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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
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それを言うならポニーテール

 柳沼(やぎぬま)理乃(りの)。一見して猫の如し。

 無邪気な瞳と、目にもまらぬ素早い動きでマイペースにあちこちを観察し、イチカの正面で停止した。

 やがて理乃は、不満そうに小さく唸ると、無遠慮な観測結果を口にする。


「見たところ、中はスポーツブラに白パンツ。外は、ワイシャツとチェックのスカートかぁ……。忍ヶ丘の外じゃ、案外、普通の物が流行(はや)ってるんだなぁ」


 両手を縛られたままのイチカは、(めく)れ上がったスカートを押さえることもできず、頬を紅潮させて激昂する。


「ちょっ……、なにを見てるんですか! あと、これは流行とは関係ありません! 今日の入学にゅうがく手続きのために、無難な格好をしてきただけです!!」


「な~んだ、関係ないのか……。じゃ、(ボク)はもう好いから、次の紹介に行って良いよ。希更ん(キサラン)


 ところが、誰もその催促に応じない。

 不思議に思って理乃が振り返ると、そこには5人の端に並んでいた、病弱そうな少女の姿はなかった。


「あれっ、希更ん(キサラン)は?」


 理乃の疑問に、華隠が相変わらずの奇天烈な口調で答える。


()(さら)のヤツ、さっき体調が悪いとかで、さっさと保健室に戻っただわさ」


 ()()ない華隠とは違い、手甲を()めた格闘忍者のあきえが、希更の身を案じる。


「そっか……。水野っち(みずのっち)は肺が弱いから、この時期は駄目(ダメ)なんだっけ」


 どうやら深刻な症状らしく、(つね)から感情を抑え気味の愛里も、沈んだ口調で訂正した。


「肺じゃなくて気管支よ、あきえ……。彼女は喘息(ぜんそく)持ちだもの。今まで、よく()ってる方だわ」


 わずかな沈黙のあと、委員長の坂本愛里が、四人を代表して口を開く。


「さっきの青い和服の()は、(みず)()()(さら)っていうの。あの子も、此処(ここ)に居る私達と同じ、一年臨組(りんぐみ)の生徒。つまり、貴方(あなた)のクラスメイトよ」


 全員が同じクラスと知って、イチカの中で敵対心よりも親近感が上回る。


「同じクラスってことは、これから、皆さんと一緒の教室で勉強するんですよね?」


 実際は、忍具の作成や座学を除いて、授業の大半は教室外で行う。

 誰かが校外学習を説明しようとした所で、裏門から左、緑地帯(りょくちたい)正面の裏庭から、(しわが)れた年配の声が響く。


「はて……。()(まえ)さん達、そこで何を騒いでおる? よもや、悪巧みでもしとるんじゃ無かろうな」


 悪巧みどころか、すでに悪事を遂行したあとだ。

 教職員に見付かったが最後、間違いなく御仕置(おしお)きされる。

 委員長の愛里は喉の奥で(うめ)いて、他の三人へとすばやく指示を飛ばした。


不味(まず)いわね……。総員、解散っ!」


合っ点(がってん)!」 & 「オッケ~♪」 & 「(りょう)!」



 三者三様(さんしゃさんよう)の応答を返して、『シュパ!』っと一瞬で姿を消した。

 イチカは四人の早技に感服するも、視界の違和感に、()()の不自由を思い出す。


「って、まだ私、逆さ吊りのままじゃないですか! だ~れ~か~助けてぇぇ!」


 イチカの叫びを聞いて、おり(はかま)のお爺さんが、()()()()と小走りに近付いてくる。

 長い白髪(しらが)を、丁髷(ちょんまげ)みたいに頭頂部の後ろで()った、血色のいい(こう)(こう)()

 顔に折り畳まれた(しわ)は人生経験の深さを物語(ものがた)り、目測すれば、七十後半といった所だろう。

 腰に二刀を()いてはいるが、手にした高枝切り(ばさみ)からして、剣士ではなく用務員に違いない。

 老人はイチカの惨状を目にすると、感心するやら呆れるやら、気の抜けた声で呟く。


「こりゃまた、分かりやすくやられたモンじゃわい。さては、さっきの連中の仕業じゃな……。ちと待っとれ。少々(あら)っぽいが、高枝切り鋏(コイツ)でチョキンと結び目を切ってやるからの」


 剣士姿の用務員は爪先立ちとなり、(よど)みない手付きで縄を(ほど)く。

 それと同時に、イチカの身体は支えを失い、重力に引かれて落下運動を始めた。

 危ういところで(なん)とか半回転。

 (でん)()から着地し、頭上へ向けて、突き抜けるような衝撃が走る。


()ったたたたた……。(こし)打ったぁ~」


 イチカは難儀な表情で患部をさす)りながら、ヨロヨロと緩慢な動きで立ち上がった。

 別に誰のせいでもないのだが、習慣上、縄を切断した白髪(しらが)の老人が、イチカに

謝罪する。


「いやはや、済まん事をしたのぅ。見たところ、ウチの学園の生徒じゃないと言うに……」


「いいえ! むしろ、用務員さんの()(かげ)で助かりました。それに、今はまだ此処(ここ)の生徒じゃないですけど、私、明日あすから、この学校に通うことになるんです」


 否定と肯定が入り混じる複雑な事情に、老人は(あご)に手を添えて思考を悩ます。


明日(あす)から、この学園に……? 一体そりゃあ、どういう意味かの?」


 せっかく助けてもらったのに、礼を述べるだけで立ち去るのも、少し薄情である。

 イチカは思案を重ねる用務員に、要点を()()んで、これまでの事情を説明した。



「………………という(わけ)なんです」

 時間にして、ものの五分。

 たったそれだけの時間で語れてしまう情けない事実に、後半、イチカは鼻がツーンとして、涙腺を軽くゆるませた。

 ほんの短い無言を挟んで、用務員の老人は、声に哀れみの色を深めて嘆く。


「成る程のう……。貴方(あんた)さんに、そんな事情があったのか」


「ハイ……。この学園の人に、忍術修行や転校が(イヤ)だって言うのは気が引けますけど、外から来た私にとって、くのいちの修業とか言われても、全然、ピンと()ないんです」


「さも()りなん、さも()りなん……。(わし)もこの学校が長い(ゆえ)貴方(あんた)さんみたいな()を何人も見てきたわい。()(ぬし)間違(まちご)うとるとは、決して言えれんて……」


 用務員の老人は、腕を組んで()()()()と首肯し、やがて陰鬱いんうつな溜め息をついて

振り仰ぐ。


「まぁ、じゃからと言って、(わし)では学生さん一人を()()()()する事も出来んしのう……。それに貴方(あんた)さんも、母君(ははぎみ)に向かって『誓願(せいがん)』なる物を立ててしまったと言うんじゃ。まずはその約束を果たしたうえで、(おの)が処遇を決めるしかあるまい」


 予想通りの答えだが、落胆はない。

 むしろ、背中を押してもらったような気がして()()りが付いた。

 イチカは逆境に負けまいと、拳を強く握り込む。


「やっぱりそうですよね……。登校拒否にうったえたところで、自分の首を絞めるだけですし、在学中、別の高校へ移る手段だってあるんですから」


「フォッフォッフォッ……。学校関係者の前で、こうも不満を口にするとは……。最近の若い(モン)は、なかなかに勇気があるわい」


「あっ、ごめんなさい! 私、別に、この学校を莫迦(ばか)にする積もりで言ったんじゃ無いんです」


 あわてて弁解するイチカに、老人は(てのひら)を気さくに振って話を流した。


否々(いやいや)、そう過剰に反応する事もあるまいて……。それより、行くなら早い方が好い。あんまり先生方を待たすと、印象(おぼえ)が悪かろう。学園長室は、目の前の(わた)(ろう)()を横切って、職員玄関から二階に上がってすぐ右じゃ。階段先に職員室が見えるから、特に迷うことも無かろう」


 裏門の右前方には体育館。

 そこから向かい合わせの校舎へ向けて、渡り廊下が南北に走っている。

 建物の位置取りを確認したイチカは、スッキリとした表情で用務員に会釈した。


「助けてくれたうえに、相談にまで乗って下さって、本当にありがとうございました」


 イチカは軽快にその場を離れるが、急に立ち止まって振り返り、渡り廊下の向こう側から、用務員へと大きく手を振る。


「それじゃあ今度は、ここの生徒として会いに来ま~す!!」


 数奇な出会いはさて置いて、別れの礼儀は及第(きゅうだい)以上だ。

 見送る側の老人も満足げな表情で頷き返し、親切心から忠告を叫ぶ。


「うむうむ、達者での……。生徒も教師も、(みな)一癖(ひとくせ)持った変わり者じゃ。油断せんようにな」


 イチカは軽く頷き、校舎沿いの道へと振り返る。

 校庭西側にあたる左前方、体育倉庫の少し先に、マリーゴールドとパンジーを

植えた細長い花壇。

 視線を頭上へ転じると、空は澄み、陽射しの温もりが頬を叩く。

 敷地の何処かで、キュイキュイと、独特にしてみやびな鳥のさえずりが聞こえた。

 微かに鼻を突く土臭つちくささ。

 よく見ると、校庭一面に、擦過傷を防ぐための黄色い砂がうっすらと撒かれていた。

イチカはみやびだと思っていますが、実際は、

忍び動物が侵入者の存在を使い手に知らせる鳴き声です。

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