にされてしまう。権威を失墜させ信用を無くすためにヒト族派に関する更なる情報収集を指示し、他に報告はないかと聞く。どうやら無いのうなので会議を終わろうとした時、慌てた様子の兵士がローレにメモを渡し耳打ちする。そしてローレから発せられた言葉に衝撃が走った。
「トランスネベルニエン平定軍を名乗る武装集団およそ5000人が国境を越えたとのことです」