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25、彼方

 


 某日。

 今日もまた、二人は都内の『鏡界迷宮』を訪れていた。

 いつものように支度をして中へ……という寸前、どこからともなく声が掛かる。


「……おや? そこに居るのは神奈木の娘じゃないかぁ?」


 ねちっこい、粘度の高い男の声。

 ビクリと那月の肩が僅かに跳ね、表情が強ばったのを誠は見逃さない。

 一瞬だけ足を止めた那月の手を引いて『鏡界迷宮』へ入ろうとしたが、


「おいおい逃げるのかよ。つまらないなぁ。所詮は大罪人の娘って訳かよ」


 明らかな挑発。

 けれど、那月は無視できない。


 パッと踵を返して振り向き、不届き者の顔を見据え黒い感情が奥底から染み出した。

 貴公子然とした風貌の青年を筆頭に、取り巻きの男が数人ほど那月を笑っている。


 短い金髪、腰に下げたブロードソードは見るからに高級品。

 見てくれは貴族のようにも思えるが、如何せん愉悦に歪んだ顔が全てを台無しにしていた。


「……貴方は、彼方(おちかた)の」

「流石にそれくらいは知っているか。そう! 僕こそ彼方の一人息子、彼方(けい)――正真正銘、凡百の人間とは比べ物にならない高貴な血の流れる者だよ」


 一切恥じることなく、慧は大仰な仕草を交えて大衆の前で名乗り出た。

 ただならぬ気配を感じて集まる視線。

 居心地の悪い空気に自然と緊張する。


「いやー、暇潰しに『鏡界迷宮』に来たけど、こっちの方が余程面白い。そうだ! 一つ聞いてみたかったんだ。親の死刑を待つ気分ってどう?」

「……っ、貴方には関係のないことです」

「僕に関係ない? それこそ馬鹿じゃないか。彼方は知っての通り魔術師の名家。君たち出来損ないが犯した罪で僕達の格式まで下がってしまったらどう責任を取るつもりなんだい? あっ、だから君の親は死刑になるのか!」


 慧はせせら笑い、取り巻きもそれに続いて頷いたり笑うばかり。

 周囲の人は余計な事に巻き込まれないように、遠巻きに様子を窺うだけ。


 片方は最近の世間的には悪評が目立つ神奈木であり、もう片方も魔術師の名家である彼方。

 関わったところでどうにもならず、最悪の場合は身に覚えのない罪を擦り付けられる恐れもあった。


 魔術師の名家は政界や警察などともコネクションを持っていることが多い。

 彼らの存在は多大な利益を齎す一方で、一般人にとっては敵対したくない相手。

 真正面からやり合えるのは、それこそ同じ名家の者くらいだ。


 神奈木も本来は魔術師の名家として知られてはいるが、今は情勢が悪い。

 落ち目の神奈木と彼方ではパワーバランスが傾いているのは一目瞭然だった。


「君は魔術学院を休学していると聞いて何をしているのかと思えば……考えてみれば当然だけど探索者をやっていたとはね。しかも隣の貧相な男と組んで。その身体で籠絡したのかい?」

「貴方ッ! どこまで人を下に見れば気が済むんですか。私のことをどうこう言うのは構いません。でも――大切な人を侮蔑されるのは我慢なりません」


 那月は身に余る激情を必死に堪えて理性を保ちながら、気丈に慧へ言葉を吐く。

 紺碧の双眸は鋭く、剣呑な光が宿っていた。

 今にでも細剣に手をかけておかしくない殺気を放つ那月を前に、慧は飄々とした態度を崩さない。


 余裕なのか、或いは気づけない程の馬鹿なのか。

 どちらにせよ大物であることに変わりない。


「侮蔑? 酷いなぁ。僕はそんなつもりはないんだよ? むしろ高貴な存在の僕に認知して貰っているだけ咽び泣いて喜ぶべきさ。特に隣にいる男はね」


 慧の矛先が誠へ向く。

 品定めするかのような視線がつま先から頭の頂点までを舐め上げた。


「酷い悪人面だね。装備もボロいし、何より品がない。鉈なんて野蛮人の武器だ」


 好き勝手につらつらと批評を続ける慧に、誠は呆れを隠すことなく肩を竦めてため息を吐く。


「あのなぁ、クソガキ。人を見た目で判断するなって学校で習わなかったか?」

「誰にものを言ってる、下民。身の程を弁えたらどうだ? 所詮は罪人の娘といる愚か者か」

「身の程? 少なくともピーピー鳴いてるだけのお前よりは弁えてるつもりだ」


 上から目線をやめない慧に対して、誠も一歩たりとも引くことは無い。

 身の程なんて、異世界で死ぬほど理解させられた。

 自分は弱者だ。

 圧倒的な強者の足元にも及ばず、無策に立ち向かえば忽ち蹂躙されるだけの弱者。


 しかし、だからこそ。


 弱者は強者を下す牙を磨くのだ。


「――不快だ。おい、あの男を黙らせろ」


 顎で指示を出すと覆面の小柄な人が誠の前に出て、いきなり拳を振り下ろした。

 途端に湧く悲鳴。

 あっ、と漏れた那月の声。

 ニヤリと歪んだ慧の口の端。


 ――パシンッ! と打ち合う破裂音。


「軽いし遅い。よくそんな拳が当たると思ったな。探索者舐めてんの?」


 平然と片手で拳を掴み取っていた。

 どれどけ覆面が力を込めてもビクともしない。


「おいっ、何を手加減している! さっさとそいつの顔面を殴り飛ばせ!」


 慧の命令で焦ったように左拳が飛んでくるも、目線と筋肉の収縮で予測はついていた。

 半身で迫り拳を躱して、掴んでいた手を引いて腰を使って覆面の身体を浮かし――


「――正当防衛だ。恨むなよっ!」


 背負い投げられた覆面の背を重い衝撃が襲い、かはっと浅く息が押し出され苦しげに呻いた。


「……おい、下民。僕の駒に手を出したな?」

「先に手を出したのはそっちだろ。俺は降り掛かる火の粉を払っただけだ」

「そんなの僕は許可した覚えはない。下民、覚えておけよ。――興が削がれた、帰るぞ。その使えないゴミは捨てていく。目障りだ」


 ふんっ、と鼻を鳴らして引き返していく慧たちを追いはしない。

 しばしの後、周囲から拍手喝采が巻き起こった。


「よく言ってくれた!」「兄ちゃん強えな!」「早乙女さんに模擬戦で勝った奴じゃないか!」


 彼らの声を聞く限り、どうやら慧の横暴な態度には辟易としていたらしい。

 それを真っ向から否定して負け惜しみの台詞まで吐かせたとなれば、誰かなんて考えるまでもなく賞賛を送りたいと思うのだろう。


「誠さんっ、怪我は」

「俺は大丈夫だ。それより……」


 気にしていたのは先程投げ飛ばした覆面の人物。

 まるでピクリとも動かないのだ。

 致命傷にならないよう細心の注意を払ってはいたが、これは全くの想定外。


 流石にヤバいと感じて那月に救急車を呼んでもらい、誠は安否を確かめるため覆面を脱がせる。

 露わになる素顔。


「……女?」


 明らかに男とは違うシャープで柔らかな輪郭に、冷や汗を浮かべながら呟いた。



次回 9/19 0800頃


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