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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
2章 成りたい自分
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英霊の加護

 しばし考えたすえ、理性的な手順を踏んだ。

 手の甲を扉に添えて、学園唯一の洋式ドアをノックする。

 間を置かず、老婦人の上品な皺声(しわごえ)が応えた。


「どうぞ……」


 それだけだった。名前を問わずに入室を許すのだから、やはり、こちらの正体と精神状態を知ったうえでの反応である。

 学園長の対応を(にく)らしく感じながら、綾平雫は扉を開く。

 部屋の(あるじ)は、執務机の奥にある座敷の上で、衰えに(すぼ)まった口をモゴモゴとさせて待ち構えていた。

 机上で指を組んだその姿勢に、挑戦的な意図はない。

 むしろ、どこかしら()()()()()()な気持ちに包まれている。

――感情とは、()(とう)のようなものだ。

 打ち寄せる波が厳しいほどに、揺り戻しも()()()なる。

 (しずく)は、学園長の気持ちを察して、一気に心がグラついた。

(やっぱりこの人も、私とおんなじ考えなんだ……)

 そう想うと、切なさが途端に口を突いて出る。


「学園長先生、どうにかなりませんか?」


 曖昧(あいまい)な問い掛けに、その真意を気付いていながら、五部(いつつべ)(さい)は、念のために聞き返す。


「どうにかならないか、とは?」


(とぼ)けないで下さい。転入生の……、藤森イチカさんのことです」


 日にちが分かってない内は、まだ好かった。

 すべては予定なのだから、まだ大丈夫である……と。

 だが、テストの開催(かいさい)時期が決まってしまえば、もう動かしようがない。

 藤森イチカは充分な訓練を受けないまま、期末試験へと放りだされる。


 忍術学園には、留年や退学の制度はない。

 一介(いっかい)の教師が、生徒相手につよい思い入れを必要としないシステムだが、(しずく)個人が抱えている複雑な事情が、それを許さなかった。

 哀切あいせつが、雫の口から次々に(こぼ)れ出る。


「やっぱりこんなの、公平(フェア)じゃありません。最近、藤森さんは忍術修業に意欲が湧いてきたとは聞いてます。それでも……、他の()と戦って、まともな勝負になるとは思えません」


 今年の新入生は、忍術伝法の儀を受ける前から、陽忍術を()()()()()()()のだ。

 そのぶん今年の期末試験は、いつになく()(れつ)を極める戦いとなるだろう。

 練度と経験に(とぼ)しいイチカには、これに打ち勝つ可能性はかい()である。


「なにより藤森さんには、教頭先生との約束があります。それに、他の生徒達だって……」


「確かに……」


 五部学長は(しずく)の非難に短く同意すると、引き出しの中から分厚い資料を取り出した。


「学園長、それは?」


守り部(まもりべ)からの報告がまとめられた、()()()()に関する極秘資料です」


 極秘資料の閲覧は、里での地位と忍者階級によって限られている。

 (しずく)の階級は、戦闘禁止の上忍教師だ。

 非常事態の収拾と指揮のために、受け持ち生徒の住所氏名に加え、家庭事情や

身体的特徴と()往歴(おうれき)、つまりは対象者の弱点までを知ることができる。


 この場で彼女が提示したということは、特別に見ることを許可されたのだろう。

 五つに区分されたその先頭には、自身の経歴が記されていた。

 およそ十年前、忍ヶ丘は敵の忍者集団・天海衆(てんかいしゅう)の侵入を許し、多くの死傷者を出した。

 その時の不幸の一つが、狂忍・けっ()(しずく)の誕生である。

 彼女は天海衆に捕まり、忍術媒体の過剰かじょう投与によって理性を奪われ、狂乱の戦闘忍者と化した。

 その彼女を身を(てい)して救ったのが、学校保健医の東雲(しののめ)清蘭(せいらん)である。

 東雲(しののめ)保健医は、そのときの負傷で陽忍術の力を失い、(しずく)は生活記憶の一部を失った。

 綾平雫は(みずか)ら望んで、がく担当の担任教師に甘んじているのではない。

 戦闘行為がいつ、彼女の狂乱気質をますか分からないため、戦うことを禁じられているのだ。

 (おも)うままに生きて行けない無念さなど、イチカの()ではない。


 同時期、忍ヶ丘には多くの災厄が、生徒達のに降り掛かっている。

 金岡あきえは綾平(あやひら)雫と同様、一時的に天海衆てんかいしゅうの手に落ち、狂忍処置の影響で術力が不安定になっている。

 問題は、異能の術と精神力が、密接な関係にあることだ。

 術力を高めれば気持ちが(たか)ぶり、理性のバランスを崩す。

 彼女には、精神安定剤の()わりになるものが必要なのだ。

 自己犠牲と献身(けんしん)の向かう先、それが、同じクラスに編入させた幼馴染みの坂本(さかもと)愛里だ。

 二人(なら)んだ経歴(プロフィール)の末尾には、『(そう)()()(ぞん)の可能性アリ』と、太字で黒く記されている。


 彼女らの他にも、柳沼(やぎぬま)理乃は離縁した実の父・勒霜(ろくそう)魁淵(かいえん)の虐待で母を失い、自身も視神経の一部を損傷し、忍びとして致命的なハンデを負っている。

 そのため、陽忍術のいち機能を視神経に副行(バイパス)させて、視界をどうにか補助している。

 だからこそ彼女は、奉仕活動の名目でゴミを(あさ)り、(ぜに)を稼いでいるのだ。

 焰薙(ほむらぎ)華隠の両親となると、すでにこの世には居ない。

 偵察中に敵に捕まり、裏切り者という偽情報が流されたあと、忍ヶ丘の外で縊死(いし)している所を発見された。

 第三者によってそうされた(ふし)は濃厚だが、()(むら)一刀(いっとう)を始めとする、(うたぐ)りぶかい

忍ヶ丘(ほく)の重鎮たちは、今でも焰薙(ほむらぎ)家の叛逆を信じている。

 そうした、深い(いわ)くのある人物や関係者が、一年臨組(りんぐみ)には意図的に集められている。

 まるで、ゴミ捨て場のような扱いだ。

 綾平あやひら雫は、押し殺していた感情を吐き出す。


「どうして…………。どうして、ウチのクラスばかりなんですか……」


 とどのつまりは、気丈に振る舞うべきこころが折れかけていた。

 懸命に修業を重ねる生徒に、自分を含め、なにも出来できない無力な教員を呪っていたのである。

 ゆるゆると、そして切々(せつせつ)と、五部(いつつべ)(さい)も、奥底にある想いを明かす。


「悪い事をしていると……、私も思っています」


 謝罪から始まった返事は、(しずく)の漏らした弱音への返答に移る。


「ですが……。これもすべて、運命選定法の導きによるものです」


 (こた)えてはいても、説明的なこたえにはなっていない。

 里の秘事を前面(ぜんめん)に押し出された綾平は、顔をうつむかせて小さく漏らす。


「いったい、運命選定法って(なん)なんですか……」


 こればかりは、回答を期待したものではない。

 しかし、五部(いつつべ)学長は「ふむ……」と小さく呻き、綾平担任のふんを期待して口を開いた。


「まぁ、()いでしょう……。今回は特別に、一部、運命選定法の秘密を貴方(あなた)に教えましょう」


「えっ!?」


 思わぬ返事に顔を上げる。

 運命選定法の秘密。

 その片鱗だけでも、内容を知る者はごくわずかだ。

 話が長引くのを恐れ、五部(いつつべ)(さい)は、遠回しな表現を一切(はぶ)いた。


「運命選定法は、過去、天海衆を退(しりぞ)けた英霊の意志を()み、将来、起こり得る問題へ事前に対処することを目的とした、忍ヶ丘(しのびがおか)最大の意志(いし)決定(けってい)手段なのです」


 耳を疑う真実に、綾平(あやひら)雫はこの初めて、忍ヶ丘に生まれながら、非現実的な

感覚に襲われた。


英霊えいれいに……未来予知!?」


「無論、その効果は、朧気(おぼろげ)ながらではありますが」


 学園長はそれ以上の質問を許さず、ただ……、と付け加える。


「選定官が誰であるのかは、たとえ皆伝者が相手でも、容易に明かす事はできません。選定官は絶えず命を狙われ、里は再び、十年前のような危機に(さら)されるでしょう。どんなに備えが万全であろうと、戦いとは、必ず襲撃側に()があることは変わりません。現代社会げんだいしゃかいに忍びの里が存在するのも、すべては超常的な対抗策があってのことなのです」


「…………はい」


 綾平あやひら担任は、慎重な面持ちで同意する。

 そこにはもう、さっきまでの悲愴な空気はすっかり影を(ひそ)めていた。

 五部いつつべ学長はそれを確認すると、今度はってわった様子で、確信のない呟きを漏らす。


「藤森さんの件は、またいずれ考えるとしましょう。現状では、()が付いていますから……」


 話をはぐらかされた形ではあるが、心のモヤモヤが晴れたこともあり、綾平あやひら担任は、明るい声でそれに続く。


「ああ……。あの、()()()()()()()ですね♪」


 学園の名物(めいぶつ)爺さんが話題に出ると、この学園の誰もが(みな)、安堵の表情を浮かべるのだ。

 綾平あやひら担任とて、それは同じである。

 未知数のイチカと、()薫陶(くんとう)

 なかなかどうして、良い勝負である。

 綾平担任は(かろ)うじて、その日の職務に復帰することができた。

勒霜(ろくそう)魁淵(かいえん)

陽忍には珍しい、氷の術の使い手。

幼少期は親戚中から神童とうたわれるも、その才能ゆえに、男性忍者から執拗なねたみを受ける。

忍務中、ただ一人敵地に取り残されるも、必要な情報を収集して無事に帰還。

しかし同僚は、自分たちが仲間を見捨てた事実を隠蔽いんぺいするため、魁淵(かいえん)が持ち場を離れて部隊が混乱したと主張。

日頃から魁淵(かいえん)の悪評(そのほとんどが嘘の内容)を耳にしていた小隊長がこれを信じたのが決定打となり、忍ヶ丘を去る。


なお、小隊長は忍術学園で言う所の担任教師。

分隊長は学級委員、もしくは副委員。

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