想定訓練
デモンストレーションを終えて、仁斎が話の続きに戻った。
「さて、基本装備4つに対する戦法は教えたが、ここで一つ、弱点補強に入ろうと思う」
「弱点補強ですか? なんだか課題が多すぎて、対処し切れないと思うんですが……」
人差し指を頬に当てた『考えるポーズ』のイチカに、仁斎は落ち着きを払って
同意する。
「無論、全てという訳には行かんじゃろう。そこで今回は、4つの構えの中から、一番厄介な技を仕掛けられた場合を想定する。例えば水野さんの場合、両手が塞がった状態で体術を仕掛けられたが最後、片方の小太刀を手放してでも、敵の投げ技に対処するしかなくなるのじゃ」
希更は、仁斎が言い終えるのを待ってから、自信ありげに口を開く。
「臥龍先生の仰る通りですが、それについては一つ、私に対抗策があります」
内心、それを待っていた仁斎は、眉を開いて鷹揚に聞き返す。
「ほう、対策とな? ぜひ聞かせてもらいたいのぅ」
「はい。本来であれば、定石通り武具を手放して、忍びの体技で切り抜けます。ですが私には、水と相性の良い霊術があります」
「フム、陽忍術をもって打ち破るか……。ならばこれより、儂が水野さんに飯綱落としを仕掛ける。着地前には技を解くゆえ、それまでに打ち破ってみせよ。良いな?」
相手の引き締まった表情のすぐあと、希更は不意に、ゾクリと肌が粟立った。
落ち着きのある呼び掛けの中に、微かな闘志が含まれている!!
希更は突然、弾かれたようにバックステップで距離を取ると、両手の小太刀を
構え直して、臨戦態勢を整えた。
「承知! いつでも来て下さい」
棒立ちのまま、一刀の下に斬り捨てられなかった点は優秀である。
今度は敢えて敵対心を隠そうともせず、右手を模造刀の柄へと静かに添えた。
「良ぅし……。いざ、参る!」
言いざま、仁斎が電光石火の勢いで前に踏み込んだ!
すなわち、相手の認識速度を超えた『縮地の歩法』である。
突進の呼吸を読み切れなかった希更は、敵の攻撃を避けられない。
初手から定石を崩された彼女は、致命の一撃を防ごうと、逆手の小太刀を前に出す。
その瞬間、仁斎の利き手が素早く動いた。
右下から左にかけて、水平に近い角度で、するどい剣閃が走る。
たった一合で、左右の小太刀は長刀身の刃に容易く弾かれた。
剣圧の余波で、希更の上体がまっすぐ上に開く。
実戦であれば、胴を切り払われて一瞬で終わりだ。
これではまったく勝負にならない!
(こうも実力が違うだなんて……!!)
仁斎は瞬時に納刀を済ませ、希更の胴体を抱えて、空中高くへと飛翔する。
その高さ、およそ20メートル。
間違いなく、法術を爆発的に高めた上昇だ。
足裏に発生させた衝撃を、霊術によって上昇運動に転化した超人的な跳躍。
更には強烈な風速に耐える、氣術での姿勢制御。
一連の動きを辛うじて目で追ったイチカは、天を仰いで唖然とする。
「と、飛んだ……。しかも、高い……」
上空で両者の上昇が止まり、上下逆さに向きを変えて、飯綱落としの体勢が整った。
静止状態ならば、仁斎の脇腹を小太刀で抉るが、気流に揉まれた状態では、両手を自由に動かせない。
瞑目する希更は、人体の氣が集まる臍の下――丹田で全身の術力を練ると、瞼をカッと開いて、気合いと共に力を解き放つ!
「ハアアァァァッ!!」
瞬間、希更の体表面に水の奔流が生じた。
「なんと!! 刀身ではなく、自身の身体を中心に使いおったか!」
空中で緩やかにもんどり打つ仁斎は、神通力の作用で空気抵抗を増大させ、風に乗って華麗に地面へと降り立つ。
対する希更は、身にまとう流水を水玉へと作り替えて、強引に着地した。
霊術による緊急回避は、気力・体力を著しく消耗させる。
イチカは、息の乱れた希更を避けて、全身ズブ濡れの師匠に声を掛けた。
「師匠。ひょっとして今の現象も、希更ちゃんの霊術なんですか!?」
仁斎は、顔面の水を片手で拭い落として、視界を鮮明に保つ。
「うむ。霊術は消耗が激しいため、普通なら印や呪文などの精神統一によって、
負担を軽減する。勿論、それ等なしでも使うことは出来るんじゃが……」
顎をしゃくって希更を示す動作に、イチカはその反動を理解した。
「希更ちゃんは、補助もなしに術を使ったせいで、極度の疲労に陥ってしまったんですね」
這いつくばった状態の希更は、息を乱しつつも答えようとする。
立ち上がろうとして、酸欠にクラクラと膝立ちの姿勢に崩れた。
「でも、あんな技を受けたら戦闘不能は必至だもの。倒されるくらいなら、この方がマシだわ」
「その通りじゃ。本来ならば、負担の少ない神通力を使うのが好ましいが、使えぬとあらば仕方あるまい。あとは、個人戦での特訓あるのみじゃ。今日はしっかりと休むのじゃぞ」
「はい……」
と、希更は短く答えると、立ち膝姿勢を断念して、ストンと地面に腰を下ろした。
希更への指導が終わると、仁斎はゆっくりとした動きで、身体の向きをイチカへと変える。
「さて、次は藤森さんの番じゃ。藤森さんの場合、陽忍術がまったく使えん。従って、危機に対しては事前の想定訓練を積み重ね、忍びの体技で切り抜けるしかない」
「ならば師匠、私は、敵のどんな技に気を付ければ良いのですか?」
「そこはやはり、剣士との斬り合いで生じる『押し崩し』じゃな」
イチカは実際の動きを想像して、深刻そうに状況を語る。
「戦闘中に転倒させられるのは不測の事態。忍具を使う暇もありませんね」
「ウム……。ここはいっそ、崩されるのを念頭に動くのがよかろう。逆手剣撃の
場合、『往なし』という体捌きが有効じゃ。片脚を軸にして身を捌き、重心移動で敵の勢いを有らぬ方へと受け流す。隙が見えたら即刻、必殺の一撃じゃ」
「では師匠、順手の時に崩された場合、どうすれば良いんですか?」
仁斎の表情が、途端に険しさを増す。
「その時が一番危険じゃ……。この場合、我流剣士などの実践稼業が好む、『凌ぎ』で躱すしかあるまい。倒された時に相手の腕を蹴り上げるか、とっさに敵の腹を蹴飛ばして、追撃を回避する技じゃ。幸い、ちょうど儂が、その剣士に当たる。この辺りの修練は、明日と明後日の特訓で、敵との距離の見極め方を重点的に鍛えるとしよう」
仁斎は、少し間を空けて息を整えると、月曜と火曜、二日間の総評を満足げに
語る。
「良し良し。両人とも、予想以上の上達振りじゃ。これなら予定通り、最終調整を金曜日に迎えられよう。明日と明後日は、儂、藤森さん、水野さんの入れ替えによる、一対一の模擬戦じゃ。予定では、二人の組手指導のみじゃったが、小太刀と忍者刀で戦法が固定するのは好ましくない。それに、藤森さんの特訓課題である『凌ぎ』の件もあるからのぅ」
希更がようやく呼吸を取り戻して、不安から言葉を濁す。
「でも、臥龍先生が相手となると、私達で何処まで戦えるか……」
「なぁに、手加減はするわい。大切なのは訓練相手に勝つことではなく、連続技を如何に決められるかじゃ。では、本日はこれまでとする。帰ってゆっくりと休むのじゃぞ~♪」




