蒼炎と踊れ
このえは掛け声と同時に後方へ跳び、緑地帯の南、見通しの森へと再び姿を消した。
気付けば、天狗どのの姿も辺りにない。
どこか邪魔にならない所で観戦してるのだろう。
『ウフフフフフフ……』
このえの微笑が、闇の静寂に木霊する。
イチカの後方、段々畑から見通しの森にかけて、息の長い風が通り抜けた。
涼しく、薄荷草に似た爽快感が、イチカの身体を吹き抜けて行く。
『HAAAA……、AAAAh……』
イチカの正面で炎熱体が天を仰ぎ、一斉に奇声を発した。
(まずは、獅堂さんの手の内を探らないと……)
イチカは姿勢を低く気流を裂いて、右手の段々畑に身を隠す。
炎熱体とこのえの挟撃に備えると、宙に浮く炎熱体が、轟と高く燃え上がり、
イチカを追尾し始めた。
動きは遅いし、逃げ切るだけの距離もある。
だが、三対一では囲まれる危険性があった。
(尾けられてる? もしかして、私の気配を読んでるとか……)
段々畑は川の字に主道が走り、茶畑一列ごとに、小さな横道が設けられている。
イチカは茶畑の三段目まで駆け上がると、息を潜め、段のあいだを走る側道を匍匐前進で進む。
彼女の気配は徐々に宙に溶け、やがて緑地帯から完全に消失した。
すると、炎熱体はユラリと揺らめいて空中で停止し、段々畑の手前で横一列に
散開する。
(よかった……。完全にこちらを見失ったみたい)
イチカは、カマボコ型に剪定された枝葉の上へと、顔をコッソリと覗かせる。
炎熱体の姿形は、術者本人とほぼ同型。
つまりこれは、分身の術の変異形である。
「なるほど……。うまい事を考えたなぁ、獅堂さん」
陽忍術の分身は、質量のない、影のみを映し出すのが基本だ。
当然、武器を持てなければ忍具だって使えない。
だが、分身自体が炎の性質を宿していれば、触れるだけでダメージを与えられる。
――そのとき、緑地帯に吹き込む柔らかい風が、梢の緑をサラサラと揺らす。
少し間を置いて、炎熱体がキーンと高鳴りして前進を始めた。
三体の炎熱体は、主道の東西二つを封鎖し、中央の一体が左右を巡回している。
炎熱体のもう一つの利点は、存在そのものが灯火であること。
このままでは、見付かるのは時間の問題だ!
イチカは左手を体側に伸ばして、出入り口に近い左前方の炎熱体へと、手裏剣を投じる。
特訓の成果は如実にでた。
狙い通り、炎熱体の横顔を、イチカ特製の手裏剣が貫通する。
しかしその攻撃は、頭部の輪郭を激しく揺らめかせただけで、炎熱体は何事もなかったように幻体を維持している。
(しまった、ぜんぜん効いてない!)
炎熱体を倒すには、呪符を正確に狙い撃つか、陽忍術で幻体そのものを完全に消し去る必要がある。
頭部を再生させた東側の炎熱体が、異常を感じて目の前の主道を登る。
手裏剣投擲は敵一体の注意を惹いたが、収穫はあった。
炎熱体の自立行動は目視の探索のみで、聴覚と気配は、おそらく術者頼みである。
――このままだと、左右両面から挟み撃ちに遭う。
イチカは畑の東端へと移動し、接近中の炎熱体へと躙り寄る。
前へ進むほどに視界は蒼々と明瞭に輝き、蒼炎の熱が肌を刺す。
炎熱体はすぐ近くだ。
イチカは茶畑の角から飛びだし、縦一文字に斬空刀を振り上げる。
「フッ!」
声を出さずに呼気だけを鋭く放ち、炎熱体を両断する。
すると、人形の中央に呪符が現れ、真っ二つに裂けて燃え尽きた。
隠密状態のイチカから奇襲を受けて、見通しの森から、このえの驚愕が走る。
『まさかっ!』
味方の撃破を感知して、炎熱体が再び大きく燃えあがった。
どうやらあれは、敵発見の合図のようである。
(今しかないっ!)
イチカは思い切ってその場を飛びだし、気配のする方向へと疾駆する。
罠など関係ない。
慎重に進んでも、相手に形成を立て直す時間を与えるだけだ。
後方から迫り来る炎熱体が、視界の闇を蒼く照らす。
女帝の自己顕示欲が仇となった。
紅色スカーフの鮮明色が、暗闇にくっきりと浮かび上がる。
「覚悟ぉ!」
「させませんわ!」
斬空刀を振りかぶり、体重を乗せて飛び込むイチカ。
このえが両手小太刀の抜刀を済ませ、両脚を踏んばって迎え撃つ。
イチカの斬空刀が、二振りの短い刀身と噛み合う。
重斬撃では体重が物をいう。
47キロに増進した健全ボディが、軽量華奢な女帝の体躯を獰猛に圧しのいた。
このえは氣術を使えない。
鈍い剣戟のあと、仰け反る身体に逆らわず伸身。
左足で相手の胴体を蹴飛ばして、イチカの追撃を逃れる。
ウッ……! と潰れた悲鳴を漏らしたイチカが、後転から素早く復帰した。
(凌ぎ技! 獅堂さんも使えたなんて……)
このえの姿は既に近くには無く、正面に新たな炎熱体が1つ生じ、後方からも
2体が接近している。




