そして彼女は願いを叫ぶ
ちょうどその時、動く光の正体が、懐中電灯を片手に体育館の扉を思いきり開く。
「ちょ~っと待ったぁ~! 俺にも一言喋らせろ!!」
喜びと安堵を全てぶち壊す勢いで、生徒以外の居残り人物、時村教頭が姿を現した。
すると、物怖じしない性格の華隠が、あからさまに嫌悪の色を顔に示す。
「うげっ! アレに見えるは、忍者嫌いの時村教頭……。しかも、『ちょっと待ったコール』とは何と古い。あちし等が生まれる前のネタだわさ」
「ええい、深夜バラエティの話はどうでも好い! それよりこの様子じゃ、『全員合格おめでとう』な空気みたいだな!!」
嫌味を口にしながら、肩を怒らせてズンズン進み寄る時村教頭に、教師一同はポカンと呆れて流し、生徒達は皆一様に、関わりたくないなぁ……と敬遠の空気で口を閉ざす。
やがて、時村教頭が二列横隊の隙間を裂いて目の前にくると、イチカは律儀に御辞儀して、拒絶の意思を示した。
「あっ、教頭先生……。その節は、大変御世話になりました。先生のヒントの御蔭で、私、試験を無事に乗り切ることが出来ました。ですから、あの退学って約束はナシの方向でお願いします」
すると時村教頭は、口角をヒクヒクと痙攣させて、心中、煮えくり返った感情を必死に抑える。
「ほほぅ……、ナシの方向だぁ? それじゃあ、俺との熱い熱い友情は放っといて、これからも、『非』生産的な忍びライフを送っていこうってんだな!」
据わった瞳に、粘着質な語り口。
遠回しだが、脅迫が目的なのは明らかだ。
イラッと来たイチカは、教頭相手にメンチを切ると、プイッと不機嫌な顔を背けた。
「なんですか、俺との熱い友情って! 私の友情の多くは、希更ちゃんに注がれてるんです。先生に向けた憶えなんてありません!」
希更もイチカの腕に飛び付き、仲の良さをアピールする。
「藤森さんは私と試験に合格したんですから、これからもずっと、みんなと一緒に忍びの訓練を続けるんです!」
「へえぇぇ、これからも……? ハッ、別に好いさ! どうせチャンスは、今回限りじゃないんだ。俺は何度だって、この学園のハイテク化に挑戦してやる!!」
真正面から卑屈な決意を浴びたイチカは、不快感を一層強める。
「うわっ、大人の汚い欲望を隠そうともしない。これが昨今の公務員の実態ですか……」
「だ~まらっしゃい。世間の心配なんかより、ちったぁ自分の心配をしろ!」
イチカの進退を仄めかす発言を聞いて、壇上の五部学長が硬直から解ける。
「おや? 教頭先生には、なにやら藤森さんの処遇に異議があるようですね」
「そりゃあもう、不満がありますとも。大きな大きな不満が、教頭の立場としてねっ!」
時村が血気盛んに言い放つと、正面のイチカも、胸を張って対抗する。
「なんです、その不満っていうのは。言ってみて下さい!」
「おおっ、イチカが教頭相手に凄んでる! 行けっ、イチカ。今日こそ、そのボンクラ教師に、引導を渡してやるだわさ!」
「藤森さん、頑張って!」
何の引導か、そしてどう頑張るかは定かでは無いが、華隠と希更の口から声援が飛んだ。
時村教頭は孤立無援の状況にも怯まず、雷鳴を背景に、衝撃の一言をぶちかます!
『お前、校舎の窓ガラス、割っただろう!!!!』
否定も拒絶も不可能な追及を喰らって、イチカはモアイ像のような造形で固まった。
「へっ…………?」
「しらばっくれても無駄だぞ! あのなぁ、お前知ってんのか? ウチの学校の窓ガラスはなぁ、一般家庭のソレよりも、ずっと高いんだからな。飛散防止とか、振動耐性とか、癒着業者からの費用水増しとかぁ!!」
「ちょっ、ちょ~っと待って下さい! 最後のは私と関係ありませんし、多少の
被害は仕方ないって話じゃなかったんですか? そうですよねぇ、学園長先生?」
同意を求められた五部学長だが、首も動かさず、『はて?』と言った感じで当惑する。
「高札には、『減点対象からは外す』と掲載しましたが、無償と書いた憶えはありませんよ」
「ええぇーっ!! 許してくれるんじゃないんですかぁ!?」
イチカの懇願を、時村が切実な理由を挙げて却下する。
「当ったり前だろう! 爆発・燃焼が日常茶飯事のこの学園はなぁ、保険がまったく効かないんだからな? いったいコレまでの修理に、どんだけ国の補助金が使われたと思ってんだ!」
止めに時村教頭が、有らん限りの声で実情を叫ぶ。
『だから忍者学校なんか潰して、ハイテク化しようって意見が出てるんじゃねぇか~!!』
時村が全力で暴露したのを、嫌悪感から、イチカが全力で吐き捨てる。
「聞きたくなかった……。そんなしょうもない真実!!」
すると時村は、小悪党みたいな動作で腕を振って、乱暴に床を踏み鳴らす。
「うるせぇい。ガラス代弁償しろ、弁償! さもなくば、料金分の後片付けだ!」
「ええぇぇ! この跡を全部ですかぁ? だって私、遊具とかを使った御蔭で、
試験に合格できたんですよ。それに、壊したり汚したのって、ほとんどは華隠さんの仕業じゃないですかぁ!」
すると、傍観者を気取る華隠は、二人と顔を合わせようともせず、腕組みをして、イチカの未来を染み染みと想像する。
「罰掃除のうえに、忍びの才能はゼロ……。所詮はイチカの退学も、時間の問題だっただわさか」
「他人事みたいに言わないで下さい!」
すると時村は、意外にも、イチカの抗議に顔を歪めて同意する。
「もちろん、藤森の言う通りだ。火災は免れたものの、燃焼剤の煤汚れに、近隣
住民からの相次ぐ苦情。だ~れが対応すると思ってんだ?」
「ぬおっ。あちしに被害が拡大してる!?」
「なにが拡大だ! むしろ正当な要求だっつ~の。罰として、このあと藤森と焰薙『達』のペアは清掃作業だからな」
個別にペアを指定されて、理乃と希更が不平を唱える。
「ちょっと待ってよ。華隠のペアって事は、ボクも? ボク、野球ネットしか傷付けてないよ?」
「という事は、私も藤森さんと同罪なの? 私なんて、なにも破壊してないのに!?」
こちらの二人に関しては同情的なのか、時村は多少、語気を緩めて指導する。
「気持ちは分かるけど、素直に諦めろ……。技術点をペアで分ける以上、損害分もキッチリ分け合う。二人一組の鉄則だろ?」
いつの間にか、イチカと時村を中心に、人集りの輪が形成されていた。
その一方で、あきえと愛里のペアはその集まりには加わらず、舞台のすぐ下で人差し指をこめかみに当てて、ゲンナリとした空気で我が身を振り返った。
「あっちゃ~。時村教頭が正論を言ってるよ。アタシ、愛里と一緒でホント良かった……」
その愛里は、眼鏡のレンズを真っ白に曇らせて、教頭の動きを分析する。
「道理で結果発表の時に居なかった訳ね……。きっと、被害状況を確認してたんだわ」
するとその声に、輪の内側に立つ獅堂このえが、アッサリと共感した。
「まぁ、先生のおっしゃる事はもっともです。藤森さんも、それで済めば安いもの……と諦めるべきですわね」
委員長の愛里に続いて、副委員長のこのえですら、時村の意見に賛成である。
だが、決闘共謀者の時村としては、このえの澄ました態度が気に入らない。
損害報告書をペラリと捲って、ふて腐れた視線を間近の列へと向ける。
「それと、この際だから聞くけどな、獅堂……。せっかく俺が藤森との対決をお膳立てしてやったのに、清々しく負けちまったアレ、いったい何だったんだ?」
凍て付く声で理由を聞かれて、このえの背筋がギクリと反り返る。
「えっ、そんな!? 私は、絶対に勝つとまでは約束してませんけれど……」
「適当なこと抜かすな! 勝算なしに決闘するヤツが何処に居るんだよ……。大体、お前にも苦情が来てるんだからな。あの獅堂家の御令嬢が、蒼く光って浮いてるってな。しかも素っ裸で!!」
「「素っ裸で!?」」
その場の誰もが、恐るべき痴態を想像して、イチカを除く臨組全員の顔に戦慄が走る。
すると、周囲の動揺を瞬時に感じ取ったこのえは、口元をアワアワと波立たせる。
「り、り、り、輪郭だけです、輪郭! それに、先生方がうまく説明して下さってます!!」
間髪入れず、時村の怒鳴り声が、体育館の空気を叩いた。
「出来るかっ!! お前たちの秘密特訓とやらで、こっちは完全に未知の情報だっつーの。御蔭でついさっき、学園に獅堂家からフクロウ便が届いた。娘に少し用事があるから、しばらく学園に置いておけってな」
「父から……!」
顔面蒼白で狼狽えるこのえ。
彼女の父、獅堂靭といえば、抜け忍・罪忍の懲罰部隊を指揮する忍び頭である。
その父が、この機に『用事』があると言うのだから、娘の苦労を一言犒ってやろうというのではない。
なにかしらの『仕置き』に来るつもりなのだ。
獅堂このえも、これには観念した…………と見せ掛けて、フッと軽やかに微笑み、抜け目なく共犯者を煽動する。
「皆さん、試験はこれにて御終いです。解散ですわ!!」
「承知!」 & 「合っ点!」 & 「了!」
「あっ、待て! 獅堂、水野、焰薙に柳沼っ!」
このえに続き、希更、華隠、理乃の止める間もない脱走に、時村が情けない声を上げる。
「五部学長、なんとかしてくれぇぇ……。後始末をせずにいると、下手したら街の外から、政治問題だとかテロとかでうるさいんだからさぁ」
さすがの五部学長も、世論相手には勝手が違うのか、決断に時間を要さなかった。
「ふむ、仕方ありませんね……。臥龍先生、試験終了の号令をお願いします」
ウム……、と仁斎は楽しげに頷くと、集団戦の際に見せる、引き締まった空気で合図を飛ばす。
「これにて、一学期・期末試験を終了とする。なお、教師陣はこのまま、校庭へと脱走した生徒4名の追撃にかかる。教師陣、出撃!」
「応っ!」 「「「了解っ!!」」」 「参る!」 「や~ったるぜぇ~!!」
生徒たちに負けず劣らず、曲者揃いの掛け声が壇上に重なる。
呆然と立ち竦む生徒たちを置き去りにして、綾平担任と東雲保健医を除く教師全員が、舞台の上から一斉に姿を消した。
静まり返った講堂内を、時村教頭の不気味な笑みが反響する。
「フッ、フフフフフフフ……。さあ、藤森。今、どんな状況だか分かるか?」
両手の指をワキワキと曲げ伸ばして躙り寄る教頭を相手に、イチカは愛想笑いを浮かべて場を和ます。
「ええっとぉ……。窓の向こうで、希更ちゃん達が、必死に逃げてる姿が見えます」
「フフフフフ、そうかそうか……。でもなぁ、今から御前も、そこに加わるんだよぅ!!」
時村の襲撃を合図に、イチカと教頭の追い掛けっこが始まった。
あきえが、やれやれ……といった心境で壇の縁に腰掛けると、その横で、被害を免れた坂本愛里が、何処となく残念そうな空気で呟いた。
「なんか、ちょっと楽しそうね……」
「なに悔しがってんのさ。愛里の事だから、みんなの掃除を手伝うんだろう? …………寂しいから」
「誰が寂しいかぁ!! 私は委員長として、みんなの様子を監督するだけよ!」
幼馴染みがじゃれ合ってるあいだも、イチカと時村の競争は終わらない。
「私、新しい忍具を作るために、お小遣いを全部使っちゃったんです~。勘弁して下さ~い、時守先せ~い!」
「だから俺は、時村だって言ってるだろ~があぁぁぁ!!」
少女たちの笑顔と、愉快な悲鳴が絶えない学び舎。
忍ヶ丘くのいち忍術学園
思いも寄らぬ運命から、忍びの世界へと誘われた少女・藤森イチカは、多くの
友人と同じ時を過ごし、苦難を乗り越え、術持ち下忍への昇格の果てに、真実へと辿り着く!
「ふえ~ん……!! やっぱり私、この学校、辞~め~ま~す~ぅ!!」
初志貫徹な少女、藤森イチカの受難な日々は、まだまだ続きそうである……。
イチカ作品・第1巻、これにて終了です。
今後は、作品が完成する度に投稿する充電型(充填型?)のスタイルで活動しようと思います。
皆さん、ここまでお付き合い頂いて、誠にありがとうございました。




