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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
9/83

同情と密約

 職員室への直通(とびら)が乱暴に開かれる。

 現れたのは、パリッとしたカッターシャツにスラックスを身に付けた、二十代

(なか)ばの青年。

 若さと野心に見合ったその髪は、太い芯とハリに恵まれ、大地に繁茂する(くさむら)のように、ゆるくを描いて重力に逆らう。

 そのくせ、身体は細身で容姿は童顔。

 (いか)つい所はまるでなく、大学新卒の社会人しゃかいじん風味を遺憾なく発散している。

 男の強引な登場に、五部(いつつべ)学長は、()(づら)だけは驚かせて応対する。


「おや、()()先生ですか? 一体どうしたのですか、そんなに大声を出して」


 若くして教頭の地位という不自然な男・時村(ときむら)守人(もりひと)が、不吉な笑みで理由を語る。


「フッフッフッ……。なぁに、校舎の案内なら俺に任せて下さい。なにせ俺も、この忍ヶ丘の外から来た人間だし、説明や疑問点なら、お互い、気が合って分かりやすいんじゃないかと思いましてね」


 明らかに取って付けたようなぶんだが、表立って否定する根拠は見当たらない。

 ホワホワかん漂うこと日常的な綾平担任が、時村の主張にあいなく共感した。


「なるほど~。それに、教頭先生の自己紹介もまだですし、ちょうど良い機会ですね♪」


 五部(いつつべ)学長はしばし黙り込むが、やがて平静をよそおって渋々と同意した。


「そうですか……。なら、藤森さんの案内は、時村先生に任せるとしましょう」


「うっしゃあ!」


 時村は軽率にもガッツポーズを決めると、イチカの前へと、片手を爽やかに差し出す。


「っつー(わけ)だから、よろしくな。俺の名前は時村守人(ときむらもりひと)。なにかあったら、頼りにしてくれよ」


 握手を交わすイチカの態度からは、(ふさ)ぎ込んだ様子が()()()()と感じられる。

 しかも、自分の名字が『藤()』である事を原因に、語呂(ごろ)を間違えて名前を記憶する。


「はあ……。よろしくお願いします、時()先生」


 時村は、イチカの間違いに軽く()()()()()と、(ひたい)をかいて訂正する。


「ぬあっとと……。俺は時村ときむらだっつーの。……ったく、調子狂うなぁ」


 やがて、ゲンナリとした空気で握手を済ませた時村は、イチカを連れて学園長室を離れた。

 そうして二人が立ち去ると、綾平担任が、ひた隠しにしていた感情を露わにする。


「藤森さん、やっぱり落ち込んでましたね……」


 すべては、相手の気持ちに気付いたうえでの、無神経な演技(フリ)だった。

 こんな騙し討ちみたいな方法で、他人(ひと)の人生がひらける訳がない。

 イチカの高校生活は台無しである。

 それでも五部(いつつべ)()(さい)は、学園長の責務に従い、イチカに忍術修業を強要させる道を選んだ。


運命選定法(うんめいせんていほう)……。はたして藤森さんの何が、この街へと呼び寄せる要因となったのやら」


 運命選定法(うんめいせんていほう)

 一見(いっけん)、無作為に思えるその儀式は、イチカの母が知る以上の手続きを(よう)し、卜占(ぼくせん)(占い)の流れを継承している。

 決して、無為むい()(よう)の選出方法などではない。

 そのような事情で選ばれた生徒なら、こちらから勧誘してまで入学させる必要はなかった。

 しかし、学園長である五部(いつつべ)()(さい)ですら、今回の決定には真意が読み取れなかった。

 迷える視線を、窓の外へと移す。

 空には、一塊の白雲(はくうん)が流れていた。

 流れゆく雲は自在にその姿を変えるが、どこへ向かい流離(さすら)うのかは、自分では分からない。

 直線でえがき切る絵画がないのと同じように、右に左に翻弄されて、すべてが終わった時に、(おのれ)が何者であるかを初めて知るのだ。

 イチカの身の上もまた、いまだ(くう)を流れる(ひと)()れの雲塊も同じであった……。



 時村教頭の後ろに続き、三階から順々に校内の説明を受けるイチカだが、(しぼ)んだ心とのう渦巻く頭には、その内容は、まるで意味を伴って聞こえてこなかった。

 階段を下り、一年臨組(りんぐみ)の前で足を止めた時村教頭が、教室並びの()()()に移る。


「以上で分かったと思うが、一般授業の教室のほかに、一階には購買部、二階には職員室が配置されてるんだ。あと校舎北側は、どの階も実習系の教室が…………」


 つらつらと案内箇所を振り返ってゆくあいだも、イチカは無言を保っている。

 見るからに落ち込んだ様子のイチカに気付いて、時村教頭はニヤけた顔を近付けた。


「ハハ~ン。さては()(まえ)、『これから私、こんな学校に通うのか……』って落ち込んでるんだろ」


 見事に図星を()されたイチカは、あせあせと表情を入れ替える。


「そ、そんな事ありません! ただちょっと、さっきからボーッとしてただけで……」


「隠すな隠すな。正直に言っちまえって。学園長室で言った通り、俺も忍ヶ丘の外から来た人間なんだぜ? ここが普通じゃないって事くらい、よぅく分かってるっての」


 爽やかな演技(フリ)をして、こちらを試してるのかも知れない。

 そう思うと、あとが恐くて素直になれない。

 疑心暗鬼に駆られるイチカに、時村教頭は後頭部を(さす)って告白する。


「まっ、どうせ学園のみんなには知られちまってるし、隠してても、すぐにバレるから言っちまうけどよ。俺って(じつ)は中央政府……、つまり、日本政府のまわものなんだ」


「日本国政府のまわもの……?」


 イチカが怪訝な表情で呟くと、時村は悪びれもせず、不敵な笑みで話を続ける。


「そっ♪ それで()()を持ってるモンだから、教頭に就任してるんだ。()(りつ)である以上、一応、この学園も政府の支援を受けてるから、俺みたいな監視役が必要なんだよ」


 忍びの次は、自称スパイの登場である。

 相手が忍者の敵であっても、自分の味方とは限らない。

 次から次へと不審者が現れる展開に、イチカは一層、用心深くなる。


「そんな事をわざわざ私に明かして、先生は何を企んでるんですか?」


 相手の警戒心を察知して、時村教頭は呆れた空気でこしに手を当てる。


「にっぶいなぁ……。お互い協力しようって言ってるんだよ。俺としては、忍術学園なんて危なっかしい学校は潰して、最新機器を取り入れたハイテク学校にしようって決めてんだ。生徒が一人ひとり辞め、二人ふたり辞め、ついでに世間に色々と吹聴してくれると、少しはそのみちも近付くって寸法だよ」


 退学を示唆(しさ)する内容を聞いて、イチカの顔が一気に輝きを取り戻す。


「まさか、私が学校を辞めるのを支援してくれるんですか!?」


「そりゃ勿論だ。言っとくけど、辞めさせるだけなんて、ケチなこと言う積もりはないぜ。ちゃ~んと元の高校に戻るなり、別の学校に転校させるなり、最後まで面倒めんどう見てやるよ」


「て、転校…………」


 自然と涙が(ほほ)を伝う。

 思えばこの一ヶ月間、悲劇の連続だった。

 突然の転校に始まり、身内全員にも見放され、いざ校内に入れば、クラスメイトに逆さ吊りにされる。

 学校説明ともなると、聞けば聞くほど物騒な内容ばかりで、()()は退学不可能である。

 イチカは泣き顔をつくろいもせず、時村の手をガッチリ握って、感謝の気持ちを伝える。


「ありがとうございます。私、その提案に全力で乗っかります!」


「おいおい、なにも泣く事はないだろ、泣く事は……」


 イチカは時折(ときおり)しゃくり上げながらも、ポツリポツリと胸の内を明かしてゆく。


「だって……。一生懸命に頑張って受かった学校を辞めさせられて。しかも、忍者好きだからって、考えた事もないみちを選ばされて、もう辞められないだなんて……」


 両手で涙を(ぬぐ)う不憫な光景に、時村は思わず目頭(めがしら)を熱くさせる。

 下心はあっても、このままくちもるのは、自分も彼女を突き放してるみたいで

残酷だ。

 時村は強引に、慰めの言葉を絞りだす。


「まぁ、そりゃそうだろうなぁ……。いくら好きな(モン)でも、他人に強制されたんじゃ興味が失せるし、普通の女子高生には、忍術修業なんて過酷だからな」


(一応、俺の(かよ)ってる職場なんだけどなぁ……)

 余計な一言は飲み込んで、時村教頭が話をまとめる。


「うっし、それなら取引は成立だな! 俺が中央政府の役人として、『無試験合格は不公平だ~!』って騒げば、さすがの学園長といえど、入学審査くらいはするだろう」


「そっか! それで特別試験を課せられたさい、わざと落ちれば良いって事ですよね♪」


「飲み込みが早くて助かるぜ。試験っていっても、今から新しく作るわけにも行かないし……。今度の学期末にある、進級試験とセットでどうだ?」


 学校方針に国の意向が何処(どこ)まで介入できるかは知らないが、一般的な力関係は、()()高校よりも()()権力の方が上だ。

 そこへさらに本人の意志が加われば、計画成功は(かた)い。

 ハア……とイチカは全身で(あん)()し、両手の指を頭上で(から)めて背筋を伸ばす。


「ようやく肩の荷が下りました……。(よう)は次の試験に落ちさえすれば、私は元の

生活に戻れるんですね?」


 てっきり肯定されると思いきや、計画首謀者(しゅぼうしゃ)の時村は、真顔でイチカに警告する。


「いいや、気を抜くのはまだ早い。今から試験前日(ぜんじつ)まで不登校なんか続けて、学園長に(にら)まれでもしてみろ。俺達の密約なんて、どうしたって簡単にバレるんだ。

悪質な反対行動のばつで、俺が教頭を辞めさせられちまう。そうなったらもう、誰もお前を助けちゃくれないんだぞ。一応、授業は真剣に受けておけよ」


「えーっ!! じゃあ私、これから皆勤賞を取る勢いで、忍術修業を受けなきゃいけないんですかぁ!?」


 イチカが気後れに後退(あとじさ)ると、時村は気難しい表情で腕組みをする。


「次の試験までは、大体、あと一ヶ月半はある。それまで訓練は勿論、この()()()()街で、生き抜かなくちゃいけないんだからな。武器は()造刀(ぞうとう)だし、殺しや重傷は御法度でも、自分で事故じこったらその限りじゃない。まっ、注意するんだぜ」


「私、本当にこの学校を、無事に辞められるんでしょうか……」


 ゲンナリと肩を落とすイチカに、()(にん)(ごと)(はかりごと)の中間で、時村が気安く元気付ける。


「そんなにクヨクヨすんなって。一ヶ月半なんて、あっと言う間だよ。あっと言う間……」


 裏取引も終わり、道案内も済んだ所で、時村はようやく教育者らしい一面を見せる。


「おっと、言い忘れてた……。保健室は、この廊下を反対側にまっすぐ歩いて、行き止まりの手前にあるからな。ちゃんと身体測定を受けて、怪我しないよう、専用の忍者服を仕立ててもらうんだぞ」


 人助けの名目にも関わらず、時村ときむらは自分の野望達成を夢見て、足取り軽く去ってゆく。

 忍術修業は()けられなかったが、本来の生活に戻るには、これで一歩前進だ。

 イチカは、教頭の背中に頭を軽く下げると、小さな声で名前をちがえる。


「時()先生、ありがとうございます」


 しつこいようだが、彼の名前は時()守人である。

時村教頭は、じつは第1巻のキーパーソンの1人です。

彼の暗躍が、イチカにどのような影響を与えるのか考えながら読むと、後々(あとあと)、感慨深いものを感じられます。

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