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藤森イチカの忍術試験!  作者: 桜花 山水
1章 忍びの里の忍ヶ丘
1/83

転校

皆さん、初めまして。おう山水さんすいです。

文章が読みやすくなるよう、本作の肝となる80話を除いて、レイアウトの大幅変更や章立てを行いました。


現状、完結指定にしておいて活動は中断していますが、2巻目以降の設定は出来あがっていますので、機会があれば執筆&投稿しようかと思います。


では、1話からどうぞ。

 ()に、陰陽五行(いんようごぎょう)の力を借りる異形(いぎょう)の術あり。

 (もく)(じん)(つう)(りき)()法術(ほうじゅつ)(つち)練丹術(れんたんじゅつ)(ごん)氣術(きじゅつ)(みず)霊術(れいじゅつ)


 五芒星を描くその力は、木から火、火から土、土から金と、五つの循環する要素が力を高めて相生(そうじょう)し、対極にある力を相剋(そうこく)して打ち消す。

 森羅万象の(ことわり)に応じたその特殊な力を、今()()現代社会に生きる『しのび』達はこう呼んだ。


 ――陽忍術(ようにんじゅつ)、と……。



 五月上旬、高校一年目のゴールデンウィーク。

 イチカは壁際のクローゼットを開けると、鼻唄混じりに、お気に入りのカーディガンへと手を伸ばす。

(もう冬もとっくに過ぎたし、さすがにコレじゃ、すこし暑いかなぁ……)

 一度だけ(そで)を通してから、すぐ()めにした。

 これを着るのは、今度の秋までお預けにしよう。

 とはいえ、ときおり風は冷たい。

 シャツの上から黒い柔毛(フリース)の上着を通して、下は(えん)()(いろ)のミニスカート。

 腰まわりに締めたベルトには、ウエストポーチを左右に一つずつ装着。

 濃紺(のうこん)厚手のデニムリュックに貴重品を入れて、外出準備が整った。


 ポーチの中には、季節に合わせたお菓子が入っている。

 ビニール袋に密閉された、薄桃色や淡い(みどり)の色鮮やかな金平糖(こんぺいとう)

 2階の自室から階段を降りるたび、袋の中でザクザクと勇ましい音を奏でる。

 財宝みたいで良い気分だ……。

 そうして階段を降り終えると、台所から洗い物の音が聞こえてくる。


「行って来ま~す」


 イチカは横着にも玄関前で呼びかけると、ドアの向こうから、母親に呼び止められた。


「あら、イチカ? ちょうど良かった。実は、貴方(アンタ)に言っとかなくちゃいけない事があったの。ちょっと此方(こっち)にいらっしゃい」


 朝御飯も食べたし、宿題だって気にする程の量じゃない。

 イチカは怪訝な表情でリビングの扉を開けると、流しで洗い物を続ける母へ、カウンター越しに話し掛ける。


「言って置かねばならぬ事とは(なん)ですか、()()……」


 現代人ならまず最初に、イチカの言葉づかいに疑問を抱く所だが、あろう事か、この武家言葉こそ、藤森家の標準仕様(スタンダード)

 したがって、(みずか)ら進んで時代錯誤な言語教育を(ふる)った張本人、藤森さやかが口にしたのは、娘の言動とはまったく別の内容であった。


「アンタ、来月から今の高校を辞めて、隣り街にある()()()()へ行く事になったから」


「……………………」



 当然の長い沈黙。

 やはりこの母親(おんな)、頭が少しおかしいのだ。

 いったい(なん)の権限があって、本人の許可なしにそんな事が出来るというのか。

 イチカは失意の忘却(ホワイトアウト)から抜け出して、胸に渦巻く怒りを、ほんの短い文言に託して叫ぶ。


「はぁ? 今の高校を辞めてぇ?」


 イチカの母は、良心の呵責を一切(いっさい)交えず、洗い物の片付けをしながら淡々と返す。


「当たり前じゃない。それとも(なに)? アンタ、高校を2つも掛け持ちする気なの?」


(いや)(いや)(いや)、そうでは無くて! 私は()()この間、せっかく厳しい受験戦争を乗り切って入学したというのに、それを一ヶ月そこらで転校しろと言うんですか? しかも、本人の(あずか)り知らぬ形で!」


「だって仕方ないじゃないの。厳正な書類審査のうえ、先方(せんぽう)たっての願いなんだもの。学校からの推薦(すいせん)誘致なんて、現代教育では滅多にない事なのよ? もっと誇りに思いなさい」


 気のない素振そぶりで放った台詞が、イチカの功名心を刺激する。

 言われてみると、確かにそうかも知れない。

 仲の良かった友達とも、受験先の関係で、別の高校へとはなばなれになっている。

 イチカは其処(そこ)まで考えて、()()()()()()と好条件を引き出すために、心にもない難色を示した。


「まぁ、そこまで相手に言われては、無碍(むげ)に断れないのも判ります。ですが、私にだって立場という物があります。ホイホイと自分の居場所を変えるような、無節操な人間じゃありません! まして、何処どことも知れない歴史の浅い学校なんてお断りですよ!」


 するとイチカの母は、好都合とばかりに声を弾ませる。


「あら、それなら大丈夫よ。なにせ、私の通ってた学校ですもの♪」


「へっ? 母上の母校って……。それじゃあ母上も、そこで勉強してたんですか?」


 意外な事実に、ぜん、興味を示すイチカ。

 イチカの母も思わず得意気な表情で振り返り、上機嫌に話をふくらませる。


「いいえ、それだけじゃないわよ。歴史だって()古い! 技は戦国、創立は明治。その実績は、ざっと150年って所かしらね」


「百五十年~!? ソレってもしかすると、都内の有名大学と同じくらいって事ですよね? すごすごい♪ 私、そんな(とこ)からスカウトされてるなんて、夢にも思いませんでした」


 額面がくめん通りに話を捉えたイチカは、その場でピョンピョンと小さく飛び跳ねる。

 ひとしきり喜びを噛み締めたあと、期待を胸一杯に膨らませて、カウンターの上から前のめりに尋ねた。


「母上! それで、その()名門校とやらは、いったい何処(どこ)にあるんですか?」


何処(どこ)って、名前だけなら聞いた事がない? 隣り街の『忍ヶ丘(しのびがおか)』って所なんだけど」


「ああ! 姉上が、わたしごのみの雑誌や品物を送ってきてくれる、あの場所ですね♪」


「そうよ。(あおい)は忍ヶ丘に一人暮らしで、大学に通ってるんですもの。ちょうど好いから、アンタも其処(そこ)に下宿させて貰いなさい」


 するとイチカは一瞬、言葉に詰まり、視線を宙に彷徨(さまよ)わせる。


「姉上と会うのは小学校のとき以来ですから、一緒に暮らすのも悪くないなぁ……」


 イチカとは四つ違いの姉・藤森(あおい)は、なにをするにも要領がよく、近所でも評判の秀才であった。

 だが、イチカが小学校に上がる頃、彼女は持ち前の運動神経を見込まれて、スポーツ推薦でとなまちの市立小学校に転校している。

 (あおい)はその後どういう訳か、盆・暮れ・正月にすらじっへ戻る事はなかった。

 その代わり、愚図るイチカへ横に長い『短冊(たんざく)状の(ふみ)』と、イチカ好みの雑誌や

土産物が毎月まいつき送られてきた。

(これも一つの(えにし)という奴でしょうか……)

 目を閉じると、(まぶた)の裏で、幼き日の姉が微笑む。

 自分と姉をつなぐきずなが、思い出以外に、毎月の贈り物だけというのは寂しすぎる。

 今度は欲望とは別に、イチカの胸に純粋な想いが生まれた。

 なつかしさから強く頷き、イチカは女子高生らしからぬ、古臭い言葉づかいで宣誓する。


不肖(ふしよう)、この藤森イチカ、決心しました。()くる月の水無月(6月)、私はその学校へ転校します!!」


 藤森ふじもり()家訓の一つ、『誓願(せいがん)』が打ち立てられた。

 藤森家(いわ)く、人生とは一瞬一瞬を懸命に生き、(おの)が意志を未来へ繋ぐ行為である。


 この(ちか)いは、決して破られる事はない!


 誓願(せいがん)を破りし時、それ即ち、イチカが自身の過去を捨てることを意味している。

 思わずははもガッツポーズ。

 ()退転(たいてん)の決意を固めるに、敬意を込めた笑みを捧げる。


「よく言ったわ、イチカ! それでこそ藤森ふじもり家の一員よ。いったん誓願(ソレ)を口にした以上、途中で責務を投げ出すことは決して許されないわ」


「それはもとより承知の上です、母上!」


 イチカは母に断言すると、いくらか時代掛かった口調を残して再び尋ねる。


()()、これから通うその学校ですが、如何(いか)なる名前なのですか?」


 すると母親は、待ってましたと()わん(ばか)りに腰へ手を当て、不敵な笑みを浮かべる。


「フッフッフッフッ……。聞いて驚きなさい、イチカ。あなたが来月から通う高校は、その名も、『忍ヶ丘(しのびがおか)・くのいち忍術学園』。貴方(アンタ)はそこで、()()()()として

忍術修業するのよ!!」


 注意一瞬、怪我一生。

 その奇天烈な内容も()ることながら、イチカは直感した。

 これこそ、姉が長年ながねん帰って来なかった理由なのだ!

 それどころか、もしかすると自分と同じように、ウッカリ誓願(せいがん)を立ててしまった可能性すら考えられる。

 イチカはまさかの事実に驚き、後悔から顔面をクシャクシャに(ゆが)めて叫ぶ。


「えええぇぇ!! 忍術修行(にんじゅつしゅぎょう)ぅ~!?」

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