事案発生
背筋の曲がった小さな身体が、せかせかと忙しなく動きだす。
イチカは師匠の後ろに続いて裏門を左へ曲がり、すぐ先の十字路を右へと進む。
そのまま森と民家に挟まれた小径を直進すると、横断歩道の手前右に、忍びの里の文房具、忍具や刀剣パーツの調整を請け負う、木下文房具店の外壁が見えた。
お店の正面へと廻った仁斎がアルミ戸を開き、陽気な声で店内に呼びかける。
「お~い、伝吾ろ~や。新忍具の試作品はどうなった~?」
店主へ向けて放ったソレを、訪問中の別の誰かが気さくに迎えた。
プックリとした林檎ほっぺに袢纏姿の瓊荷木さよである。
「あっ、イッちゃんにおじじ! こんにちはです♪」
ですます口調の純朴な少女を見付けて、イチカが顔を驚かせる。
「さよちゃん! ひょっとしてさよちゃんも、此処に用事があったんですか?」
さよは、イチカの質問にコクンと身体ごと頷いて、ハキハキといじらしい口調で答える。
「ハイです! 納品は明日からですけど、注文を聞くついでに、イッちゃんの言ってた新しい忍具が気になって、来てしまったです」
前後の事情を含めた丁寧な説明が終わると、間近の仁斎が、さよの頭に手を伸ばす。
「ほほ~う。そりゃまた、仕事熱心じゃのう。ほんに、めんこい奴じゃ。うりうりうり……」
「わ~い、です♪」
さよは、天井めがけて両手を力一杯にアッパーカット。
心の底から燥いでいる様子である。
我が師の意外な豹変に、イチカが呆然と呟いた。
「へえぇ……。師匠って、さよちゃんと、すっごい仲良しなんですね」
その時ようやく、話の流れに取り残されていた店の主人、木下伝吾が動いた。
色黒猪首の顔をカウンターの上から頬杖で支えて、イチカの発見へ律儀に返す。
「そりゃあもう、もし家族がいたら、本当の孫以上の扱いさ……。と言っても、おじさん達学園関係者はみんな、彼女に一目置いてるんだよ」
「みんなって事は、おじさんもそうなんですか?」
レジ奥の伝吾は、さよと仁斎のじゃれ合う様子を、遠い目で見つめながら返す。
「そりゃ、あの娘には感心させられるよ。若いのにしっかりとした性格だし、商品知識にも間違いがない。彼女の母親が学園購買を譲ったのも、表向きには楽隠居には成ってるけど、実際は、彼女の素質を見抜いた代替わりだろうね」
忍具細工師の伝吾が言うのだから、絶対に間違いはない。
代わりに気になったのは、彼女の母親のことだ。
転入初日からドタバタ続きで時間が取れず、暇を見付けても、生憎の留守が続いた。
「時間が合わないせいか、お隣りさんなのに一度も挨拶できてないんですけど……。さよちゃんのお母さんって、どんな方なんですか?」
「瓊荷木美里。まだ若い、40前後の人さ。夢はでっかく冒険家。忍ヶ丘の迷宮や、夏の猛暑、稀に現れる謎の城、陽炎城が出没範囲だけど、これが中々、遭遇するのは一筋縄じゃ行かない。……なもんで、本業は運任せに、普段は素材の収集に専念してるって寸法さ」
「へええぇ、素材集めかぁ……。私も知らない内に、どこかで御世話になってるんだろうなぁ」
すると仁斎は、イチカの生返事にさよを構う手を止めて、難儀な表情で口を挟んだ。
「そりゃ勿論じゃ。平常授業で目覚ましい活躍を見せた者に贈られる、活躍単位の評価点。その『評価点』の証明物こそ、美里嬢ちゃんが集めた高純度媒体なんじゃ」
購買担当のさよは円らな瞳で、説明ついでにちゃっかりと宣伝をこなす。
「おじじの言う通りです! ちなみに単位証は、ウチの購買で結晶化することで、単なる単位証明のアイテムと、陽忍術結晶の二つに分離・抽出ができるです。10段階ある単位数によって、素材能力やアイテム化の結果も変わるですよ」
「なんだか、ヤケに愉快なシステムになってますね。誰の仕業ですか、ソレ……」
半眼目付きでイチカが怪しむと、さよが申し訳なさそうに肩を落とした。
「ごめんなさい。ウチのお母さんです……」
その態度から、母に対する彼女の苦労が偲ばれる。
さよは話題を変えるため、身長差から見上げるような格好で、カウンター越しに伝吾へ尋ねた。
「それで……。今日までに造れた忍具、どうなったですか?」
伝吾は、短足・小太りの身体をカウンターから遠ざけて、俄かに活気付く。
「ようやくその話に入れるな……。よしっ、地下の工房に来なよ。これがまた、
面白い事になってるんだ」
自信満々の伝吾を先頭にして、イチカ達は廊下奥の階段を、一列に並んで下りてゆく。
やがて、分厚い金属扉を開けて地下研究室に入ると、部屋の中央にセットされた長机が目に留まった。
机の天板には、駄菓子やスナック菓子と共に、小型の重量計が並べてある。
「まずはコレ、見た目はお一つ10円の超低価格なアレさ」
最初に伝吾が手にしたのは、ビニール包装が陽気なデザインの棒状麩菓子であった。
思わず正気を疑ってしまう発言に、イチカは顔面を硬直させる。
「ソレってどう見ても、う○い棒ですよね?」
「ああ、分かるよ。お嬢ちゃんの気持ちが、このお菓子の刳り抜かれた中心のように、筒抜けに分かるよ。だけどコレね、失敗覚悟で5,6本入れた時、たった一本になって出てきたんだ」
「お得な商品の筈なのに、なんだか凄っごく損した気分ですね」
失望と脱力感が堆積する空気を、伝吾が絶滅指定の古臭い文言でひっくり返す。
「所がどっこい、同じ体積の分、密度が濃くなったのさ。そして、その結果がコレだ!」
伝吾がビニール包装から麩菓子を取り出し、口に咥えて鋭く息を吹きだす。
その瞬間、筒に仕込まれた吹き針が『シュコ!』と高速で射ち出された。
怪しげお菓子の真価を目の当たりにして、発案者のイチカが調子外れの声で叫ぶ。
「ええっ! ソレ、お菓子じゃなくて『吹き矢』だったんですかぁ!?」
「どうだい、驚いただろう? 密度が上がったことで、圧縮空気を飛ばせるようになったのさ。しかも、使い道はこれだけじゃない。少し堅いけど、なんと、この吹き矢の最大の特徴は……」
言いざま、ムシャリと筒の先端を横囓りする様子を見て、さよが唇を戦慄かせる。
「はわわ……。吹き矢の筒を食べちゃったです」
「そう! こいつの場合に限っては、お菓子の性質をしっかり留めてるんだ。前代未聞の食べられる忍具。つまり此奴は、吹き矢と救命丹の合成忍具なのさ!」
救命丹とは、滋養効果と共に術力を回復させる兵糧丸のことである。
合成忍具の機能性を知った仁斎は、固定概念が激しく揺らいで、息苦しく呻いた。
「よもや、こんな莫迦げた発想で、忍具の携行問題を解決しようとは……。長年、忍ヶ丘に生きただけあって、この発見はちと『へびぃ』じゃわい」
ショックの大きさから、慣れない横文字が口を突いて出た。
同じく、忍具細工師として熟練者の伝吾も、仁斎の肩にポンと手を置き、哀愁を漂わせる。
「分かるよ、ジ~さん。いやさ、仁さん。俺だって此奴の正体を知った時は、ある種の衝撃を受けたよ。でもさ、男の最悪の言い訳みたいだけどさ……」
伝吾は、やるせなさに少し溜めると、声を大にして言い切った。
「だって、デキちゃった存在はしょうがないじゃん!!」
・火炎隆景
天海衆五忍将の一人。火属性。
強襲作戦を得意とし、戦場に好んで現れるという灼髪の忍び。
好戦的で思い切りがよく、自由闊達な性格だったが、呪術から陰忍術。そして鬼の力をも取り込んだ『陰忍鬼道術』に触れたことで、破壊衝動を抑えられなくなる。
陰陽術の大家・近宮一門を襲撃し、陽忍集団『五部』の由来となる近宮祈を殺害するも重傷を負う。
天海衆による総攻撃の折、別動隊を率いて江戸城攻撃に向かうも、その動きを事前に陽忍たちに察知され、町中で殲滅戦を敢行する。
最後は、集団奥義で巨大な烈火の鵬を生み出すも、復讐に燃える近宮一門と神具を用いた獅堂が呼び出した蒼炎の獅子に討たれ、飛龍製鉄所の地下に封印された。




