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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
4章 選ばれし者
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竜虎の秘技

 希更は相手を蹴り落としざま、霊術の緊急行使で、足場代わりの水柱を(ふたた)び生み出す。


「今です、藤森さん。飛んで!」


 簡潔だが無理な注文に、忍術無能者のイチカが、地上で声を張り上げる。


「飛んでって言われても、私、そんなに高くなんて無理ですよ~!!」


 希更が水柱の上で(いん)を結ぶと、イチカの足下に池の水がまとわり付いて、渦を巻いた。


「これは……。水虎(すいこ)先生の技とソックリだ!」


 すかさず五部(いつつべ)学長が、強い口調でイチカに命じる。


「敵の体勢が乱れた今こそ好機。友を信じ、臥龍(がりゅう)先生に一太刀入れるのです」


――友を信じよ。

 その一言がイチカの胸を強く打ち、(ひざ)を大きく曲げて、垂直跳びと同時に呼びかける。


「希更ちゃん、お願いします!」


 希更はイチカの跳躍を感じ取ると、短く(いん)を結んで霊術を発動させた。


遡流(そりゅう)水柱尖(すいちゅうせん)!」


 重力を振り切って上昇するイチカの身体が、地上から吹き上がる水柱によって

加速する。

 急速に迫りくる弟子の姿に、空中を緩やかに舞う朧月(ろうげつ)が青ざめた。


「うっわ~! ヤバイヤバイヤバイ!!」


 上昇を続けるイチカは、斬空刀を抜いたままだ。

 激しい空気抵抗の中、(さか)()状態の右手に左手を添え、斬空刀の(つか)を押し上げるように逆風へと抗う。

 凄まじい風速で、空気の(かたまり)が顔面に絶えずぶつかり、目が開けられない。


「師匠、今度こそ頂きます!」


「ちっくしょ~う! こうなりゃヤケだ!」


 やがて、二人の身体が空中で交錯した。

 腕に強い制動(せいどう)が掛かり、(つか)を支えるこぶしが胸に衝突する。

 イチカの斬撃が当たったのだ。

 達成感が、胸に走る鈍痛(どんつう)を凌駕する。


「決まった!! 確かな手応えっ♪」


 だが、その喜びも長くは続かなかった。

 感動を声に表すや(いな)や、イチカの身体は未知の引力に()らわれて、刀に吸い寄せられるように、姿勢が時計回りに反転する。

 上昇運動の一部が、斬空刀を中心に、回転運動へと置き換わっているのだ。


「うええぇぇ! なんで、なんでぇ!?」


 イチカが不思議そうに叫ぶと、顔のすぐ近くから、()()(ごえ)で反論があった。


「なんでって、そりゃ()(まえ)……。俺が両手で、刀を抑えてるからに決まってんだろ!」


 目を開けると、朧月(ろうげつ)が、両手のあいだに斬空刀をガッチリと()()()()()()いた。


「真剣(しら)()()りぃ!? だったらこのまま、地面に叩き付けて……」


 イチカが(くる)(まぎ)れに空中で上位を保とうとするのを、朧月(ろうげつ)があわてて制止する。


「ちょっ、待った待った……。俺の負けだって。降参だ! 少しは落ち付けっての!」


 意外な一言を聞いて、イチカが呆けた顔で全身の力を抜いた。


「へっ、降参?」


「そうだよ。てか、んなこと気にしてる場合じゃねぇ。このままじゃ転落死すんぞ!」


 フッと視線を下に移すと、二人の身体は(しら)()()りの影響でわずかに高度を上げるが、現在は静止状態に移っており、じきに落下運動へと切り替わるきざしを見せていた。


「これって希更ちゃんが、さっきの技で安全に降ろしてくれるんじゃないんですか!!」


「ムチャ言うな! ()(にん)が四回も連続で霊術を使ってるんだぞ。……仕方ねぇ。五部いつつべ学長、なんとかしてくれ!」


 すると、滝上で緑茶を啜っていた五部(いつつべ)学長が、そのままの姿勢で平然と返す。


「心配無用。(もと)よりその積もりです……」


 ゴソゴソと(そで)の下を片手で(つま)()り、長い帯を前方へと勢いよく投げ延ばす。


(あん)()空旋帯(くうせんたい)!」


 単なる帯を(あん)()に見立て、陽忍術で空を渡る(ぬの)の行進。

 その柔らかな道は、()平等院鳳凰堂の(おも)()に絡まり、空中に居る二人の足下をしっかりと支える。

 五部学長の皆伝奥義の一つ、万物(ばんぶつ)を武具へとなぞらえる暗器術、『万咢偸(ばんがくとう)』である。


「助かった。こういった技は、やっぱ学園長(アンタ)でないとな……」


「そんなことより、希更ちゃんが!」


 イチカの叫びで頭上を見ると、希更は意識を保ったまま、全身を重力に預けている。


「ありゃあ、術の使い過ぎだな……。うっし。あれぐらいの高さなら、俺でも行ける!」


 朧月と希更。彼我(ひが)の高度は、今にも水平になろうとしている。

 朧月ろうげつは氣術を用いた強烈な踏み込みで、帯から宙へと、希更のもとへ跳躍する。


「水野ぉぉぉ!! 俺の手に(つか)まれー」


 若き剣士の呼び声を聞いて、自由落下のさらが力を取り戻した。


龍様(りゅうさま)が……、私に!? も、勿論です!」


 なぜか、急に熱っぽい目で手を伸ばす希更。

 意外に元気なモンだわい……と思いながらも、朧月(ろうげつ)は希更を抱き締めて、着地体勢を整える。


「いいか、絶対に俺を離すなよ!」


「はい……」


 なにやら()()(しん)な内容に脳内変換されているのか、希更は()()()()()空気で短く答えた。

 様子のおかしい生徒に構わず、朧月(ろうげつ)が、氣術・霊術・神通力の合成技で、落下の勢いを強引に緩和させる。


「秘剣・空裂(くうれつ)(ざん)()ぁ!」


 朧月(ろうげつ)は片手で希更を支え、もう片方の手で(さか)()に抜刀。

 斜め下へと強烈な衝撃波を放ち、落下速度を()いでから、ズムンと両足で地面を()む。


「ぐお~ぅ……。(あし)()てえぇぇぇ」


 足裏から(ひざ)(こし)・頭上へ掛けて、(にぶ)い圧力が全身の骨を順番に押し固める。

 先に地上へ降りたイチカは、二人のもとへと小走りに駆け寄り、青白い顔の親友を(いたわ)る。


「お疲れさまです、希更ちゃん。大丈夫ですか? ずいぶん消耗してるみたいですけど」


 ゆっくりと地面に降ろされた希更が、芯の太い横髪を(ほつ)れさせて、力なく微笑み返す。


「ええ、なんとか……。少し休めば、すぐに良くなるわ」


 同じく若返った仁斎(じんさい)も、()(だる)そうに肩を落として弱音を吐いた。


「あぁ~……。流石(さすが)に俺も草臥(くたび)れた。そろそろ元に戻るとすっかな」


「えっ……。元に戻るって、あのとしりの姿にですか?」


 希更が名残()しそうに呟くと、音もなく近くへ現れた五部(いつつべ)学長が理由を説明する。


「身体活殺の法は、無限の命を許す陰忍術(いんにんじゅつ)と違って、日頃の無理を省くことで得られる延命術のようなもの。短時間ならともかく、長時間での使用は、いたずらに

寿命を削る事になります」


 陽忍術の真髄(しんずい)がサラリと語られるが、二人の意識には引っ掛からない。

 学園長の解説をBGMに、イチカと希更は、朧月(ろうげつ)の老化現象へと釘付けになる。


「うわあぁぁ……。師匠がドンドン年を取っていく」


「ああっ、私の龍様(りゅうさま)……」


 またもや変な()()を織り交ぜて、希更が酷く()()()()()()

 若返りとはまったく逆で、朧月(ろうげつ)が静かに息を吐く(たび)にゆっくりと身体は(しぼ)み、

腰は曲がって、前傾姿勢へと戻ってゆく。

 やがて老化が(とどこお)りなく済むと、仁斎(じんさい)は、本来の好々(こうこう)()口調で反省を述べた。


「やれやれ……。まさか儂が、()(よう)に追いつめられるとは思わなんだ。これではほか(モン)に示しが付かん。少しは忍び対策をせにゃならんわい」

・五部紫彩(彩)[2]

初代校長・九鬼照禅のもと、戦闘教官として生徒を指導するかたわら、重要()務を次々とこなす忍ヶ丘の最重要人物。

移動の際は、忍び動物である巨大猫・マクラに乗ることが多く、その姿は子供たちから非常に評判が良かった。また、そのフワッフワの毛並みに埋もれて()()()()をする様子もまれに目撃されている事から、本来は呑気な性格であった。

のちに、九鬼照禅より潜在能力を活性化させる術・忍術伝法にんじゅつでんぽうを習得すると、

2代目校長に就任して、忍務の多くを守り部に託す。

仁斎とは真逆で、多くの技を習得しており、万物を武具に見立てる陽忍術・万咢偸(ばんがくとう)は、そのうちの1つに過ぎない。

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