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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
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悪魔の便所

 忍術学園にんじゅつがくえん訪問までは、まだ少し時間がある。

 イチカは食卓前の椅子に座り、コンロの前で蕎麦(そば)を茹でる姉に愚痴を零した。


「それにしても、姉上(あねうえ)が忍者だったなんて……。母上(ははうえ)たちはどうして私に、そんな大事なことを隠していたんだか。しかも自分達でさえ、その道のエリートだなんて!」


 (うし)()に聞き耳を立てるあおいは、菜箸さいばしで鍋を掻き回しながら無邪気に笑う。

 その仕種に、立派な姉を演じるメッキはがれている。

 保母にてきした面倒見の良い声が台所に響いた。


「そんなに母上(ははうえ)たちを悪く言ってはダメよ。これでも貴方(あなた)が小さい頃、みんなで

真剣に話し合ったんだから。忍びの世界に常人(じょうじん)が一人。どう考えたって、普通の

家庭が成立するわけないでしょ?」


「むうぅぅぅ……。それは確かに、そうですけどぉ~」


 騙し討ちを喰らったようで、なんとなく気分が悪い。

 イチカは行儀悪く、テーブルの上にした。

 その横で、生まれも育ちも忍びの里の瓊荷木(ににぎ)さよが、イチカの反応に疑問を感じる。


()()()()()は、そんなに忍びの存在が不気味ですか?」


 不可思議レベルで言えば、隣りに座る()()も同じだ。

 見た目は子供と侮っていたが、なんと、イチカと同じ15歳である。

 彼女も忍ヶ丘(しのびがおか)に住む一般女子と同様、幼少期から忍術修業を受けていたが、華奢きゃしゃな体格のため、訓練に慣れなかったのである。

 その代わり、にん()の鑑定眼は一級品。

 その才能を見込まれて、忍術学園一階(いっかい)の購買で、管理人として働いている。

 さよの通りの()()()()()に強く出れず、イチカは人差し指を立てて丁寧(ソフト)に返す。


「さよちゃんの場合、生まれた時から忍者社会にんじゃしゃかいに馴染みがあるので仕方ありませんが、もしも、この街の外で『忍者』なんて言おうものなら、完全にわりもの扱いなんですよ?」


 忍び社会は、隠蔽いんぺい体質そのものである。

 さよも、その点には心当たりが有るので、明快な反応を見せた。


「確かにこの忍ヶ丘(しのびがおか)も、秘密にしていることが多々(たた)あるですね。現代社会に忍者あり。それを隠すために、街中には近代建築が一杯ですよ」


 その一言で、道中、イチカがかかえていた疑問の一つが払拭された。

 さよの同意を得たこともあり、イチカの追及に勢いが増す。


「そこですよ! 甘味処(かんみどころ)の横にビルとかミスマッチな光景にくわすし、一般人と(おぼ)しき人も平気で歩いてる。いったい(なん)なんです、忍ヶ丘(このまち)って。本当に忍者なんて居るんですか?」


 (あおい)は再び短く笑うと、改まった調子で口を開いた。


「そうよね~。これから、この街で生活するんだもの。まずは、その辺りのことを詳しく教えてあげる♪」


 さも愉快と言った調子で、あおいが忍ヶ丘の来歴を語り始める。


 慶応(けいおう)1年、幕末の時代。

 異能の力の源である紫水晶(むらさきすいしょう)を手にした忍び・天空(てんくう)は、時の権力集団である徳川幕府と敵対し、陰忍(いんにん)組織『天海衆(てんかいしゅう)』を結成した。

 天空は、己の体内に大量の呪術媒体(じゅじゅつばいたい)を保有し、直ちにきずを再生する不死身の存在である。

 これに対して雪風(ゆきかぜ)率いる陽忍(ようにん)集団『五部(いつつべ)』は、陽忍術の高純度媒体・五行(ごぎょう)宝輪(ほうりん)を用いて、天空てんくうの体内に流れる呪術媒体を無効化しようと考えた。


 しかし、その試みは失敗した。


 五行(ごぎょう)宝輪(ほうりん)が放つ膨大なエネルギーに術者が耐え切れず、その模造品(レプリカ)を使って、

天空を封じるだけで精一杯だったのである。

『いつの日か、天空(てんくう)は復活する』

 そう言い残した雪風(ゆきかぜ)の遺志を継ぎ、今なお延命術えんめいじゅつによって生き長らえた一部の

忍ヶ丘・陽忍(ようにん)は、五行の宝輪を使いこなす、優秀なしのびが生まれるのを待ち続けていたのである。




 話の区切りに、イチカが緊張感のない相槌をうつ。


「ふうぅん、そんな事があったんですかぁ……」


 ()んぞり(かえ)って椅子の脚をガタガタ揺らす妹に、(あおい)は残念な気持ちで肩を落とした。


「イチカ……。その口振りからして、全然ぜんぜん信じてないって感じね」


 当然のことである。現代社会に忍びの集落が存在するだけでも眉唾物(まゆつばもの)なのに、そこに来て、陽忍術なる異能力の存在である。

(やっぱり、どっか胡散臭いんだよなぁ……)

 集中力の切れたイチカは、使い勝手の良い用件を切り出す。


「あっ、そうだ。ちょっと、トイレに行っても良いですか?」


 イチカの魂胆を見抜いたさよが、隣りの席で目を細める。


「うわっ、誤魔化したです」


「ハア……。もう好いわよ。どうせイチカも、すぐに信じざるを得なくなるから。トイレは玄関に向かってすぐ右だから、行ってらっしゃい」


「ハ~イ♪」


 イチカは席を立つと、(あおい)の指示通りに台所を出て、玄関前を右へと曲がる。

 やがて、目の前の粗末な木戸きどを開けて中に入ろうとした瞬間、イチカの笑みが

凍り付いた。

 そこに()ったモノは、和式というよりむしろ旧式。

 ツンと鼻を刺す化学的(ケミカル)な香り。

 かがむ姿勢を強要した伝統的な造形(フォルム)

 その中心に広がる『(なぞ)大穴(おおあな)』。

 水洗式などではない。

 それは、今は亡きしきゆかしい()()り式。


 人呼んで、『ボットン便所』であった!


 これは、女子にして10代(なか)ばのイチカにとっては、あまりにも厳しい洗礼である。

 呼吸を止めて、『バターン!』と力一杯に異次いじげん空間くうかんを封印。

 一目散いちもくさんに台所へ戻ると、目をうずき状にグルグルと回して不明瞭に喘ぐ。


「あ、あ、あ、姉……。トイレ、穴……」


 なにを言ってるのかサッパリ判らない。

 鍋の中身をザルへと移した(あおい)は、頭上にハテナマークを浮かべるばかりである。

 反対にさよは、イチカの言いたいことを(つぶさ)に理解して、気不味きまずい空気で口を開いた。


「そう言えばイッちゃんは、(アオイ(うち)のおトイレ、初めて目にするんでしたっけ」


 ようやく(あおい)もすべてを理解して、ウンウンと小刻みに首肯する。


「もう数年越しの付き合いだから、すっかり忘れてたわ。そっかそっかぁ♪ 忍ヶ丘(ひろ)しと言えど、(ウチ)だけだものね~。ボッ……」


「ストーップ!! それ以上は何も言わないで下さい、姉上!」


 禁則事項(NGワード)を阻み、乙女のプライドをギリギリの所で死守するイチカ。

 続けて、どうしたもんかと表現方法に苦しみ、しどろもどろに質問する。


「その……。あの場所、と言いますか……。とにかく姉上も、あそこで用を足すのですか? しかも、その格好で……」


 (あおい)の服装は、膝下までのすその長い着物である。

 かがんだら確実にアウトだ。

 さすがのあおいも、そんなバカな……、と鼻を鳴らして苦笑した。


「近くに()(もん)()けがあるもの。上着をそこに掛けてからよ~♪」


 屈託くったくもなく返してくれる。

 こいつはかなりの玄人くろうとと見た。

(どうしよう……)

 イチカの心はれにれる。

 これからこの家に住む以上、決して()けては通れぬ関門だ。

 行くべきか、行かざるべきか。

 それこそが問題だ。

 有名な物語の一節いっせつを引用してみたが、事態は一向いっこうに解決されない。


――行ってみよう……。


 勇気を振り絞ってこぶしを握るが、脚がまったく動かなかった。

 どうしても無理だ。

 女の子にとって、彼処(あそこ)()(くつ)である。

 あまりの苦悩ぶりに、さよが気の毒に感じて助け船を出した。


「あの、イッちゃん……。もし好かったら、私の(ウチ)のを使いますか? すぐ()(とな)りですし」


 藤森イチカ、自分の家のトイレに行けない15歳。

 はたしてそれで良いのか、と自問自答する。

 一秒、二秒、そしてギブアップ。

 イチカは、ほんのりと涙を浮かべて項垂れる。


「ハイ、お願いします……」


 さよの家のトイレは、ちゃんと水洗式(すいせんしき)であった。

私の生まれた家のトイレが、まさにコレでした……。


子供のころ、親戚がウチに来て『かくれんぼ』をやった時、私は何者かに身体を押されたような衝撃を受け、あの深淵アビスに右脚を突っ込んだのです。

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