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出会い


「はっ……はっ……はっ……」


 名も無き森をただひたすらに走っている。日の出から畑で働き、日が昇った頃に疲労困憊になりながら唯一の娯楽である食事にありついた時、オレがいた村はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。オレの持ち主や見張り会話の節々から聞こえてくるのは霧が無くなったこと。何百年、何千年と大陸に横たわり続けた世界の果て。霧の向こう側に行った者はただの1人もおらず、ある者は出発した所にそのまま戻り、ある者は発狂して自殺し、ある者は二度と戻ってこなかった。

 木登りが得意な子供が「向こうに大きな町がある」と叫んだことで騒ぎは一層大きくなった。「神の国が現れた」「御伽噺の魔王かもしれない」想像は噂に、噂に尾ひれが付きお祭り騒ぎはどんどん大きくなる。騒ぎを聞きつけた村長が話を聞くと息子を呼び、この騒動を領主に報告するよう指示した。ガタイの良い息子は村に1頭しかいない馬に跨り早々と領主の元へ駆けていった。見張りも外に出て監視が緩くなった今が脱走するチャンスだ。誇り高き狼族がヒト族の奴隷となってはならない。「逃げてもすぐ見つかって連れ戻される」「奴隷の苦役から逃れても自由身分にはなれない」と諦めたらそこまでだ。この国じゃどこに行っても同じだろうが、霧の向こう側が新天地ならチャンスはある。不味い飯をかき込み畑に戻るフリをして様子を伺い、隙を見つけて村の外に走った。


 脱走からしばらく走って人目の無い森の中まで来た。木々の隙間から見える太陽は頭上高くまで登り、脱走からそれなりに時間が経っている。ここまで離れればしばらくは追いつけないだろうと思い、休憩と喉の渇きを癒すため水場を探す。ちょうどよく小川を見つけて一息ついて水を飲んでいると、微かに周りと違う匂いがした。耳を澄ませば草木が擦れ地面を踏みしめる音がする。しかも人数が多い。音がする方向は村ではなく、かつて霧があった方角から、つまり村の追手が来たわけじゃない。問題は霧の向こう側から来た奴らがオレをどうするかだ。何事もなく終わればそれでよし。だがオレを奴隷にしようってんなら話は別だ。奴隷として死ぬは一族の恥、戦って死ぬは最大の誉だ。この忌々しい隷属の首輪が無ければ村の奴らを何人か道連れに死ねただろうが、霧の向こう側から来た奴らならこの首輪の効力は効かないはず。剣も弓も無いがこの身一つで戦ってみせる。


「さあ来い」


 小さく呟いていつでも戦えるよう腰を落とし姿勢を整え相手を待った。ところが草むらから出てきたのは村の農夫より弱そうな、従者を連れた1人の男だった……




 川辺からしばらく歩くと森に入った。森を避けて通ることも出来るが、情報収集のためになるべく早くザルツブルクから見えていた村に着きたかったため、最短ルートと思われる森を突っ切ることとした。幸いにも起伏は少なく木々が酷く生い茂っているわけでもないため、まるでハイキングに来てるかのように歩きやすかった。しばらく進んだところで一旦休憩となり、先行した分隊が見つけた小川のほとりで休憩となる。しかし、続けて小川に1人、誰かがやって来たと報告が来る。こんな森に1人とは、山菜か薬草採りか、それとも狩猟か。第一村人発見ってわけだし少し話してみたい気持ちがある。


「……わかりました。ですが何かあった時に備え私はお側に控えさせていただきます」


 エリカは渋々承諾すると古めかしいサブマシンガン、Steyr MP34の弾倉を外して問題が無いかチェックし、弾倉を戻す。準備が終わったのを確認し、草木をかき分け小川に向かう。水が流れる音が近づき、最後の草をかき分けると開けた場所に出た。すると川を挟んで反対側に、なぜかとても警戒しているケモっ娘がいた。灰色の長い髪に頭からピンと突き出た大きなケモ耳、アスリートを想像させるスレンダーで高身長な体格、髪と同じ色の尻尾も生えている。しかしボロボロの布切れのような服を身に纏っていることから、何か事情があるのだろう。ただ山菜を取りに来た訳じゃなさそうだ。



「お前ら何者だ」


 非常に警戒しているのか低い声だ。変に曖昧なこと言ったり嘘ついてもさらに警戒され敵と思われるかもしれない。すでに敵だと思われてそうだが。ここは素直に言った方が良さそうだ。


「僕たちは向こうから来たんだ」


 今まで歩いてきた方角を指さす。


「向こうってこたぁ霧の向こう側か?」


「そう、霧が無くなってこっちに来れるようになったから、こっちの事が知りたくてね。だからこっちの世界について教えてくれる親切な人を探しているんだけど……もしあなたが良ければ、この世界について教えてくれないかな?」


 出会い頭にこんな話をすれば荒唐無稽だと思われるだろうけど、さて反応はどうかな。


「オレを捕まえてどうこうする気はねぇんだな?」


「うん」


「誓え、創造主と一族の誇りに誓いオレはお前にこの世界について知ってる限りを授ける。その代わりお前はオレを奴隷から解放し、お前の所で自由市民にしろ」


 なるほど奴隷からの解放を条件にしてきたか。ゴツイ首輪とボロボロの服は奴隷だからなのか。という事は逃げてきたのだろうか。ええっと、こっちも誓わないといけないな。


「わかった。えっと、神に誓おう」


 ばっちり聞いたぜ☆


 なんか聞こえた気がする。あの神かな。とりあえずこれで警戒心は解いてくれたようだ。


「早速だがお前の所に案内してくれ」


「えっ、今から?」


「おう、さっき脱走したばかりだからな。すぐに追手が来るはずだ」


 おぉっと? 早速流れが変な方向に向き始めたぞ?なんとなくそんな気がしてたけど、脱走したばかりだったとは。そしてちょうど僕たちより前に進出した分隊からの伝令で、武装さた現地住人らしき人が複数人こちらに向かってきていると報告があった。この状態だと「彼女を返せ」と言われそうだし、奴隷は時代や国によって差はあれど農機具や軽トラのような労働力を提供する所有物といった感じだ。あちらからすればこっちは奴隷を盗む窃盗に見えるだろう。けど解放すると約束したし奴隷制には反対なので一度帰ろう。


「なるべくあちらを刺激しないように撤退するよう伝えて」


「承知しました」


 伝令が走り僕たちは来た道を戻った。




「そういやお前の名前を聞いてなかったな。なんて名前だ?」


 武装したメイドに囲まれながらそこそこの早歩きで来た道を戻っている。ワラワラと集まったメイド達と、彼女らを率いる僕を奇怪なものを見る目で見られつつ、少しばかり自己紹介となった。


「おっと、まず先にオレから名乗らないとな。オレはロスムス王国の誇り高き守護者、カピトリス族の戦士ルパだ」


「僕は太田晃(おおたひかる)、よろしくね」


「オータヒカル、聞き慣れねぇ名前だな」


 まぁこの中で日本人は僕だけだろうしね。こっちの世界がヨーロッパ風なら尚更聞いたことないだろうし。少し話していると徐々に日も地平線に近づいてきた。ようやく森を抜け、夕日に染まるザルツブルクの街が遠くに見える。橋の周りでは防衛のために土嚢が積まれ、三脚に載せられた重機関銃が睨みを利かせている。


「さっきから思ってたがお前らの持ってる武器はなんだ? 槍にしちゃ短けぇし刃もねぇ。最近噂に聞くドワーフの雷筒か? 見た目は似てるがドワーフと取引してるのか?」


「その辺りは後で話すよ。早いとこ橋を渡ろう」


 機関銃を構え守りに徹する兵士たちに挨拶しつつ橋を渡ろうとすると、何台ものトラックや乗用車が橋を渡ってきて目の前で停車し、1人の軍人が下りてきた。


「お待ちしておりました。第1快速(Schnelle)師団(Division)第1自動車化(Kraftfahr)猟兵(Jäger)旅団(Brigade)、ルイーザ・レンデュリックです。皆様をお迎えに上がりました」


 丸メガネをかけた美女の士官が敬礼する。ゲームでは戦車部隊や自動車化部隊の戦闘効率が上昇する特性を持った将軍として、自動車化部隊の指揮官に任命していた。元ネタはオーストリアおよびドイツの将軍ロタール・レンデュリックだ。有能な人物だったがファシズムに傾倒していた。この世界にファシズムは無いし、あくまでモチーフにした別人だから問題にはならないだろう。


「馬もないのに馬車が走ってるぞ! どうなってんだ!?」


 うん、初めて自動車を見たらそういう反応だろうね。予想通りの反応でむしろ安心したよ。乗車を促され、将官が移動用に使う大型乗用車、Austro-Daimler ADR 8にエリカ、ルパと共に乗った。初めて車に乗り色々と驚き興奮するルパを見ながらザルツブルグへと戻っていった。

 市街地をしばらく走り、曲がりくねった石畳の坂道を駆け上がってホーエンザルツブルク城に到着した。ホーエンザルツブルク城はメンヒスベルクという丘に建設された城で、ザルツブルクの至る所を見渡すことが出来る。1077年に要塞として建設されてから1681年まで拡張工事が行われ現在の姿となっている。始めははしゃいでいたルパも慣れない車で酔ったのか若干顔色が悪くなって覇気が無い。車から降りると僕たちを迎え入れるために将兵やメイドがあっちこっちと慌ただしく動き回っている。


「うぉ……気持ちわりぃ……船に乗っててもこんなことにはならないのに……」


 フラフラしているルパを介抱しつつ城の中へ。中は豪華絢爛で広々としていて客人をもてなすのに十分すぎる。軍の司令部としても機能するよう元の城からかなり改装されているとルイーザから説明を受けた。いつの間にそんな改装をしたんだろうか。ルパからこの世界の話を聞く前に夕食を取ることになった。そしていつまでも私服のままでは示しがつかないとモニカに言われ、あれよあれよと軍の制服を着せられた。軍属じゃないのにいいのかとルイーザに聞けば「我々の最高司令官ですから」と返された。それでいいのか?

 準備が出来て食事の間へと案内される。普段堅苦しいスーツや礼服を着る機会がないから軍の制服はどうも服に着られてるように感じる。大きく長いテーブルには既にモニカ、ローゼを始めとして何人もの美少女たちが着席しており、僕は一番上座に案内された。部屋は広いし軍服だし大勢人はいるし、しかも全員美少女だし音楽隊もいるしで落ち着かなくてソワソワしていると、僕から見て右側の席が空いているのに気が付いた。誰か来てないのかと思ったら正面のドアが開きエリカが入ってきた。


「ルパ様がお見えになります」


 エリカと何人ものメイドに案内されて登場したルパは、まさしく美しいの一言に尽きた。純白なドレスが褐色肌と美しいコントラストを描き、大胆に開いた背中、大きく切れ込んだスリットから鍛え上げられた肉体と至る所に彫られた赤色の刺青が見える。無骨な金属の首輪ですらファッションとして美しく調和している。……うん、語彙力が無いから美しいとしか感想が出てこないけど、とにかくすごい美しい。ルパは若干顔を赤くして僕の隣の席に座った。


「な、なぁ、貴族じゃないんだからこう言う服は恥ずかしいんだけどよぉ」


「その、月並みの言葉しか出てこないけれど、とても似合ってるよ」


「自分が着ないからって調子のいいこと言いやがってよぉ」


 恥ずかしがって服を押さえてるけど引っ張られて別の部分がより見えてしまっていることは指摘しない方が良さそうだ。ルパが席に座り料理が運ばれる。料理はさっぱりわからないけど高級なフレンチレストランのコース料理のような感じだ。まぁ行ったことは無いからテーブルマナーなんてわからないので、他のみんなのをチラ見しつつ失礼がない程度に食べる。


「これ全部食っていいのか?」


「はい、おかわりも別のメニューもございます。なんなりとお申し付けください」


 そして料理が並ぶとルパは跪き祈りを始めた。


「創造主と母なるカピトリヌの狼よ、今日生きる糧をくださったことに感謝します……よーし食うぞ!」


 祈っている時の真剣な顔はどこへやら、ナイフをフォークのように肉に突き立てて豪快に齧り付き、スープはスプーンを使わず皿から飲み、差し出されたワインを分捕ってラッパ飲み。周りに控えていたメイドたちが若干引くほどの食べっぷりを見せた。


「旨い! これほど旨い飯がこの世にあったとはな!」


 いっぱい食べる君が好きとは言うけれど食事のマナーを覚えてもらったほうがいいのかもしれない。そのまま食事は2時間続いて、ルパからこの世界について教えてもらうのは明日になった。当てが割れた部屋で軍服を脱ぎベッドにだいぶすると、初日の疲れからかすぐ意識は遠のいていった。


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[一言] エリカが持ってたSMGはヘルリーゲルだったりするのかなぁ……(二重帝国のSMGはそれくらいしか知らない……)
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