隻眼の俺と黄昏時からの距離
初めての方はこちらから
あらすじ
https://ncode.syosetu.com/n6321fs/
「きれいなの」
夕日に照らされる街を見下ろして、シエロは胸の前で手を合わせて息をするのも忘れている。
段差に建てられた民家や旅館、大通り、街を歩く小さな人々も全てが夕日に包まれている。
「夕日がこんなに綺麗だって知らなかった」
「屋敷にいた頃は見れなったのか?」
シエロは夕日から目を離さずに、静かに語る。
「夕日は静かな夜に切り替わるから怖かった。少し嫌いだった」
姉が聖剣たちに連れ去られて、大きな屋敷に一人で住んでいた。想像しただけでも心が掴まれるような寂しさを感じた。
「隣に誰かいてくれるだけで、こんなに綺麗に感じられるなんて知らなかったの」
無意識のうちに口から出たのか、シエロははっと気が付いて、なぜか恥ずかしそうに俯いてしまった。
「ご飯だって遊びだってそうさ。内容や味よりも誰と楽しむかの方が重要なんだよな」
きっとシエロもいつか大きくなった時、それが分かる日が来るだろう。
温泉地の若干の硫黄の匂いが混ざった風を受けながら、大きく伸びをする。
俺はスーツのポケットに入れたかんざしを触り、そろそろ渡す頃合いかななんて思ってた。
辺りは夕日に染まり、ベンチや日時計の周りには若い男女が肩を寄せ合ってのんびり過ごしているし。
——若い男女?
もしかしてここって、こんな時間に家族連れはいてはいけない場所なのではございませんか?
ほらだってあそこのベンチなんて、顔近すぎてもうくつきそうだぜ? あちらでは芝生の上で膝枕してるし、茂みの裏でも何かしら気配を感じる。
これはシエロには刺激が強すぎる、シエロにはまだ早いセンサーが俺の中で黄色から赤信号へと変化した。
今ここでかんざしなんて渡した日には「おい、あれ親子か?」とか「ちょっと年が離れすぎてやしませんか?」とか、「衛兵呼んだ方が——」なんて事になりかねない。
日頃のお礼として買ったのだから、なにもいい雰囲気の時に渡す必要なんてないのだ。
渡す機会はいくらでもあるだろうと考え、早いとこ広場を離れようとしたとき、そっとスーツの袖が引っ張られた。
どうやらシエロが無言で掴んでいる気がする。
「……別に手でもいいんだぞ」
「……い、いまは、これがいいの」
シエロはなんだか落ち着かない様子だったが、歩き出すと袖を摘まんだまま静かについてきた。
坂を少し降りたところで同じように観光中だった、レウィンリィとクロエに出会い、俺たちは旅館への道を歩き出す。
旅館にはほどなくして付いたが、そういえば知らぬ間にシエロの手は離れていた。
ブックマークや評価によるご声援、本当にありがとうございます。
心にグッときます。感謝してもしきれないほど、毎日喜んでいます。
それでは、またお時間がございましたら、次話でもお待ちしております。