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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
2章 成りたい自分
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憧れの本性

りつ……。礼、着席……」


 愛里の号令で全員が席に座ると、黒板前の土御門ひなたは、普段と違った切り出し方で授業を始めた。


「それでは今日の授業は……、そろそろ夏休みも近いことだし、いつもの練丹術ではなく、休み明けから始まる科目の『符術(ふじゅつ)』について説明します」


 授業の説明によると、ひなた自身は符術ふじゅつを得意とする陰陽師(おんみょうじ)で、彼女が教えられる練丹術は、符術ふじゅつ作成の前段階までが限度らしい。

(陽忍術かぁ……。私にもソレが使えたらなぁ)

 ひなたの講義をボンヤリと聞きながら、イチカは(ひそ)かに夢想する。

 ついさっき、希更に学園を辞めると言っておきながら、その(じつ)、心の奥では未練が(くすぶ)っていた。

――理由は分かっている。

 すべては理想と現実の兼ね合いだ。

 本当は心の何処かで、平凡な日常に()()きしている。

 イチカは、ノートの白紙をシャーペンでトントンと叩きつつ、陽忍術が使える

自分を想像する。

 月を背に、屋根から屋根へと宙を伝い、敵を退しりぞける忍者。

 その姿に自分の容姿を重ねるが、どうにもしっくり()なかった。

 想像の面影は、すぐに姉の(あおい)にとってかわる。

 なんのおとりもしない可憐な風貌。

 瞬く間に、現実感が空想世界に押し寄せる。

 イチカは失望に首を振って、頭の中から妄想を追い出した。

(やっぱり私は、忍びになんて向いてないや……)

 夢から覚めてしまったイチカは、右隣りの席をよこでチラリと盗み見る。

 あれ以来、彼女は此方(こちら)に目を合わせようとせず、空疎かつ黙々と講義に耳を傾けている。

 イチカに対して怒っているのではない。

 廊下でひどく取り乱した自分を恥じているのだ。

 続く金剛(こんごう)先生の戦術授業も、()(じん)()訓練の内容が重なり、接触の機会がまるでなかった。

 試験前のお(さら)いとして、体育館で、刀と手裏剣の扱いを指導される。

 事前に計画された訓練メニューだろうが、ついでに素人しろうとの自分を考慮した反復

授業であることも容易に想像がついた。

(忍術修業に慣れるための、特別編成(とくべつへんせい)授業かぁ。私、この学園を辞めるのになぁ……)

 授業の難易度に反して、イチカの心は重くなるばかりである。


 午後、イチカは職員室の中に入ると、ついさっき授業で対面していたばかりの、修験者(しゅげんじゃ)風味バッチリの教師へと近付く。

 すると、普段は笑顔の()える()()()()とした表情筋が、今に限っては、緊張に

ピタリと顔に張り付いていた。

(あれっ? ひょっとして、何かあったとか……)

 イチカは金剛こんごう先生の席へと近付き、恐る恐る声を掛ける。


「あの、金剛先生……。今日も特訓に来たんですけど、なにか困った事でもあったんですか?」


「ああ、藤森か。うむ。まぁ、少々な……」


 言葉(すく)なく誤魔化してから、金剛先生は自分の(ひざ)をパシンと叩いて、気合いを

充填する。


「いや。今はとにかく、修業しゅぎょうだ修業……。今日は昨日きのうとは違う霊場、『()(みん)(もり)』に行くぞ。基礎訓練が壇ノ浦(だんのうら)なら、遭遇戦(そうぐうせん)や地形を利した立体戦術は()(みん)(もり)だ。しばらくは、この二箇所をてんに特訓を進めて行くぞ。()いな、藤森」


「はい、分かりました!」


「よし、では行くぞ。昨日と同じく、水野は(すで)に現地入りしている。我らも続くぞ!」



 さっそく二人は、愚民の森へと分け入る。

 壇ノ浦(だんのうら)が熱帯の密林(ジャングル)だとすると、愚民の森は、地上に光がむ自然公園といった(おもむき)が強い。

 植生は豊かで、足下は牧草と苔が入り混じり、鳥の(さえず)りも()()静かである。

 反面、はぐれ魔獣との遭遇率も格段に高い。

 彼等は、忍ヶ丘に自生する草木類そうもくるいから忍術媒体を経口けいこう摂取し、異常な身体能力と知性を獲得している。

 分かりやすく言うと、(かれ)()も動物流の陽忍術が使えるのだ。

 危険な地域であればこそ、訓練場の整備はとどき、専門的な技術ぎじゅつ修練にも向いている。

 手裏剣の的や戦人形(いくさにんぎょう)の他に、樹木に吊された灌木罠(かんぼくわな)や、複雑に入り組んだ塹壕(ざんごう)と高低差のある足場。

 すべては、動きながらの修業を前提とした造りで構成されている。

 二人が来るまでの間、さらは剣術修業に打ち込んでいたのか、縄吊りの丸太が

左右に揺れていた。

 イチカはあさ一件いっけんが気に懸かり、訓練場に到着するや(いな)や、躊躇ためらいながらも声を掛ける。


「あの、希更ちゃん……」


 希更は静かに小太刀を納めて、普段通りの笑顔を心掛ける。


今朝(けさ)のことは気にしなくて良いわ。私もあの時は、興奮しすぎたもの……」


 だがその笑みからは、何処(どこ)かしら、ぎこちなさが見て取れた。

 こうした二人のすれ違う空気に、金剛先生は小さく『ぬうぅ……』と呻き、(にが)い物を少しずつ吐き出す。


「藤森……。やはり()(まえ)は、忍びになるのがいやなのか? 今度の試験、敢えて(みずか)ら落ちる積もりなのか?」


 振り向いたイチカは、驚きと心苦しさに、いっ、二歩と後退する。


「ど、どうして先生がそのことを……。まさか、華隠さんが先生に話したんですか?」


「いいや……。それは違うぞ、藤森。ふく委員長の立場として、獅堂が先生に相談してくれたのだ。われわれ教師がへんに期待すると、(かえ)って御前を苦しめるだけではないかとな……」


 責任感の強い彼女からして、如何(いか)にもありがちな配慮である。

 イチカは、相手のかくれた優しさに触れた気がして、自然と顔がほころんだ。


「そっか……。獅堂さんは、私を心配してくれてたんですね」


 しかし、現実はそんな人情話にんじょうばなしでは済まない。

 金剛先生はにぎこぶしを震わせながら、張り詰めた空気でイチカを見つめる。


「だが藤森、今回だけは駄目なのだ。お前には、どうしても期末試験に合格せねばならん事態が持ち上がったのだ!」


 熱意を込めて(うった)えかけると、金剛こんごう先生は視線を落として、悔しげに宣告する。


「ついさっき、昼の職員会議で試験方法が決まった。今回の試験内容は、生徒同士による模擬戦。その対戦方式は、『二人ふたり一組ひとくみのツーマンセル』だ!」


 事情を知らないイチカの横で、希更がショックに青ざめる。


「そんな……!!」


「どうやら水野は、言葉の意味を理解できたようだな……。そうだ。今回の条件は、お前の忍者生命を()つことに等しい」


 話の飛躍について行けず、イチカが困惑の度合いを深める。


二人一組(ツーマンセル)が、どうして希更ちゃんに不利なんですか?」


 説明には個人情報を(ぶん)に含み、金剛先生は、顔に深い難色を示す。


「実は、水野の忍術学園進学(しんがく)には、彼女の父が強く反対しているのだ。水野は、この日本(ひのもと)でも有数の商家、水野グループの一人娘だ。忍者一筋(ひとすじ)の強い憧れゆえに、一度は娘の進学を許可したものの、体調を崩すたびに、今度こそは()めさせようと、方々(ほうぼう)へ手を回して来るのだ」


 忍術学園には、留年制度がない。

 三年間で自動的に学園を去ると分かれば、そのぶんの出費やわりの教育費を

捻出することくらい、資産家の父親にとって大きな負担ではなかった。

 そこへ更に、希更が絶望的な事実を告げる。


「だから今度の試験に合格したら、私が()()()()を続けるのを許す代わりに、失敗したら忍びの道を(あきら)めるよう、約束してしまったの……」


「でも、進級試験で相手チームに負けたからって、落第するとは限らないんですよね?」


 くるまぎれで返す意見に、金剛先生は自信なく頷く。


「忍術学園の成績は、平常授業の単位に加え、試験時の『技術点(ぎじゅつてん)』と『遂行点(すいこうてん)』によって計算される……。だが、前にも言ったはずだぞ。水野はこの時期、体調を崩して休みがちだと」


「それじゃあまさか、希更ちゃんは……」


 不安に首を(きし)ませながら動かすと、視線の先で、希更がワッと泣き崩れる。


「私にはもう、この試験に合格する以外、進級することが出来ないの!!」


 補習や特訓とっくんで単位の補充も可能だが、無理をすれば体調を崩し、父親の不安を(あお)って、更に不利な状況となる。

 金剛先生の顔に、(いく)()にも苦渋の(しわ)が走る。


「下忍の()(まえ)たちに、技術点など望むべくもない。かと言って、試験は数少ない単位修得のチャンスだ。よほどの事がない限り、()(もの)が協力してくれる事などなかろう」


 金剛先生の空気に、鬼気(せま)るものが加わる。


「藤森、もう分かったろう。事はまえだけの問題ではないのだ。()(まえ)にとっては、万事がって湧いたような苦難ばかりだ。厄介やっかい至極なのは重々承知している。しかし、水野のことを想うのならば、お前は試験までの一ヶ月(ひとつき)で、級友たちを倒すだけの力を得なければならない!」


 イチカは更に、二歩、三歩と後退(あとじさ)る。

 今にも彼女の胸は、重圧と、不運と、自分の意志を無視むしする圧倒的な運命に押し潰されんばかりである。


「そんなの、私には無理ですよ……。私は、皆さんと違って忍術も使えないし、姿だってロクに消せない()(こぼ)れなんですよ? ダメダメの、見せかけ忍者なんですよ!?」


 (ひる)み、恐慌(きょうこう)するイチカの肩へ、希更が亡者にも似た必死の形相で(すが)りつく。


「そんなこと言わないで、藤森さん! わたし、くのいちを辞めたくない! もう、あの小屋には戻りたくないの!!」


 希更はそのまま、イチカのひとみを直視する。

 しかしその()にあるのは、日頃、彼女が口にする忍者への憧れではなく、理想の未来から外れることへの底知れぬ恐怖であった。


「自分勝手なのは分かってる。でも、もう彼処(あそこ)は嫌なの! 座敷牢みたいな、あの、何もかも整えられた部屋から、そらを見上げてる日々は……。苦しくても良い。(つら)くたって構わない! それでも私を、自由な世界へと解き放ってくれる生き方……。私は、()()()()でありたいの!!」


 希更は何度も息を吸い、(おも)いの(たけ)をイチカにぶつける。

 そのうち彼女は、突然、身体を痙攣させて激しく()()み、イチカの肩へと体重を預ける。

 まるで悪霊が憑依(ひょうい)したように髪を振り乱し、胸を押さえて半狂乱に藻掻(もが)く姿に、自身の煩悶など一瞬で吹き飛んだ。

 イチカは希更の肩に手を掛けて、必死に呼び掛ける。


「希更ちゃん!! 希更ちゃん、急にどうしたんですか!?」


 希更の急変に、金剛先生の気配に(するど)さが増す。


「ぬうっ!? これはまさか、喘息(ぜんそく)か!!」


 話には聞いていたが、これほど酷いものとは思わなかった。

 喉を(こす)る硬い息と、肺を叩く(せき)が乱暴に胸を打つ衝撃。

 火傷にた痛みが身体の内側で進行し、粘膜をいて、細胞膜をこそぎ落とすかのようだ。


「先生。この森は、空気がれいな場所じゃないんですか?」


 金剛先生はイチカの問いに同意しかけて、すぐに心当たりを閃いた。


「……まさか!!」


 揺れの止まった丸太に近付き、注意ぶかく視線を走らせる。

 真新しい斬撃(ざんげき)(こん)

 穿(うが)たれた直線は短く、それにしては深い。

 乱暴にみぞを刻んだせいで、破砕面が荒くひび割れている。

 模造刀の頑丈さに頼った、下忍によくあるちからまかせの太刀筋だ。

 金剛先生の予感は確信へと変わる。


「やはり、かなりの刀傷(かたなきず)だ……。水野は我々が来るまでの間、この()灌木(かんぼく)を敵に見立てて、ずっと修業していたのだ。それで恐らく、話の途中に木片(もくへん)を吸い込んだのだろう」


 金剛先生はゆっくりと希更を抱え上げると、一語一語、ハッキリとした滑舌かつぜつ

言い含める。


「藤森……。かくなる(うえ)は、修業はいったん中止だ。荒療治ではあるが、お前は

昨日の特訓を一通ひととおりこなして、この森から自力で生還するのだ!」


「それじゃあ、先生と希更ちゃんは?」


「水野を保健室に送る。直接ちょくせつ、家に行くと、また彼女の父君(ちちぎみが騒ぐに違いないからな」


 金剛先生はそこまで言うと、み続ける希更を抱えて姿を消した。

 取り残されたイチカは、しばしその場に呆然と佇む。

 希更はあれで良い。

 病人の彼女にできるのは、ひたすら苦しみに耐えることだけだ。

 金剛先生の対処たいしょにだって問題はない。

 だが自分は?

 試験を強要された自分はどうすればいい?

 イチカの心奥(しんおう)に、すべてを投げ出す虚無的な思考が込み上げる。


 なりたい自分? 忍術修業? 

 いったいそれが、なんだというのだ!!

 やがて、誰も受け止めてくれない本音を宙にぶちまける。


「私だって、こんなの(いや)ですよ……。希更ちゃんには忍者でて欲しくて、でも、でも……」


 イチカはいったん言葉を切り、森中にひびく大きな声で叫んだ。



  『わたしは、忍者なんて辞めたいんですぅ~~~!!』

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