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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
5章 藤森イチカの進級試験
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私という忍び

 決着から、ものの十秒。


「獅堂さん……、獅堂さん! しっかりして下さい!」


 このえは、身体を揺する乱雑な刺激に目を覚ました。

 自分では精一杯早くのつもりだが、ゆっくりと目を開けると、目の前に涙目のイチカの顔が見えた。

 このえは初めて、自分が彼女に抱きかかえられているのだと知る。

 ほかにも、もう一つ……。

――自分は彼女(イチカ)に負けたのだ。


「まったく乱暴ですわね……。敗者の私になんの積もりですの?」


 捨(す)て鉢(ばち)な感情から、自嘲の笑みと共に刺(トゲ)のある言葉が生まれた。

 イチカは、安堵と悲哀に声を枯らして叱責する。


「もうっ! こんな時に何を言ってるんですか。意識がなかったし、もしかしたらって、すっごく心配したんですよ!!」


 その傍(かたわ)ら、イチカとは正反対の方向で、天狗どのが事態(こと)のあらましを説明する。


「藤森(ふじもり)殿の仕掛けた罠に嵌(はま)り、貴(き)殿(でん)の幻体が暴走して符術が次々に発動。拙僧(せっそう)が起こした突風により、それをムリヤリ吹き飛ばした次(し)第(だい)である」


「そう……でしたの」


 やっぱり自分は負けたのだ。

 原因の一端は自身の未熟さにあるが、戦局を変えたのは、間違いなく彼女の発想にある。

 このえは力(ちから)なくイチカに尋ねた。


「見事なお手並みでしたわ。いったい何時(いつ)、私の術を見破ったのかしら?」


「ほとんど偶然でした。私、開始直後に二人の敵に囲まれたんですけど、その内の一人が、委員長さんに狙撃されたんです。その時、近くで判定してたのが土(つち)御(み)門(かど)先生でした」


 衰弱したとはいえ、思考はなおも健在であった。

 たったそれだけのエピソードで、このえは結論を導きだす。


「なるほど……。逆に言えば、互いの得意科目に応じて、担当教師が現れるという訳ですわね」


「ハイ。今年の新入生は一部の技が使えるせいで、どの先生が近くに居るかで、自然と相手の特技が絞り込めてしまうんです」


 二人の話を聞いていた天狗どのは、思わぬ失態に狼狽し、膝立ち姿勢から勢いよく立ち上がった。


「そういう事か! 複数個の忍術持ちなら特定は困難だが、一つ二つの少数ならば、自身の技とは無縁と分かると、相(あい)手(て)方(がた)の特技を暗示することになる! 済まぬが拙僧(せっそう)、これより、ほかの先生がたに急(いそ)ぎ伝えて参る。御(ご)免(めん)っ!」


 風に乗って、天狗どのが飛翔する。

 周囲に敵の気配はない……。

 今日、もしもイチカが負けるような事があれば、彼女はこの街を追われ、二度と話す機会がないだろう。

 試験中のワガママとは知りながら、このえは敢えて、イチカの心根(こころね)深くに忍び込んだ。


「一体(いったい)いつから、こんなに真剣にく(・)の(・)い(・)ち(・)になろうと思ったんですの?」


 イチカは無言で夜空を見上げる。

 天上には金色の満月に二(ふた)群(む)れの白雲(はくうん)。

 月輪(げつりん)は夜空に真円(しんえん)の軌跡を描き、一人の少女が負った数奇な運命に涙(なみだ)した。

 雨も降らさず泣いていた。


「たぶん、ずっと前からです。だって、産まれた時から、実(じつ)は周りが忍者ばかりで、自分も忍びに憧れてて、姉上(あねうえ)も立派で……。それなのに、好きにならない訳がないじゃないですか」


 月光が、彼女の相貌を儚(はかな)く照らす。

 イチカの頬(ほほ)が切なく揺れた。


「でも私って、手裏剣もロクに飛ばせないし、授業では教室を爆発させちゃうようなお(・)っ(・)ち(・)ょ(・)こ(・)ち(・)ょ(・)い(・)だから……。こんなのカッコよくない。なんでも器用にこなせて、しれっと澄ましていられる姉上(あねうえ)みたいに私は成れない……」


 劣等感が積み重なり、心臓が一度だけ、ドクンと鮮明にリズムを乱す。

 イチカは一瞬、他所(よそ)へと外れかけた視線を、このえの面上(めんじょう)へすぐに戻した。


「それに何より、私の意志を無視する強引な転校……。挫(ざ)折(せつ)って言うんですか、こういうの? どれも私には、残酷な現実でした」


 強がりに微笑んでみせるイチカ。

 その顔は、不格好にも土と汗で汚れている。

 どこかで聞こえるヒキガエルの合唱。

 このえには、慰めと健闘を称える勲(いさお)の共鳴にも聞こえた。

 一瞬、夜空を渡る雲が地上に影を落として、またすぐに晴れる。

 イチカの泣き笑いが、金色の光を浴びてキラリと輝いた。


「でも、こうして泥だらけになって気付いたんです。こういった青春もアリかなぁ。こんなく(・)の(・)い(・)ち(・)もアリなのかなぁ……って。これがきっと、私(・)と(・)い(・)う(・)忍(・)び(・)……。泥に塗(まみ)れて、失敗して、そうやって掴(つか)む私の未来」


 イチカは笑う。

 泥臭さと清(きよ)き憧れの間(あいだ)に生じる、『愛着(あいちゃく)』の笑みに瞳が潤(うる)む。



「私は…………、く(・)の(・)い(・)ち(・)になりたい……」



 言われてしまった。

 こんな不器用で、優雅さの欠片もない転校生に……。

 自分は彼女を笑えない。

 腹を立てる資格だって本当はなかった。

 幼い頃、封印氏族の末裔として忍びになるとは決めた。

 だがそこに、責任感が混ざっていないと、どうして言える?

 はたして自分は、彼女のように、心からの意志で修業をしているのだろうか?

(ズルイ女(ひと)……。こんな強引な生き方で、私の前を征(ゆ)くなんて)

 このえは泣き顔めいた笑みを浮かべてイチカに告げる。


「もう行きなさい。水野さんは校舎の中ですわ」


「えっ、希更ちゃんが!?」


「さっき、窓の向こうに見えましたもの。鍵が開いてるのは、昇降口だけの規定(きまり)ですわ」


「そっかぁ……。希更ちゃん、プールじゃなかったんだぁ」


 肩へと回されていた腕が離れ、草臥(くたび)れた身体がゆっくりと地面に横たわる。

 いつから抵抗を感じるようになったのか。

 久方振りに感じる土の感触。

 死ぬ時は、こんな風に人と大地に抱かれるのも悪くはない。

 このえは心静かにそう思った。

 早速イチカは昇降口へと向かおうとするが、何を思ったか、急に踵(きびす)を返す。


「あっ、そうだ♪ 今、思い付いたんですけど……。獅堂さんに、お願いしたい事があるんです」


 なにか、途方もない悪事を考え付いたような笑みだ。

 このえは疲労と困惑に、乾いた溜め息をつく。


「私(わたくし)に? すでに死亡判定ですのよ」


「だからこそですよ。私、これから地雷を練習用の空砲状態に切り替えて、外から見える場所に設置します。獅堂さんは、私がそこまで運んだって設定で、その上に寝転がってて下さい」


 それを仲間が助け起こせばどうなるか。

 イチカの悪どい発想を見抜いて、このえの顔が引(ひ)き攣(つ)る。


「藤森さん。あなた、意外と悪辣(あくらつ)ですわね……」

・忍ヶ丘北部

中央政府は利用できる、と考える革新派の多い地域。

広大な田園地帯と水源を持ち、忍ヶ丘の胃袋を支える一方、秩父山岳に居(きょ)を構え、一般祭祀を司る近宮(ちかみや)家に、懲罰や警備部門を担う『守り部(まもりべ)』の獅堂家、忍ヶ丘に近代文明をもたらした老獪(ろうかい)、緋群一刀が属しており、忍ヶ丘の実務を一手に引き受けている。

権力の一極集中を防ぐため、重要祭祀や里の大(おお)まかな方針決定から外されることも多く、忍ヶ丘の実権を握る五部(いつつべ)紫(し)彩(さい)と臥龍仁斎(がりゅうじんさい)を苦々しく思ってる節(ふし)がある。

なお、近宮神宮の鳥居前は9時~17時が狛犬(こまいぬ)だが、それ以外の時間はキツネ。たまにシーサーとなる。(狛犬かキツネが休暇を取ったとき)

特に、シーサーに代わった瞬間を目撃した者は、幸せになれるという都市伝説がある。

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