剣の舞
戦人形の前で抜刀した二人に、仁斎の指導が飛ぶ。
「二人は剣士としての戦い方を真似るより、戦闘中に忍具や体術を織り交ぜた、
純然とした忍びの戦い方が向いておる。したがって、刀を打ち合わせたあとは距離を保つか、相手の側面や背後に回る攻撃が有効じゃ。相手が剣士なら、距離を詰めて連撃を狙ってくるぞ。藤森さんは敵の斬撃を防いだら、忍具を使うことを念頭に大きく退がるのじゃ!」
イチカは師匠の指示通り、一太刀結んで大きく退がり、再び斬り付けては後退を繰り返す。
初めはナイフを手にした不良みたいな動きだが、身体が慣れてくるのに連れて、忍具を使った二段階目の動作に、連続技としての滑らかさが加わる。
接近と後退の直線的な歩みも、横軸方向の軌道を加えた、円周上の動きへと昇華した。
逆手抜刀の攻撃中、反射的に二の太刀がでた。
攻撃位置は相手の顔面。
これなら膂力抜きの『振り逃げ』だけでも、敵に強烈なダメージを与えられる。
常識的に考えて、相手はこれを防ぐしかない。
敵が迎撃に動いた隙に、後退しつつ手裏剣を準備。
こういった時に攻撃系の忍具は、上腕部のベルトに入れると厄介だ。
敵への攻撃で、腕は絶えず動いている。
蔵うのであれば、身体の中心に近い肋骨まわりが好ましい。
やおら忍具の位置を入れ替えて、二の太刀の効率を重視するイチカ。
指南役の仁斎は、イチカの変化を横目で追いながら、今度は希更に攻撃パターンを指示する。
「水野さんは両手が塞がっておる故、近距離での忍具切り替えは命取りじゃ。敵に近付いて、側面や背後に回り込んで手数で攻めい。忍具と術は、距離が充分に空いてから仕掛ける方が好かろう」
こちらは訓練の差が如実にでた。
あくまで自分中心のイチカと違って、希更は相手の立ち位置を主体に、平面上の戦いを想定する。
胴薙ぎ一の太刀で敵の守備を誘い、軸足回転で敵の側面を突き刺し、そこから木人形の周囲を舞うように、相手の腰から肩へ向けて回転斬りを結んでゆく。
剣の円舞から、手首を狙った素早い直線攻撃。
それが終わると、再び剣舞の動きから足払いへと変化する。
相手の姿勢が崩れたのを想定して、首の付け根に小太刀を突き立てた。
これには仁斎も、満足げに頬を緩める。
「ウムウム、水野さんの動きは見事じゃ。金剛先生の仕込みが実に宜しい。藤森さんの連続技も、初めてにしては様になっておる。忍びにとって、後退と忍具は二つで一つ。今は、それくらい極端に思っても構わん。木人形は動かんが、接近してくる想定で刀を振るんじゃぞ」
その後も、仁斎の助言と反復練習が続いた。
やがて二人に疲れが見える頃、小休止と使用忍具の回収を挟んで、別の間合いを想定した稽古が始まる。
「次に来たのは忍者刀じゃ。絶対に忍具を使ってくるぞ。特に藤森さんは同じ武器ゆえ、消耗戦が予想される。大切なのは、得意技で敵を出し抜く事と、剣以外の面で技倆を発揮する事じゃ」
「ハイ!」
イチカがするどく応答すると、仁斎は早速、曲の強い戦法を指南する。
「まずは剣での斬り合いじゃ。武器も体格も同様。然らば押せ押せ! 敵の体勢を崩すのじゃ。順手で打ち合わせては、押して斬る。逆手の場合、一度斬っては、離れて忍具。特に藤森さんの忍具は、特殊ゆえに意表を突けよう。剣技によって敵を圧倒するのではなく、剣術、体術、忍具を駆使し、隙を抉じ開けて急所を打つのじゃ!」
イチカへの指示が終わると、今度は希更の指導に移る。
「水野さんには厄介な相手じゃ。敵は必ず順手に持ち替え、こちらの守りを破ってくるぞ。打ち合わずに避けよ。然る後に、すばやく懐へ飛び込むのじゃ! 敵が両手持ちなら、忍具の出だしは必ず遅い。縦斬りならば、その場で身を捌いて前へ。剣の浸食領域が広い『胴払い(横斬り)』や『袈裟懸け(斜め斬り)』なら、大きく飛び退いて忍具か術じゃ! 敵の剣筋に合わせて、反撃の手を変えるんじゃぞ」
「承知!」
希更は最初に、縦斬り回避からの飛び込み連撃。
そこへ先の訓練を応用に加え、小手打ち、蹴り崩しから必殺の一撃。
それが終わると、退き戦法の忍具を打ちだす。
その後は、小太刀、格闘家対策の訓練が続き、月曜日の特訓は終了した……。
翌日火曜日の特訓は、仁斎との組手が練習内容に加わって、難易度が一気に増す。
まず最初に、大太刀・忍者刀・小太刀・格闘、4種の敵を想定した反復訓練を行う。
やがて一人が、仁斎を相手に実戦訓練を積み、残る一人が小休止を兼ねて、木人形を相手にゆっくりと太刀を振って、剣閃軌道を身体に学習させる。
二日目は、ひたすらこの繰り返しである。
こうしてその日の特訓終わり、三人は剣術修行を終えて、4戦法のまとめに移る。
「良し良し……。剣士と忍者刀相手の対策は、もう好かろう。残るは小太刀と格闘家相手じゃが、藤森さんは、その対策を憶えておるかな?」
午前中の必修授業に加えて、昨日今日の特訓で、嫌というほど頭に叩き込んである。
イチカは三角座りの姿勢のまま、背筋を伸ばして答える。
「私の場合、小太刀相手は金曜授業とまったく同じで、敵の守りを破り、退かせず寄せずの適正距離を保つこと。体術相手の場合、忍具対決は圧倒的に不利で、中距離での逆手剣撃と忍具の組み合わせ。それでも勝てなかったら、撒き菱を使って逃げる隠密作戦です」
後半の格闘忍者対策は、定石から外れていた。
本来ならば順手の小手打ちから一気に仕留めるべきだが、今のイチカでは初太刀を躱され、致命的な反撃を受ける可能性が高い。
仁斎はイチカの答えに軽く頷くと、今度は希更の方へと顔の向きを変える。
「とすると、その相手を仕留めるのが水野さんじゃな。近接零距離の敵に、どう戦う?」
間を置かず、片膝立ちの希更が簡潔に答えた。
「剣士が小太刀を相手にするのと同じです。適正距離を保ち、敵の暗器に注意すべし」
「うむ。近場ゆえ、敵の忍具も見破りやすかろう。して、同じ小太刀の場合は?」
「主な方針は三つ。一つは、二刀を使った消耗戦。もう一つは、片手を忍具の立ち回り……」
同型同技の勝負となれば、どうしたって明確な突破口はない。
だんだんと言い淀む希更は、その常識を打ち破る唯一の要素を挙げる。
「最後は、特技の霊術です」
イチカは小さく『霊術……』と口遊み、戸惑いに揺れる視線を正面へと向けた。
「師匠、これまで陽忍術のことを何度か耳にはしましたが、霊術とは、具体的にはどのような技なんですか?」
今度の試験では、陽忍術の使用は避けられない状況である。
ふむ……、と仁斎は小さく喉を鳴らし、説明の手順をすばやく組み立てる。
「以前にも、水虎先生の訓練で見た通りじゃが、霊術とは、物体を思い通りに操る念動力のようなものじゃ……。水野さんや、ちと済まんが、試しに使ってみてはくれんかな?」
「承知!」
希更は小太刀を抜いて2メートルほど飛び退ると、宙に印を結んで呪文を唱える。
「流水・斂操刃!」
希更の霊術が発動。
やおら空中に水の粒子が集まり、刀身に流水の螺旋がまとわりつく。
敵を斬り裂く破壊の力と、水の軌跡が織り成す美のしなやかさ。
――凄艶。
仁斎は心の内でそう呟くと、興味ぶかい表情で顎をさすった。
「ほほう、うまい使い方をするもんじゃ。小太刀に水を巻き付かせて、間合いを
延長すると同時に、斬撃の威力と守りを高める。今はそのくらいしか制御できんが、いずれは大量の水を操れるやも知れんな……。ああ、もう術を解いてよいぞ。そのままで居ると、ひどく疲れるからの」
希更が深く息を吐くと、小太刀を巡る水の螺旋が、音を立てて地面に溶けた。
術者の性格によって、技の使い方がまるで違う。
特に希更の場合は、水虎先生と違ってごく狭い範囲の術だが、水の動きが三次元的でスピードも速く、勢いに負けて流れの外へと弾き出された飛沫が、空中で緩やかな周回軌道を描いて、再び合流地点へと戻っている。
さながら、空中を彩る繊細な芸術である。
しばし、ボンヤリとした様子で技の冴えに魅入られていたイチカは、ふと我に返って希更に駆け寄る。
「すごいじゃないですか、希更ちゃん! 今の魔法みたいなのが、霊術なんですね」
尊敬の眼差しが熱を帯び、嬉しそうに綻んだ頬が、ほんのりと桜色に染まっている。
まるで、女の子同士の告白みたいだ。
希更は別に、あきえみたいな同性愛の趣味はないのだが、自分の未熟な精神力では、胸の高鳴りをどうしても抑えられず、はにかんだ笑みを僅かに俯かせた。
「ええ、そうよ……。神通力と対をなす技で、物体に干渉する所までは同じだけれど、物理法則を超えた動きを自在に生みだせるの」
希更の煩悶など知る由もなく、興奮冷めやらぬ様子のイチカは、二段ジャンプや炎を操る自分を想像して、声を上擦らせる。
「良いなぁ……。師匠、私もいつか、今みたいな技が使えるようになるんですか?」
「うむ……。忍術伝法の儀を受けて、御主も陽忍術の素養に目覚めればの」




