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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
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雪風家伝

 希更が嬉々(きき)として雑誌へと手を伸ばす横で、イチカが驚きの声をあげる。


「それって、私がいつも購読してる忍者雑誌・雪風(せっぷう)()(でん)! どうしてこんな所に……」


 すると希更は、イチカに獲物を奪われまいと、俊敏に雑誌を確保。

 大切な(ブツ)を胸元に保持(キープ)してすぐ、イチカの言葉に疑問を抱いた。


「どうしても何も、この雑誌は、忍ヶ丘(しのびがおか)でしか流通していない指南書よ。むしろ、忍者でもなかった貴方あなたが、どうしてこの本を知ってるの?」


 秘密の多い忍ヶ丘だけに、流通が限定されている可能性は充分にある。

 イチカは、希更の(なじ)るような視線と口調に自信を失って、東雲(しののめ)保健医に助けを求めた。


「そんなぁ……。私、姉上に頼んで、送ってもらってるだけですよ。東雲(しののめ)先生、この街でしか売ってないって本当なんですか?」


 すると東雲(しののめ)保健医は、イチカの質問に迷わず頷いた。


「ええ、本当のことよ……。うわさ程度ならまだしも、もし本当に忍者がいるなんて

証拠が世間に出回ったら、とても厄介だもの」

 と解説するあいだ、今度は彼女が、イチカの言葉から不穏当な部分を抜きだす。


「ちょっと待って! 藤森さん……。まさか貴方(あなた)、その雑誌を忍ヶ丘(しのびがおか)の外で保管しているの!?」


「えっ? あっ、ハイ。そうですけど……。それが何か?」


 ポカンとしたイチカの答えに、無表情の希更が、禁則事項をポツリと呟く。


「忍びたる者、(みだ)りに情報漏洩せしは、厳罰に(あたい)する……」


「えっ、厳罰?」


 呆気に取られるイチカだが、電話(ひと)つで万死に相当する、時代錯誤なこの街のことだ。

 もし愛読書に忍びの奥義が記されていれば、ある種の情報漏洩と見なされるだろう。

 思い返せばいえを出る直前、姉の(あおい)とさよが、似たような議論を交わしていた気がする。

(あれっ……。私、試験とか死闘を待たずに、万死に(あたい)するとか? 死刑確定?)

 イチカの脳裡に、なんだか判らない処刑(ヘルワーク)の数々が去来する。

 言葉にすれば、車輪しゃりんきとかさかつるしなど、どれもすぐには死ねない『エグイ系』だ。

 ちなみに逆さ吊しに関しては、イチカはすでに裏門で喰らってるため、その手の

拷問から生還する熟練者(ベテラン)と言えなくもない。

――これはいけません……。

 と、イチカは(にわ)かに愛想笑いを顔に浮かべて、保健室の(あるじ)に聞いてみる。


「あの……。ちなみに厳罰って、どんな事になるんですか? アレですよね? せいぜい奉仕活動とか、そう言った感じですよね? たかだかほん一冊のことですし」


 すると東雲(しののめ)保健医は、同じ所を()ったり()たりと、せわしなく往復しながら、深刻そうに過去の事例を掘り起こす。


「えっと……。昔だったら、敵への寝返りと同様の扱いになるかも知れないから、下手をすると、一族郎党いちぞくろうとう皆殺し…………だったかしら?」


「イチゾクロウトウ、(ミナ)ゴロシ……?」


 心中、絶望の暗闇にクモの巣状の(ヒビ)割れが走り、ガシャンと耳障りな音を立てて砕け散った。

 イチカは『ポテッ……』と床に崩れ落ちると、恥も外聞もなく(はかな)む。


「家族みんなが忍びのせいで、私、ここで死んじゃうの? 短かったぁ~、私の

人生~!」


 窓の外を見ると、青空を背景(バック)に、姉が半透明にデカデカと浮かんで、こちらに

笑いかけてるように見えた。

 どことなく自分を嘲笑ってる気がして、無性(むしょう)に腹が立つ。

 イチカが人生のどんぞこで嘆いていると、長い黒髪を垂らした()(さら)の顔が、視界の端から()アップで割り込んでくる。


「あの……。絶望に()(ひし)がれてる所に悪いんだけど、ちょっと良いかしら?」


 イチカはグスッと(はな)を啜ると、覚悟を決めてしょんぼりと頷いた。


「ハイ……。介錯(かいしゃく)は出来る限り、すばやく正確にお願いします」


(いや)、処刑とか切腹の話じゃなくて……。いま言った()()()()()()()って、どういう事なの?」


 希更の喰らい付いた疑問に、東雲(しののめ)保健医も興味を示す。


「そういえば、一般人がその雑誌を手にすること自体、ちょっと不自然ですね。

入手経路としては有り得ないのに」


 両者の指摘を総合して、イチカは二人の勘違いに気付く。

(そっか……。綾平(あやひら)先生や、近所に住んでる()()ちゃん以外は、私が一般家庭の中から選ばれた生徒としか認識されてないんだ……)

 イチカが家族構成を簡単に説明すると、二人の顔に(あん)()の笑みが広がった。

 特に、おっかない想像を口にした東雲(しののめ)保健医は、自分が思い違いをしていた事もあり、両手をあわただしく振って(なご)ます。


「お姉さんが購入して、同じ忍者の家族に送る…………。今では、忍ヶ丘の外に

出て行く人も多いですし、それなら大丈夫ですよ。それにさっきの風習も、大昔に施行された一番厳しい内容ものを挙げただけで、実際に適用されるのは(まれ)ですから」


「里の出身者が情報漏洩を犯すとは思えないし、おそらく家の人が、最低限の管理くらいしてると思うわ」


 希更のボソリとした同意を聞き終えて、イチカはホッとむねを撫で下ろす。


「あ~、良かったぁ……。せっかく創刊号そうかんごうから買い集めてたのに、あやうく買い物が原因で死ぬとか、最低の死因を作る所でした」



「「えっ、創刊号(そうかんごう)!?」」



 希更と東雲(しののめ)保健医の驚愕が不意に重なる。

 ()()()()()()という期待から、希更は硬直した顔でイチカに尋ねた。


「藤森さん。今、創刊号って言ったけど、ソレってまさか、雪風(せっぷう)()(でん)の初版本とか……」


 事情も価値も知らないイチカは、希更の問いに平然と返す。


「ハイ! 私、いま思えば、母上たちの影響で忍者()きに洗脳されていたんですね。たしか十年くらい前に、『忍者の何かが欲しい』って駄々を()ねたら、姉上が送ってきてくれたんです。それ以来、私の(うち)毎月(まいつき)届くようになったんですけど……」


 答えの途中、イチカは二人の態度から怪しい空気を感じ取り、次第に声が小さくなって、ついには途切れてしまった。

 いっぽう質問者の希更は、同じく事情を知るであろう東雲(しののめ)保健医に小さく手招きすると、片手を立てて耳打ちを始めた。


『十年前だと、私もまだ、忍ヶ丘の外に居たので定かではないんですけど……。

時期的に考えて、彼女が持ってる初版本って、本物なんですか?』


 東雲(しののめ)保健医はしばし戸惑い、やがて不明瞭に頷く。


『多分、間違いないと思います。確か初版本(アレ)の付録には、天狗(てんぐ)どのが雑誌創刊の()(いわ)いに隠行術(おんぎょうじゅつ)の真髄を載せたとかで、ただちに出版しゅっぱん差し止めのうえ、『禁書(きんしょ)()』送りになったとか……』


 内緒話の声は徐々(じょじょ)にヒートアップし、後半のキナくさい内容は、イチカの耳にもバッチリ届いていた。


「あの、東雲(しののめ)先生。いま、禁書庫とかって聞こえましたけど、なんですか、ソレ……」


 イチカの質問に、東雲(しののめ)保健医は、まるで怪談話を聞かせるような声で、ゆっくりと説明を始める。


「学園の近くにある、冠婚葬祭(かんこんそうさい)や図書館などの公共施設を集めた、通称、『底知れぬコミュニティーセンター』。その地下に眠る財宝と、忍びの秘伝書を(おさ)めた秘密の保管庫。そこに厳重(げんじゅう)保管されてる物の一つが、雪風(せっぷう)()(でん)・創刊号なの……」


 くんじゃなかった……。

 イチカは今更になって、脱力感から肩を落とす。


「また思いがけない形で、私の記憶に、ロクでもない迷宮の名が刻まれてゆく……」


 イチカの軽率な発言を、東雲(しののめ)保健医が眉を寄せて注意する。


「ロクでも無いだなんて駄目よ、藤森さん。この忍ヶ丘にとって、禁書きんしょ()行きの

書物は、言わば国宝級。それを(おさ)めた施設となれば、われわれ忍びにとって絶対ぜったい

防衛線も同じです」


 そうして(たしな)めたかと思えば、東雲(しののめ)保健医はきゅうに猫なで声で、イチカに破格の

待遇を(ほのめ)めかす。


「あっ、そうだった……! 藤森さん、じつは最近、実家から高級カステラと玉露ぎょくろが届いたんですけど、好かったら、少しちゃして行きませんか?」


 忍びにしては、あまりにも下手へたすぎる罠だ!

 怪しい悪寒が全身を伝い、イチカはゆっくりと後退(あとじさ)る。


「な、なんですか。やぶから(ぼう)に……」


 同じく、付録狙いのさらが勢いよくシーツを()()け、東雲(しののめ)保健医を激しく非難する。


「そうですよ、先生。お菓子とちゃで藤森さんを籠絡(ろうらく)しようだなんて、卑劣です。恥を知って下さい!」


 返す刀で、イチカの腕をガッチリ固定(ホールド)

 一人(ひとり)芝居も待ったなしに(まく)し立てる。


「それより藤森さん、この街のこと、まだよく知りませんよね? えっ、案内して欲しい!? 是非ぜひ……じゃなくて、その()務、やまいを押して任されました!」


 どうやら希更は東雲(しののめ)保健医に対抗して、友達関係捏造(ねつぞう)作戦で来たようだ。

 (ひと)()がりなりのあいだに、イチカは何度も、『あっ、(いや)……』とか、『別に一人で……』などの妨害コマンドを実行するが、相手のさらはサッパリ入力を受け付けない。

 それどころか、病人とは思えない俊敏さで身支度を整えて、イチカを保健室の外へと連れだす。


「それでは東雲(しののめ)先生、私はいまから藤森さんを街に案内するので、これにて失礼します」


「えっ? あの……。私、別に頼んだ憶えは……。あっ、ちょっと!?」


 イチカの戸惑いを宙に残して、同行者共々(ともども)、一瞬で姿を消す希更。

 その場に取り残された東雲(しののめ)保健医は、ガッカリとした様子から一転、再戦の決意を固めて(こぶし)を握り込む。


「クッ、別に好いわ……。なにせ私には、忍者服の件がありますから!」

あきえに希更に東雲しののめ保健医。

人によって理由は違えど、女性にモテる素質のイチカ。

そんな彼女ですが、このあといずれ、もっと多くの人に狙われます。

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