恋する剣客
ややあって、イチカはモヤモヤとした気分で希更に呼びかける。
「師匠たち、一体どうして、石川先生に隠し事をしてるんでしょう?」
「さあ? 私としては、厳しい罰が待ってるって部分の方が、気にはなるけど……」
二人して首を捻っていると、道路に面した北門から、スリットだらけで布地の
少ない忍者服の女剣士が、血相を変えて駆け寄ってきた。
疑惑の中心人物、石川残月である。
「おお、藤森に水野か! お前たち、ちょうど良い所に」
「あっ、石川先生! そんなに慌ててどうしたんですか?」
「それが……。つい先程、生徒達の噂を小耳に挟んでな。なんでも、この不平等院鳳凰堂に、忍ヶ丘では滅多に見掛けぬ剣豪が現れたと聞いて、『授業を棄ててまで』やって来たのだ」
「なんだか、教師にあるまじき事をサラッと言った気がしますが……。それで先生は、その剣豪の方を探してるんですか?」
イチカが疑問を口にした途端、残月の纏う剣士としての風格が、乙女チックに崩れだす。
「ふえっ!? あっ、まぁ、そんな所だ……。うむ……。故あって、その者を探している」
歯切れの悪い返答を、イチカが更に追及する。
「授業を抜け出すくらいなんですから、よほど重大な訳でもあるんですよね?」
「理由だと!? ええっと~、それはぁ~…………。ホラッ、あれだ! やはり、同じ剣豪として実力を確かめるというか、相性を確認して置いた方が、今後のためと言うか……」
その後も、愚にも付かない『逃げ口上』を照れ照れと並べる残月女史の様子から、イチカはどうしようも無いくらい、彼女の本心を理解する。
(相性を確認って……。もしかして石川先生、昔の師匠のことが『好き』だって
言うのぉぉ!?)
内心、激しく動揺するイチカの隣りで、こいつはマズイ……、と言った表情の
希更が小声で呼びかける。
『ふっ、ふっ、ふっ、藤森さん。つまりはコレって、石川先生は龍様のこと……』
声が震えているし、呼び名も怪しい不審者2号なのだが、イチカの驚きは残月女史に固定されているため、表層意識に引っ掛からない。
『間違いありません。相手が若返った師匠とも知らず、石川先生は告白しようとしてるんです!』
『何ですってぇぇぇえ!!!!』
希更の頭上に、『ポッポ~♪』と、蒸気機関車みたいな白煙が生じた。
無論それは、赤面羞恥の熱ではない。
嫉妬の煤煙粒子である。
焦る希更が、慌てん坊教師に質問の刃で斬りかかる。
「先生は一人の剣士として、相手に果たし合いを挑むつもりなんですよね? ですが、負ければその……、教師としての面目に傷が付くというか、嫁入り前の身体に疵が付くことになりますから、絶対に危険ですよ!」
不安から声が震えて、思わず長舌となる。
希更が遠回しに『止めて下さいコール』を宣告すると、石川残月はなんら気付いた風もなく、むしろこれを諦念・不退転の決意で迎え撃つ。
「否、それはもう、石川家の女児として此の世に生を受けてから、ハッキリと覚悟している。家訓に従い、剣士として二度も敗北した暁には、潔く相手のもとに嫁ぐとな!!」
希更は声もなしに、『うわっ、やっぱり退く気ねぇ~!』と絶叫した。
暁などと、本音がダダ漏れである。
しかもその決意が、告白なんか素っ飛ばして、家訓を盾に求婚を迫ろうと言うのだから、希更は気が気でない。
もし残月女史が仁斎と夫婦になれば、『龍様=萌えの対象』は消滅し、希更の腐女子人生はバッドエンドを迎える。
かと言って、彼女に諦めてもらうために真実を話せば、学園長からの必殺稼業によって、人生自体がデッドエンドしかねない。
この袋小路の問題に、ただ一人、冷静沈着なイチカは、無難に『逃げの一手』を打った。
「あの……。その人でしたら、さっき、この不平等院鳳凰堂から出て行っちゃいましたよ」
「なにっ!? それで、どちらに行ったか分かるか?」
「それが、私たち下忍に見破れる動きじゃないんで、サッパリ……」
恋愛守護者の巧みな回避に、恋愛至上主義者の残月女史は、握り拳を悔しそうに震わせて、爛れた執念を見せる。
「クッ、それもそうか……。だが、これでハッキリしたぞ。あの御方は、この忍ヶ丘に異変や緊張が高まると、出現確率がグッと上がる。誰か、なにか問題を起こしてくれないだろうか……」
「うわっ! なんか石川先生が、怪談の『八百屋お七』みたいなこと言い出しました!!」
生徒にドン引きされてる事もそっちのけで、石川残月は憔悴した様子で、門の外へと出て行った。
イチカがしばらく呆然と立ち尽くしていると、隣りの希更が対抗心を燃やして
宣言する。
「藤森さん。私、決めたわ!」
希更の同人好きを知らないイチカが、不思議そうに首を傾げる。
「決めたって、なにをですか? 希更ちゃん」
「私、忍びの技倆を高めて、いつの日か、石川先生を倒してみせるわ!」
もしも希更が残月女史を打ち負かせば、家訓を守る以前の問題として、彼女の
未熟さを証明できる。
それで諦める石川残月ではなかろうが、少なくとも、『一:朧月 二:希更 三:残月』の順位が続く限り、危険は先送りされるのだ。
打倒石川による求婚阻止を表明して、希更が一瞬で姿を消した。
それから数秒後、硬直から解けたイチカは、互い違いに眉を捻った滑稽な表情で思考を整理すると、残月女史の敗北が意味する事実から、奇想天外な推理を組み立てる。
「どうして希更ちゃんが、石川先生のことを狙ってるのぉぉぉぉ!?」
パズルの柄も、時として重要な欠片が欠けてるだけで、とんでもない絵柄が完成するようだ。
希更、残月女史、萌えの対象(龍様)。
三者を巡る奇妙な三角関係。
その半分は正解でも、希更を中心とするもう半分の矢印が、完全に見当違いの
方向で結ばれてるのだ。
こうなると、親友のイチカが出せる答えも、自然とおかしな方向へと向かってゆく。
「とすると、師匠と希更ちゃんは一種の恋敵。私、師匠の邪魔は無理ですけど、
忍者なだけに、希更ちゃんの恋を蔭ながら応援して行きます!」
イチカは立ち去った親友に声援を送ると、拳を固く結び、不平等院鳳凰堂を去るのであった。




