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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
3章 忍術伝承
51/83

発覚

 それから二日後の月曜日、テスト前の『最後の一週間』が始まった。

 この時期になると、学園全体の雰囲気が、なんとなく色めき立っている。

 特に、試験が一番いちばん早い1年生は尚更だ。

 (ところ)によっては試験当日を待たず、今にも戦いが激発しかねない空気ではあったが、裏門から左、校舎西の一角いっかくにある裏庭は、物々しい雰囲気とはまったくの無縁であった。

 午前の必修授業を終えたイチカと希更は、ゆったりとした昼食の時間を過ごして、食休みに互いの近況を取り交わす。


「それで藤森さん、特訓の成果はどうなんですか?」


 イチカは紺色こんいろのリュックに弁当箱を詰めながら、自信の笑みを小さく浮かべた。


「そうですねぇ……。私が思うに、だいぶ順調だと思いますよ。ただ、少し贅沢ぜいたくを言えば、実戦経験が少ないせいで、技の完成度に不安があるんです」


 授業のくみを参考に取れば、イチカの懸念もよく分かる。

 希更は明言をけて、やんわりとした表現で提案した。


「なら、もう少し実戦に時間を()くように、藤森さんからお願いするのはどうかしら?」


「やっぱり、それしか無いですよねぇ……。分かりました。あとで師匠にお願いしてみます」


 今までイチカの師匠とは、顔も名前もからずじまいだった事もある。

 どうせだったら、自分も会っておきたい。

 希更は思い切って、不安の種を打ち明ける。


「それで藤森さん、その師匠って人のことなんだけど……」


 話の途中、裏門方向から、キンキンとした騒ぎ声が近付いてきて、さらは言葉を

飲み込んだ。

 相手グループの一人も、裏庭の二人を発見して声を弾ませる。


「あっ、ほら見なよ。あそこに水野っち(みずのっち)達がいる」


 このヘンテコな呼び方は、金岡あきえ独特のものである。

 不思議センスでは負けてはいない柳沼(やぎぬま)理乃が、あきえの長身の蔭からピョコンと顔を出して、大きく手を振った。


「あっ、ホントだ! お~い、イチカに希更~ん(キサラ~ン)。そこで何やってんの~♪」


 興味津々の二人に加えて、このえ・華隠・愛里の3人が(うし)ろに続き、2対5の

構図で寄り集まる。

 芝生と(けやき)だけの開放的な野辺(のべ)に、(うん)()を払ういきの長い風が吹き抜けた。

 希更は(ほほ)を撫でる涼風に目を細めて、顔の前へと乱れた長髪を()き分ける。


「あっ、皆さん……。いま、藤森さんと訓練について話し合ってた所です」


 五人の認識では、イチカと希更のスタンスには、大きな隔たりがある。

 希更の返事に興味が湧いて、このえの整った表情が意外さに揺れた。


「訓練? 水野さんはともかく、藤森さんは今度の試験で、わざと落ちるんでしたのよね」


 華隠の見解もまったく同じで、クラスメイトを相手に、容赦のない言葉をぶつけた。


「そうそう。大ケガ対策のイチカと相談した所で、希更にはなんの得にもならんだわさ」


 自業自得ではあるが、その言い方は、あまりにも決め付けが過ぎる。

 ムキになったイチカは、集中特訓が露見するリスクも忘れて反論する。


「あっ、そんな言い方ってヒドイです!! 私、確かにどうさん達の前でしのびを辞めるような事を言いましたけど、今は改心して、精一杯に頑張るって決めたんですから!」


 その一言で、愛里のまゆがピクリと跳ねた。

 イチカが身が乗りだした拍子に、忍者服から(ただよ)う洗濯剤の香りが()(こう)をくすぐる。

 人工的な香りに誰よりも早く気付いた理乃りのは、締まりのない笑みを浮かべて、

イチカの(まわ)りを余裕タップリに歩き回った。


「へえぇ~。あのダメ尽くしのイチカが、ボク達と戦おうっていうの? いったい何秒()つのかな~♪」


「秒単位の瞬殺じゃありません。皆さんとの差だって、着実に埋まってきてるんです」


 口論の最中、希更からせいする意図のするどい視線を感じて、すぐに我に返った。

 イチカは遅まきながらも、『多分……』と虚勢きょせいの一言を付け加える。

 普段の未熟な言動が(さいわ)いして、危ういところでみは成功した。

 華隠はあきれた時の癖である、両手を後頭部に組んだ姿勢で言い放つ。


「多分で済んだら、忍者はとっくに廃業だわさ……。第一(だいいち)、あちし等とのは入学以前の経験を含めた年単位。逆立ちしながらちゅうに浮くぐらいの無茶でもしなきゃ、まともな勝負にはならないっしょ」


 今、華隠が面白いことを言った。

 かまわれ()きの理乃が、()()()()で華隠を見上げる。


「宙に浮いたら、逆立ちは()らないけどね~♪」


 もの(たと)えだと言うのに、コイツ、分かってておちょくってやがる。

 華隠は両手を荒鷲(あらわし)のように(ゆが)めて、怪獣みたいに()()()()


「ンガ~! 他人(ひと)の揚げ足を取るヤツは、こうしてやるだわさ~!!」


「うわぁ~。(あたま)かじられる~!」


 キャッキャッとふざけ始める理乃りの達とは違い、あきえは好意的な意見である。


「でも、アタシはイチカの特訓には賛成かな♪」


 優しい言葉を聞いたイチカは、両手の指をこうに組み、祈るような手付きで訴える。


「あきえさん……。あきえさんはやっぱり、私のこと、ちゃんと訓練してるように見えるんですね?」


 するとあきえは、イチカの期待を裏切るように、()()()()()()で視線を泳がせた。


「いや……。実力はともかく、水野っち(みずのっち)の足手まといに()んないようにするのは、感心できるなぁ、と思ってね」


「ん、そうですか……」


「藤森さん……」


 しょぼんと肩を落とすイチカを、希更が()()()気づかう。

 あきえは、暗く沈んだイチカの態度に罪悪感を感じて、親友に救いを求めた。


「あっ、えっと……。愛里はどうかな? せめてイチカもこうすれば、試験で長く生き延びられるとか、役に立ちそうなアドバイスは」


 (くる)(まぎ)れに話を振るが、(とう)の愛里は、ガラス細工の向こうでがおを保ったまま、一切(いっさい)、口を開かない。


「あれ? どうしたんだい、愛里。そんな真面目マジメな顔なんかして……」


「あきえ。貴方(あなた)、本当にそう思う?」


 やっと喋ったかと思ったら、同意や助言ではなく、剣呑(けんのん)さすら漂う反問である。

 愛里が放つするどい空気に、追いかけっこののん理乃りのも、緊張を感じて動きを止めた。

 両者のあいだで、名状しがたい空気が急速に高まる。

 特訓成果を見破られる前に、イチカは、芝生の上からゆっくりと腰を上げた。


「えっと……。済みません、皆さん。私、ちょっと()()()()()()……」


 行動の不自然さは、態度よりも言葉づかいに表れた。

 死滅した表現でトイレに向かうイチカの正面を、『シュバ!』と素早い動きで

愛里が(さえぎ)る。


「うえぇぇ、なにぃ!?」


 短い悲鳴を上げて立ち止まるイチカに、愛里は小さく『やっぱり……』と口にした。

 やがて、()()()()()()()()愛里は、イチカの肩越しに、のん達へと視線を向ける。


「みんな、憶えてる? 一昨日(おととい)の戦闘訓練、藤森さんは()()()()()わよね」


「見学? それの何処どこがおかしいんだわさ」


「そうだよ。あの時のイチカ、イイ子にしてボク達を見てたじゃん」


 華隠と理乃の反応は、感覚の麻痺(マヒ)という奴である。

 忍術学園は線路沿いに位置しているため、校庭訓練の際は、(まん)(いち)の目撃者対策として、訓練生くんれんせい全員に隠行術を義務付けている。

 術を持たない1年生の真似(まね)(ごと)でも、一般人(いっぱんじん)相手にはそれで充分だ。

 そうした条件をもとに、愛里が決定的な矛盾を指摘する。


「だとすると、以前の藤森さんなら、金剛先生の姿も含めて、『誰も()えてない』って事なのよ!」


 見えていないというのなら、出席扱いの健室けんしつ療養でも充分なのだ。

 (こと)の重大さをようやく認識したあきえは、大きく()(みは)り、(かす)れた声でうろたえる。


「ウソだろ……。それじゃあイチカは、アタシ達とおんなじくらい、()()()()()()()()()()って事じゃないのさ!!」


 ずもももも……と、五人の強烈な重圧(プレッシャー)に追いつめられてゆくイチカと希更。

 やがて、そのうちの誰かが核心を突く前に、遠く、金剛先生が朗らかに呼び掛ける。


「お~い、水野~。待たせたな~。先週せんしゅう組んだ予定の通り、特訓の総仕上げと行くぞ~!」


 華隠たちとは逆方向の焼却炉しょうきゃくろ側から、()()()()()()()()草鞋(わらじ)をつっかけ、金剛先生が現れた。

 やがて、視界の中に想定外そうていがいの五人を見付けると、その足取りが困惑に()()()()()


「ややっ! 坂本に獅堂。それに焰薙(ほむらぎ)達まで……。お前たち、秘密特訓ではなかったのか?」


 すると、このえが(いっ)()前へと踏み出し、(てのひら)を胸に当てて(かしこ)まる。


「はい……。その甲斐あって、各々(おのおの)、自分の得意とする陽忍術を、ある程度は制御できるようになりました。ですから今週は各先生に師事(しじ)して、技の精度を高める予定です」


 個人特訓の真意を理解して、金剛先生が低く唸る。


「むうぅ、その手があったか……。確かにそれで試験に(のぞ)めば、かりに強者と当たって敗北しても、技術点で多くの単位を確保できるからな」


 金剛先生の呟きに、イチカが期待を込めて追及する。


「でも先生、以前、下忍じゃ技術点ぎじゅつてんなんか期待できないって(おっしゃ)ってましたよね?」


「それは、本来ならこの時期のお前たちが、忍術持ちではないからだ。技術点の採点基準は、忍びの体技だけではなく、陽忍術のなん易度いどや特異性も評価される」


「それじゃあ今回に限り、使えた時点で、技術点が加算されるって事ですか!? だったら希更ちゃんにも、技術点を大量に稼ぐチャンスがあるって事ですよね♪」


 イチカの気持ちが分かるだけに、金剛先生の口調からは、失意と困惑が(うかが)える。


「まぁ待て、藤森。高札(たかふだ)にも掲載した通り、二人一組(ツーマンセル)での技術点は、二人の平均値となる。片方ばかりが高得点でも、もう片方がそれに頼り切りでは、正しい評価にならんからな」


 その直後、金剛先生の真後ろから、臥龍仁斎(がりゅうじんさい)の新たな解説が加わった。


「代わりに、二人ふたり一組ひとくみの忍術なんぞも出来るがの~♪」

イチカの苦労が、少しずつ実を結んで行きます。

彼女の意思が何処にあるのか、それは次話で明らかになるでしょう。

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