零(ゼロ)からのスタート
転校初日から五日後、金曜日の昼休み。
イチカは各教科担当のプロフィールをノートにメモ書きすると、両手で顔を覆い隠した。
軽い溜め息のあと、片手を顔から離すと、紙面の上でおどる几帳面な文字が視界に映り込んだ。
・月曜日2限 … カラクリ伝造
科目は、忍具知識と設計。肉体の半分はメカ。
ただしパーツは木製なので、電磁波にやや強く、水に浮く。
そのカラクリボディに驚いて意識喪失。気絶して保健室送りに。
・火曜日1限 … 瀑男先生
『芸術は、爆裂だ!!』が口癖な、褌一丁の前衛芸術家。
その格好は、乙女心には結構クる物があるが、一応は人間の範疇。
だが、恥ずかしくて顔を合わせづらい。
・水曜日2限 … 水虎先生(河童)
もはや、人間ですらない!
忍ヶ丘の人工湖『赤壁』に住む、『霊術』および水練の師範。
出てきた瞬間、イチカは速攻、気絶してしまった。
・木曜日1限 … 天狗どの
この学園、人外が多すぎる!!
厳しい修練と食事制限の結果、遂に『神通力』を会得した修験者。
その長い鼻は偽物か、と触った拍子に、クシャミで吹き飛ばされて気絶させられた。
・金曜日2限 … 石川残月
背中に長刀を差し、いつも焦って『つまらない物』を斬ってしまう困った人。
下着であるサラシと褌の上に、やたらと布地の少ない忍者服を着た剣豪。
面倒見は良いが、少々、体育会系なのが玉に瑕。幽霊が苦手。
実質、ルームメイトである土御門ひなたのお目付役。
・土曜日1限 … 土御門ひなた
『符術』と『練丹術』の授業を受け持つ、優しい口調の陰陽師。
極度のバクチ好きで、五部学園長からギャンブル禁止を言い渡されている程の
重傷さ。
同室の石川残月とは、バクチと幽霊で上手い具合に相殺した人間関係。
こんなビックリ先生たちが相手では、たった数日で学園に馴染む事など到底不可能である。
こうしてイチカの落ち零れっぷりは、早くも職員達の話題となり、入学早々、
一般高校では体育教師に当たる『戦術担当』の金剛先生から、職員室へと呼び出しを喰らったのである。
「藤森、お前は早くも臨組の授業で落ち零れ、クラスからも浮いていると聞くぞ」
袖がビリビリに破れた格闘着に、首から太珠の数珠を提げた戦術教官、金剛先生にズバリと指摘されて、イチカはシュンと項垂れた。
試験にわざと落ちて転校する気の彼女だが、同じ場所で五日間も過ごして、流石に少し後ろめたくなって来たのである。
「はい、済みません」
返す言葉もなくしょぼくれると、禿頭・極太眉の金剛先生は、慌てて空気を軟化させる。
「ああっ、待て待て……。先生はべつに、おまえを責めてる訳ではない。というのも、従来、運命選定法が行われるのは、他の生徒の入学と同じ、3月から4月の間と決まっているのだ。ところが、肝心の選定官が、ちと事件というか……、トラブルのような物に巻き込まれてな。当時、忍ヶ丘を留守にしていたのだ」
「だから私だけ、途中編入なんて不利な条件だったんですね」
事情を簡単に話し終えると、金剛先生が鹿爪らしく一膝乗りだす。
「そういう訳だから、われわれ教師陣にも、考慮すべき点は多々ある。そこでだ、調べてみると、お前の母君が入学当時にこなしたという、基礎特訓メニューが見付かったのだ。どうやら御前の母君も、運命選定法によって呼び寄せられた口らしい」
母が忍者であるとは聞いていたが、自分と同じ立場だったとは初耳である。
驚きと同時に、イチカの胸に淡い期待が込み上げる。
「それじゃあ、私もそれをこなせば、一人前の忍者になれるんですね!」
「或いはな……。二ヶ月も遅れ、藤森にとっては、一からどころか零からかも知れんが、先生もその特訓に付き合うことを条件に、ここは一つ、思い切ってやってみないか?」
学園を辞めるにしたって、それくらいはして置くべきだろう。
イチカは、街を案内してくれた希更たちへの義理立てに、二つ返事で承諾する。
「ハイ! このまま授業について行けないのは不本意ですし、私も、母上の修めた特訓をなんとか突破して、せめて足手まといからは卒業してみせます!」
イチカのハッキリとした返事を聞いて、金剛先生は肩を揺らして、豪快な笑みを浮かべた。
「ハッハッハッハッ! そうかそうか……。それなら、先生としても好都合だ。いや、実を言えばこの時期、お前の他にも心配な生徒が一人居てな。事情によると、その者は進級試験の合格に単位が足りず、『忍術伝法の儀』を受けられぬ危機なのだ」
「へええぇぇ……。私の他にも、落ち零れな人が居るんですねぇ」
「そういう言い方は感心できんな……。それにその娘は、陽忍術において非凡な
才能に恵まれ、苦手科目も少ない。ただ、少々、身体が弱くてな。季節の変わり目に体調を崩すのだ。だから、午後の特訓で単位を補充がてら、体力を付けておこうという考えなのだ」
「何事にも、基礎体力は重要ですからね……。それで、特訓はいつからなんですか?」
まるで催促するような問いかけに、金剛先生がニヤリと好戦的な笑みとなる。
「無論、今からだ。特訓内容は、走り込みなどの基礎訓練や戦技指導。今回の特訓地は、戦人形や訓練設備のある、サバイバル公園・壇ノ浦だ。もう一人の訓練生は、既にその地に向かっている。我々もすぐに特訓場へと向かうぞ!」
力闘を感じさせる鋭い氣を放つと、イチカは『ビシッ!』と気を付けの姿勢をとって気合いを高める。
「ハイ、よろしくお願いします!」
「うむ、佳き返事だ。だが、先に一つ、忠告しておくことがある。入学説明では言い忘れたが、壇ノ浦はもちろん、他の霊場の奥へは、決して足を踏み入れるな。奈落の落とし穴、偽装された殺人罠、さらには物の怪の類まで出てくる。今の御前では、絶対に生還不可能だ。場所によっては、一流の忍びとて、命を落としてしまう」
「ええぇぇぇえ!! 幽霊どころか、死んじゃうのおぉぉぉぉ!?」
各教科の先生たちは、イチカが特訓を開始してからの活躍となります。




