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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
2章 成りたい自分
34/83

 翌日、水野邸内(ていない)

 白い壁紙と夜具。その()必要だけ、必要だらけの空間。

 目が覚めたさらは、『チリン……』と涼しげな音色を鳴らす。

 人が来ればばんを相手に委ね、来なければ自力でこなす。

 それが、この部屋での習慣(ルール)であった。

 水野希更にとっての『世界』と言っても良い。

 ただ、今日の世界はやけに騒がしかった。


『ドムッ! ドムッ! ドムッ!』


 重低音のビートをきざむ低音域スピーカー(ウーファー)みたいな足音が、たたみを強く振動させる。

(なんで戦国武将みたいな、自信満々の歩みなのかしら?)

 (いぶか)りながらも、希更は思い当たる人物の名を口にした。


「お父様?」


 だが、希更の予想は乱暴らんぼうにも裏切られる。

 ズバッと遠慮なく障子しょうじを開けて現れたのは、黒の忍者服に、ショートカットが

特徴の素人しろうと忍者、藤森イチカであった。

 無礼千万な登場もさる事ながら、意外な人物を視界に捉えて、希更はすばやく

身を起こす。


「ふっ、藤森さん!? なんでこんな所に!」


 いっぽう、(とう)のイチカもビックリしていた。

 彼女にとってのいえとは洋風建築であり、自分の部屋とは、木のドア一枚(へだ)てた

要塞である。

 まさか、障子紙(しょうじがみ)一枚さきにプライベート空間が広がってるとは、夢にも思わなかったのだ。

 威勢よく乗り込んだ割には、まさかの不作法に顔を赤らめ、イチカの勢いが一気に崩れた。


「はぇ!? まさか、ここが希更ちゃんの部屋? ご、御免なさい! 私、てっきり客間か何かかと思って、ショートカットしようと……」


 想像を絶するどうな動機に、希更は硬直した笑みで指摘する。


「藤森さん。それも充分、失礼だと思うけど……」


「す、済みません……。私、日本人の癖に、日本建築ってよく分からなくて」


 イチカは開け放った障子をしずしずと()てて、寝床のそばにペタンと正座する。

 腰を落ち着けるなり、イチカはしげしげと室内を見回した。

(ふへえぇぇ……。ここが、希更ちゃんのお部屋かぁ)

 正確には、静養(せいよう)し、寝起きするだけの病室である。

 彼女本来かのじょほんらいの部屋は別にあった。

 以前に聞いた()(しき)(ろう)という表現は、あくまで彼女の心象風景なのだろう。

 イチカとしては、子供の頃、教育番組で見た戦後まもなくのかく病棟を想像していたが、現実はもっと開放的だった。

 手の届く範囲に自由があるだけ、病人の希更にとっては、むしろ残酷だったのかも知れない。

 イチカが遠慮えんりょに視線を走らせるあいだに、希更が思考力を取り戻す。


「でも藤森さん、一体どうして此処(ここ)に?」


 どうやって(うち)を知ったのか。

 そういう意図の質問だったが、日本語の難しさが、うまい具合に本題へと結びついた。

 イチカは早速、決意の変化を希更に示す。


「私、希更ちゃんのお見舞いついでに、『今度の試験を本気でやる』って励ましに来たんです」


 驚きの連続で、頭がうまく働かない。

 だが、それも時が()つに連れて、雨が大地に染み込むように、その意味がじんわりと心に伝わる。

 イチカの急な心変わりを聞いて、さらは不思議さと喜びで声が震えた。


「それじゃあ藤森さん……。私と一緒に、試験合格を目指してくれるの? でも、どうして? 藤森さんは、くのいちを辞めたいんじゃなかったの?」


 心意気も姿勢も固く、イチカは背筋を伸ばして、拳をひざの上に固める。

 そこには志を曲げぬ、()(じん)のごとき風格があった。


「それが……。私、あのあといろんな人に会って分かったんです。『なりたい自分』は、今もまだ分からないけど、少なくとも、『今、こう()りたい自分』だけは守り抜こうって!」


「こう()りたい自分……?」


 思い当たる(ふし)はあった。

 一週間前、駅へと向かう帰り道だ。

 ただ、あのとき自分がはなった言葉は、さいが少し違った気がする。

――自分が知らない言葉なのは、彼女なりの答えを見付けたということか……。

 結果を期待する希更に、感覚的で回りくどいが、実感のこもった表現をイチカは連ねる。


「理想の未来は分からないけど、一瞬一瞬、いま、なにをしたら良いのかくらいは、直感的に分かると思うんです。正直、忍者社会への抵抗だって少しはありますけど、大切なのは其処(そこ)じゃないって気付いたんです」


 なにかが動き出す予感に、希更の心が(げん)のごとく張り詰める。


「それじゃあ、(なに)……?」


 イチカは、静寂と潔癖(けっぺき)の世界に、決定的な音色を奏でる。


「忍びを()めるかどうかじゃない。大切なのは、いま、『自分がどう()るべきか』なんです。私はこんな時、友達のために戦い、自分自身に(なに)が出来るのか、目の前の困難に全力でぶつかる自分でありたい! 理想の自分は、きっとそのさきにこそあって、こんな時、全てを(あきら)めるような道の先に、なりたい自分は決して存在しないって事を!」


 情熱と希望を、冷え固まった水野希更の『世界』にぶちかます!


「私、自分の師匠を見付けたんです! だから今度の試験、絶対に希更ちゃんと

合格してみせます。希更ちゃん、今度は私の方からお願いします。『(がん)()れ』だなんて言いません。でも、もう一度だけ立ち上がって下さい。私と一緒に、立派なくのいちになって下さい!」


 その瞬間、希更は心にかぜを感じた。

 確かにイチカは、姉のような優秀な忍びではない。

 そのに風を受ける『女騎士』でもない。

――なぜならイチカは『風』である。

  不安の(きり)を裂き、まどいの雲を払う一陣(いちじん)の清風である。


 (ほほ)を切る涙が、白の牢獄から(かすみ)を吹き消し、錆びた視界が一気に色付く。

 涙で視界がぼやける中、希更は、自分が(しの)びを目指した真の意味を、時を越えて理解した。


「藤森さん、ありがとう! 私、私……、絶対に()()()()を辞めたくない! だって、こうして貴方(あなた)と会えたんですもの!!」


 差し伸べられた手を、イチカは固く握り締める。

――もう()の手を、決して離したりはしない。

 イチカは勇ましくも快活な笑みで、病床のさらを励ました。


「希更ちゃんには、金剛こんごう先生が付いててくれるはずです。お互い、自分の師匠と一対一(マンツーマン)で特訓を受けて、絶対に試験を合格しましょう! 希更ちゃんなら、必ず

立派なくのいちになれます!!」


 イチカの激励げきれいに闘志を蘇らせた希更は、掛け布団を身体の脇へと(めく)りあげる。


「なら、私もノンビリなんてしてられないわ。特訓とっくん、始めないと……」


 まだすこし顔の蒼い希更を、イチカが腰を浮かせて引き留めた。


「あっ……。ムリは禁物ですよ、希更ちゃん。私の師匠が言ってました。忍びの

忍耐にんたいは身体の我慢よりも、まずは心の自重(じちょう)からだって」


 イチカのもっともらしい忠告を聞いて、希更は内心、白旗を揚げた。

 実際、強がるだけで精一杯で、ノロノロと布団の上へと崩れ落ちる。


「まさか忍ヶ丘(しのびがおか)の外から来た藤森さんに、忍びの()()()()()を教わるだなんて思わなかったわ」


「エヘヘ……。私もこう見えて、密かに精進してるんです」


 イチカは照れ隠しに人差し指で(ほほ)をなぞると、ゆっくりと立ち上がった。


「それじゃあ私は、特訓の打ち合わせとしんにんの開発をしに、今から学校に行って来ます」


 布団の中で病臥(びょうが)の姿勢を整えた希更が、イチカを見上げて柔らかく微笑む。


「ほかの人はともかく、新しい忍具、私には見せてくれるんですよね?」


「勿論です! 待ってて下さい。私にピッタリの物を製作してきますから!」


 (きびす)を返し、部屋を出ようとした所で、イチカは不意にその動きを止めた。


「っと……。その前に、希更ちゃんに渡す物があったんです」


 意地悪めいた顔でイチカが振り向くと、病床のさらは期待を感じて、掛け布団の(はし)っこを握り締めた。


「私に……? いったい何かしら」


「もうっ……。あれだけ自分から言っておいて、もう忘れちゃったんですか? 

ハイ、約束の本ですよ」


 リュックから出したざっを畳の上に置くと、希更が布団の上から跳ね起きた。


「それは! 雪風(せっぷう)()(でん)創刊号と、付録の(かく)れんぼキット!!」


「ハイ。私が(みな)さんに勝つためには、隠密状態からの急所攻撃しかないと、天狗どのも言ってました!」


 一拍おいて、イチカは急所攻撃を仕掛ける(さい)の不安を明かす。


「とはいえ、こちらが陽忍術を(おさ)えて気配を隠してるなら、どうしたって相手の方がスピードは上ですからね。不意討ちの成功率を上げるには、術を使わない隠行(おんぎょう)を、そのほんで学んで置くべきだと思うんです」


「そ、そうね……。なんと言ってもコレには、その極意が記されてるんだもの……」


 希更の返事は賛成半分、雑誌への魅了みりょう半分といった譫言(うわごと)めいた雰囲気だ。

 激励に加えて、創刊号による絶大ぜつだいこうを確信したイチカは、まるで子供の機嫌を取るかのように、希更に()()()()と言い聞かせる。


「それじゃあ希更ちゃん、私はこれから学校に行きますけど、くれぐれも創刊号(ソレ)に影響されて、無理なんかしちゃ駄目ですよ」


 イチカはクスッと笑って背を向けると、またしても、豪傑(ごうけつ)()まちがい無しの足取りで去って行く。

 空の青さと草花くさばなの香り。障子が開けられた時、(うず)を巻いて吹き込む風ですら、生命(いのち)が芽吹く緑色みどりに見えた。

 もう、寒々(さむざむ)しい『白の世界』ではなくなった室内、布団の中でさらが微笑む。


「ふふっ。藤森イチカさん、か……。本当にへんな人♪」


 希更は楽しそうにクスクスと笑うと、自分が切望していた雑誌よりも、今は友人(イチカ)の方が気懸かりである事に気付く。

 今さら、ベルを鳴らす気にもなれない。


「やっぱり起き上がろうかしら……」


 言い付けを破って立ち上がると、昨日(これまで)とは違う未来が、明日から始まる気がした……。

天海衆てんかいしゅう

天にも海にもあまねく影の存在。また、天網恢恢(かいかい)疎にして漏らさずということわざから生まれた、忍びを多くようする生活集団。


徳川家の命令により、邪教徒の手から妖術の源・紫水晶を奪い取るも、その力を

独占しようとする幕府軍により、集落を焼かれて散り散りとなる。

のちに、徳川の世を恨んで天海衆を再結成するも、邪教徒の用いた『呪術』に代わる新たな異能力『陰忍術』の先鋭化により、体制側にあだをなす戦闘集団へと変わる。

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