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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
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乙女心と身体測定

 学校生活には不安はあるが、一ヶ月(ひとつき)はんなら、観光気分でギリギリ乗り切れる。

 どうせなら、ついでに陽忍術とやらも(かじ)っておこう。

 忍術修業など、他所(よそ)では滅多に出来るものじゃない。

 そう思うと、途端に世界が輝いて見えた。

 (けが)れを知らない少年時代のように、玄関をけて外に出れば、その先に、必ず

何か素敵な事が待っている。

 自分をゲームの主人公に置き換える、あの感覚……。

 曲がり角には、何が(ひそ)んでるのか?

 (てのひら)で躍る金貨の代わりに、胸一杯の幻想世界(ファンタジー)

 見知らぬ土地と故郷をへだてる森や川。

 世界の命運を左右する試練など、仲間がいれば怖くはなかった。

 そう思うと、背中につばさが生えたかのように身体が軽い。

 イチカは跳ねるようなあしりで廊下を進む。


 校舎一階、東の最奥(さいおう)は宿直室で、保健室はその手前、東側ひがしがわ昇降口の隣りにあった。

 と其処(そこ)でイチカは、ふと我に返った。

 良く考えると、自分は一人ぼっちだ。

 仲間など居るわけがない。

 未知なる世界を()()中の積もりだったが、この街は文字通り、危険を(おか)す忍びの世界。

 メルヘン気分を緊張感に変えて、イチカは()()()保健室のドアに手を掛ける。


「失礼しま~す……。転校生の藤森ふじもりイチカで~す。身体測定を受けに来ました~」


 おっかなびっくりに扉を開けると、室内はごくごく普通の保健室であった。

 ただ、他校と比べて実践的な授業が多いせいか、診療机が病院でよく見る本格的なタイプに近い。

 レントゲン写真を貼り付け、裏から照明(ライト)を当てる専門的な造りだが、威圧感や血腥(ちなまぐさ)さを感じないのは、室内の開放的かいほうてきな印象の御陰だろう。

 木造校舎には珍しいリノリウムの床と、清潔でねつが溜まりにくいタイル(へき)

 風通しのい広い窓で、純白のカーテンが風にそよいでいる。

 診療机の前では、保健医の東雲(しののめ)清蘭(せいらん)が回転椅子に座り、転校生の来訪を待っていた。

 薄桃色うすももいろの看護服と白いエプロンを小さく揺らし、イチカへ柔和に微笑みかける。


「あら、ようやく来たわね……。初めまして。私は当学園の保健医、東雲清蘭(しののめせいらん)よ。怪我や悩みごと、ほかにも色々と困ったことがあったら、なんでも相談に乗るわ」


 容姿だけでなく、声もまた雲のように柔らかく、そよ風を連想させる涼しさである。

 ボディラインは決して妖艶(ようえん)ではないが、それが(かえ)って控え目な魅力として、癒しの要素を引き立てている。

 昔は()く、色の白いは七難(しちなん)隠すと言ったが、そこに細面(ほそおもて)で垂れ目の母性が加わっては、異性のなんからは(のが)れるべくもない。

 イチカは思わず彼女に見惚れて、その場に呆然と立ち尽くす。


「うわあ、れい……」


 イチカの呟きを耳にして、東雲(しののめ)保健医は、くすぐったい笑みを浮かべた。


「フフッ、ありがとう……。でも、女性からいきなりそう言われたのは、あなたが初めてよ」


「あっ、ごめんなさい! 私ったら、つい……」


「謝らなくてもいいわよ。それより、はやく中にいらっしゃい。()けっ(ぱな)しで身体測定なんて出来ないでしょう?」


「あっ、ハイ。そうですね」


 イチカは入室して扉を閉めると、脱ぎ終えたふくを空きベッドの上に畳んで、

身長、体重、スリーサイズの測定を受ける。

 その途中途中(とちゅうとちゅう)に、イチカは保健室(つな)がりで、授業での負傷について質問してみた。


「あの、東雲(しののめ)先生……。授業中は、主にどんな怪我に気を付けるべきなんですか?」


 口を動かしながらも、身長計に乗るイチカ。

 東雲(しののめ)保健医は、イチカの天辺(てっぺん)に測定器具を調節し、(はし)に刻まれた目盛りに注目する。


「そうねぇ……。数で言うと、打ち身が多いかしら。忍者と一口(ひとくち)に言っても、格闘主体の()も居るし、(やいば)だって刃は潰してあるから、全体的に被害が打撲傷となるの。だからこうして身体測定を受けて、忍者服を新調しないと駄目なのよ」


 言い終えるあいだに、座高の測定へと移っていた。

 イチカは背筋をばして椅子に腰掛け、背凭れとのあいだに適度な隙間を作る。


「そういえば忍者服って、無音走行や身のこなしだけじゃなくて、もしもの時の

防具にもなるんでしたっけ」


「ええ、そうね……。ただ、この忍ヶ丘では陽忍術の影響と個人のくせもあるから、色々と細かい調整が必要になるの。ちなみにそういったことは、授業や特訓を通して初めて分かることだから、自分専用の装備が完成するには、もう少し時間が掛かると思うわ」


「なら、しばらくは私服とかで授業を受けても良いんですか♪」


 微笑ましい発想に、東雲(しののめ)保健医は(なご)やかに注意する。


「そうは行きませんよ。間に合わせの忍者服がありますから、当面はそれで我慢して下さい。じゃ、()()()に乗って」


 身長と座高を測り終え、あっちの正体が()()()だと気付き、反射的に及び腰となった。

 イチカは上体を前に(かが)め、両手を膝について哀願する。


「うわあぁ……。やらなきゃ駄目(ダメ)ですかぁ~?」


 生徒の泣きつくような反応を見て、東雲(しののめ)保健医が面白半分おもしろはんぶんの空気で指導する。


「当たり前じゃないですか。ホラッ、()()()()()と乗る!」


「はぁい……」


 審判の時は来た。

 忍びの里にも電気は来ている。

 電子計測の体重計が、非情にも物理法則に(のっと)った数字を吐きだし、抗いようのない事実を(こく)()する。

 精神的なを越えた先には、今度はスリーサイズの測定が待っていた。

 本人の健康と安全を守る身体測定は、その親切さとは裏腹に、思春期の婦女子にとって、サブミッションのような悪辣(あくらつ)な機能で構成されている。

 少しでも計測結果をまどわせよう。

 でも、悪い方には()めて……。

 と、複雑な乙女心を働かせて、イチカは東雲(しののめ)保健医に話しかける。


「今まで、ひどい怪我ってどんなのがありましたか?」


 イチカの妨害もなんのその。

 東雲(しののめ)保健医は(あやま)たずメジャーを操り、ウエストを正確に計測する。


「午前中は、先生がたの監督があるから良いのだけれど、午後、『霊場れいじょう』の探索に向かった()の中には、深刻な症状もありますよ? (ひたい)パックリとか、内臓が見えてるものとか……」


内臓ないぞう見えてるって、普通、死んじゃいますよ!」


 驚きに息を飲んだ拍子に、メジャーの締め付けに狂いが生じた。

 東雲(しののめ)保健医の口から、すばやくクレームが飛び出す。


「あっ、こら! 無闇にお腹を動かさないの。誤差が出るでしょ」


「あっ、済みません。スウゥゥゥ…………」


 女子高生のムダな抵抗に、東雲(しののめ)保健医が軽く吹きだす。


くなくな……。そんなにムリして、お腹を(ヘコ)まさない!」


「ううぅ、だってぇ~」


 注意を受けて元のサイズを保つが、骨太の健康体で、取り立ててふとっているとは言えない。

 ストンとまっすぐ見下ろすと、緩やかな稜線の隙間から、内側へ(ゆみ)なりの平野が見えた。

(っていうか、まっすぐ見下みおろせるんだ、私……)

 視界良好の事実に、沈痛な面持ちで閉口するイチカ。

 胴回りの計測も終わり、東雲(しののめ)保健医は臀部(ヒップ)にメジャーを通して、イチカの心境を言い当てる。


「藤森さんは、忍びの修練なんて……と思うかも知れないけど、実際には、凄く(ため)になるのよ。忍びの体技を(おさ)めれば、運動・勉強・休息の方法を身体が憶えて、つねに最適な状態で生活に(のぞ)めるの。一流大学なんかより、この学園(ウチ)に通いたいって()も沢山いるんだから」


 東雲(しののめ)保健医は雑談を軽く交え、スリーサイズを記入しながら問う。


「藤森さん、たとえば一秒間にふたつの事をこなせる人と、ひとつの事しか出来ない人。寿命はたまたま一緒だとして、どちらの方が長生きしたと思う?」


 イチカは質問に集中し、下着姿のまま、眉間に(しわ)を寄せる。


「えっと……。一秒にふた……、あっ! (いえ)、どっちも同じです!」


 子供()みた問答をなんとか切り抜けるが、東雲(しののめ)保健医の意図は別にあった。


「そうね……。でも、片方は二倍の行動を行い、その分だけの経験を積んだ。主観的に見れば、もう片方よりも、二倍は長く生きたのと同じなの」


「つまりは戦いだけでなく、普段からも、充実した日々を送れるって意味ですか?」


「そう言うことです♪」


 ややあって、必要事項の記入が終わると、東雲(しののめ)保健医は、計測結果を悪戯いたずらっぽく読み上げる。


「ふうぅん、体重は○5(〇んじゅうご)キロか……。変なダイエットはしてないみたいね。優秀♪」


「言わなくても良いのにぃ~」


 ()ねた感じが可愛く思えて、東雲(しののめ)保健医が軽快に鼻を鳴らした。


「フフッ……。最近の()は、体重を気にしすぎですよ。それじゃ、これが間に合わせの忍者服ですから、しばらくはソレを着たままで過ごして下さいね」


「むうぅぅ……。はぁ~い」


 イチカは着替え用と予備の二着を受け取り、ベッド脇に移動してカーテンを閉める。

 壁に貼られた掲示物を参考にして、忍者服へと着替えるあいだ、イチカは、東雲(しののめ)保健医の語る訓練計画に耳を傾けた。

イチカと東雲しののめ保険医のやりとりは、猫のじゃれ合いみたいで楽しく書けました。

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