真実の愛での婚約破棄…あなた方は結ばれるしかありませんのよ。
何となく思い付きだけで書いた短編です。
「メリーローズ!貴様との婚約を破棄する!!!」
ライラック魔法学園の卒業パーティーの最中に響き渡る怒声に、皆が注目した。
皆の視線が集まったことにニヤリと笑うのは、艶々と輝く金の髪にアクアマリンの宝石のような瞳をした美しい青年。この国の第一王子であり王太子アラン。そしてその腕に胸を押し付けるようにすがり付いているのは、光魔法の発現により学園に入学した聖女と呼ばれる平民の少女マリア。庇護欲を誘う可愛らしい容姿にふわふわとした茶色の髪。同じく茶色の瞳をうるうるとさせていた。
その視線の先には公爵令嬢であるメリーローズが、扇で顔を半分隠すように広げていた。
「まぁ、アラン様?理由をお伺いしてもよろしいかしら?」
「理由だとっ!言わずとも分かろう!私は真実の愛に目覚めたのだっ!」
怒気を放ちながらメリーローズを睨み付けたアランは、すぐにマリアへと視線を向けてふわりと優しい笑顔を浮かべる。
「ここにいるマリアは、私の心を支えてくれた。愛らしい容姿に違わず優しい子だ。聖女の力を使い、様々な私の疲れを癒してくれた。学園のあと職務に励む私を心配して、いつもお菓子を焼いてくれた優しい子だ。それに対して貴様はっ!ブクブクと太り、容姿も醜い!この白豚がっ!その様に堕落した体に醜い容姿で、良く王妃になれると思ったな。それにマリアからは貴様に虐められたと聞いておるのだっ!」
聖女マリアから再びメリーローズへと視線を移したアランは、冷たい視線をメリーローズに向ける。周りにいた魔法学園の生徒も、クスクスと笑いながらメリーローズに蔑む視線を向ける。
そう、公爵令嬢であるメリーローズは老婆のような白髪。貴族令嬢特有の白い肌はブクブクと太り、丸々とした体をしていた。エメラルドの様な瞳をしているのだが、太りすぎて肉に埋もれた隙間からは、良く見えない残念さである。
「あら?王妃になるのに容姿は…まぁ良い方が良いでしょう。これでも王妃教育はキチンと終わっていましてよ?それに私はマリアさんを虐める理由はありませんわ。」
そんな中、メリーローズは周りを気にしていないのか淡々と言葉を紡ぐ。そう、メリーローズは学園で毎回一位の成績をとり、更に王城での王妃教育も全て終わらせている。見ためを除けば、誰よりも美しい所作に誰よりも頭脳も優れていた。
「理由だとっ!私がマリアを愛している。それだけで十分だろう?貴様のような醜い女を好んで娶るような者はいない。私とて幼き頃に貴様に騙されて婚約をしたに過ぎぬ政略だ。あの頃はあんなに可愛らしかったのが、どう成長すればその様に醜くなるのだ。」
そう、アランと婚約するまでのメリーローズは妖精のように愛らしい少女であった。
「まぁ、色々お忘れなのですね。そう、私達は政略による婚約ですわ。それも王族が一人に一度使えると言われる神契約による…ね。お忘れですの?それを理解していながら、私と婚約を破棄すると?」
メリーローズが神契約による政略結婚と述べたとき、周りはざわざわとざわめき出す。“神契約”それは王家に生まれた者が一度だけ使えると契約魔法。それは両者の同意のもとでのみ契約は解除されるが、その内容は破棄された場合いかなる理由でも己に返り二度と契約することは出来ない。そう、一度のみ使える王家特有の魔法。これはどの様な内容でも、不可能を可能とする神の力を借りる契約魔法であった。それを只の政略結婚に使うわけがない。その事に気がついた者は、慌てて指示を出し城にいる陛下へと知らせに走らせた。この契約が幼い時に結ばれているのなら、内容は陛下の指示によるものであることが分かったからである。
それまで静観していたアランの側近達は、慌てて止めようと声をかけたがアランは聞く耳を持たず煩わしげにあしらう。
「そうだ。私は貴様と結婚するつもりはない。それにマリアとは既に真の意味で結ばれているのだからな。私は責任を取らねばならぬ。我、アラン・ハーバードの名をもって貴様との神契約を破棄する。」
邪魔される事に苛立ち、さっと契約解除を述べる。
「まぁ!ふふふ、ではアラン様は責任はとらなくてはですね。マリアさんありがとうございます。私、メリーローズ・ライラックの名をもって、神契約の破棄に同意いたしますわ。」
メリーローズも口元は扇で隠すが、目は更に瞳が見えなくなるほど嬉しそうに目を細めた。
婚約者がいるにも関わらず、真の意味で結ばれるとは。その言葉は貴族令嬢であれば結婚後に捧げるものを意味する。ざわつきは更に広がった。マリアは平民ではあるが、教会が認めた聖女である。これはもうアラン以外に嫁ぐのは不可能に近いことを意味する。
すると両者の左中指についていた指輪が光輝き、徐々におさまると同時に指輪は消えていく。この国での左中指にはめる指輪は、婚約者がいることを示すものであった。
「あぁ、これで貴様との婚約はなくなった。神契約による婚約だったのだ。これで貴様との婚約は二度とない。…マリア、私は君を愛している。私と婚約してくれないか?」
「アラン様っ!もちろんよっ!私もアラン様を愛しているわ♪」
そして、皆が見ている中で口づけを交わした。その頃には指輪の光はほぼ消えていき…何故かアランとメリーローズの体が、目を開けていられない程の光に包まれた。
そして、光おさまる頃には卒業パーティーにいた皆が、目を疑うような姿に2人はなっていた。そして、パーティー会場は静寂に包まれた。だが、その静寂を破ったのは聖女マリアであった。
「きゃーーーーーっ!!!!」
「なっ!どうしたのだマリアっ!何故私から離れるのだ?」
マリアは今まで自身を抱き締めていた男性を、突き飛ばしたのである。そう、先ほどまで口づけを交わしていたアランである。だが、その姿は今までとは変わっていた。変わらないのは金色の髪のみ。だが、その色も僅かに艶を失っている。
「いやっ!近寄らないで!あんた誰よ?!アラン様はどこ?!」
「なっ!アランは私だ!どうしたのだマリアっ!」
「嘘…嘘よっ!そんなはずないっ!アラン様は細くてそれでいて引き締まった素敵な体なのよ!あんたみたいなデブではないわっ!」
「なっ!何をっ!私はアランだっ!その私をデブだと!?なっ!」
近寄ってくるアランから逃げるように後退り、アランはマリアの腕を掴み…その掴んだ筈の己の腕がムチムチとした腕であるとこに驚き、己の体中を確認するように触り、まじまじと見て…顔色を青くした。自分の体はどう見ても服はパツパツとなり、張り裂けんばかりとなっていたのであった。そして、バッ!とメリーローズの方を振り向き、唖然とする。マリアにいたっては、己の体を抱き締めながら顔色悪くガタガタと震えていた。
そう、メリーローズの姿も変わっていたのだ。白豚とアランに言われたメリーローズがいた場所には、白銀に輝く髪にエメラルドの瞳をもつ色気纏う美しい女性が立っていた。可愛らしいよりは美しい。だが、目があった瞬間ふわりと笑う笑顔は、少し幼く見えてポロポロと流す涙は真珠の様にきれいで、精霊のような美しさのなかにも庇護欲を誘う愛らしさがあった。
「やっと…やっと解放されましたわ。殿下。マリアさんありがとうございます。」
その声はやはりメリーローズの声であり、嫌でもその美しい女性が、今しがた己が婚約を破棄した女性とわかった。
「メリーローズ…これはどういうことだ…」
真っ青な顔を真っ赤に染めかえながらも、なんとかアランは声を出した。
「ふふふ。どうって。神契約は破棄されればその内容は己に返る。ただそれだけですわ。ふふ、少し失礼しますわ、この姿は…恥ずかしいですわ。」
頬に手をあて頬を赤くするメリーローズは、可愛らしい。その姿に周りにした男性のみならず、女性までもがごくりと喉を鳴らした。首まで覆われていたレース生地のドレスのお陰で何とか肌は見えていないが、ブカブカのドレスは流石に恥ずかしい。メリーローズは縮小魔法を使った。それは既製品のドレスを、体のサイズに合わすためにも使われる簡単な魔法。
先ほどまではムチムチとした体を覆っていたブルーのドレスは、今のメリーローズの体に合わされれば何とボッキュンボンのワガママボディを分かりやすくみせつける、マーメイドラインのドレスであった。太っていたメリーローズが着ていた時には寧ろ丸い体型を見せるなと思わせるドレスだった。まぁ、肌を見せない布の様なドレスだったし、フリルもたくさんであれば更に丸くなっていたにちがいないのだが。それが今やレース生地により、清楚で肌の露出はないのに色気溢れんばかりのドレスであり本来のメリーローズには良く似合っていた。
「ふふ。こうなるかもと肌が見えないドレスを選んで良かったわ。」
そうであろう。もし肩が出ているドレスであった場合、ドレスがずれ落ちるという淑女にあるまじき姿をさらすところだったのだ。
「メリーローズ。これはなんだ。何故私はこのような体になっておる。」
顔を赤くすれば良いのか青くすれば良いのかわからないのか、結果顔色悪くなっているのに目元や耳は赤いままという面白い顔色をするアランに向かって、メリーローズは心底嬉しいと言わんばかりに微笑む。
「あら?先ほども言いましたわよ?神契約は破棄されれば己に返ると。私達の神契約内容は覚えておりませんの?」
「っ!…あぁ。」
「まぁ!あの様な非道な真似をしておきながら…」
先ほどまでとはうって変わり、信じられないと蔑む視線をむける。それに耐えれずアランは目を逸らした。蔑まれてるのに少し嬉しそうなのが気持ちが悪い。会場にいる皆がその態度にひくが、美女に冷たい視線…一部の者達はアラン同様ちょっと嬉しそうであり、アランに対しても羨ましそうな視線を向けている。
「私達の婚約は政略によるものですわ。ですが、まず前提としては殿下が私に一目惚れをしてしまったから陛下からの王命により婚約しましたの。」
「一目惚れ…」
「私、これでも王位継承第3位ですのよ?殿下の弟君であるライン様が王位継承第2位。ここまではよろしくて?」
そう、実はメリーローズは現国王の腹違いの弟の娘である。王族の血筋なのである。本来であれば姫に近い対応を受ける貴族令嬢だったのである。
「殿下の一目惚れにより、陛下から我が家に王命が来ましたのよ?『王族であるにもかかわらず魔力の低いアランの後ろ楯となる婚約者にならないかと』まぁ、婚約者が決まっていませんでしたし、我が家は王位を狙っていると思われない為にも、私の魔力は減らす必要もありましたの。私、これでも国内一の魔力量を持っていましたので。ですので、始めに交わされた書面での婚姻による内容は【殿下に私の魔力の半分を与える】そして【私が王妃となり、側室を持つことは許されない】ですわ。まぁ、側室については私からではなく殿下が側室もいらないと騒いだからなのですが…」
「なっ!」
そう、書面では我が家が殿下の後ろ楯となり、更には王位を狙っていないことを示すため私の魔力の半分も渡しての契約。側室については幼い殿下が騒いだ為につけられたもの。なかなか子供が出来なかった陛下にやっと出来た側室の息子。そう、側室ですの。政略結婚で結ばれた王妃との間には中々子供が出来ず、周りからの要望で側室の話が出た。それにより陛下は焦がれていた令嬢を娶り側室にした。愛していた側室と結婚した翌年には第一王子が産まれた。そして、その更に翌年に王妃にも子が産まれた。それが第二王子ライン様。王妃様は公爵家の産まれ。側室様は伯爵家の産まれ。本来であれば王妃の子が優先されて王太子になるのだが、側室を愛していた陛下はアラン殿下を王太子にしたかった。だが、5歳の時に魔力量を測るのだが、側室様が元々魔力が低いために秘密裏にアラン殿下の魔力量を測ればまさかの平民並みの魔力量な上、属性も風属性のみ。慌てた陛下が、義理の弟であるメリーローズの父に相談し、メリーローズと婚約して後ろ楯になる話が出た。ついでにとメリーローズの魔力量を測ればまさかまさかの国内一の魔力量で全属性。その事が判明したことにより、神契約を使って魔力を半分分け与えることになった。
「いや!それならなぜ容姿まで変わるのだっ!貴様が何かしたのかっ!!」
黙って聞いていたアランは、叫ぶように唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。汚いと言わんばかりに皆が一歩下がる。もちろん、メリーローズもである。
「私は何もしていませんわ。私はね。」
そして続きを話し始めた。神契約には媒介がいる。婚約の書類を媒介に神契約を行った。
「我、アラン・ハーバードの名をもって神契約を行う。媒介はメリーローズ・ライラックとの婚約。」
「我、メリーローズ・ライラックの名をもって、私のもつ魔力の半分をアラン・ハーバードへ。」
そう、本来であればこの後にアランはメリーローズを王妃とし側室を持たないと契約するはずだった。だが、紡がれた言葉には別のものがあった。
「我、アラン・ハーバードはメリーローズを王妃とし、側室を持たず、メリーローズの美しい容姿を貰い、我の容姿と交換する。」
そう、何故かメリーローズの美しい容姿を貰うと契約されたのであった。慌てた大人達が何故そんなことをと問いただせば、
「だって、可愛いメリーローズが僕みたいな平凡な容姿と婚約なんて可哀想でしょ?それにメリーローズの美しさと可愛さは僕だけのものなんだ♪」
と、無邪気に答えた。神契約は一度のみ。破棄すればアランは王太子にはなれない。更に容姿と追加されたが、すぐには変化がなかったために周りも気にすることなくなんとかなるだろうと、その場で契約を破棄することはなかった。
その話を聞いたアランは真っ青になった。アランのせいでメリーローズは魔力の半分のみならず、無理やり美しい容姿まで奪われたというのだ。そして、交換。平凡だった己と…
「ん?それではおかしくないか?!平凡なだけだろ!何故太っている!貴様がブクブク太ったからか?!」
その言葉にメリーローズは深いため息をついた。
「交換といいましたよね?私と殿下の容姿は交換されたのです。初めはわからなかったのが年々私は平凡な顔立ちになり、殿下は美しくなった。それに慢心した殿下は大好きな甘いお菓子を食べ続けましたよね?食事も偏食ですし、こってりしたものが大好き。」
「まぁ、そうだな。甘いものと味の濃いものは好きだ。野菜は嫌いだな。」
うんうん頷いてますが、それが原因ですからね。
「交換された容姿…それは神契約により毎日毎日容姿は変わりました。殿下が食べれば食べる程に私は太りましたのっ!私とて女性ですわ。平凡なだけならまだ化粧でなんとかなりますが体型は無理ですの。私が運動すればするほど殿下は筋肉をつけてたくましくなり、私は太ったまま変わらない。気がついた時に私は食べすぎなことをお伝えしましたわ!運動してほしいともお願いしました。」
そんなことがあったな~と呑気に考えていたアランだったが、徐々に内容を理解していく。
「なのに、殿下は私を嘲笑いながら「太っているのは君ではないか。僕には必要ないよ。」とか「ねぇ?醜い上デブなんて最悪だよ。痩せれば?」なんて言いましたのよ?!私の努力した物は全て殿下の容姿となって、怠惰に過ごした殿下のせいで私は年々太っていきましたのっ!全て殿下の神契約のせいなのに嘲笑われて蔑まれてるのは私。…わかりますか?私の気持ちが。なのに?殿下を愛してるから嫉妬して?ありえませんわ。」
太っていても淑女としてマナーを守り、感情を表に出すことがなかったメリーローズが悔しさと悲しさからポロポロと涙を流しながら怒り、最後には儚く消えそうに思えるほど震えながら話した。
周りの目は今までメリーローズを蔑み嘲笑っていた者達は気まずげに、そしてあるものは軽蔑する視線をアランへ。そして、憐れみと…あまりの美しさと可憐さ、そして儚さに庇護欲を誘われ恋心を芽生え始めた視線をメリーローズへ向けた。
「なっ!なんだその目は!」
ぎゅっと肉に埋もれさせながら眉間にシワをよせ、細い目を更に細め睨み付けている。もはや瞳は見えない。そして、最後にはメリーローズを睨み付けた。
「兄上。そこまでです。これ以上恥をさらさないでください。」
「なっ!ラインっ!貴様っ!私に指図するな!」
怒鳴り散らすアランを放置して、ラインはメリーローズにハンカチを渡す。
「メリーローズ。こちらをお使いください。そんなに泣かれては、美しいエメラルドの瞳がまで溶けてしまいそうです。」
「あ…ありがとうございます。」
恥ずかしげにぽっと頬を染めたメリーローズの愛らしさに、ラインも目元を染める。ラインはアラン同様に幼い時から過ごしたメリーローズの幼なじみでもあった。そして、父につれられて内密に行われた神契約を見るためにと、アランの契約時に側にいた一人でもある。もちろん母(王妃)には秘密だと言われたので伝えてはいない。王族に生まれた者として、見る機会が少ない神契約のため、今後のためにと参加させられたからだ。
事前の話になかった内容を口にし、メリーローズの美しい容姿を奪いながらも反省の色はなくニヤニヤと言わざるをえない笑みを浮かべ、独占欲による優越感にうっとりとメリーローズを見下していた兄の姿をラインは幼いながらに忘れることはなかった。その為、メリーローズの本来の美しさを知っており、更にはアランへと運動するようにと最後まで何度も口にした唯一の人物であった。陛下も初めの頃はしていたのだが聞く耳持たないアランを諦め、メリーローズへ何度も非公式にだが謝罪をしている。側室に至っては自身の息子の美しくなる姿に当時はメリーローズに謝罪…いや、感謝し、年々醜く太るメリーローズを邪険にし出した。その為、陛下からの寵愛は失われていったのだが、その事すら気にならなくなったのか己の息子が次期国王になると疑うことはなかった。メリーローズとの神契約がある限りアランは美しい息子で次期国王になることが揺らぐ事はなかったからである。だが、それは今やなくなった。
「では、兄上へ陛下よりお言葉を預かっております。アラン・ハーバードは今をもって王位継承権を剥奪。聖女マリアとの婚姻を認める。こちらがその書状です。」
そう、メリーローズを蔑ろにして聖女とはいえ平民の娘へと寵愛を示し続けたアランは、父である国王からの愛すら失ったのだ。年々我儘…いや、傲慢になる息子が無理やり奪った容姿であるにもかかわらず、仲の良い腹違いの弟(王弟)の娘を蔑ろにして、その弟からは冷たい視線を受けるようになった。王命による婚約だったので口にされることはなかったが年々弟との距離は開き、今では実務の際の義務的な会話のみ。愛する側室とその息子はメリーローズを不当に扱い、何度話をしても聞き入れない2人にほとほと愛想がつき、容姿は変われど性格は愛らしく慎ましやかで優しいメリーローズへの罪悪感は年々積み重なっていった。その為に、もし卒業パーティーでの婚約破棄をする話を、アランにつけていた影から聞いた時に本当にそうなった場合への対処をしていたのである。メリーローズへも話をし、ドレスは肌が出ないものへ。そして、本来なら下の者へは知らさない筈の神契約内容を話す許可。少しでもとメリーローズへの今後を考えてと謝罪を込めた話であった。そしてラインにも書状を持たせておいた。
「なっ!何故私が王位継承権を剥奪されればならぬっ!私が王太子だぞっ!」
「元ですがね。兄上が王太子でいられたのはメリーローズとの神契約があったからです。本来の兄上は魔力が平民並みで平凡な容姿…いや、今は実にふくよかになられてしますね。そして、側室の息子です。メリーローズなしでは王太子にすらなれないどころか魔術に頼り実技の成績のみ。そして、筆記などは学年の10位以下どころか今では下から数えた方が早いですね。そのような者に執務が出来るとお思いですか?唯一の魔術はメリーローズの魔力であり、今はありませんしね。」
「そ…そんな…メリーローズ…」
縋るようにメリーローズへと視線を向けるが、さっとラインによりメリーローズはラインの背に隠された。それを憎々しげに睨み付ける。
「兄上。神契約は一度きり。二度と結ぶことはない。お忘れですか?」
「あ…」
絶望に青ざめるアランへ更に追い討ちをかける。
「それに、既に第一王子アランと聖女マリアの婚姻は陛下による王命ですよ?」
アランの後方に視線を向けたラインに続きバッ!とアランは希望を見つけたかのようにマリアへ振り返った。
マリアはアランにバレないように逃げようと距離を開けていたのだがバレてビクリと体を揺らす。
「マリア。私にはマリアがいた。私には君だけだ。君はどんな私でも好きだと何度も言ってくれていたね。あぁ、私の愛するマリア。」
ドスドスと言わんばかりの足取りで太っている割に素早く距離を縮めてくるアランにマリアはガタガタと震え青ざめていく。
「い…いや…こないで…」
「何故だい?私の可愛い可愛いマリア。昨日も深く愛し合ったではないか。ふふふふふ。昨日の君も可愛かったよ。」
「あ…あぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
絶叫をあげ崩れ落ちるマリアを愛おしそうに抱き締めるアランは、瞳に狂気を宿している。もう、アランにはマリアしか残されていないのだから逃がす筈がない。
「兄上。聖女マリアさん。真実の愛により結ばれた婚姻おめでとうございます。」
「ふふ。婚姻おめでとうございますわ。本当に私を解放していただき感謝を申し上げます。」
ラインはアランとは髪や瞳は同じだが中性的な美青年である。そんなラインから笑顔で告げられたマリアは更に顔を白くした。そして、メリーローズは慈愛に満ちた聖母のような笑みで告げられた。
可愛らしく庇護欲を誘う容姿をしていたマリアは、今では憎悪に満ちた般若の様な形相でメリーローズを睨み付けていた。抱き締めるアランから逃れようとみっともなく手足をばたつかせ暴れながら。
「まぁ、ふふふ。真実の愛での婚約破棄…あなた方は結ばれるしかありませんのよ?このような公の場である卒業パーティーでの婚約及び神契約の破棄。何より、王命による婚姻。」
「なっ!」
「そうだね。更に付け加えれば、婚約者がいる相手を誘惑しての婚前交渉。聖女であるにもかかわらず…ね。知ってる?一度教会で聖女としての洗礼を受ければ純潔でなくては教会での保護はなしになる。洗礼を受けることにより光属性の魔術強化が行われるからだよ。それは神に捧げる愛へと変わりに受けた魔術強化。それなのに純潔を失ったらその魔術強化はなくなり聖女ではなくなる。まぁ、今は書類での手続き前だし、ギリギリ聖女扱いだけどね。明日からは只の平民だ。だが、兄上の婚約者だからね。兄上の処罰は後日別になるからどうなるかはわからないけど君は兄上の唯一の婚約者だよ?よかったね。」
「そ…そんな…」
先程の怒りは何処へいったのか再び絶望的な顔に歪めるマリア。その顔に狂ったかのようにアランが口づけを送っているかそれに構っている余裕すらない。
「安心して?聖女としての役割は、他に出来る者もいるからね。それにメリーローズは魔力を全て取り戻した。そうだね?」
「はい。魔力が全て戻りましたので、私は全属性の魔術が使えますわ。」
そう、光属性持ちはマリアだけではない。通常、貴族令嬢は光属性持ちでも簡単な回復魔法しか出来ない。光属性は魔力をかなり使うのだ。その為に平民であれば光属性持ちでも魔力が足りず回復魔法は使えない。しかも単一属性しか持たない。教会へ行き、聖女の洗礼を受けて初めて光属性の魔術を使えるのだ。その為、聖女ではなくなったマリアは、徐々に魔術が使えなくなる。体内にある今まで増幅されて貯まっていた魔力がなくなればもう魔術は使えない。
そして、この国では魔術が使えない者は平民であれども酷い目に遭う。無能と扱われるからだ。何故なら生活するのに魔術は普通に使われているからだ。魔道具もあるがそれも高価であり平民にはなかなか手にいれることは出来ない。平民達は互いに魔術を使い補い生活を支えている。その中で魔術が使えない者の末路は決まっている。その為、光属性と判明した平民は教会へ保護を求めて聖女や神官となるのである。
そう、マリアは教会の保護が無くなったことになるのだ。そうなれば、アランから逃げても下町で生きていくのも難しくなる。王命である上、逃亡し生活することすら不可能なのだ。何よりも王命に逆らえばマリアは明日からは犯罪者である。
王太子であるアランと結婚すれば王妃となり、聖女としての慎ましやかな生活から豪華で華々しい生活が出来ると思っていたマリアの誤算であった。
「そんな…ヒロインは普通ハッピーエンドでしょ?なんで?ありえないわ。こんな…こんなの…」
空虚を眺めながらブツブツと呟くマリアは、転生者であった。異世界転生とはしゃぎ目覚めた時には既に教会の聖女であり、学園入学前であった。聖女や神官も平民であれど神に仕える身として国のあり方を学ぶ教育を身に付けるための入学である。教会には貴族も訪れるので礼儀作法やマナーといった、対応するにあたり貴族の知識も必要だからである。
だが、転生者として目覚めたマリアは「聖女であるなら私ヒロインよね?!やった!この世界の乙女ゲームは知らないけど攻略対象は普通に王子や側近は定番だから、好みの攻略対象を攻略しなきゃね♪」と、目をつけたのが王太子に決まっていたアランであった。
この世界が乙女ゲームの世界ではなく、更には聖女が神に愛を捧げる者と忘れていたマリアは、一番好みの外見のアランに目をつけた。婚約者がいたが自分はヒロイン。虐めなどなくても溺愛してくるアランに、婚約者が悪役令嬢としての役割を果たさなくてもあの醜さならと安心して誘惑を続けた。始まりから間違っていた事に気がついたのはたった今である。ゲームであればバッドエンドであろう。
「乙女ゲームの世界じゃない?…あはは…あはははは…」
空虚を見つめながらボロボロと惨めに涙を流すマリアは、鼻水までも流していても気にすることなく壊れた人形のようであった。更にはそんなマリアを変わらずベタベタと触り口づけを送り続け「可愛いマリア。私の唯一。愛してるよ。君は私のものだ。」と狂気に歪む笑みで、暗い目をドロリと濁した丸々と太った醜いアランは、どう見てももう使い物になりそうにもない。それは会場にいた皆が思ったことであろう。皆更に距離をとりドン引きである。あまりの光景に倒れた令嬢は会場から運び出されるし、アラン派だった貴族は慌てて会場から抜け出し、家に報告をするようにと指示を出している。もはや、この醜聞を無かったことには出来ない状況であった。
「兄上。これ以上無様な姿を晒すのはお止めください。それに、マリアさんをそんなお姿で人目に晒すものではありませんよ。」
「あぁ、そうだな。マリアは私のものだ。私だけの聖女になったのだ。さぁ、私の部屋に行こう。誰の目にももう二度とマリアを晒さないよ。あぁ、マリア愛してるよ。さぁ、二人だけの世界で愛し合おうではないか。」
お姫様抱っこが出来なかったアランは抱き締めるようにマリアを持ち上げながら会場をドシドシと、そしてニヤニヤとさせながら去っていった。
その光景を顔色悪く見送り、静まり返った会場は微妙な空気に包まれた。皆がマリアのこの先を想像することが出来た。
「んんっ!皆の卒業パーティーがこのようなことになったことを兄上にかわり謝罪する。」
「私からも謝罪を。お騒がせしてしまい申し訳ありません。」
王族として頭を下げることは出来ないが謝罪を口にした第二王子ラインに、公爵令嬢でありながらもアランにより不遇な目に遭わされた張本人であるメリーローズからの謝罪を皆が受け入れないわけにはいかなかった。アランが王位継承権を失った今、ラインが王位継承権第一位であり、メリーローズは王位継承権第二位である。
「そして、皆には聞いて貰いたいことがある。王命により、私の婚約者は今よりメリーローズへと決まった。だが…」
そう口にしたラインはメリーローズの手取り膝をつく。
「メリーローズ。私は…いや、僕はメリーローズ、君を愛している。一目あった時から君を…君だけを愛し続けていた。兄上の婚約者だったからその想いを伝えることは出来なかった。だが、僕は君をずっと好きだ。例え姿が変わろうとも君の中身は美しいままだった。そんな君が僕は大好きだよ。僕と婚約してほしい。王命だからではなく、僕と心からの婚約をしてくれないかな?」
ラインはアランの神契約を行う時に初めてメリーローズを見た。一目惚れだったがその想いを口にすることはなく、適切な距離を保ちながらもメリーローズを支えていた。アランが執務をサボるためにメリーローズが身を削り頑張っていたのを知り、素早く国王からも許可をとり、自分の執務だけではなくメリーローズと共にアランの執務までこなしていた。国王もラインの気持ちを知ってきた為に許可を出した。その後、メリーローズの想いも気がつきながらも、神契約を破棄することはアランしか出来ないために何も出来なかったのだ。国王陛下による王命での婚約と神契約の許可を出した為に…だが、今回のことを知り、メリーローズを他の者へと逃すことも出来ない程に王家の仕事をしていたメリーローズとの婚姻の許可を出した。互いに想い合っているのならばどうか幸せになってくれと願いながら…。
「っ!もちろんですわ。私も…私もライン様が好きです。あの様な姿になろうとも変わらず接してくれたのは、家族以外ではライン様だけでした。私は…私はアラン様に恋心を抱いたことは一度もありません。政略でありながら、更には神契約による暴挙。恨みはしましたが、ライン様の近くに居られたことには感謝していましたの。私を支えてくれたのはいつもライン様でした…愛しています。」
歓喜のあまりポロリと涙を溢しながらもふわりと愛らしくも美しく朝露に濡れた蕾がたった今咲いたかのような笑顔を浮かべた。それを正面から見たラインだけではなく後方にも流れ弾はあたり「うっ!」と胸を押さえ男女共に悶えた。そして二人の婚姻を祝福する拍手が舞い上がった。
「私も愛してるよメリーローズ。」
何とか顔の赤みを押さえてちゅっと手の甲に口づけを落とし立ち上がりさっとメリーローズの腰に手を添え己に近寄せる。
「ふぇ?」
「ふふ。もう、私がメリーローズの婚約者だよ。エスコートは任せてね。」
「まぁ、ありがとうございます。」
「では、卒業パーティーの続きを行おう。さぁ、私とダンスをしてくれますか?私の愛しいメリーローズ?」
「もちろんですわ。」
そうして、一部卒業パーティーには相応しくない場面はあったが、皆それを流し卒業パーティーを楽しんだのであった。何よりも、傲慢で俺様な第一王子は王太子ではなくなり、優秀で有能だと言われていた第二王子が王位継承権第一位となったのだ。更には、見た目は醜く太っていたが王太子よりも優秀な成績を納め続けた婚約者であるメリーローズは魔力が半分であれども学園で一番の魔術師である。それが魔力を取り戻し、容姿も取り戻し美しく花咲いた。今後の国について不安に感じていた者達からすればこれ程安心することはない。二人は婚姻した。ならば、この二人は未来の国王と王妃である。
まぁ、アラン派でアランと共にメリーローズを嘲笑い貶めていた愚か者達は、真っ青な顔をしたまま卒業パーティー処ではなかったのだが。
ーーーーーーー
翌日には正式にラインとメリーローズは婚約したことが国中に伝わった。不遇を味わい続けたメリーローズを支えた王子と、愚かな王子の話と共に。聖女に関しては教会が何とか伏せるように嘆願して公にされることはなかったが、下町にもお忍びでたびたび遊びに行っていた愚かな王子とその少女を知っていた者達から噂話としては広がり教会の信頼は国民からやはり下がることへとなった。
そして、愚かな王子は王位継承権剥奪だけではなく、今までの行いや聖女に手を出したことなどがあり北の塔へと幽閉されることになった。まぁ、執務を放棄し、部屋から出なくなったことも理由ではあった。もちろん、北の塔には元聖女マリアと共に幽閉されたのだから愚かな王子からすれば喜んで向かったとの話である。
真実の愛による婚約破棄。その愛は本当だったのかを知るものは誰も居なかった。
俺様第一王子。傲慢なヤンデレ。生涯己のみの聖女を溺愛して過ごしました。北の塔へは己の聖女を人目に晒すことがないと喜んで向かった。ただ、死ぬまで痩せることはなく人の手により身なりを手入れされない塔では更に酷い容姿になっていたとか。塔へはシーツや着替え、食事のみが運ばれる最低限の扱いであったが寧ろ醜く戻った容姿を見られることを嫌い、愛する聖女を己以外が見ることを嫌い、人目につかない生活を好んでいた。
聖女。転生者で乙女ゲームと勘違いして王子を攻略。そして、北の塔による監禁バッドエンド?いや、真実の愛を手にいれ婚約者になれたのだからパッピーエンドなのかな?ただ、卒業パーティー以降、元聖女を見たものは一人もいない。幸せだったのかは不明。ただ、北の塔へ行く時にはアランにより手枷足枷が準備されていたとかいなかったとか…。
公爵令嬢。神契約により魔力と容姿の美しさを失ったが家族からは愛され、第二王子に支えられていたため心が壊れることなく立派な淑女に成長した。見た目も婚約破棄以降美しさを取り戻し、ラインとはその後婚、そして結婚。甘い甘~い溺愛コースであった。不遇からのハッピーエンド。
第二王子。公爵令嬢に一目惚れするも既に兄の婚約者であった為に想いを隠しながらも不遇を受ける公爵令嬢を支えようと奮闘し続けた。そして、兄と公爵令嬢との卒業パーティーでの婚約破棄を事前に知り、国王と話し合う。そして、公爵令嬢と婚姻することとなった。今まで我慢していた反動からか愛する令嬢を溺愛。国王となった後も側室を娶ることなく王妃のみを溺愛して子沢山な幸せな生活を手にいれた。