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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
2章 成りたい自分
24/83

妄想、暴走、即・逃走

 学園から1kmほど離れた場所に広がる、忍ヶ丘(なん)()の森林地帯。

 険しい密林を背負い、小さな石柱(せきちゅう)が二本、来訪者を(もく)に出迎える。

 サバイバル公園、壇ノ浦(だんのうら)

 関東大震災により、遺跡中枢の『蛇骨洞(じゃこつどう)』は完全に崩落。

 現在、その周辺地域は、忍者志望の訓練場として一般市民にも開かれており、その入り口には、申し訳(てい)()に公園が(せつ)されている。

 それゆえに、付いた名前が『サバイバル公園・壇ノ浦(だんのうら)』という訳だ。

 生存本能と隣り合わせのネーミングセンスは、入植者のイチカにとってはまった

親しみが持てない。

 公園とは言うものの、最深部の遺跡が崩落して、おくが立ち入り禁止なうえに、

今もなお、本格ほんかく霊場の一つに挙げられるけん()である。

 (うす)気味(きみ)悪い森の奥から、『ケキョー、ケキョー』と怪鳥(けちょう)の鳴き声がした。

 思わず、ブルッと背筋が震える。

 話には聞いていたが、実際じっさいに足を踏み入れるとなると、やはり怖い。

 (ほころ)び具合が尋常(じんじょう)ならざる(そで)(すが)りつくイチカに、金剛(こんごう)先生が困り顔で不安を

(なだ)める。


「ぬう……。藤森、そうビクビクするな。我々が訓練する位置は、言わば迷宮の

入り口。つまりは安全な場所だ。近所のやんちゃぼう()だって、時にはおとずれるくらいだぞ」


「やんちゃ坊主って、先生みたいな人のことですか?」


「そっちのぼう()ではない! 子供という意味の方だ。それと、先生は(ぼう)さんでもなければイタズラ小僧でもないから、早々に考えを改めろ!」


 石柱から6メートル先、緊張感の抜ける()()りを聞いて、黒髪の少女がクスリと笑った。


「なんだか(すご)く楽しそうですね……。なにか面白いことでもあったんですか?」


 親しみの()もった呼びかけと(はかな)げな音色。

 水色の着流しに、二振りの小太刀を腰裏こしうらに差した水野希更である。

 公園内にかお見知みしりの姿を発見したイチカは、心細さが一気に(やわ)らいだ。


「あっ、希更ちゃんだ! でも、どうしてこんな所に? ()(しゅ)訓練(トレ)でもしてるんですか?」


 すると、イチカの背後で金剛(こんごう)先生が仁王立ちに腕を組み、修業風味を一層(いっそう)強く

(かも)しだす。


「いいや。それは違うぞ、藤森ふじもり……。彼女こそ、お前とともに訓練を受ける生徒、

水野希更だ」


「えええぇ!? 陽忍術を使える希更ちゃんが、特訓とっくん~?」


 意外な事実に狼狽(うろた)えていると、希更が(うつむ)き、(うれ)いを帯びた表情で理由を語る。


「私は煙や(ほこり)に弱いから、最近は授業の欠席が多くて、単位を不足しがちなの」


 希更が事情を言い終えると、金剛先生は自身の(あご)(ひと)()でして、訓練教官にピッタリの口調で前口上(まえこうじょう)を始める。


「ふむ……。どうやら二人とも、自己紹介の必要はなさそうだな。なら早速ではあるが、訓練を始めるに当たり、忍者としての心構えをためさせてもらう。忍びの基礎概念という奴なのだが……。藤森ふじもり、4つの要素、すべて答えられるか?」


 急な質問でイチカはすこし戸惑ったが、愛読書・雪風せっぷうでんの記事を参考に、四つのかい(そら)んじる。


「えっと……。確か、(にん)(ざん)(いん)(とう)の四つです!」


「その通りだ。(にん)とは忍術や忍具の(あつか)い。(ざん)とは戦闘術。(いん)は、敵から身を隠す隠密おんみつ行動を表し、(とう)は、安全な場所へと(のが)れる遁走術(とんそうじゅつ)に当たる」


 慎重を()すつもりか、金剛先生は、イチカに非常識な質問を投げかける。


(とき)に藤森、おまえは今、陽忍術が使えるか?」


 するとイチカは、ウンザリとした顔で、手裏剣の先端に付いた吸盤きゅうばんをオデコに

着脱させて(もてあそ)ぶ。


「そんなのムリに決まってるじゃないですか~。一応、学校から訓練用の造刀ぞうとうしゅけんを受け取りましたけど、それだって(とも)に扱えるかどうか……」


「となると、藤森は自動的に4つの内の(いん)(とう)、すなわち、逃げ担当となる。ちなみにこれは、忍びにとって至上の目的、()(きょ)遂任(すいにん)の思想と合致している」


()(きょ)遂任(すいにん)……?」


()らずして、(おの)任務(つとめ)(まっと)うする……という意味だ。目的を果たしたところで、敵に見付かって戦闘となれば、『()()ぎ』程度と大差ないからな」


 続いて金剛先生は、顔の向きを変えてさらに告げる。


「対する水野は、逃げる相手を安全距離から仕留める、命中精度が重要だ。両者の課題を(かんが)みて、逃げる藤森ふじもりを水野が追いかけ、手裏剣をてる特訓が望ましい」


 大枠おおわくの方針が固まると、金剛先生が首のじゅ()を前に掲げて、()(だい)を読みあげる。


「ではこれより、特訓を開始する。まず最初は、忍具を携行けいこうしつつ、安全区域をグルリと10周せよ。お前たちの基礎体力、この目で(しか)と見届けてくれる!」


 戦術教官(きょうかん)お決まりの号令が決まると、イチカと希更がどうに応答する。


「ハイ!」 & 「承知!」



 一般市民に公園として開かれた安全区域は、一周ひとまわりがおよそ200メートル。

 一周だけならまだしも、10セットとなると、全力で走ればあとの訓練に支障をきたす。

 金剛先生は、戦術教官の(しん)()(がん)から、余裕を持った二人の走りに正当せいとうな評価を

(くだ)した。


「うむ。10と分かれば、(おの)が力量に応じて速度を調節する。ましてこれは、訓練前の小手調べだ。まずは()き判断と言えよう」


 訓練姿勢の全体評価に続いて、金剛先生は、イチカがさらまえを走る点に注目する。


「ほう……。藤森、なかなか(さま)になった走りではないか。さては何処(どこ)かで指導を

受けたな」


「ハイ! 中学校まで、バスケットボールをしてました」


「なるほど。それで女子特有の、かたを振った走りではない訳か。身体の(じく)がブレないだけに、疲労や失速が少ない。体力的にも、一般女子のややうえといったところだな」


 今度は希更に視線を移すと、上半身を虚脱(きょだつ)させた『忍びゆうの走り方』でイチカを追尾する。

――忍駆(しのびが)け。

 速度が制限されるわりに両手が自由になり、不意の襲撃にも対応たいおうできる走り方だ。

 そこへ()(おん)走行(そうこう)の単位と、無駄のない足捌あしさばきで疲労と失速を防ぐ『神行(しんこう)()』が

重なることで、初めて『ムジナばしり』が完成する。


 ただし、一定の隠行おんぎょうスキルに加え、膝関節(ひざかんせつ)への負担と強靱きょうじんな脚力を要求されるため、今の希更では、習得など(およ)びもつかなかった。

(やはり今の水野には、体力向上と基礎訓練は必須だな……)

 戦術教官は、生徒の弱点を正確に見抜き、賞賛の中に教訓きょうくんをしっかりと混ぜ込む。


「ウム。水野の場合、忍術訓練校(( 中学校))を出てるだけあって、基礎がしっかり出来ている。今は藤森に(おく)れを取っているが、所詮は余力よりょくを残した走りだ。これがいつ逆転できるかで、『活躍単位』の認定が決まってくる。精進(しょうじん)するのだぞ」


 最後は希更への激励(げきれい)で結ばれていたが、忍術修業が始まって以来のことである。

 思わず調子に乗ったイチカは、照れ隠しに(くつ)な言葉を並べた。


「エヘヘ……。私って、胸がすこし小さいですからね。そのぶん、肩を(すぼ)めて走る

動きに、ほとんど抵抗がないんですよ」


 偶然にも、(しゃ)かまえて受け流す空気が、希更の(かん)(さわ)った。

 劣等感(コンプレックス)(から)まり(もつ)れた被害妄想に、それまで落ち着いていた呼吸を、不自然に

停止させる。


「な、(なん)ですってええぇぇぇぇぇ!!!!」


 突然の怒号と、魂の芯が()てつく殺気を感じて、イチカがあしを止めて振り返る。


「へえっ!? どうしたんですか、希更ちゃん」


 聞き捨てならない、その余裕……。

 希更は、全身からネットリとした瘴気(しょうき)を放ち、精神病質的(びょうしつてき)な空笑いを持続させる。


「ねえ、藤森さん。さっきの話を要約すると、私の胸が『()い』って事ですよね。遠回とおまわしに『ロリぺったん』だとか、莫迦(バカ)にしてるんですよね? って言うか、そうなんでしょお!!」


 糸のキレた(あやつ)り人形みたく、カタカタと狂った痙攣けいれんが猟奇的だ。

 確かに、金剛先生の(せつ)とイチカの理論を一組セットにすれば成り立つが、いくら(なん)でも邪推が過ぎる。

 しかし、初対面でも『むね』を気にしていたように、彼女にとってソレは、敏感なスイッチのようである。

(こんな殺人鬼、映画で見たことがある……)

 イチカは無遠慮にも、クラスメイトを精神異常者(サイコパス)に見立てて短く叫んだ。


「ち、違いますって、希更ちゃん!! 私が言いたいのは……」


 弁解の途中、イチカの横髪を『シュカ!』と()(らい)(ぶつ)(かす)めた。


「ウワッ!! 今、しゅけんが飛んできた! 戦闘訓練は、まだ(さき)のはずですよ!」


「問答無用!」


 (おや)の仇より(じぶん)の仇。

 ()(しゅ)()みたいな形相で(せま)る希更に、イチカが全力でめんを踏み抜いて逃走する。

――自分はいったい、何をやっているんだろう?

 助けを求めてベンチを一瞥(いちべつ)するが、大物(おおもの)なのか()(どん)なのか、金剛こんごう先生は破顔一笑のかまえだ。

 手は、カンフー映画の主人公みたいに、『掛かって来い』みたいな体勢(ポーズ)で生徒を(あお)る。


「やる気があって(おお)いに結構けっこう。お前たちにその気があるのなら、好きに始めると(よろ)しい!!」


全然ぜんぜんよろしくありませ~~~~ん!」

〇主要霊場

木:愚民の森

火:飛龍製鉄所

土:サバイバル公園・壇ノ浦(蛇骨洞)

金:秩父山岳

水:人口湖『赤壁』


主要霊場の最深部には、天海衆・五忍将が封印されている。

五忍将の解放を目的とした陰忍襲撃により、およそ10年前、忍ヶ丘は甚大な被害を受けた。

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