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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
2章 成りたい自分
29/83

彼女の答え

 辞めたいけど、辞められない。

 誰も、自分の想いを聞いてはくれない。

 そう思うと悔しくて、切なくて、イチカは世界中に叛逆(はんぎゃく)してやる気分になって、吸盤きゅうばん付きの手裏剣を戦人形(いくさにんぎょう)へ目掛けて打った。

 だがそれは虚しく(くう)を切るだけで、明後日の方向へと軌道がれる。

 構わず二投目を投げるが、やはり当たらなかった。

 まるで、デタラメな人生が自分を嘲笑うように、三投、四投、どれを打っても

狙いが外れる。

 イチカは腰裏(こしうら)の忍者刀を逆手で放ち、(げき)を飛ばす。


「ぃやああああ!!」


 闇雲に剣を振るい、吊り灌木(かんぼく)に挑むイチカ。

 なにが手応えなのかも分からぬまま、前へ前へと斬り進み、丸太に造刀ぞうとうを叩き付ける。

 三撃、四撃、五撃と振るい、背後から戻りくる灌木(かんぼく)に肩を強く叩かれて、大きくななめに突き飛ばされた。


 イチカは立ち上がらない。

 立ち上がったところで意味がない。

 意地を張れず、(やいば)は定まらず、このうえ何をした所で、運命に抗う(すべ)などなかった。


「けっきょく私は、なにも出来ないんだ……」


 仰向けに倒れたままそらを見上げていると、(くさむら)の蔭から(しわが)れた声が響く。


「ふぉっふぉっふぉっ……。こりゃまた、分かりやすく青春しとるモンじゃわい」


 第三者の呟きに、イチカは上体を起こし、無気力な声で尋ねる。


「…………どなたですか?」


 ガサリと草をき分けて、杖を突いた白髪(はくはつ)古老の老人が姿を現す。

 見たことのある風貌と、丁髷ちょんまげ型のひっつめ髪。

 学園に来た初日、裏門でさかりの自分を救った用務員である。

 剣士姿の老人はイチカへと近付くと、視差を埋めるため、(かかと)を立ててしゃがみ込む。

 髪は荒れ、毛先は跳ね放題。

 忍者服のあちこちに土汚れが(なす)りつき、すりむいた肘と(すね)には、赤黒い傷が刻まれていた。


「なんとまぁ(むご)い……」


 飄々(ひょうひょう)とした態度が、悲哀の乗った空気へと一気に変わる。

 まだ()()()()()の残る少女に、こんな(みじ)めな想いをさせたかと思うと、たとえ

悪気がなかったにせよ、自分たち学園がくえん関係者が情けなく思えてならない。

 用務員は深い(いたわ)りを声に乗せて、陰鬱な吐息を漏らす。


「見ないうちに、随分と草臥(くたび)れた顔をするようになったのぅ……。もうこれ以上は、少しも頑張れんと言った感じじゃ」


「それは……」


 イチカが答えようとすると、用務員の老人は、片手を前に揺らして制した。


「ああ、()()い……。忍びの忍耐にんたいは、身体の我慢よりも、まずは心の自重じちょうからじゃ。無理に言わんでも、大体の事情は察しがつく」


 わずかな無言のあいだ、用務員の老人は気不味きまずい逡巡を重ねる。

 実の所、彼はイチカに対して、()()残酷な仕打ちを隠していた。

――言うべきか、言うまいか……。

 老人は短く考えた末、申し訳なさそうに白状した。


「本当はの……。あの学園に入ったが最後、決して退学できんことを知ったうえで、貴方(あんた)さんを学園長室に向かわせたんじゃ」


 老剣士が学園関係者であれば、退学不能の規則を知っていて当然である。

 親切心から助けてくれた相手にも裏切られて、イチカは(ひざ)を抱えて縮こまり、

大粒の涙をこぼした。


「ひどいです……。みんなで()って(たか)って、私の高校生活をメチャクチャにして……。そんな事をして、何が楽しいんですか? それともこれも、忍びの訓練だとでも言うんですか?」


 責める言葉にまったく覇気がない。

 むしろ、人生すべてに絶望している感じだ。

 老人は、自分自身に痛憤(つうふん)して、『嗚呼(ああ)……』と小さく嘆く。

 その(さま)は、神仏に許しを乞う罪人を彷彿とさせた。


「そうではない……。(いや)貴方(あんた)さんからすれば、陰湿すぎる事の数々じゃったろうが、少なくとも(わし)は、()(よう)に追いつめる積もりは更々(さらさら)なかった……。あの学園長とて、それは同じじゃ」


「じゃあ、なんで……」


 イチカのザラついた泣き声に、用務員は(わか)かりしころの記憶を呼び覚まして、時折(くち)()もる。


(わし)もこれまで、長いこと生きてきた。貴方(あんた)さん達には分かるまいが、戦争を……、この日本(ひのもと)の最も暗い時代を生き抜いた。あの当時は、何処(どこ)彼処(かしこ)も、とにかく悲惨じゃ……。生き残るほうが(こく)じゃったかも知れん。当然、罪を犯した忍びを大勢(おおぜい)見てきた。正直に言うと、この手に掛けたこともある。一般人には、忍びの相手は務まらんでの」


 イチカも子供ではない。

 ()()()()()という言葉が、何を意味するのかをよく分かっている。

 つまりはこの用務員の手は、人殺しの手である。

 左脇腹ひだりわきばらに視線を向けると、帯の内に二刀を()いていた。

 彼もまた、この忍ヶ丘で修練を積んだ一人の剣士なのである。

 老剣士の追憶には、深い悲哀と懊悩おうのうが滲み出ていた。


「望んで死を選んだ者も()る。みずから剣を求める()(ばち)な輩もおった……。(みな)一様(いちよう)に、『死にたい』と口にしていたが、当時の(わし)には、その真意がサッパリ分からなんだ……。(わし)の未熟な腕と心の迷いで、(かろ)うじて一命を取り留めた者もいれば、斬り殺してしもうた奴もる。今の(わし)なら、あんな莫迦(バカ)なマネは二度とすまい」


 黙祷と慟哭(どうこく)

 老剣士はしばしの間、視線を空へと移し、未来というの可能性の糸が断ち切られる無念を、狂おしい想いで見送った。

 ()(むら)(まさ)(たけ)

 忍ヶ丘(ほく)()の豪族、()(むら)一刀(いっとう)の一人息子。

 その名が示すように、武芸・勝負事に強い彼は、幼い頃から清廉潔白せいれんけっぱく

 その(たくま)しさと(いつく)しみは、時として忍ヶ丘の外へも向けられた。


 高潔な精神が(あだ)となったのだろう……。

 里の()(ろう)が止めるのも聞かず、有志を(つど)って従軍し、敗戦後のショックから反乱勢力を(ひき)いた彼とその仲間を、老剣士は断腸(だんちょう)(おも)いで斬り伏せた。

――同じ(あやま)ちを二度とすまい。

 そのちかいを果たす一心で、老剣士はイチカに(うった)える。


(かれ)()が本当は何を言ってたのか、貴方(あんた)さんには分かるかな? 口では『死にたい』とは言ってても、…………本当はそうじゃない。他に適当な言葉が見付からなかっただけで、手近にあったからそう発音しただけで、本当は違う」


 (くちびる)を震わせながらも、老剣士は真実を告げる。

「本当は、『生きていたい』と言っておった……。『死にたい』という(おと)を口にしながら、『生きていたい』と、全力で叫んでおったんじゃよ……」


――生きていたい。


 その言葉は、自分の想いに何処か(つう)ずるものがあった。

 イチカは無意識のうちに、その一言を反芻(はんすう)する。


きて……、いたい…………」


「誰もがそうじゃ。死にたくて生まれてくる者など、一人も()りゃあせん。み~んな、生きていたいと思っておる。自由に、想うが(まま)に、ときには力の限り何かにぶつかり、生きていたいと願っておる」


 忍者修業への未練と苦痛の狭間で、イチカはいま、なにを選択するのか?

 老剣士は聖者(せいじゃ)のごとく、イチカの瞳を静かに射貫く。


貴方(あんた)さんが学園に来た時も、以前に運命選定法で呼ばれた(ほか)()らと同じような顔をしておった……。じゃが、これほどまでに強く(こば)んだ者は、ほかに一人も見た事がない。じゃから、勇気を出して正直に()うて欲しい。貴方(あんた)さんが、本当はどうしたいのかを」


 老剣士は、イチカの本心を直感的に見抜いていた。

 大切なのは、忍びの修業自体ではない。

 充実した高校生活を送れるかどうかだ。

 外の世界の常識を奪われた事実が、彼女に忍術学園の生活を(こば)ませていただけである。


――(あきら)めたくない!


 本当は、なにもかも()てたくなどなかった。

 友人とか、青春とか、幼い頃に抱いたあこがれすらも!


――嗚呼(ああ)……。私は本当に、この世界にんでいる……。


 自分が出会ったすべての物事に恋をしている。

 六日前、友人達との帰り道、希更とこのえの背中に夢想したあの光景が、なによりの答えだ。

 去来するいくつもの顔と出来事。

 巻き込まれ、戸惑うことばかりの七日間。

 その中を必死に生き、あらがう自分の姿にほこりはあるか?


(…………ある!!)


 なりたい存在(もの)など分からずとも、『理想の自分』はハッキリしている。

 涙と失態に(まみ)れてなお、イチカは本当の願いを口にした。

「こんな時……、友達のために、真剣しんけんに戦う自分でありたい」

 泣きながら、嘆きながら、なんでもない日々からつかみ取った真実を叫ぶ!



「進級試験に合格して、立派な忍者になりたいです!!」



 藤森ふじもり家・誓願(せいがん)が打ち立てられた。

 この(ちか)いは、決して破られる事はない!!


 (こば)む力が強ければこそ、その憧れもまた、誰よりも強いものであった。

 嘘も遠慮えんりょも虚飾もない望みに、老剣士は涙を(こら)えて、イチカの両手を()()と握る。


()ぅ言った……。よくぞ其処(そこ)まで言ってくれたな、藤森さんや! さればこの(わし)も、全力でその望みに応えよう!!」


 やがて老剣士は、涙で滲んだ視界をそでで拭うと、照れくさそうに威儀を正した。


「いやはや……。年甲斐もなく、()()熱くなってしもうた」


 ややあって、用務員の老人は、改まった様子でイチカの顔を覗き込む。


()()、藤森さんや……。そもそも、こんな所で何を()っとったんかのう? 午後の授業の代わりに、自主訓練も許可されとるが、貴方(あんた)さんに一人ひとり修業は、まだ早かろう」


 それを言うなら、もともと自分には、修業に打ち込む殊勝(しゅしょう)な心掛けなどまったくなかった。

(今までは……ですけど。そう、今までは!)

 心の中で前置きを入れて、イチカはおもむろに口を開いた。


「それが……。私、金剛先生の指示で、この森を一人で脱出しないと行けないんです」


 脱出だけでも、訓練ゼロの転入生にはが重い。

 老剣士が()しからん想いで眉を(ひそ)める。


金剛(こんごう)の奴が? ふむ……。その話、この(じじい)めに詳しく聞かせてはくれんかの?」


 イチカが(こと)顛末(てんまつ)を簡単に説明すると、老剣士は小刻みに頷いて納得する。


「なるほど、そういう訳じゃったか……。ようやく全てに()(てん)が行ったわい」


 このうえなにを隠す必要もなく、イチカはしょんぼりと後悔を付け加える。


「でも私ってば、自分が辞めたい一心(いっしん)で試験を放棄しようとしたり、頑張ろうとは思っても、授業について行けないうえに、訓練だってロクにこなせない……」


 徐々(じょじょ)に気を落としてゆくイチカを、老剣士が難儀な口調で(なぐさ)める。


「まぁ、そう落ち込みなさんな……。忍ヶ丘の外から来た(もん)は、生まれついての忍びではかろうて。まして貴方(あんた)さんは、途中入学なんじゃぞ。上手にこなせる方がどうかしておる」


 さらには複雑な事情を(ひもと)くように、希更が父親と結んだ『捨て身の条件』に賛同する。


「それに、水野さんが父親にムチャな約束をしたという件。アレにも、ちゃ~んとした計算があっての事じゃ。おそらく水野さんは、試験合格で受けられる忍術伝法の儀によって陽忍術を()(とく)し、病気や毒への抵抗力を高めて、喘息(ぜんそく)を克服する気なのじゃ」


「でも、今度の試験に失敗したら、その可能性は永久に失われるんですよね……」


 イチカの弱気を、老剣士が自信満々に吹き飛ばす。


「まぁ、そう心配するでない。この(わし)が助太刀してやると言うんじゃからな」


 言うが早いか、杖を手にした老剣士が、しん()(あふ)れた動きで()()()()と歩き始める。


「ほれっ、もう動けるじゃろう? ここはひとまず、(わし)について参れ。今から学校の近くにある、木下(きのした)文房具店に向かうぞい」


 勝手にを進める老剣士に、イチカが疑問と警告を連打する。


「えっ、なんでそんな所に? しかもそっちは、森の奥のほうですよ?」


「なになに、心配無用じゃ。ばん、この(じじい)めに任されぃ」

ようやく、本作らしい空気が出てきました。

イチカの特訓が始まる作品後編は、もう目の前です。

なお、アクションシーンがとうの勢いで盛り込まれた期末試験は、

まだまだ先の終盤となります。

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