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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
2章 成りたい自分
25/83

隠行

 翌朝、疲労と寝不足で、頭にボンヤリと白濁(はくだく)の霧が掛かる。

 どうにも思考が(まと)まらない。

 昨日の特訓が、よほど効いたみたいだ。

 らしからぬ寝坊でかみのセットも中途半端に、朝食をき込んで家を飛びだす。

 男の子って、いつもこんな感じなのかな……と頭を()ぎる。

 ()()()()な意識のまま裏門を抜けて、教室前へとやってきた。

 臨組(りんぐみ)の扉を開けると、どういう訳か、教室内にはクラスメイトが一人も居なかった。


「アレ? アレ!? やっぱり週休二日制?」


 あわてて黒板(よこ)の掲示物を確認する。

 なんの事はない。『土曜一限:練丹術、二限:戦術訓練』の記述がある。

 自分は間違ってない。

 安心すると、さっきまでの呆けた思考は(くも)を散らしていた。

 気が抜けたイチカは、ゆっくりとした足取りで窓辺に近付き、自分の席へと(くずお)れた。

 もとより親しい者など少ないが、こうなると本格的に、話し相手に不足する。

 自然とイチカは思索に(ふけ)り、欠伸とともに不平を漏らした。


「ふわあぁぁぁ……。昨日は話の勢いで、()()()()補習を受けると言い切ったものの、ちゃんと試験の日まで生き延びられるかどうか……。私、この学園を()めるのになぁ」


 誰に(はばか)ることなく本音を吐きだすと、教室内の空気に、『ピキッ!』と奇妙な(ひび)割れが走る。


「ふえっ?」


 異変を感じて目を開けるが、周囲はさっきと同じ無人の教室であった。

 ほどなく、眠気に似た倦怠感けんたいかんが、身体の奥で目を覚ます。

 イチカはすぐに興味を失い、億劫(おっくう)な瞳を窓の外へと浮かべて、(とろ)けた頭を頬杖で支える。

 それから五分後、机のすぐ横で、『シュバッ!』とすばやく人影が生まれた。


「藤森さん、おはようございます」


 イチカは()()けに呼びかけられて、席から勢いよく立ち上がる。

 屈伸の勢いで膝裏(ひざうら)が座面に当たり、椅子がカタンと小さく弾んだ。


「うわあぁぁ!! き、希更ちゃん。一体(いったい)いつの間に……」


 希更は長い黒髪を()()()()と横に傾けつつ、()まし(がお)で眉をくねらす。


「つい、今し方です。私としては普通に入ってきた積もりですけど、なにか変でしたか?」


「私としては、みなさんの常識が普通じゃないんですよ。外の世界でそんな事したら、心臓が止まる人、えちゃいますって」


 ほお()()()()上げての抗議だが、抵抗もなしに『外の世界』と言ってるあたり、イチカも少しずつ、忍ヶ丘の生活に馴染んでいる。

 反対に希更は、俗世の慣習を完全に捨て去ってしまったらしく、イチカのとうな指摘にクスリと微笑んだ。


「藤森さんったら、冗談が上手(うま)いんだから……。いつかは藤森さんも、馴れて来ますよ」


 隣りの席に座り、藤色(ふじいろ)の風呂敷(づつ)みを解く希更。

 彼女に(なら)って、イチカも机上にペンとノートを用意すると、教室のドアがガラリと開いて、ニコニコ顔の綾平(あやひら)担任が入室する。


「は~い。それでは皆さ~ん、ホームルームを始めますよ~♪」


 始めるもなにも、着席してるのはイチカと希更だけである。

 流石(さすが)に、このまま事態を静観するのは後味が悪い。

 イチカは教室内を一瞥(いちべつ)して、躊躇ためらいがちに声を掛ける。


「あの、先生……。他の人が全然ぜんぜん来てないのに、先に始めちゃって良いんですか?」


 すると綾平担任は、人懐っこい笑みで、同世代の友達みたく否定する。


「も~う……。藤森さんったら、冗談が好きなんですから。よく見て下さい、全員いますよ」


 またしても冗談か……、と不満げに目を細めるイチカ。

 いわゆる、ジト目という奴である。

 そのままの眼郭(がんかく)で窓際から教室内を注視すると、次第に目の前の空気がユワ~ンと揺らめき、着席していた級友たちの実像じつぞうが次々に姿を現した。


「みなさん、いつから其処(そこ)に居たんですか!!」


 今では恒例となったイチカの驚きに、絢爛(けんらん)着物の剣豪娘・焰薙ほむらぎ華隠が、呆れた

口調で返す。


「いつからも何も……。あちしは、イチカの来る()()()()前から、この教室に居ただわさ」


 続けて、委員長の坂本さかもと愛里は感情を交えず、金岡あきえはウインク交じりに解説する。


「藤森さん。今のは隠行(おんぎょう)と言って、気配を絶ち、相手に認識されないための忍術なの」


「まっ、相手が同程度の忍術使いだと、打ち消しあうような感じでバレちゃうんだけどね」


 最後に、空気を読まない柳沼(やぎぬま)理乃が、()んぞり(かえ)って椅子の脚をガタガタと鳴らした。


「今のだと、ボク達よりも先生が凄腕(スゴウデ)で、イチカが()()()()()()()ってのが正解かな~。イチカってば、ボク達の誰にも気付かないし、逆に先生は、一発で見破っちゃうんだもん」


「ううっ。そんなにズバズバ言わなくても……」


 実力差をあらためて認識させられて、イチカはガックリと肩を落とす。

 綾平担任は、転入生への懸念もあって、理乃の称賛と軽口(かるくち)に、不吉な笑みで釘を刺した。


「うふふ……、ありがとう御座います。でも理乃さん、お友達の事を、そんな(ふう)に悪く言っちゃダメですよ。イケナイ()は、『ギュッ♪』って抹殺しちゃうんですから」


「いぃぃ~やぁぁ~。(バツ)とか怖いぃぃぃ!!」


 頭を抱えてコミカルに叫ぶ理乃りの

 いっぽう、守り部(まもりべ)の娘である(どう)このえは、一瞬、緊張に腰を浮かせて反応した。

 理乃の恐れは形ばかりで、親にじゃれつく仔猫のような甘えが感じられる。

 これは入学当時、ごとの罪が露見して、奉仕活動を言い渡された一件が絡んでいる。

 彼女自身が、エロ本(あつ)めを町内美化だと抜かしていた例のアレだ。


 いっぽう綾平(あやひら)(しずく)は、その昔、『けっ()(しずく)』の異名を誇る、仲間殺しの狂乱忍者である。

 学園生のほとんどは知らないが、忍ヶ丘の治安警戒を司る守り部(まもりべ)の一族なら、里の事情をいくらか心得ている。

 獅堂このえの耳からすれば、『抹殺(まっさつ)』の一言は、そのままの意味にも取れた。

 落ち込むイチカと萎縮するこのえを他所(よそ)に、しばし、クラス内で微笑みがざわめく。

 やがて、綾平担任がパンパンと両手を打つ乾いた音に、全員の意識が引き戻された。


「みなさん静かに。ホームルームを始めますよ。……と言っても、今日は週の終わりなので、特別、気にする事はありません。ただ来週には、進級試験の概要(がいよう)が発表されると思います。まだ正式ではありませんが、開催(かいさい)時期は7月上旬……。会場は恐らく此処(ここ)忍術学園にんじゅつがくえんの敷地内だと思います。遅刻は厳禁ですが、早めに会場に()ると、実技試験のカンニング扱いもありますから、注意して下さいね」


 何かにてられているかのような、早口言葉と(なが)台詞(ゼリフ)

 普段はボンヤリとしている彼女にしては、珍しいことである。


「それじゃ、ちょっと駆け足ですけど一時間目が(せま)ってるので、ホームルームはお終いで~す」


 ()()()()どころの話ではない。生徒達の最優先事項を()()()()と語り終えると、綾平担任は、委員長の号令を待たずに教室を離れていった。

 それもその(はず)

 綾平(しずく)は、期末試験が近付いている事に焦っていた。

 内心、強い歯噛(はが)みで心が乱れている。

(平常心を(たも)つよう、里の医師からも言われてるのに……)

 どうにも無理そうだ。

 なかば本能的にあしを動かし、気付くと、目的の学園長室は()(まえ)だった。

 何処をとおってここまで来たのか思い出せない。

 まるで焼け焦げた写真のように、途中の詳細な経路が斑模様まだらもように潰れている。

(ここまで気配を(とが)らせてたら、私の接近をとっくに察知してるはず……)

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