狐面の少女
いつでも倒せるイチカよりも、味方との合流が優先だ。
モモンガ風の飛行翼を展開する理乃を見上げながら、東側の昇降口前で、華隠が小躍りする。
「よっしゃ。ようやく理乃との合流だわさ。二人揃えば、どんな強敵も恐るる足らず。これであちし等の優勝は、間違い無しっしょ!」
地上付近で翼の軸柄を離し、バランスを保って理乃が着地する。
「お待たせ……。で、これからどうする? さっきイチカと戦ってみたけど、結構侮れないよ」
理乃が軽い用心のつもりで警告すると、華隠はすぐさま首を横に振った。
その動きに、余裕の色は微塵も感じられない。
「いんや……。確かにイチカは要注意でも、ソレよりヤバイのはあきえの方。いつの間に腕を上げたかは知らないけれど、今までとは違って、とんでもない氣術の力だわさ」
華隠は背面差しの二本のうち、片方の太刀を引き抜く。
だがその銀刃は、途中から闇色の刀身に姿を変えていた。
「見ての通り、白刃取りから峰を掴まれ、強引にブチ折られただわさ……」
その力がイチカの忍具による暴走とも知らず、理乃が声を霞ませる。
「ソレ、人間業じゃないよね……」
「腕力だけなら皆伝級。人並み程度のイチカと違って、放っておくと厄介だわさ」
短く逡巡し、硬い表情で理乃が頷く。
「…………分かった。あきえが委員ちょと合流する前に、早く仕留めよう!」
華隠と理乃は、あきえを取り逃がした校庭西側、体育館前を目指す。
程なく、正門付近の校舎の角から、坂本愛里が身を乗りだした。
「ふう……。どうやら二人は行ったみたいね」
イチカを追跡中、柳沼理乃から奇襲を受けた彼女は、煙玉を駆使して遁走し、焼却炉内部、焼却灰の下へと身を隠していた。
陽忍術を用いて地面に穴を掘った、土遁の術である。
「いくら柳沼さんでも、まさか、焼却炉の下までは探さないものね……」
全ては、こうした時のためのマント装備だ。
唯一、隠せなかった脚裏の灰と泥を手で払い、パートナーの動向にすばやく想像を巡らせる。
(焰薙さんとの戦闘中に逃げたとすると、あきえの行き先は十中八九、校舎の中。敵の大太刀にとっては空間が狭いし、反対に、あきえの武器には最適だもの)
だとすると、校舎に入って、イチカを挟撃する形の合流が望ましい。
「とにかく、藤森さんを野放しにするのは危険だわ。あの不確定要素に、何時、足を掬われるか分かったものじゃない」
敵意をこめて低く呟くと、愛里は右手の壁に沿って校舎前へと回り込む。
2階窓下、コンクリートの縁へと斜めに引っ掛かった雲梯に手を這わせた。
イチカの侵入経路をなぞり、開けっ放しの窓から二年陣組の教室へと滑り込んで、暗がりに目を凝らす。
(やっぱり中は薄暗いわね……。でも、目を慣らしてる時間が惜しいわ)
愛里は壁際に身を寄せて、強化練薬の『暗視操丸』を舌の上で転がす。
腸で吸収されるには時間が経かるが、揮発成分が早くも鼻腔粘膜に浸透し、色合いが少しずつ定かになってゆく。
「うん……。これなら、追いかけるのに充分だわ」
狭い廊下では、忍者刀よりも小太刀の方が扱いやすい。
愛里は、マント裏から小型武器を探り当てて廊下を注視する。
月明かりと薬の補助でおんもらと闇を見透かし、危険が死角のみだと判断できた。
物蔭に注意を固めながら、無音走行で水道前へと移動。
柱まわり、異常なし。
続いて皆組掃除道具入れ、こちらも異常なし。
さらには職員室前へと来て、イチカと同じ地点で異常を察知した。
闇の中、狐面の白さが壁際に浮かび上がる。
「其処っ!!」
愛里の小太刀が狐面の真芯に突き立つ。
だが、それだけだった。
如何に模造刀とはいえ、その勢いでは、相手の大怪我は免れぬ失態。
そこへ更に、壁に小太刀を突き刺す過ちを犯して、坂本愛里の忍術試験は終了する。
「しまっ…………!!」
気付いた時には遅かった。
面より下に潜む忍びに胴体を払われ、愛里がその場に倒れ込む。
「居らずして、己が任務を全うするこそ、至上の忍び。藤森イチカに、躍らされ過ぎたか……」
職員室壁際の掲示板、『不居遂任』の張り紙が、敗者に無言の訓示を垂れる。
愛里の後悔に続き、緑地帯から爆音が鳴り響いた。
同時に2名の勝利判定が重なったことで、誰が愛里を下したのかは判断できない。
ややあって、職員室前の隠密忍者は、無言で壁から小太刀を引き抜き、狐面を顔に掛け直して、無人の廊下をヒタヒタと東へ歩く。
すると、中央階段の3階踊り場から、異常を感じたあきえが、用心ぶかく身を乗りだした。
眼下の敗北者を視界に捉えて、我慢できずにその場を飛びだす。
「愛里! まさか、誰かに殺られちまったのかい!」
狐面の忍者がその場を飛び退き、職員室の扉を開けて、あきえの隙を窺う。
あきえは間合いを開く敵を無視して、うつ伏せの愛里を抱き寄せる。
死体役に徹する彼女は、無言のままだ。
(これはテストで、すべては演技だ。そんなことくらい、ぜんぶ分かってる……)
分かってはいるが、この怒りは抑えられなかった。
幼い頃、天海衆に攫われて以来、なにかにつけて自分を庇護しようとする愛里。
試験前の警告だって、根っこの部分には、そうした想いが隠れている。
(10年前のことなのに、まだ悔やんでいるのかい、愛里……)
言いたくても、言えなかった……。
相手の優しさを傷付けそうで、ずっと気付かないフリをしてた。
そして、打ち明ける前に倒されてしまった。
――まるで、残酷な未来を暗示するかのように!!
(愛里の無念とこの怒り、絶対、アイツにぶつけてやる!!)
あきえは愛里の身体を慎重に横たえると、視線の先、闇に浮かぶ狐面の忍者を睨みつける。
氣術鳴動に大気が震え、全身から立ち昇る銀色の闘気が暗闇を退けた。
「イチカァ……。今度という今度は、後悔してもらうよ!」
校内では、あきえの戦闘スタイルの方が圧倒的に有利だ。
狐面の忍者が、職員室の中へと逃走する。
ゴミ箱を蹴飛ばし、椅子の配置を乱し、窓の掛け金を外して、アルミ製の桟へと足を掛ける。
「逃がすか、愛里の仇!!」
死んではいないが、気持ちの上ではそれに準ずる。
敵が室外へ跳ぶのに合わせて、自身も窓枠を蹴って跳躍。
空中で敵の身体にしがみつき、地面に落とす飯綱落としの体勢を極める。
「殺しはしないけど、痛い目だけは見てもらうよ!!」
特訓内容と寸分違わぬ展開に、狐面の少女が余裕の笑みを浮かべた。
うろたえぬ相手。
それが和服の長髪忍者だと知って、金岡あきえが表情を失う。
「まさか、水野っち!」
『秘技、溥奔・爆水潺!!』
強烈な水の奔流が狐面を真っ二つに裂き、希更の素顔を曝け出す。
爆水潺によって、姿勢を崩して落下するあきえは、降り注ぐ水玉の中、諦念を込めて呟いた。
「へへっ、負けちまったか……」
希更は敵を振り解くと同時に、足下へ向けて手裏剣を放つ。
あきえの身体が、地上に出現した水の寝台に沈み、それを追いかけて、希更の手裏剣が命中する。
生徒の転落死を防いだ霊術師範、河童の水虎先生が、片手を挙げて宣言する。
「水野希更さん、一本です!」
道中、パートナーと合流できたのは幸いだった。
希更は、イチカから預かった狐面の残骸を目に映し、救命丹を口に含む。
(藤森さん。少しの間、時間稼ぎをお願いするわ……)
やがて希更は、霊術使用の疲労を癒すべく、校庭東へと潜伏した。
・奥義
1つの技に4属性を組み込んだ高度な技。
上忍以上、皆伝者未満の非常に優れた陽忍なみが使える技で、高効率かつ高い威力を誇る。
ただし技の過程は、 発動開始 → 相生 → 相生 → 目標効果 と、シンプルなため、残り1つの属性で強力な相剋を受けると、瞬く間に技のバランスを崩して不発するという脆さも併せ持っている。
また、技の呼び名も3種混合と同じで1通り。
(例)
木 + 火 + 土 + 金 → 奥義・~(技名)
※ この場合、霊術(水)の強攻撃を受けると妨害されやすい




