2.最大のピンチ
「ルーラジオ教授! お待ちください。どうして僕だけが落第点なのですか? レポートならきちんと期限内に提出したではありませんか!」
クレールは学内の廊下を歩いていた腰まである長い白髪頭でひげも同じく真っ白に長く生やした黒いマントを羽織った郷土学を専門に教えているルーラジオ教授に詰め寄った。
この教授の郷土学専門一学年はこの科目が必修科目だった。この科目を落とすということは二学年には進級できないばかりか、特待生の資格もはく奪されることになるのだ。そうなると生きる場所が無くなってしまうのだ。
(くそ~!今更一年で家になんか戻れるか!)
クレールはつい先ほど、学内の掲示板に張り出された郷土学の落第点者が記載された紙の中に自分の名前があるのを知って目の前が真っ白になってしまった。慌てて、ルーラジオ教授がいる研究棟に向かう途中、廊下でばったりと鉢合わせしたのだ。
(冗談じゃない、こんなことで僕が負け組になるのはまっぴらだ。授業免除が取り消されたらこの学園にいられなくなる。まだ駄目だ。ここをでてフォルレアン家に戻ってら、前世と同じような汚い者でも見るかのようなあの目をされて、一生みじめに生きなきゃいけなくなるに違いない。僕はまだ無力なんだ!)
クレールはこぶしを握り締めながらルーラジオ教授の背中を睨みつけた。
ルーラジオ教授は分厚い本を重そうに持ち直しながらゆっくりと振り向きクレールの方に向き直ると、じっとクレールの顔を見つめながら答えた。
「クレール・ドルラン君、わしの目は節穴ではないぞ、この学園で何年教授をしておると思っておるのだ。自慢ではないが生徒が必死で調べまとめあげたレポートはすべてわしの頭の中に入っておる。確かにお前さんのレポートは読ませてもらった。うまくまとめておる。学年で一番の仕上がりであろうな」
「でしたら、どうして僕が落第点なのですか? 理由を教えてください」
クレールはまったく納得がいかないといった様子でさらにルーラジオ教授に詰め寄った。ルーラジオ教授は大きなため息を一つ付くと、持っていた本を一つ取り出し、パラパラとめくり出し、その本の真ん中辺りのページを読み出した。
「人間との関りと郷土における関わりについて変身学の観点から…本書は動物的生態と人間学的生態を兼ね合わした共通の生態恋脳を持つ特有の種族の生態のついては未だに未知なる分野ではあるが、今年の研究で少しずつではあるが解明されつつある。それに伴い、様々な場所で行われている人間がおこなう祭との相互関係が研究の対象となる」
ルーラジオ教授の読み上げた言葉を聞いて、クレールの顔が急に引きつり始めた。
「この文章に聞き覚えがあろう。君が提出したレポートは様々な本のあちこちから抜粋してまとめただけのものであろう」
クレールは内心焦りながらもさらに言い返した。
「それがどうしていけないのですか。僕はこの一年学園中のあらゆる書籍を読んで、僕なりの考えも入れて変身種族と人間との関りについてのことをテーマに研究したんです。本を丸写ししたわけではありません。確かに祭には実際には行っていませんが、それ以上の研究はしました」
「クレール・ドルラン君、お前さんの勉学意欲を否定しておるわけではないが、本の中だけでは真実は何も見えてはこないのだよ。この学園に入学した時、最初に生徒諸君に言ったはずだぞ。この一年は本に書かれたものだけではなく、自らの目と耳と心で感じたことを自分の研究のテーマとして学んでみなさいとな。お前さん以外の者は、少なからず自ら現地に赴き様々な経験をし、疑問に感じたことを自らの足で調べ、本を参考にしてまとめてある。現物だけを提出した者もおるがわしはそれでも合格点をだしておる。だが、お前さんはどうだね、この一年、この学園から一歩もでなかったのではないかの、自ら現地に赴き調査もせず、本の中からのみの知識しか得ておらぬ。それは本当の習得とはいえぬのじゃよ。わしは最終レポートの内容はこう指定したはずじゃ。人間が開催する郷土の祭に自ら現地に赴き、人間と共に祭に参加した際の感想をレポートに記載して提出するか、祭で得た何かを提出することとするとな」
ルーラジオ教授の言葉にクレールは返す言葉に詰まってしまい下を向いてしまった。そんなクレールをしばらく見ていたルーラジオ教授はポケットから時計を取り出しクレールに言った。
「クレール・ドルラン君、お前さんはまだ、変化を経験したことはなかったの」
「はい、ですが僕は…」
クレールは自分は変化できないかも知れないとは言い出せず途中で口ごもった。それを見透かすかのようにルーラジオ教授が本の間に挟まっている新聞記事をクレールに差し出した。
「よろしい、ではクレール・ドルラン君、君に最後のチャンスを与えてあげよう。そこの右下の記事には、ちょうどあさってシールージアの砂丘の蒼の塔のダンジョンにて奇跡を与えるとされている真実の石を探し出すイベントが開催される。見事真実の石を持ち帰ることができたなら二学年の進級と最高得点をあげようではないか。一人で参加するもよし、友人を誘うのもよし、まあ頑張りたまえ」
「最高得点…それはありがたいですが、しかしその課題はあまりにも可能性がゼロに近いですよね。そもそもシールージア砂丘の地下にある蒼の塔のダンジョンの祭といえば、この学園の最終学年の優秀な学生の人達が毎回チャレンジしていると聞いたことがありますが、過去の卒業生の中では一組しか成功したことがないと聞いたことがあります。毎年多くの冒険者たちがチャレンジしても成功しない年もあるほど攻略が難しいダンジョンですよね」
「おや、さすが学年一の秀才だけのことはあるの。よく知っているな。その通りじゃ、何、我が学園創設500年の長きに渡る歴史の中でホプネスの真実の石を持ち返ったのはゼロではない。わしも鬼ではない、安心したであろう。わしは誰にもできない課題は出してはおらぬぞ。少なくとも一組は成功した者たちがおるのじゃからの。それにダンジョンの中は太陽の光は差し込まぬ、君も安心して冒険にチャレンジできるぞ。どうじゃ、まだ、変身を経験しておらぬお前さんには無理な課題じゃったかの? できないのであればあきらめてもう一年この一学年塔で学びなおすのじゃな。一度落第点をとった者に最高得点を与えなおす栄誉を授けるにはそれぐらいの偉業を見せてもらわねば他の教授にも説得が難しいのでな。幸い落第するかしないかの最終判定会議にはまだ十日ある。まっ進級したいのであれば頑張るしかあるまいな」
ルーラジオ教授はそれだけ言うとくるりと向きを変えて笑いながらクレールから離れて行った。
「やっ、やってやろうじゃないか! 僕は出来損ないじゃない! 見てろ! 必ずホプネスの真実の石を持って帰ってきてやる!」
クレールは手をギュッと握りしめルーラジオ教授の背中を再び睨みつけた。
「ルーラジオ先生! 確かに約束しましたからね。僕がホプネスの真実の石を持ち帰ったら二学年塔への進級を認めてください!」
クレールはすでに廊下の突き当たりを曲がろうとしていたルーラジオ教授に向かって叫んだ。ルーラジオ教授はクレールの言葉に振り向かず右手を上げて笑いながら大きく何度も頷きながら曲がって行った。クレールはそんな教授の消えた廊下の突き当たりを睨みつけた。
「見てろ! 僕だってその気になればできるってことをみせてやる! 僕はできそこないじゃない!」