朧月の剣鬼
朧月は筋力のみの爆発的な加速で、希更との距離を一気に詰める。
「しまっ……!」
まさか、碌な合図もなしに仕掛けてくるとは思わず、希更の防御が出遅れた。
「危ない!」
側面のイチカが、横から反射的に斬空刀で斬り払う。
余裕の朧月が長刀身を軽く振り上げ、イチカの斬撃を弾き返した。
たったそれだけで、逆手のイチカは利き手から独楽状に姿勢が崩れる。
(打ち返しの勢いを殺さなくちゃ!)
イチカが後ろにステップするのを、朧月は身体を捻って方向転換し、上体を前に傾ける。
希更はその間、片手の小太刀を納めて大きく後退し、追撃直前の朧月に手裏剣を投じた。
朧月が1つ2つと手裏剣を弾くあいだに、イチカが後ろに飛んで形成を整える。
仕切り直しを迫られた朧月は、互いの距離が開いた分だけ警戒を緩めて、軽口を叩く。
「おおっと、危ねえ危ねえ……。藤森の反射速度も上がってやがるが、水野の連続投射もヤバかった。同じ箇所を素早く狙われると、防ぎ辛えからな」
この、愚痴とも取れるヒントと態とらしい解説の時間が、朧月の剣鬼となった
仁斎の言う、手加減というヤツである。
――個別の動きで仕掛けていては、各個撃破で一気に倒される。
イチカは視線を朧月に固定したまま、希更の方へと、互いにカバーできる距離まで摺り足を取った。
「希更ちゃん、大丈夫ですか?」
希更は早くも額にうっすらと汗を浮かべて、差し迫った表情で頷いた。
「ええ、藤森さんの御陰でね……。でも、臥龍先生を相手に今みたいな事は、そう何度も通用しないわ。勿論、一対一の基本的な戦術もね」
「今までの特訓技が効かないとなると、どうすれば……」
「この場合、波状攻撃で行くしかないわ。少なくとも、一人では絶対に無理よ!」
朧月は切っ先を地面に向けたまま、自信たっぷりに口端を歪める。
「んで、相談はまとまったか? そんじゃ、もういっちょ行くぜ!」
交戦前の宣言通り、初めは踏み込みと斬撃だけの単純行動を繰り返して来るようだ。
しかし、技も工夫もないだけに、戦闘技術に劣る二人には、最も早く仕留められる恐れがある。
「せえぇいやあぁぁぁ!!」
順手のイチカが、朧月の袈裟斬りを打ち落としに掛かる。
棍棒を叩き付けるように、膂力を乗せて斬空刀を振り抜くイチカ。
上下の歯を食い縛り、夜叉の如く形相を歪めて朧月と打ち合う。
剣打の衝撃が関節をバウンドし、肘の外側骨格に不自然な摩擦熱を発生させる。
両者の剣が滑り合い、軌道がすれ違った!
戦局が、二人に『二の太刀』を要求する。
先に剣を作ったのは朧月であった。
右下から上方へ掛けて、するどい光迅が走る。
遅れてイチカが斬空刀を引き戻し、相手の斬り上げを身体の前で防いだ。
剣は鈍い悲鳴と共に頭上へ跳ね上げられ、上体が完全に伸びあがる。
(マズイ、やられる!!)
思った瞬間、自分の体側を一陣の風がすり抜けた。
希更が、右・左と小太刀を振るって入れ替わり、不意討ち気味の攻撃で朧月を押し返す。
長刀身では零距離近傍で力が乗らず、連撃では小太刀に著しく劣る。
朧月はバックステップで守りに徹し、忌々しく舌を鳴らした。
「ったく……。良い所を狙って来るぜ!」
しばらく守勢に回った朧月だが、三合、四合と斬り結ぶに連れて剣に勢いを取り戻し、彼我の制空圏を最適化してゆく。
模造刀は刃を潰してある分、とにかく頑丈にできている。
これが真剣であれば、とっくに芯が歪んでいる所だ。
代わりに、小太刀を打つ希更の手が、なまくら刃の噛み合う衝撃に痺れ始める。
(そろそろ弾かれる……)
予想に違わず、利き手の小太刀が打ち払われて、身体が大きく外へと開いた。
(また、この構図だ!)
希更の胸中に、慚愧の亀裂が走る。
自分と小太刀は、つくづく敵の豪剣には耐えられない。
あとは一閃、希更の胴に決定的な一撃を加えるだけだ。
朧月の握力が、柄の握りに込められる。
「もらっ……、どぅわああ!?」
イチカの放った手裏剣を察知して、あわてて朧月がその場を飛び退く。
まっすぐ飛び抜ける飛来物をやり過ごすと、朧月は挑発的な笑みで批評を始めた。
「へへっ……。今の動きは悪くなかった。一人が囮で、もう一人が本命の波状攻撃。まさに教科書通りの、二人一組の基本形だ。だがそいつも、俺みたいな格上相手じゃ、一対一の高速組手みたいな物で通用しないな。それに……」
朧月は、イチカと希更が一直線上に並ぶよう、立ち位置を調節する。
「単純だけど、こうすりゃ味方が邪魔になって、さっきみたいな攻撃ができないからな」
小太刀を構え直す希更の顔に、どす黒い緊迫感が宿る。
小細工程度では、まるで突破口が読めない。
噴き出した汗は、戦慄によって5秒と保たずに熱を失った。
「こうも早く対策を読まれるなんて……。さすがは臥龍先生、いくつもの修羅場を潜って来ただけの事はある」
このままでは、朧月の力押しに飲み込まれる。
攻めあぐねる二人へ、何処からか、新たな声で助言が齎された。
『でしたら此処は、一対一の波状攻撃ではなく、同時攻撃しかないでしょう……』
・臥龍仁斎(朧月)[2]
名を臥龍仁斎と変えた後、里の古老として後進の育成に力を入れる。
交友関係がとても広く、木下文房具店の木下伝吾、鬼頭古美術店の鬼頭幸一など、年齢違いの知人と新たな試みに打って出ては、よく失敗をやらかす。
忍術学園の創設に関わったことから、忍ヶ丘東部の古老に属し、予てから権力集中に憂いていたところ、緋群尚武の乱が起こったため、已むなくこれを斬り伏せた。
これをキッカケに、忍ヶ丘北部の重鎮・緋群一刀に恨まれてしまい、古老の座を自ら辞して権力の集中を緩和。正式に忍術学園の教師として所属し、普段は学園併設の職員寮で寝泊まりをする。




