隻眼の俺と辿るべき道を持つ人工知能
「アトラも聞いたろ、街で噂の意味不明な言語で人を襲う正体不明の生き物を探したい」
『承知しました。インターネットはございませんが、町中の人々の会話から精製した《トゥリズモスネットワーク》を表示いたします。意志で操作可能です』
俺の視界の右端にキーワード入力欄が表示され、アンノウンに関する情報を検索する。その間も地上に音もなく着地しては次の建物へと移る。
パワードスーツの中なのに夜風が身体に当たっているようで、風を切る感覚が気持ちいい。
「どうやらアンノウンは夜に出没する、人気が少ない場所に出る、大人子供関係なく襲う、目撃例はあるがすぐ消えることもある、か」
幽霊と言えばみんなそんなものだろう。取り立てて目新しい情報はない。
上空から地上を長め、視界をズームして裏路地を中心に探すが、見つかるのは酔っぱらいかいちゃついているカップルくらいだ。
「お、シュラクも探してるな」
街の頂上である日時計の辺りにシュラクの姿が見えた。俺にライバル意識を燃やす将来有望な若人である。
「そういやアトラ、聞きそびれてたが、なんでお前は異世界に来たんだ?」
アトラは人工知能にもかかわらず、少し間を置いた気がした。
『日本国家機密に関わる内容の為、民間人への回答を許可されていません』
「お堅いねえ」
人工知能にそんなことを言っても仕方ないのだが、つい軽口を叩いてしまう。
『マスターは何のために生きているのですか』
「また随分、哲学的な事を」
『製作者の意図、と回答いたします』
本当にAIとは思えない受け答えだが、それこそ国家機密のレベルの高さがうかがえる。
「むしろ俺は何のためにも生きてなかった。けど今は誰かの為に生きていられるって実感できてるようで、割と楽しい」
『不明確な回答です』
「明確に答えら得るやつの方が俺は信用できないがね」
『ごもっともです』
冗談なのか本当なのか、アトラは感情のない声でそう返した。
それから月夜を背景により注意深く町中を探す。そろそろお化けセンサーの出番だろうかと思い悩んだころ、アトラが口を開いた。
『オペレーションはお答えできませんが、私の目的ならば』
人工知能にも目的がるのか、と一瞬驚いたが、ここまで緻密な精神を宿していればそれも不思議ではないのかもしれない。
「聞きたいな、一番長く一緒に旅したやつの目的だしな」
『それは——元アトラスの——前マスターを探し、現代に連れ帰る事です』
「前マスター……生きてたのか?」
確かそいつは異世界への壁を通過できなくて、分け分からんところに幽閉されたとか聞いた気がするが。
『実はアトラスの生体キーとして認証されると同時に、生命反応を感知できるようにお互いの個性概念に対してシンクロ化が行われます』
なんか難しいことを喋りだしたぞ。
『その反応を先日、僅かながら感じ取りました』
「ほんとか! そりゃ良かったじゃないか」
『はい、本当に……!』
アトラは人工知能の中でも相当優れているのだろう。今の言葉だけで、心の底から喜んでいることも分かるし、その人物とどれほど深い絆があるのかも理解できる。
『まだ場所までは特定できておりませんが、希望がある限り、私はいつまでも手を伸ばし続けます』
「アトラにしては珍しい表現だ」
『前マスターは常々仰ってました。手を伸ばさねば、得る可能性すら得れないと』
「嫌いじゃない、その考え」
昔の俺だったら希望を持つだけ無駄、期待するだけ裏切られるから期待しないと考えていただろうが、今は悪くないと思える。
「シエロを手伝って、世界を守り、そして前マスターを連れて帰ろうぜ、現代へ」
『はい、期待していますマスター』
「こちらこそ」
そのときアトラスの広角センサーに、誰かの叫び声が小さく届く。その声はオートで集音され、より鮮明に聞こえる。
「アトラ、距離、方向を頼む!」
『距離二〇〇〇、北西です』
俺は着地した瞬間に、方角を変えすぐさま声のする方へと向かった。
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