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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
5章 藤森イチカの進級試験
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微笑みの向こう側

 二人は廊下の分かれ道をきたに引き返して、慎重な足取りで階段を登る。

 方向転換の途中、険しい表情の理乃が気に掛かった。

 仲間の動揺にようやく気付いた華隠は、相手の緊張を(ほぐ)すつもりで、名字に(ちな)んだ冗談(ジョーク)を飛ばす。


「普段はやなぎに風といった理乃が憂鬱(センチ)になるとは、珍しい事もあるもんだわさ」


 本当の孤独は、自分の弱みを他人に知られた瞬間から始まる。

 まるで()れ物にでも触るような、あの余所余所よそよそしい感覚。

 誰かが自分のすぐ(そば)に居るのに、誰ともこころが通い合わない……。

 不安を押し込めていた理乃の胸に、幼い頃の記憶が()ぎる。


「落ち込んでなんか居ないよ! ただ、ちょっと面倒な事になったな……って思っただけだって!」


 理由は謎だが、これは思ったよりも重傷かも知れない。

 華隠はわざとらしく耳の穴を()()()()()()辟易(へきえき)とした様子で返した。


「そんなに大きな声を出すと、敵に『見付けて下さい』と言ってるようなモンだわさ」


「分かってるよ! そんなこと……」


 周囲を警戒しつつ、2階の(おど)()へと踏みだす。

 ゆっくりとした歩調の御蔭で、雑談する時間は(いく)らかある。

 好奇心も手伝って、華隠は短く理乃に尋ねた。


「で、面倒な事っていうのは?」


 周囲に毛嫌いされたとしても、外聞を気にせず()(みち)を征く。

 そんな印象の華隠だが、人間心理にはヤケに鋭い所がある。

 理由を説明するのは簡単だが、自分の過去にも()れるかも知れない……。

 理乃が小さく迷っていると、彼女の()(こう)粘膜を、柔らかい花の香りが()()()()()

 すると理乃は、急にニンマリと強気な笑みを浮かべて、人差し指を口の前に当てる。


『ねえ、華隠(カノン)……。上からなにか匂わない?』


 理乃の小さな呼びかけに、華隠は鼻をスンスンと()()らした。


『言われてみると、そんな気も……。これは、洗濯粉の香り?』


『そうなんだよ♪ イチカの(ヤツ)、洗剤の匂いをバッチリ流しててさ。それでいつも、どこに隠れてるのか見抜いてるんだ』


 華隠は(なお)も鼻を鳴らして、香りの発信源を突き止める。


『しかもこの匂い、あちしがいま向かってる、忍具調整室からして来やがる。こいつは早くも、一人目(ひとりめ)撃破だわさ!』


 二人は3階北端(ほくたん)の教室、忍具調整室の手前にやってきた。

 好都合なことに、階段前の扉が()けっ(ぱな)しになっている。

 室内へと、音もなく侵入する理乃。

 その後ろから、怪訝な表情の華隠が続いた。

――おかしい……。何かが違う。

 ()いて言うなら、今の扉。

 初期配置の此処(ここ)から、戦いやすい校庭を目指して2階に降りたのだが、その時、自分はどちらの扉から出ただろう?

 敵の迎撃に直線通路を利用するなら、廊下奥の教卓側が好ましい。

(マズイ……。扉の開閉かいへいが真逆だわさ!)

 間近で理乃が、鎖鎌を振りかぶる。


「待つだわさ、理乃!」


 華隠はとっさに叫ぶが、理乃の顔にあるのは必勝の確信のみだ。

 イチカが隠れていると(おぼ)しき地点へと鎖鎌を投擲(とうてき)する。

 宙を閃く鎌の先端が、教卓裏の釣り糸を断ち切った。

 瞬間、凄まじい閃光が、彼女の陰惨(いんさん)な笑みを照り返し、その表情はすぐさま驚愕へと変わる。

 正面遠くで爆風が弾け、棚の火薬に引火した。

 試験用に飛散物は撤去してあったが、受け身なしで吹き飛ばされただけでも、

全身を強く壁にぶつけて戦闘不能だ。

 爆発の直前、理乃の身体が、何かに当たって引き倒される。

 肩を思い切り床にぶつけ、衝撃で肺から息が漏れた。

 耳を(つんざ)く轟音に、聴覚をしばし失う……。


 それから約十秒、被害判定は来なかった。

 理乃は黒煙の隙間から()らして、周囲の様子を確かめる。

 事情はすぐに分かった。

 華隠が瞬時に自分を(かば)って机の下に身を隠し、神通力で気流の壁を作って、被害を最小限に(おさ)えてくれたのだ。

 御蔭で二人は軽微な()(きず)程度に済んだが、理乃のプライドはズタズタだ。

 偵察忍者が裏をかかれて罠に(はま)る。

 挙げ句は、自分の弱点が足手まといだ。

――蘇る苛立ち。

 母に暴力を振るう最低の(おとこ)

 家に帰ってアイツが戻ってくると、自分は見付かるまいと、押し入れや天井裏に()()()

 誰にも見付からないように()()した。

 それでも見付かるとすぐに殴られ、運よく逃げても、代わりにははが怒鳴り散らされる。

 繰り返される体罰の音と悲鳴。

 自分は声を殺し、耳を(ふさ)いでやり過ごす。

 もう泣いたりはしない。

 ただ毎日をヘラヘラと笑い、洒脱(しゃだつ)に生きて行くだけだ。

 幼い頃に、充分に学んだのだから。


――泣いて叫んだところで、世界は決して変わったりはしないと!!


(駄目だ……。目が(かす)んで何も見えない……)

 視界が徐々に暗転(ブラックアウト)し、恐怖と怒りに我を忘れる。

 煙が周囲に()()めていようと関係ない。

 理乃は勢いよく立ち上がり、野獣のごとく咆吼した。


何処(どこ)だぁぁあ。出て来ぉい、イチカー!!」


 まるであの男(父親)みたいだ。

 本当はあの人も、こんな風に幼子おさなごみたいに震えていたのだろうか?

 呼び掛けの答えに、平手打ちが返された。

 視界がじんわりと、光と色を取り戻してゆく。

 薄暗い世界に理乃が見たのは、髪が(ほつ)れ、醜く(すす)だらけに汚れた戦友の姿であった。

 しかし不思議と其処(そこ)には、厳しい現実に調和した荘厳さが感じられた。

 華隠は、平手で理乃の正気を呼び覚ますと、胸ぐらを(つか)み、声を(ひそ)めて叱責する。


「ここに居るのは、(はな)からあちしと理乃の二人。好い加減、正気に戻るだわさ!!」


 怒鳴られないだけ、胸に深く響いた。

 理乃は膝から崩れ落ち、その場にガックリと(ひざまず)く。

 華隠は、一瞬でも熱くなった自分が恥ずかしく思えて、仏頂面で背中を向けた。

 黒板側へと数歩と歩いて、すごすごと床板を()()がすと、その場に(こし)を落ち着けて、大筒ヴォルカノンの組み立てに専念する。


(みっともない……!!)


 華隠は無言で自分を叱りつけた。

 理乃が冷静で居られないのはよく分かる。

 今も、ヴォルカノンを組み立てる指先が、(かす)かに震えているくらいだ。

 イチカの特訓期間は、およそ一ヶ月。

 駆け出し忍者の彼女に出し抜かれるだなんて、これまで修業してきた9年間は、無意味だったとでも言うのか?

――そんなこと、到底(とうてい)認められない!!

 長い沈黙を挟んで、華隠は不機嫌さを隠そうともせず愚痴を(こぼ)す。


「さっきまで落ち込んでたと思ったら、いきなり叫び出すとか……。ホント、らしくもない事ばかり……。いったい何があったんだか……」


 こんなに寂しい想いをしたのは、死別した母親から引き離されて、忍術学園の職員寮に引き取られて以来だ。

 その職員寮も、学園卒業と同時に居場所を失う。

 これ以上、たった一人で戦い続ける事など出来なかった……。

 組み立て作業を続ける華隠に、理乃は途切とぎ途切とぎれに告白する。

「ボク……、他人(ひと)を見付けるの、ホントは無理ムリなんだ……。だって、だって……」


――もう引き返せない。

 長年、隠し続けて来た秘密を、理乃はかなしげに呟いた。


「だって(ボク)()は、もう、ほとんど機能してないんだから…………」

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