瀑男先生のバクダン授業
そして一限目の戦術教練。
試験想定の剣術修業で、金剛先生の叱咤が飛ぶ。
「こらっ、藤森。水野の攻撃に押されているぞ。小太刀に翻弄されるようでは、
忍者刀の特性をまったく活かせていないことになる。もっと適切な距離を保て!」
(適切な距離……? そうか。敵の間合いに踏み込みすぎてるんだ!)
斬撃の力が鮮やかに乗るのは、刀身の先端から、およそ三分の一の距離だ。
イチカは小太刀の剣閃範囲から大きく外れ、斬空刀の間合いを希更の身体にではなく、踏み込み位置へと調節する。
思った通り、希更は迂闊に手出しできなくなって、途端に守勢に回る。
戦局の明らかな変化を読み取って、金剛先生が満足そうに喉を鳴らした。
「うむ、それで良し。水野はフェイントと受け流しを駆使して、藤森の初太刀を躱し、するどい踏み込みで懐へ潜って、相手の守りを斬り破れ!」
こうしてイチカは、特訓では足りない実戦訓練を授業で補い、二限目の授業へと向かう。
次なる授業は、忍具作成の実習授業。
校舎北側3階の忍具調合室に、褌一丁の前衛芸術家、瀑男先生が入室する。
一応、ねじりハチマキに丸メガネ、作業用に前掛けを提げてはいるが、そんな
装飾品ごときでは、筋骨隆々の半裸を隠すには、有って無きが如しである。
「芸術は、爆裂だ!!」
まずは御決まりの一言を教卓前で言い放ち、さっそく授業開始の口上を並べる。
「さて野郎共、ついにこの日が来ちまったな。なんと今日から、癇癪玉の製造に入っちまうぞ」
女子生徒を野郎呼ばわりのアブナイ教師に負けず劣らず、焰薙華隠は理性の振り切れた声で、待ちに待った授業内容を礼賛する。
「エッヒャッヒャッヒャッ! その言葉、あちしはずっと待ってただわさ! さぁ、褌先生、このあちしに爆発物の製造奥義、さっさと伝授するだわさ!」
「相変わらず、俺の授業じゃテンション高えな、焰薙は……。だが、望む所だバカ野郎! そもそも伝造先生に火薬の調合を習わせたのは、ぜんぶ俺の差し金だ。
昨日は図らずしも、教室を爆破しちまったって? 良いぞ良いぞ! 今日は校庭で、好きなだけドッカンドッカンやらせてやるぞ。何故なら俺の口癖は…………」
溜めに溜めた割には、結局、どうでも好いキメ台詞を口走る。
「芸術は、爆裂だ! だからなっ!!」
しかし、その日の午後、歌舞伎役者みたいな口調で、瀑男先生が疑問の声を練り鳴らす。
「なぁ~にぃ~? 俺がこれだけ教えたのに、まったく爆発しねえだとぅ!?」
荒れ狂う獅子舞のように、首をガクガク揺らす動作は基本仕様だ。
それだけ暑苦しければ生徒も尻込みして当然だが、不発の原因は、どうも作り手のイチカではないらしい。
黄色い砂塵が足下を舞う中、老剣士が、校庭の真ん中で不思議そうに首を捻った。
「ふむぅ……。こうして儂も付きっきりで見ておったのだが、手付きの善し悪しはともかく、手順は完璧じゃ。本来なら、これで爆発してもおかしくないと思うんじゃが……」
仁斎を含む三人の前で、校庭中央に横たわる癇癪玉は、煙ひとつ吐き出さない。
考えられる要因としては、自作忍具の非正規性であった。
「やっぱり、昨日作った調合薬を、お菓子素材に混ぜたのが悪かったんでしょうか」
イチカが自信なく言うのを、新忍具には門外漢の瀑男先生が、これまた自信なく返す。
「いや。それでも、火薬は火薬だからよぅ……。ひょっとしたら、着火性が悪いだけかも知れねぇぜ」
通常忍具の専門家すら戸惑う状況に、どうせならばと、仁斎が提案する。
「物は試しとも言うし、普通の癇癪玉と一緒に使って、誘爆させてみてはどうかの?」
「おっ、そいつはおもしれぇ。引火専用ってのも、専門的な風情を感じさせるな……。藤森さんよ、たしか、授業で作ったヤツがあるだろ。いっちょそれに火ぃ点けて、玉の辺りに投げ込んでみてくれや」
「分かりました。やってみます」
イチカは癇癪玉付属のマッチで導火線に着火し、腰の捻りを加えて利き手を振りかぶる。
点火玉は、イチカの右手を離れて不発弾へと接近し、地面に落下して爆発した。
すると、癇癪玉の破裂と同時に、不発弾が周囲の爆風を吸引して、爆心地周辺に真空状態を作る。
それまで棒立ち姿勢だったイチカは、予想外の現象に受け身も取れず、側頭部から地面に滑り込んだ。
「痛ったたたたた……。いったい何が起きたんですかぁ?」
頬を摩りながら立ち上がるも、見えるのは、普段のグラウンドの情景のみ。
強いて変化を挙げるとすれば、校庭の黄色く乾いた砂が、爆心地で小山のように寄り集まっていた。
瀑男先生も転倒から立ち直り、校庭の様子を見て愕然とする。
「オイオイオイオイ……。こいつは一体どういうこった? 爆発の跡が何処にも無ぇぞ!」
言われてイチカも、校庭内の異常を認識する。
「本当だ……。地面はまったく抉れてないし、煙っぽい匂いも全然しない」
姿勢を整え、杖を突き直した仁斎が、怪訝な眼差しをイチカに向けた。
「もしやと思うが藤森さんや、調合素材のお菓子に、なにを使ったのじゃ?」
「えっと……。確か、夏の蒼い納涼花火をイメージして、お菓子忍具の火薬の材料に、氷菓子のアイスボッ○スを混ぜてみたんです」
お菓子といったら煎餅派の瀑男先生が、ヘンテコな表情で聞き返す。
「アイスだったら分かるが……。なんだい、そのアイスボッ○スってのは?」
「昔、外で遊んでも手が汚れないからって、バスケットボールをやってた子供達に流行したお菓子のことです。伝造先生の教えを参考に、木属性の『爽風薬』を繋ぎに使ってみましたけど……。どうやら、炎と氷の反発が強過ぎたみたいですね」
熱が冷めてゆく弟子とは違い、師匠の仁斎は瞬ぎもせずに思案を巡らす。
やがて、一つの推測結果を唖然とした空気で告げた。
「否……。これはこれで、成功やも知れん」
仁斎の言葉を参考に、瀑男先生が腰に手を当てて頷く。
「なるほど……。臥龍先生の言う通り、こいつもまた一つの正解だ。なんたって、爆発と同じ規模の熱と爆風を、お嬢ちゃん謹製の特殊爆弾が吸い込んじまったんだからな」
「それじゃあ、さっきまでの不発現象は、周りの爆発を吸い込もうとしてたんですか!?」
「ハッキリとした事までは言えんが、この状況を察するに、そうだとしか考えられん」
仁斎は片手を横に広げて校庭の様子を示すと、実用手段を仄めかす。
「目的からは外れたが、代わりにこれで、癇癪玉への対応が広がったわい。手裏剣のように弾くことのできん爆発は、その場を離れる『逃げの一手』しかなかったからのぅ」
「爆発は通常忍具任せで、この真空玉は、敵の意表を突くキッカケになりそうですね」
イチカが弾むような調子で言うと、仁斎は、その結末を満面の笑みで予言する。
「ウム……。もっとも、相手の隙を突くより先に、敵は儂等みたく、地面に引き倒されてしまうがのぅ。カッカッカッ!」
・蕩暈氷花
天海衆の偵察・高速機動部隊を担当し、戦場攪乱を得意とする術士。水属性。
白く艶やかな肌と、細長い手足が特徴の妖艶な女性。
舶来品や装飾物を好み、情報分析や戦術眼に長ける。
西の霊場・赤壁を目指すも転進。戦力の大部分を天空の護衛へと回して、自身は殿となって神通力の泰斗・天地霄人ひきいる陽忍部隊を引き付ける。
陰忍奥義・氷結界によって陽忍たちを凍えさせるも、中野ひみかと仙石保の合成忍術により、神具を身体に打ち込まれて封印される。




