立ち読み天国・読眼流
ややあって、三人は大通りを直進し、雑居ビルが立ち並ぶ路地の一角で停止する。
「藤森さん。ここが普段、私達が教材探しに利用している、立ち読み天国『読眼流』です」
振り返った希更の肩越しに、白い外壁と大きな窓ガラスの書店が目に映る。
「否、希更ちゃん……。立ち読みなんて、お店の人に迷惑ですから」
若干、引き攣った笑みでイチカが注意すると、彼女の左前方に立つこのえは、
両手を肩の横に挙げた降参のポーズで弁解する。
「ところが、この店の主人自らが、立ち読み自由を公言しておりますの」
「勤労意欲の欠片もありませんね……。一体どんな人なんですか、その人は」
イチカが素っ気なく尋ねると、希更は張りつめた空気のまま、自動ドアの前へと歩む。
「そこはもう、百聞は一見に如かずです。それより藤森さん、入り口から先はすでに戦場よ。絶対に気を抜かないようにして下さい」
そんな大袈裟な……、と思いながらも、イチカは二人の剣幕に圧倒されて、無言で後ろに付き従う。
夏も近付き、直射日光が不快に感じる今の季節、程よく空調の効いた店内の涼気が肌に心地良い。
加えて、書店にあるべき静謐さが、来店者の心を落ち着かせる。
名前の割には流行ってないのだろうか。
店内に、客の姿は見当たらなかった。
入り口からすぐ右のカウンターでは、一人の女性が物憂げに頬杖を突いている。
肩・脇・背中の三ヶ所が大胆にカットされた、肌色面積がやたらと多い黒のレザースーツ。
その片目は、『ZZZ』と着用者の怠け心を表す眼帯で覆われていた。
つまりは、このキワドイ格好の店員こそ、件の麗人、中野瞳である。
中野は三人の姿を見付けると、跳ね気味のミドルヘアーを野性的に揺らして応対する。
「獅堂家の御令嬢に、もう一人の御嬢さんも一緒とは……。今日は豪華な組み合わせだねぇ」
色っぽい声と大雑把な口調。
ここが忍ヶ丘でなければ、とっくに露出狂か、コスプレイヤーに認定されている。
イチカは、彼女の意味深長な言葉の響きを気に掛けて、反射的に疑問を抱いた。
「豪華な組み合わせ? 希更ちゃんと獅堂さんの家って、なにか関係があるんですか?」
希更たちの背後から不思議そうに尋ねると、中野瞳は、物珍しげな表情で頬杖を解いた。
「そういうアンタは見掛けない顔だねぇ。どっから来たんだい?」
イチカは、小さく横にずれて視線を保つと、改まった空気でペコリとお辞儀した。
「初めまして。私、今朝、この街に来たばかりの藤森イチカと言います」
「あいよ、中野瞳だ。しっかしその反応……。まさか貴方たち、今まで一緒だったのに、自己紹介もしてなかったのかい? そっちのお嬢さん――水野希更は、バブル崩壊後に急成長した、水野グループ総帥の一人娘……。そんでもって、もう一人のお嬢ちゃんが、この忍ヶ丘じゃ知らぬ者は居ない『封印氏族』の末裔にして、忍ヶ丘の治安を司る『守り部』の御令嬢ってヤツさ」
封印氏族とは、幕末期、この忍ヶ丘が敵の忍者集団・天海衆に攻撃された際、敵の侵攻を食い止め、相手方の将を封印した一族のことを指す。
裕福ながらも尊大な所がない二人に、イチカは、熱を孕んだ吐息を漏らした。
「ふへえぇぇぇ……。獅堂さんも希更ちゃんも、お金持ちの家柄だったんですねぇ」
このえは、イチカの感嘆に肩を窄めて、照れ臭そうに身を捩る。
「別に、私自身が凄いわけではありませんし……。だいいち、封印氏族は私だけでなく、そちらに居る店長さんも同じですわ」
引き合いに出された中野は動じた風もなく、片手をヒラヒラとさせる。
「ウチ? ウチはもう、アタシで代納めだよ。獅堂家の所みたいに、抜け忍や罪忍(犯罪忍者)対策とか、里の運営には関わっちゃいないからね」
中野はそう言うと、過ぎし日を懐かしむような眼差しを、ガラス窓の向こう側に浮かべた。
やがて彼女は、ホロ苦い過去を振り払うと、左手を支えにして、カウンターを
颯爽と飛び越える。
「よっし! 大体の事情は飲み込めたよ。つまりはソッチのお嬢ちゃんに、ウチの店を案内しようって考えだね」
着地と同時にイチカの肩に手を置き、身体の向きを反転させて耳元で囁く。
「君、なんでいきなり、ウチみたいな本屋に連れてかれたか、不思議に思ってるだろう?」
自分の背中に、相手の胸がピタリと当たっている!!
意識しすぎのせいなのか、押し付けられてる膨らみが、ゴム鞠みたいに弾んで
広がる光景を想像してしまった。
耳裏の声も、まるで愛の告白みたいな艶を帯びている気がする。
イチカは胸の高鳴りを必死に押さえて、店内の把握に努めた。
「えっと……。このお店が、普通の本屋さんじゃないって事は知ってるんですけど、その理由はサッパリ……」
キョロキョロと困惑する様子を見て、中野は直ちに、イチカの実力を理解した。
「なるほどね、忍術無能力者か……。まっ、転入生ならムリもないわな。よぅし、ちょっとジッとしてな。今から、ウチの主なルールを2つ、教えてやっから」
背後に立つ中野が、イチカの顳顬を両側から親指で突き、体内の氣を伝導させる。
「ほらよっ、これで見えるだろう!」
側頭部から視神経を流れる氣術が、イチカの認識能力を一時的に増大させる。
イチカは驚愕の光景を目の当たりにして、無言で両目を見開いた。
(うわっ、人が一杯いる!!)
無人と思っていた店内には、それまで視認不可能だった多くの客が潜んでいた。
壁際の本棚や通路上の陳列棚の前に立ち、皆、一心不乱に立ち読みを続けている。
「メインルール其の壱、『立ち読みは、一定スキルの隠行で』! そこに居れども姿は見えず。人間の注意力の隙を突き、視界の中に入っても認識の外へと外れることで、存在しないものだと錯覚させるんだ。まっ、私にとっちゃ、全員バレバレなんだけどね♪」
立ち読み天国の本質を理解して、イチカが小さく納得する。
「なるほど、隠れながらの立ち読みですか……。確かにこれなら、生活しながら
忍術修業が出来ますね。それで店長さん、もう1つのルールってなんですか?」
「ああ、そいつは簡単さ。『ビニール剥がしや紐外しはご自由に』、だよ」
「えっ? それってむしろ、絶対にやっちゃいけない事ですよね? どうして……」
イチカの言葉を遮って、異変を察知したこのえが警告を発する。
「三人とも、あそこを御覧になって!」
店内奥から数メートル手前、陳列棚の前で、不審な動きをする少女を見付けた。
中野瞳は、その光景を苦笑で眺め、漠然とした表現で未来を示唆する。
「上級生の中忍が、この娘たち下忍に見えてるって事は、隠行レベルが1段落ちてるな……。とすると、あの子、やっちまうだろうねぇ」
「えっ? やっちまうって、なにをですか?」
イチカの問いには誰も答えず、希更が切迫した声で行動を促す。
「獅堂さん、はやく退避を!」
「分かっています! 巻き添えなんて御免ですもの!!」
二人は一目散に入り口へと駆け出し、イチカを置いて遁走した。
いっぽう、置いてきぼりを喰らったイチカは、頭上にハテナマークを浮かべつつ、背後に立つ中野を不安そうに見上げる。
「あの、店長さん。これって一体……」
「まぁ見てなって……。第二のルールが、条件付きだってことをね」
中野瞳は、背中の隠れ蓑で周囲を覆い、覗き用のわずかな隙間から、期待の笑みで店内を窺う。
店の奥、集中力の欠如で隠行の解けた少女が、今後の展開に即した悔句を漏らす。
「あっ、しまっ……!」
瞬間、激しい閃光が少女の悲哀を塗り潰した!
彼女が手にした雑誌を爆心地に、黒煙と衝撃波が店内に炸裂し、各地で誘爆が
始まった。
当然、傍で立ち読みしていた客たちも、余すことなく巻き添えである。
それでも彼等の口から、『うわぁ~!!』だとか、『何故じゃ~!!』と、ヤラレ役にピッタリの台詞が出るあたり、ニクイ演出というか、ハッキリ言って慣れている。
対して初心者のイチカはと言うと、隠れ蓑で飛散物は防げたものの、『ゴオオ……!!』とすさまじい烈風が顔の脇をかすめて激しく錯乱する。
「何ですか×2、いったい何なんですか、此処は!!」
「本屋(キッパリ)」
「そんなの知りたくなかったけど、分かってます! 問題は、なんで本屋さんが
爆発したのかって言いたいんですよっ!!」
すると中野は、隠れ蓑をバサッと格好よく放り捨てると、腕を組んだ英雄然としたポーズで断言する。
「これが、第2のルールとセットの条件、『罠の解除は正確に』だ! 書籍を覆うビニールや紐は、本体に仕込まれたトラップと連動している。迂闊に開けると、その場で『ドカン!』だ!!」
「好いから早く、皆さんを救助して下さ~~~~~~い!!」
客のリアクションが良いのは、むしろノリノリだからです。
モブキャラの台詞に人間臭さを求めるのは、私だけでしょうか?




