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転移

 知らない天井だ。いや過労で倒れて病院に運ばれたとかじゃなくてマジで知らない天井だ。よくある石膏ボードではなく真っ白で何もない、なのに明るい部屋。体を起こして見回しても一面真っ白で壁と床の境目もわからないほどだ。まさか小説投稿サイトによくある転生前のアレだろうか?


「はーい正解でーす♪」


「え?」


 声の方に振り向くと女性が立っていた。いや、声から女性と認識はしたが輪郭があやふやではっきりとしない。絵画に水をこぼしたように滲んだり、霧がかかったようにぼやけたり、あるいは壊れた液晶のようにモザイクがかかったり、一体どうなってるんだ?


「そりゃぁ君たちで言うところの神様だからねー、おいそれと真の姿を見せられないよー」


 こいつ頭の中に直接……!


「いや頭の中は覗いてるけど口で話してるじゃん」


「はい。それで僕がカミサマの前に居るということは」


「ま、君の思ってる通りだよ。数多の死に逝く人類の中から抽選で選ばれましたー。ドンドンパフパフ~」


「は、はあ」


「不服って感じかな? でも死んじゃったものは戻せないのよねって事で転生の醍醐味たるチートなんだけど……おっ? なるほどなるほど……よし決めた! 君には"アルファ"に行ってもらおう!」


「アルファ?」


「そう、ちょっと問題があってね。それで君にアルファを良くしてもらおうって寸法さ」


 なんだかすごい話になってしまった。しかし良くするとは具体的に何をすればいいんだ?


「詳しいことは現地で説明させるよ。それじゃ私は忙しいんで!」


「え、ちょっ、まっ」


 急に意識が遠のいていく。そして気が付けばまた知らない部屋だった。煌びやかながらも落ち着きのある大きな部屋。価値はわからないが金ぴかな額縁に収まった高そうな絵画が何枚も壁に飾ってある。手元を見やればお偉いさんが使ってそうな巨大な机が鎮座し、古めかしい電話やら羽ペンやらよく分からない分厚い本が所せましと置かれていた。ここはどこだ?

 ぼんやりと見覚えのある部屋だ。見て回れば何か思い出すかもしれないと、フカフカの椅子に名残を惜しみつつ立ち上がり、グルグルと部屋を回る。小学校か中学校の社会科見学で見に行った偉人の洋館もこんな感じだったと謎の感傷に浸っていると、コンコンコンと3回ノックされた。特に拒む理由もないのだが「どうぞ」と咄嗟に口に出てしまった。


「失礼いたします」


 ドア越しなのにやけに透き通って聞こえた気がした。核シェルター並みの重厚なドアが開くと、そこには息をのむほど美しいメイドが頭を下げていた。


「お待ちしておりました、ご主人様」


 目と目が合う。整った顔立ちに煌めく銀髪、見る者の目を引くたわわな双丘……思い出した。僕がやりこんでいた萌え系シミュレーションゲームのチュートリアルに登場する案内役のキャラだ。そしてこの部屋はゲームのホーム画面の背景にそっくりだ。そして次々に疑問が湧いてくる。なぜ僕はここにいる? あのゲームはVRではなくごく普通のPCゲームのはずだ。


「申し訳ございませんご主人様、こちらにお越しいただいて早々ですがお話がございます。案内いたしますので着いて来てください」


 ホイホイと美少女メイドについて行ってしまった。こんな美少女に来いと言われたら行くに決まってんでしょうよ。車が余裕で通れそうな長く広い宮殿を思わせるような廊下を歩き続ける。色々と聞きたいことがあるが黙って後を着いて行く。長い長い廊下を歩き何度か階段を登るとメイドが足を止めた。


「こちらが屋上となります」


 そしてドアを開けると建物の周囲はまるで宇宙のように真っ暗闇に包まれていた。


「あの霧をご覧いただけますか? あの霧の向こう側が"アルファ"でございます。ご主人様にはアルファで多種族の楽園を築き上げていただきます」


 説明が続く。あの神はゲーム感覚で様々な箱庭世界を作ってはどんな風に成長するか観察して楽しんでいた。この世界"アルファ"もまたそんな箱庭世界の一つだ。そして"アルファ"は人間至上主義が台頭し、獣人を始めとする人間以外の種族は迫害を受けていた。それを良しとしないあの神は、たまたま死ぬ直前に20世紀を舞台にした戦略シミュレーションゲームでオーストリア=ハンガリー帝国(以下二重帝国)をプレイしていた僕を送り込んだ。

 二重帝国と言えばいくつもの民族がひしめき合う多民族国家だ。様々な種族を保護し二重帝国のような多種族国家を作れというのが、あの神からの命令なのだろう。しかし二重帝国だと崩壊しないか? 全く厄介なことになったもんだ。


「それでどうするんだ? こんな真っ暗闇じゃなにも出来ないぞ?」


「こちらをご覧ください」


 メイドが何か呪文のようなものを唱える目の前に近未来的なウィンドウが投影された。


「これは?」


「ご主人様のみが触れられるご主人様の能力(チート)でございます。この世界の境目、即ち霧の向こう側、いま私たちがいる空間に新たなご主人様の国を創り出します。どうか自身の手で新たな世界をお創りくださいませ」


 自分の国、新たな世界、今までやっていたゲームのデータの羅列とは文字通り次元が違う。まだ見ぬ幾多の命が僕の双肩にかかってると考えると恐ろしくなって、投影されたボタンに手が伸びない。


「うーんじれったいですね……えいっ」


「あっ」


 トンッと背中を押されボタンに指が触れる。するとゴゴゴゴゴゴゴッと地響きが鳴り出し建物が揺れ始めた。


「ちょっとこれ大丈夫なの!?」


「ご安心ください、ただの演出なので影響は全くございません」


 問題ないと言われたって地震にちょっとトラウマがある僕にとっては恐ろしいものなんだ。しばらくして頭上の一点が輝き出し徐々に太陽と水色の空が現れる。地面は隆起しヨーロッパの街並みが、まるで街作りゲームのごとく地面から生えてくる。遠くには霧が晴れ山々が聳え立った。神話によくある台地や国を創った話もこんな光景だったのだろうか。

 国が出来る様子を見て唖然としているとメイドが覗き込んできた。


「最後になりますが、ご主人様のお世話をさせていただくメイドのエリカと申します。不束者ですが、どうかご了承くださいませ」


 ロングスカートのメイド服を摘み上げカーテシーのお辞儀をするメイド、もといエリカ。あまりの美しさにコミ障を発動し、たどたどしく「よろしく」と言うのが精一杯だった。こんなのでこの世界を生きていけるだろうか……




「これからどうしようか」


 屋上から初めの部屋に戻り二人で相談している。なおこの部屋は僕の執務室らしい。今まで住んでいた1Kのアパートや実家の自分の部屋より遥かに大きいし、大きな大きな双丘が目の前にいるので目のやり場に困るから、なかなか落ち着かない。


「まずはこの世界について調べてはいかがでしょうか?」


「え? この世界のこと知ってるんじゃないの?」


 エリカは僕をサポートするために派遣された、あの神の下で働く天使のような存在だ。派遣にあたって受肉し僕の好みに合わせた格好でこの世界に来たそうだ。あの野郎(かみさま)銀髪巨乳メイドが性癖だってこと覗いて送ってきやがったな。しかし話を聞くとこの世界については何も知らないらしく、やはり一から調べないといけないようだ。


「どうやって調べようか……異世界といえば冒険だけど、冒険者ギルド的なものとかあるかな」


「ご主人様の使命と体力を考えますと冒険者を目指すのは厳しいと思われます。そうですね……軍から部隊を抽出して調査隊を派遣しましょう」


 サラッと厳しいことを言われた気がするが軍だと? さっきのは国を創り出しただけじゃなかったのか。


「はい、創造にあたってある程度の軍も召喚いたしました。間もなく報告が来ると思われます」


 その時、ちょうどドアがノックされた。「どうぞ」と入室を促すと「失礼します」と1人の軍人が入ってきた。水色を基調とした二重帝国軍の軍服に、高校なら確実に女子から王子様と呼ばれるであろう整った顔、金色に輝くポニーテールが目を引くイケメン美少女がやってきた。


「軍に関する報告と助言をさせていただきます、軍事顧問のローレです。よろしくお願いします、閣下」


 ビシッと敬礼されたので思わず挙手の敬礼で答礼したが、僕は軍属でもないからお辞儀で答礼した方がよかったかもしれない。ローレはゲーム内のチュートリアルにおいて軍に関するアドバイザーのキャラだった。


「えっと、この世界について調査したいんだけど、軍について何も知らないから……まずは規模から教えてくれないかな」


了解(Jawohl)、まず陸軍ですが、歩兵師団8個、山岳歩兵旅団2個、快速師団1個、その他部隊合わせて15万人です」


 歩兵とは銃を持ったいわゆる普通の兵隊で、師団は1万人前後の部隊のことだ。山岳歩兵は文字通り山岳での戦闘に特化した歩兵だ。オーストリアは山に囲まれた地形だから山での戦闘は必要不可欠である。旅団は師団の1/3から半分程度の規模で、人数は数千人だ。快速師団はおそらく騎兵や自動車化歩兵で構成された部隊だろう。今でこそ自動車での移動は当たり前だが、第二次世界大戦が終わってしばらくまでは自動車の数は少なく高価で石油を大量に消費するからトラックに乗って移動する歩兵は一般的ではなかった。


「続いて海軍です。海軍は戦艦13隻、巡洋艦10隻、駆逐艦20隻、潜水艦26隻となっております」


おや、思ったよりも海軍の規模が大きい。ゲームでは周辺国と陸続きなので海軍についてはあまり重視していなかった。二重帝国海軍は規模こそ列強の中で最弱レベルだが、世界で初めて魚雷を発明したり3連装砲塔を採用したりと技術力は高く、ホルティ・ミクローシュやゲオルグ・フォン・トラップといった名高い指揮官がおり、実力は侮れない。この世界の海軍が産業革命ごろまでのレベルなら海を制することができるかもしれない。夢が広がるな。


「最後に空軍です。空軍は戦闘機144機、中型爆撃機72機、攻撃機72機、偵察機36機を保有し、海軍航空隊は戦闘機24機、攻撃機24機を保有しています」


 大国とまではいかないが中小国よりも遥かに多くの作戦機を有しているようだ。それに加え海軍航空隊もあるので海での戦闘も柔軟に対応できるだろう。


「軍についてはよくわかったよ。それで調査隊はどうしようか」


「調査隊は相手に侵攻の意図があると誤解されないよう少数かつ軽装備の調査隊を編成すべきと考えます。また現地住人と接触した際の交渉を考え外交官を、言葉が通じない場合に備え意思疎通をなるべく早く行えるよう言語学者などを同伴させるべきです」


 確かに戦車や大砲を引き連れて現れたら、いくら友好的なことを言っても侵略とみなすだろう。また異世界モノの定番で現地の領主に会ったり言葉が通じない展開があるかもしれない。


「よし、その案でいこう」


「ありがとうございます。それでは早速準備を進めます」


「あっ、あと一ついいかな?」


「はい、何なりとお申し付けください」


「僕もその調査に行ってみたいんだけどいいかな?」





 車、列車、また車に揺られること4時間、ついたのはかつてこの世界の境目があった場所、現実で言うところのドイツとオーストリアの国境の街ザルツブルクの郊外だ。ザルツ(Salz)は塩、ブルク(burg)は城や砦を意味する。かつて岩塩の産地であったことからその名が付いた。異世界を調査するために編成した調査隊に同行するためにやってきたのはいいんだけど……


「なんでこんなにもメイドがいるの?」


「ご主人様をお守りするためです」


 それにしたって100人は多いよ。Steyr M95/30ライフルやZB Vz.26軽機関銃を持ったメイド10人ほどが常に交代で周囲を隙無く取り囲んで僕を警備している。さらに他のメイドはそこら中に散らばって死角や狙撃ポイントとなりそうな場所を探して警戒している。正直こんなに要らないと思うけど「むしろ少ないぐらいです」と押し切られた。しかし、どこからこんなに沢山のメイドが現れたのだろうか? 色々気になるところを考えていると1台の車が止まり2人が下りてこちらに近づいてくる。


「同伴の外交官を務めさせていただく外交顧問のモニカと申しますわ。どうぞ良しなに」


「調査隊同行の学者として参加する技術顧問ローゼ。……よろしく」


 お嬢様キャラのような金髪ロールに華美なドレスを身に纏った外交顧問のモニカと白衣を着た褐色メガネ娘の技術顧問ローゼがやってきた。2人ともエリカやローレと同じく僕がやっていたゲームに登場するキャラクターだった。アップデートやDLCのたびに外交関係のシステムが複雑になっていったため、モニカの外交チュートリアルはよくお世話になった。技術はアップデートで追加などはあったものの、定石通り研究開発を進めればいいため、あまり印象には残ってない。しかし、薄々思ってはいたが僕の顧問って政府で言うところの大臣的ポジションじゃないのか? そんな人が危険かもしれない調査に付いてきて大丈夫なのか?


「閣下同伴で交渉失敗となれば外務省の名が廃りますわ。ですから外交において右に出る者は居ないこのわたくしが今回ご同行いたしますのよ」


「ぼくは異世界の技術がどうなってるか確認したかったから……ただそれだけ」


 うーん2人ともやる気はあるようだし、今更帰すのも可哀想だからこのまま行こう。さて、少し歩いて旧国境の川まで来た。目の前には豊かな自然が広がり、遠くには村らしきものも見える。


「準備が整いました」


 軍の架橋部隊が船で橋を架け終えたようだ。この川を越えればいよいよ異世界、少しの不安と大きなワクワク感を胸に橋を渡って異世界に一歩足を踏み入れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ながら第一話投稿お疲れ様でした。 銀髪メイドとは分かってるじゃないですか。 ベースはcivなんですかね? 個人的に好きなゲームの一つなんで嬉しいですねぇ。
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