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 かつて神はこの世界を、次に生きとし生けるものすべてをお創りになられた。そして最後に我々人間をお創りになった。何も持たない代わりに何にでもなれる可能性を秘めたヒト族を、力に長けた獣人族を、技術に長けた亜人族を、魔術に長けた魔人族を。全てをお創りになられた神は申された。


『汝、隣人を愛し助け合いなさい。そうすれば世に光が満ちるでしょう』


 世の中を光で満たす神、光神教の誕生である。しかし神のように完璧でない我々は次第に争い合うようになった。その中で1人のヒト族の子供が捨てられた。それを見た敬虔な光神教の信徒の獣人は、その子供を育て神の教えを説いた。やがてその子供は成長し、神の教えをもう一度世界に広め争いの無い世界にすると誓い、獣人と共に建国した。国は建国者の名前からロスルム王国と呼ばれ、ロスルムを育てた獣人はカピトリヌの名を与えられ軍団を率いる一族として特別な地位を与えられた。このカピトリスこそルパの先祖であり生まれ育った一族の祖である。ちなみに全くの余談だが百人隊長、後の中隊長を率いる大尉(カピテン)の語源はカピトリヌであると言われている。


 小さな都市国家でしかなかったロスルム王国は周囲を制服、あるいは説得して勢力を拡大し、やがて大陸の大部分を勢力圏に収める巨大な帝国となった。光神教の名の下に諸種族融和と平和を謳い繁栄を謳歌していたが、実態は属国や植民地の経済的搾取によって成り立つ繁栄であったため、当初の理想は忘れ去られ政治的内紛や属国の反乱などにより徐々に衰退していく。それでもカピトリス族は理想の守護者として剣を振るった。


 光神教の一節である何にでもなれる可能性を秘めたヒト族、これを拡大解釈しヒト族至上主義の光神教の一派が現れた。


『全ての種族はヒト族から派生した。即ち全ての種族の起源はヒト族でありヒト族こそ神の代弁者である。ヒト族()(こうべ)を垂れよ、さすれば愛され、助けられ、世に光は満ちよう』


 と。帝国に支配された属国や植民地のみならず、繁栄を享受出来なかった帝国の主要都市のヒト族貧困層にも浸透し、種族間対立は決定的なものとなった。やがて属国や植民地が反乱、直轄州までもが独立していき、帝国は崩壊した。

 崩壊の足音が近づきつつある後期ロスルム帝国にて政治的内紛に明け暮れる元老院に代わりヒト族、亜人族、獣人族、魔人族の四種族会議が設立され、実質的な政治を担い理想のために帝国を繋ぎ止めようとした。しかし帝国は崩壊した。崩壊後も国際会議の場として各国の外交や利害調整を担っていたが、ヒト族至上主義の国が台頭しヒト族以外を締め出したことで会議は事実上の解散となった。


「……これがオレの知る限りの伝承と歴史だ。カピトリス族はちっちゃくなったロスルムに残り続けて戦士として戦っていたんだけどよ、ついこの前にヒト族に負けてみんな奴隷として売られちまった。その1人がオレって訳だ」


 異世界に転移した翌日、ルパからこの世界について教えてもらっていた。目が覚めた時に時計を見たら8時を差しており、完全に遅刻したと思って慌てて飛び起きたけど、異世界にいることを思い出して安堵した。身支度を整え朝食を食べ終えてからエリカたちとルパに会いに行き、話を聞いた。しかし思ったより状況は悪そうだ。


「そういえば四種族会議ってあったよね。種族ってどれだけいるの?」


「あぁ、大きく分けて4つだ。オレみたいな獣人族、亜人族、魔人族、そしてヒト族だ」


 獣人族は文字通り動物の特徴を備えた人間だ。人間にケモ耳と尻尾が生えていて、ケモ耳から動物の声が聞こえるらしい。さらに動物の力強さや持久力といった身体能力も備えている。だが良いことばかりではなく、高い身体能力故に消費するカロリーも非常に多い。最低でも普通のヒト族の2倍は食べないといけないらしい。さらに魔力臓器が小さく魔法を発動することはほとんど出来ない。魔力臓器とは魔力を発揮する特別な臓器である。まさにファンタジー。

 次に説明してくれたのは亜人族。エルフ、ドワーフが該当し、いかにもファンタジーな種族がここに入る。エルフは外見の特徴として耳が長く美形が多い。寿命はヒト族より100年ほど長くて成人してからの老化が非常に遅く、また魔力臓器が発達していて魔法が得意である。しかし身体能力はほとんどの種族より劣っている。ドワーフは小柄だが獣人に次いで力が強く、工芸に長けているが寿命が短い。

 次に魔人族だ。ヒト、獣人、亜人以外の種族の総称で吸血鬼や悪魔、竜人、鳥人、魚人など様々だ。各々が非常に強い魔法を扱えたり高い身体能力をもっていたりするが、種族としての規模は最も小さく力の大小とも言うべき欠点を有していることが多い。


「そして最後にヒト族だ。体が特段強い訳じゃねぇし魔法もあまり使えねぇ、知恵も並みだ。だが一番数が多いししぶとい。強いが数が少ない魔人族よりも、腕力がある獣人よりも、奇天烈な道具を使う亜人よりもよっぽど戦に強い」


 数は戦いにおいて最も重要だ。数に勝ること、その数を用意する事こそ勝利に繋がる。奇策で少数が多数に勝てるのはほんの一握りにすぎない。


「あとはいいか?」


「うん、色々教えてくれてありがとう」


「よし、じゃあ約束通り奴隷から解放してもらうぜ」


「わかった。……どうやって?」


「おいおいそんなことも知らね……いやこの世界じゃなかったなお前ら」


 奴隷が解放される方法はいくつかある。1つ目は持ち主が死ぬこと。ルパは村全体の所有物だが、元々は有力な貴族が買ったものだ。かなり反抗したのと、その貴族が獣人を抱く趣味が無いこと、戦争が終わり奴隷の戦士が必要無くなったことから血縁関係の下級貴族へ預けらた。最終的に遠縁にあたるあの村の村長のところに、村の農業奴隷として落ち着いた。なのでルパの所有権がが村の村長なのか、初めに買った貴族なのかはわからないそうだ。だから殺しに行くことは出来ない。それに貴族を殺したら大問題だ。

 2つ目は持ち主が手放すこと。これも1つ目と同様に持ち主がわからないため、手放すよう説得するのは無理だ。

 3つ目は対価を支払うこと。買われた金額と同じ対価を持ち主に支払うことで解放される。どの方法にせよ持ち主に会わないといけないから、始めに向かっていた村に行くことになりそうだ。


「もう一度あの村に行こう」


「ちっ、せっかくここまで来たってのに、またあそこに戻らねぇと行けねぇのかよ」


「大丈夫、向こうの人たちにルパを突き出すような事はしないよ。何があっても守るから」


「あぁ、そんな事したら呪い殺してやるからな」


 ファンタジー世界だし本当に呪いで殺しそうで怖い。早速村に向かおうと思ったけど、ただメイドを引き連れて訪れても真剣に取り合わないだろうし、多少の部隊を連れたほうがいい。と軍事顧問ローレの発案。あまり威圧的に行くのもどうかなと思ったけど、話を聞いてもらえないぐらいなら、その方がマシかな。そうして護衛の武装メイドだけでなく自動車化猟兵1個中隊、およそ200人が加わり、森を避けて平坦なルートで村を目指すことにした。また車に乗ると聞いて嫌な顔するルパに酔い止めを出すようエリカに伝えておいた。




 将官移動用の大型乗用車、Steyr 1500Aに乗って橋を渡る。昨日乗ったレトロな高級車と違い今日はオフロードも走れるジープスタイルの車だ。大気汚染の無い美味しい空気に気分も良くなる。ルパも酔い止めを飲んだからか、それとも直接風に当たるからか、心なしか顔色がいい。


「馬がいないのに走るのも不思議だけどよ、こんなにうるさいのはなんでなんだ?」


「エンジンの音だよ」


「エンジン? なんだそりゃ?」


「馬の代わりに車を動かす機械だよ」


「ふーん、そんな機械もあるんだな」


 そういえば石油はどうしてるんだろうか。オーストリアに石油は湧かないはずだし……いや、面倒なことになるな。今は考えたくない。考えないぞ。なんて話をしていると、もう村の近くまでやってきた。畑が広がっており、少し先に何人か村人も見える。こちらに気が付いた村人は驚き唖然とした表情でこちらを窺っていて、中には何か叫びながら村の方へ逃げていく人もいた。村の入り口の手前で車を止めてトラックから兵士たちが次々と降車し整列し、水冷式の重機関銃が据え付けられいつでも撃てるよう待機している。


「向こうが攻撃しない限り発砲しちゃダメだからね」


「了解しました。命令あるまで発砲は禁ずる、その場で待機!」


 中隊長の指示で気をつけの姿勢で待機する兵士たちを横目にルパやエリカたちを連れて村に入った。先ほど逃げていった村人の騒ぎを聞きつけたのか、既に村は大勢の人が集まってこちらを見ていた。


「突然の訪問をお許しくださいませ。ここの代表の方を呼んでくださるかしら?」


 交渉役の外交顧問モニカが前に出る。


「ワシが村長のカールじゃ。お主らは何者じゃ」


 髭を蓄えた老齢の男性が出てきた。彼が言う通りここの村長なのだろう。


「そうですわね……霧の向こう側から来た国の代表、とでも言っておきますわ」


「き、霧の向こう……やはり噂は本当じゃったか……このような場所では話すことも話せますまい。ささ、どうぞワシの家でゆっくりしていってくだされ」


 少し驚いた顔してすぐにニコニコと笑顔に切り替え案内する村長についていく。村長の家に向かっていると村人たちはこちらを見てはヒソヒソと話し込んでいる。


「霧の向こう側から来たって本当か?」

「一度だけ見たことある貴族様より立派な服着てるぞ」

「おい、昨日いなくなった獣人もいるぞ。脱走したと思ったらあいつらのとこにいたのか」

「どうせ犬みたいに尻尾振って取り入ったんだろ。獣人らしい」

「あの男そういうのに弱そうだしな」

「女どもの言いなりだったりして」


 全部聞こえてるんだけどなぁ。コソコソ話すのはいいけど本人がいない時にした方がいいと思うな。ルパがものすごく苛立ってるオーラを出してるから。というか僕ってそんなに弱そうに見えるかな。実際弱いのは否定できないけどさ。少し歩いて周りより大きくて立派な村長の家に入る。集会所か酒場も兼ねていたのか、アルコールらしきものを飲んでいた人がいたが、人払いして僕たちだけとなった。


「早速ですが本題に入らせていただきますわ」


 初めに切り出したのはモニカだ。交渉はモニカに任せておけばいいだろう。


「まずは1つ目、知っての通りわたくしたちと貴方がたは通れない霧によって阻まれてきました。なのでこちらのことは全く知りませんわ。そこでそちらの世界について情報を提供してもらえると助かります。無論、その分の報酬は用意いたしますわ」


「うむ、それなら良かろう。そちらの事も知りたいがいいかね?」


「公開できる範囲でなら構いません。2つ目は貴方がたの奴隷を保護した件についてですわ」


 先ほどまでニコニコ笑顔の優しいおじいさんから一変して鋭く険しい表情になる。ルパが脱走したことは村長も知っているだろう。向こうから見ればこっちは奴隷を奪ったようなもんだ。現代で言えば軽トラや農機具を盗んだに等しい。


「成り行き故に致し方ありませんでしたが、ルパさんはわたくしたちの市民として保護する事になりました。そこでルパさんの所有権を譲っていただきたく」


「ならん!」


 声を荒げる村長に目を丸くする。目をカッと開き青筋も浮き出て今にも殴りかかりそうな勢いだ。


「奴隷の重要性は重々承知しておりますわ。ルパさんの値段分だけでなく1人抜けた分の補償を用意いたしますのよ」


「いくら金を積んでもその獣人をやる事は出来ん! ルドルフ様が苦心して得た奴隷を、はいそうですかと渡すのは貴族としての名誉に関わる!」


 また新しい人物が出てきた。話を続いて聞くと、どうやらここ一帯はルドルフ様とやらの貴族の領邦で、ルパの言う通り村長はルドルフの遠縁らしい。貴族としての領地も小さく血縁も希薄だが、高貴な血筋に誇りを持っているらしく、高位な貴族から賜った贈り物を渡すのは許せないことだと言う。これは困ったな。説得は難しそうだ。


「貴様らにやる奴隷も草木もない! その獣人を置いてとっとと出ていけ!」


「……ところで最後に、ルパさんの所有権はカール村長にありまして?」


「ふん、そうだとも。ワシを殺して解放しようたってそうはいかんぞ。これでも最近まで戦斧を持って戦に身を投じていたんじゃ。貴様らのような小娘如きが勝てるわけがないわ」


「わかりました、交渉決裂ですわね。ですがルパさんはこちらで保護いたしますわ。では御機嫌よう、カール村長」


「おい待てっ!」


「動くな」


 壁に立てかけてあった戦斧を手に取ろうとした村長の顔面にSteyr MP34サブマシンガンを突き付けるエリカ。さっきまで僕の3歩後ろに控えていたのに、いつ動いたかわからないほどの素早い動きに二度見した挙句、目を擦ってみる。ふわりと舞い上がったメイド服のロングスカートが元に戻ると、ようやく我に返った村長が冷や汗を流す。戦いに鈍感な僕が見てもわかるぐらいの殺気を放って睨みつけるエリカに、戦士としての本能が警鐘を鳴らしているのか、村長は動けないでいた。気が付けば周りに控えていたメイド達も着剣したライフルを構えている。少しの睨み合いの後に「それでは失礼しますわ」とモニカの声で僕たちは村長の家を出た。ポーカーフェイスを保っていたモニカが、家を出た瞬間に交渉失敗したことにひどく落胆する。モニカを励ましながら村の入口まで戻り、この後どうするか考えていた。


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